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生者
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叩きつけるような容赦ない音を立て、正面の扉が締まる。
捕食者に気づいた小動物のごとく、ぶるっと体を震わせて男は反応する。全くおかしなことだ。
はい、もう逃げられません。
目の前のイレギュラーを前にして、してやったりが無邪気に弾ける。心の底で。
「あの、生きてるって……僕、生きてるはずですけど」、情けない声音を響かせる、その男をさらに観察してみる。
スーツ姿であるから、仕事帰りのサラリーマンだろう。しかもこの時間で、酒の匂いもしないということは、相当の残業をしたに違いない。
そしてこの場所に入れたということは、それなりの物を背負っているはずだ。
「安心してください。あなたは一応生きておられますよ」
「一応……ですか。でも何故そんなことを。ここは一体、何なんですか」
男は目を泳がせ、この空間の実態を掴もうと模索しているようだった。
「少し、落ち着いて話す時間が必要ですね。あなたにも、私にも。
申し訳ありませんが、少し付き合ってもらってもいいですかね」
やってきた人間にこんなことを言うのは例外中の例外だが、このイレギュラーを私はじっくりと解明する必要がある。
興味と面倒はいつだって天秤の左右に乗っている。その真ん中に自分が立っている。
そして今回は興味が勝った。だから私はこの人間に私の興味を掛けるのだ。勝手にだ。
私が「どうぞ」と椅子を勧めると、彼はしぶしぶ腰をかけた。
さて、どうしたものか。円卓をトントンとリズミカルに指で鳴らす。
「最初から説明するのは気が引けますね」
「ああ、申し訳ありません」
しまった。口が滑ってしまった。
いやしかし、この男、すでに適応し始めている。この環境に……。
「失礼。なかなかこちらにとってもイレギュラーな状況でしてね」
すぅ……と、私は軽く呼吸を整え、トドメのつもりでその言葉を放つ。
「率直に申し上げますと、この案内所は、死んだ人間しか入ることができません。私は彼らを導く案内人です。単に『案内人』とお呼びください」
「ええええ……」
男は困ったように頭をぽりぽりと掻いているが、予想より遥かに慣れてきている。ならば話は早い。
「そういうわけで、私としても情報が欲しい。よければお名前、お聞かせください」
いたってにこやかに微笑んだと、自分でもそう思う。そうだ、笑顔を見せるのは、生者と関わるときだけでいい。
「はぁ……ええと……」
「ああ、失礼。あなたがこちら側に深く縁を持たぬように、最低限の呼び名として、私のことは『案内人』と。
しかし、生者にとって名前は重要なファクターだ。人間性を表す言霊のようなものなんですよ。だから私がそれを聞くことには大いに意味がある。
……お聞かせ願えますか」
男はやがて決心したように目線をまっすぐとこちらに向けた。認識することに決めたのだ、この空間を。
「筒井。筒井光輝です」
随分と青臭い喋り方をするものだ、中学生みたいに。
まあ当然だろう。おそらく初めて、彼岸の世界と繋がったのだ。そのとき人間は、単なる星の子供へと戻るのだから。
「筒井、光輝さんですね。ありがとうございます。では、さらに説明を続けさせていただきますよ」
名前は知ろうと思えば頭を覗くと言うこともできた。しかし、彼の口から名乗ることにこそ意味があったのだ。
おめでとう、筒井さん。
これで、一方的な縁はつなげることができた。
私はすでに楽しみだったのだ。
この依頼主が導く、思いもよらぬ結末が。
捕食者に気づいた小動物のごとく、ぶるっと体を震わせて男は反応する。全くおかしなことだ。
はい、もう逃げられません。
目の前のイレギュラーを前にして、してやったりが無邪気に弾ける。心の底で。
「あの、生きてるって……僕、生きてるはずですけど」、情けない声音を響かせる、その男をさらに観察してみる。
スーツ姿であるから、仕事帰りのサラリーマンだろう。しかもこの時間で、酒の匂いもしないということは、相当の残業をしたに違いない。
そしてこの場所に入れたということは、それなりの物を背負っているはずだ。
「安心してください。あなたは一応生きておられますよ」
「一応……ですか。でも何故そんなことを。ここは一体、何なんですか」
男は目を泳がせ、この空間の実態を掴もうと模索しているようだった。
「少し、落ち着いて話す時間が必要ですね。あなたにも、私にも。
申し訳ありませんが、少し付き合ってもらってもいいですかね」
やってきた人間にこんなことを言うのは例外中の例外だが、このイレギュラーを私はじっくりと解明する必要がある。
興味と面倒はいつだって天秤の左右に乗っている。その真ん中に自分が立っている。
そして今回は興味が勝った。だから私はこの人間に私の興味を掛けるのだ。勝手にだ。
私が「どうぞ」と椅子を勧めると、彼はしぶしぶ腰をかけた。
さて、どうしたものか。円卓をトントンとリズミカルに指で鳴らす。
「最初から説明するのは気が引けますね」
「ああ、申し訳ありません」
しまった。口が滑ってしまった。
いやしかし、この男、すでに適応し始めている。この環境に……。
「失礼。なかなかこちらにとってもイレギュラーな状況でしてね」
すぅ……と、私は軽く呼吸を整え、トドメのつもりでその言葉を放つ。
「率直に申し上げますと、この案内所は、死んだ人間しか入ることができません。私は彼らを導く案内人です。単に『案内人』とお呼びください」
「ええええ……」
男は困ったように頭をぽりぽりと掻いているが、予想より遥かに慣れてきている。ならば話は早い。
「そういうわけで、私としても情報が欲しい。よければお名前、お聞かせください」
いたってにこやかに微笑んだと、自分でもそう思う。そうだ、笑顔を見せるのは、生者と関わるときだけでいい。
「はぁ……ええと……」
「ああ、失礼。あなたがこちら側に深く縁を持たぬように、最低限の呼び名として、私のことは『案内人』と。
しかし、生者にとって名前は重要なファクターだ。人間性を表す言霊のようなものなんですよ。だから私がそれを聞くことには大いに意味がある。
……お聞かせ願えますか」
男はやがて決心したように目線をまっすぐとこちらに向けた。認識することに決めたのだ、この空間を。
「筒井。筒井光輝です」
随分と青臭い喋り方をするものだ、中学生みたいに。
まあ当然だろう。おそらく初めて、彼岸の世界と繋がったのだ。そのとき人間は、単なる星の子供へと戻るのだから。
「筒井、光輝さんですね。ありがとうございます。では、さらに説明を続けさせていただきますよ」
名前は知ろうと思えば頭を覗くと言うこともできた。しかし、彼の口から名乗ることにこそ意味があったのだ。
おめでとう、筒井さん。
これで、一方的な縁はつなげることができた。
私はすでに楽しみだったのだ。
この依頼主が導く、思いもよらぬ結末が。
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