傷だらけのアイドル候補生

水谷いけと

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5.味気ない朝と新しい一歩

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翌朝、目覚し時計の大きな音で起きた。
その音をかき消すようにた、頭の中であの文字が繰り返されていた。

「ヘタクソ」
昨日の配信の最後に、コメント欄の隅にぽつんと浮かんだ一言。

 他にもたくさんたくさん、良いこともいろいろ言われたような気がするのだけれど、それらはまるで霧のように消えた。
残ったのはただ「ヘタクソ」の一言だけだった。

ベッドの中で下唇を強く噛んだ。 
痛みが少しだけ、胸のざわつきを紛らわせてくれた気がする。
けれどもすぐにまた強く響きだした。
声にならないうめきが漏れた。

がばっとベッドから跳ね起きて、スマホを手に取る。

 検索窓に打ち込んだのは「ボイストレーニング 」。

出てきたレッスン料金を見て、思わずため息が漏れた。
一番安いグループレッスンでも、私の月のお小遣いはではぜんぜん足りなかった。
「こんなの……無理だよ」

スマホをベッドに投げ出して、ぬいぐるみのサブを抱えた。

よろめきながら階段を降りて、リビングのテーブルに座る。
朝食のトーストはただの紙きれみたいだ。
目玉焼きはゴムみたいに固かった。
牛乳は冷たい水みたいだった。

父親が階段を降りてくる足音がして身体がびくっとなった。

私は慌てて立ち上がって、逃げるようにキッチンへ向かおうとした。

「みゆ。待ちなさい」

冷たい、けれど断固とした声が背中に刺さった。

父親が腕組みをしながらリビングの椅子に座っている。
テーブルの上には置かれていた。
 いつものように表情を押し殺した顔。
その顔の奥からは怒りが読み取れるような気がした。
私は思わず身体をぶるっと震わせた。

「昨日、学校を休んだのか」

「……うん」

「理由は?」

「別に……」


「別にじゃない。
まだアイドルのことなんかで悩んでいるのか。
それで学校休むなんて、どういうつもりだ」

ゆっくりとした、けれどたしかに棘のある声。
胸がずきんと痛んだ。
体中がわなわなと震えるのを感じた。

「アイドルなんかなんて言わないで!
 私、本気なんだからっ!」

声が思ったより大きくなった。
私は思わず右のこぶしをにぎりしめていた。

父親は新聞をテーブルに叩きつけるように置いた。

「アイドルに本気だって? 
そんなことで生活していけると思ってるのか。
 現実を見なさい、現実を。
アイドルになるなんて現実離れしたことを言うのはもうやめなさい」

「そんなこと……言わないでよ!
私、私…っ」

私は手のひらで顔を覆っていた。
涙が頬を伝うのを感じる。
 何か叫ぼうとしたけど喉が詰まって、言葉がうまく出なかった。

「もういい! お父さんなんか嫌い!」

私は全速力で階段を駆け上がった。 
荒い呼吸のまま部屋に戻ると、部屋のドアをバタンと閉めて、ベッドに勢いよく倒れ込んだ。

サブを抱きしめて、嗚咽を堪える。
ボイトレのレッスン料のことが気にかかる。
親に出してもらうなんて、もう絶対に無理だ。 


父親の言葉が、頭の中で無限にループする。
「現実を見なさい」
「そんなことで生活して行けると思ってるのか」

わーっと叫びたい衝動に駆られる。
それでも父親の言葉を断固として否定できない自分が嫌だ。

でも、私は歌いたいんだ。 
みんなの前でしっかりと歌いきりたい。
「ヘタクソ」と言った人を見返してやりたい!
それには、何としてもボイトレしなくちゃ。
でも、お金が足りない…

「……バイトするしかない」

涙で濡れた頬をごしごしと拭うと、スマホをもう一度手に取った。
検索窓に、今度は「 高校生 バイト」と打ち込んだ。

画面に並ぶ求人一覧。 

コンビニ、ファミレス、カフェ、ドラッグストア…… 

学校が終わってから3時間くらい入れるシフト。 

唇を強く噛んで、決意した。

味のない朝だったけど、胸の奥で、何かがまた小さく、でも確かに燃え始めた。


「ヘタクソ」って言葉は、まだ頭の中で響いている。 
でも、今度はそれを燃料に変えるんだ!
学校、バイト、配信、ボイトレ、全部を両立させてやる。

まだ私は何も始まっていない。

サブを抱きしめながら、窓の外を見る。
青くきれいに澄み渡った空だった。

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