傷だらけのアイドル候補生

水谷いけと

文字の大きさ
4 / 6

4.ちゃんと顔を上げて

しおりを挟む


蝉の合唱が鳴り止んだころ、私は部屋の明かりを少し明るめに設定して、勉強机の前に前のめりで座った。




短い髪をブラシで何度も丁寧にとかした。

前髪にヘアアイロンを当てて、毛先を左に斜めに曲げる。
憧れのあかりちゃんみたいな前髪にセットした。

ファンデーションを薄く塗って、泣き腫らした目の縁を隠した。


リップクリームをゆっくりと丁寧につける。


鏡に映る自分をじっと見つめる。
「……これで、いいかな」

スマホをスタンドに固定する手に力が入った。
ぬいぐるみのサブを膝の上に置くと、指が少し震えた。

でも、今度は違う。 
泣き顔を見せるんじゃない。
ちゃんと前を見るんだ。

両手を大きく上げて深呼吸。
「配信開始」のボタンを勢いよく押した。


画面に映った自分の顔は昨日と少し違っていた。 
目元に力が入っていて、口角が自然に上がっている。

コメント欄が動き始めるまで、数秒の静寂。

すぐに見えたのは、最初のときも見たみかんのアイコン。

「みゆちゃん、おつかれさま!」

頬が少し緩んだ。

「こんばんは。みゆです!」

声はまだ上ずっているのを感じる。
でも語尾は濁さずにはっきりと言えた。

「昨日は……初めての配信で、泣いてばっかりでごめんなさい。
今日は、ちゃんと顔を上げて話そうと思います」


コメントがぱらぱらと流れる。
「今日のメイクかわいいね!」 
「顔上げて偉い!」

温かい言葉に、思わず頬が赤んむのを感じた。

「実は今日、久しぶりに外に出て走ってきたんだ。 
汗だくになって、息切れして、めっちゃしんどかったけど……」

少し笑いながら話すと、コメント欄に笑顔のスタンプがたくさん並んだ。

「走ってると、中学のときのバレーボールのこと思い出したの。 私、背が高くてスパイクは得意だったんだけど、レシーブが全然ダメで。 大会の前にレギュラー落ちちゃって、悔しくて唇噛み締めてた」

話しながら、自分の声がだんだんしっかりしてくるのを感じた。

「でも、あのときの悔しさとか、毎日練習してた熱意とか、今の私にもまだ残ってるって気づいた。 だから……アイドルの夢も、絶対諦めないって、改めて思ったの」


「みゆちゃん強くなったね」 
「その気持ち、めっちゃ伝わる!」 
「応援してるよ!!」

知らない人たちの言葉が、胸の奥に染み込んでいく。

「みんなのおかげで、今日走れたし、こうやってまた配信できた。 本当に、ありがとう」

少し照れくさくなって、視線をサブに落とす。

「これから、もっと自分のこと話していきたいな。
 ダンスの練習とか、歌とか、うまくいかないことも全部。
 一緒に、成長見守ってくれたら嬉しい」

コメント欄が「もちろん!」「楽しみにしてる!」で埋まった。

視聴者数は、昼間より少し増えて、40人近くになっていた。

みかんのアイコンからコメントが来た。

「みゆちゃんの歌、聴きたいな」

目が止まった。
今まで、見知らぬ人の前で歌うのは考えたこともなかった。
私はつばをごくっと飲みこんだ。

「じゃあ…歌います」

ためらいながらもはっきり言えた。

私は震える手でカラオケ機能を操作する。
探り当てたのはあかりちゃんの所属するグループの大ヒット曲。

喉がかすれるのも構わずに、思いっきり歌った。
これが、今の私なんだ。

コメント欄が拍手で埋まった。
私は思わずサブのほうににっこりとウインクした。

みかんのアイコンから一言。
「ストレートな歌い方がよかったよ~」

けれども、コメント欄の隅に書かれた一言が目に止まった。

「ヘタクソ」

私は目を大きく見開いていた。
他の人が励ましのコメントをくれているのは目に入らなくなった。

それから何と言って配信を終えたかは覚えていない。

ベッド歩に戻ると、スマホを胸に当てた。


サブを見つめながら、窓の外を見上げる。 

夕焼けが部屋をオレンジ色に染めている。
今日という日が終わろうとしている。

「ヘタクソ」

配信で言われた言葉が頭に響く。

はじめて出会った見知らぬ人たちはとってもやさしくて、ちょっぴり意地悪だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...