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4.ちゃんと顔を上げて
しおりを挟む蝉の合唱が鳴り止んだころ、私は部屋の明かりを少し明るめに設定して、勉強机の前に前のめりで座った。
短い髪をブラシで何度も丁寧にとかした。
前髪にヘアアイロンを当てて、毛先を左に斜めに曲げる。
憧れのあかりちゃんみたいな前髪にセットした。
ファンデーションを薄く塗って、泣き腫らした目の縁を隠した。
リップクリームをゆっくりと丁寧につける。
鏡に映る自分をじっと見つめる。
「……これで、いいかな」
スマホをスタンドに固定する手に力が入った。
ぬいぐるみのサブを膝の上に置くと、指が少し震えた。
でも、今度は違う。
泣き顔を見せるんじゃない。
ちゃんと前を見るんだ。
両手を大きく上げて深呼吸。
「配信開始」のボタンを勢いよく押した。
画面に映った自分の顔は昨日と少し違っていた。
目元に力が入っていて、口角が自然に上がっている。
コメント欄が動き始めるまで、数秒の静寂。
すぐに見えたのは、最初のときも見たみかんのアイコン。
「みゆちゃん、おつかれさま!」
頬が少し緩んだ。
「こんばんは。みゆです!」
声はまだ上ずっているのを感じる。
でも語尾は濁さずにはっきりと言えた。
「昨日は……初めての配信で、泣いてばっかりでごめんなさい。
今日は、ちゃんと顔を上げて話そうと思います」
コメントがぱらぱらと流れる。
「今日のメイクかわいいね!」
「顔上げて偉い!」
温かい言葉に、思わず頬が赤んむのを感じた。
「実は今日、久しぶりに外に出て走ってきたんだ。
汗だくになって、息切れして、めっちゃしんどかったけど……」
少し笑いながら話すと、コメント欄に笑顔のスタンプがたくさん並んだ。
「走ってると、中学のときのバレーボールのこと思い出したの。 私、背が高くてスパイクは得意だったんだけど、レシーブが全然ダメで。 大会の前にレギュラー落ちちゃって、悔しくて唇噛み締めてた」
話しながら、自分の声がだんだんしっかりしてくるのを感じた。
「でも、あのときの悔しさとか、毎日練習してた熱意とか、今の私にもまだ残ってるって気づいた。 だから……アイドルの夢も、絶対諦めないって、改めて思ったの」
「みゆちゃん強くなったね」
「その気持ち、めっちゃ伝わる!」
「応援してるよ!!」
知らない人たちの言葉が、胸の奥に染み込んでいく。
「みんなのおかげで、今日走れたし、こうやってまた配信できた。 本当に、ありがとう」
少し照れくさくなって、視線をサブに落とす。
「これから、もっと自分のこと話していきたいな。
ダンスの練習とか、歌とか、うまくいかないことも全部。
一緒に、成長見守ってくれたら嬉しい」
コメント欄が「もちろん!」「楽しみにしてる!」で埋まった。
視聴者数は、昼間より少し増えて、40人近くになっていた。
みかんのアイコンからコメントが来た。
「みゆちゃんの歌、聴きたいな」
目が止まった。
今まで、見知らぬ人の前で歌うのは考えたこともなかった。
私はつばをごくっと飲みこんだ。
「じゃあ…歌います」
ためらいながらもはっきり言えた。
私は震える手でカラオケ機能を操作する。
探り当てたのはあかりちゃんの所属するグループの大ヒット曲。
喉がかすれるのも構わずに、思いっきり歌った。
これが、今の私なんだ。
コメント欄が拍手で埋まった。
私は思わずサブのほうににっこりとウインクした。
みかんのアイコンから一言。
「ストレートな歌い方がよかったよ~」
けれども、コメント欄の隅に書かれた一言が目に止まった。
「ヘタクソ」
私は目を大きく見開いていた。
他の人が励ましのコメントをくれているのは目に入らなくなった。
それから何と言って配信を終えたかは覚えていない。
ベッド歩に戻ると、スマホを胸に当てた。
サブを見つめながら、窓の外を見上げる。
夕焼けが部屋をオレンジ色に染めている。
今日という日が終わろうとしている。
「ヘタクソ」
配信で言われた言葉が頭に響く。
はじめて出会った見知らぬ人たちはとってもやさしくて、ちょっぴり意地悪だった。
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