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「異空間……ですか」
「ええ、それをこの案内所の中に、新たに作ります」
筒井光輝は声も上げず目を白黒させたあと、諦めたかのように「へえ……」と呟いた。
「私はね、筒井さんに出て行ってしまわれては困るんですよね」
思い切って言ってみた。
まるで遠回しの告白みたいだな。
「……どういう意味ですか」
「実を言うとですね、この案内所を見つけられるかどうかは、そのときの皆さんの気分次第なんですよ」
「えっ……そうなんですか」
筒井はわずかに身を乗り出して反応した。
「ええ。しかも、場所さえ定まってないんですよ」
「はあっ……! あ……すみません。でもそれ、『運』じゃないですか」
「そう、『運』です。あなたはたまたま今日、場所と気分の一致で、この案内所と繋がった。
だから、あなたの条件がそろってるとしても、ここにまた来れるとは限らないんですよ、残念なことに」
私はいたずらに笑って見せた。こういう戯れがうまくできるのも生者相手ならではのことだ。一体どれくらいぶりだろうな。
「……ますます不思議なことですね」
今度は目を伏せて考え込む。全く面白い反応だ。
「そういうわけで、私はあなたがこの場でしっかりと何かを解決していけるような方策を考えました。それが異空間の一種、『無窮廻心廊』です」
「むきゅう、かいしんろう……」
「はい。死神が使う異空間術の一種です。
人間の精神において、本来内部で活動している潜在意識を、あなたにとって最も自然な形で顕在化させます。
それはときに映像だったり、静止画だったり、音声だったり、文章だったり。
あなたが生まれてから今まで吸収し、感じ取ってきたすべてがそこにはあります。
その無限の内省的精神活動を通し、あなたは必ず自分の問題に気づくことでしょう。
一体何があなたを……『生者』であるあなたを、『死者』たらしめているのか」
思わず得意気になって語ってしまった。生者と長いこといると、私のような存在ですら影響をうけてしまう。感情が刺激される。だが、これもまたいいだろう。
「案内人さんは……楽しそうですね」
「……ええ……まあね」
そのとき筒井はまた、豊かな経験を積んだ老人のごとく包容力のある顔になっていた。
いかん。立場が逆転してはいけない。
これも全て、あなたがここに来てしまったことが原因ですよ、筒井さん。
「続けましょう。あなたはこれから、この場所にいながら、どことも繋がっていない状態になります。そこは完全なる孤独です。それでいて無限の可能性を秘めた精神世界です。ちなみにすごいことに、あなたが見たい、欲しいと思ったものは念じるか声に出すと実体化して現れますよ」
「ええっ……それは、すごすぎますね……!」
筒井はそれまででいちばん無邪気な声を出した。老人になったり子供になったり。まあ面白いのでいいのだが。
「楽しみになってきたでしょう。さあ、そろそろ準備をしましょうか」
私はそこでぐっと自分の心を押さえ、案内人としての使命を遂行する、ただそのことを念じた。
「……わかりました。お願いします」
筒井もそこで、覚悟が決まったようだった。
「さて、まずはこれが邪魔なので消しますね」
そう言って私は、私たち二人の間にある円卓をこの空間から消した。
「わあ……」
もはやリアクションも薄くなってきたようだ。
「では筒井さん、ご起立ください」
「は、はい」
私も一緒に立ち上がる。
「あなたの目の前に無窮廻心廊の門を開きます。私が『進め』と言ったらその門から入ってください。出るのはあなたの気分次第。無窮廻心廊がその念を認めた時、勝手に術は終了します。よろしいですか」
「……はい。わかりました」
その顔に多少の緊張を示す。
緊張しているのは私も同じだ。
「では……いきますよ……」
私はゆっくりと息を吐きながら、全神経を集中し、両手を重ねて前に突き出し、印を結んだ。
うん、問題ない。やってみせよう。
「幽結。筒井光輝、蜿々心底を廻れ。無窮廻心廊、開放……っ!」
バリリ……と空間を引き裂くような音とともに、プラズマが煌めくような裂け目が、私と筒井の前に現れる。
筒井があっと息をのむ声が聴こえた気がした。
私の精神はもう、相当持っていかれている……。
やはり今の状態では厳しかったか。
「筒井さん……。『進め』」
自分の声が遠くのような感覚になりながらも、私は最後の文言を唱えた。
ぎりぎりの状態で立っている私を見て、筒井はかなりたじろいだようだ。
しかし覚悟を決めるとこくりと頷き、その裂け目へと足を踏み入れた。
『筒井光輝』という対象を認識した無窮廻心廊は、自動的に閉鎖した。
再び、ここはただの案内所に戻る。
「はぁ……っ……」
体力を使い果たし、座り込む。
体力……というのもおかしい。
私は肉体を持たないから。
あ、しまった。
彼にそこそこ重要なことを伝え忘れていた。
無窮廻心廊の中では、この案内所の精神安定効果は効かない。
……だけでなく、『あらゆる記憶と感情の濁流により精神が引き裂かれる』……可能性がある。
本当に不覚だ。
だが、かなりの確率で彼は大丈夫だろう。
無窮廻心廊は、まともじゃない人間ほど高い耐性を示すからだ。
筒井光輝にはその素質がある。
信じていますよ、筒井さん。
あなたが最高の土産を携えて戻ってくることを。
もう、動く気力は無かった。
「ええ、それをこの案内所の中に、新たに作ります」
筒井光輝は声も上げず目を白黒させたあと、諦めたかのように「へえ……」と呟いた。
「私はね、筒井さんに出て行ってしまわれては困るんですよね」
思い切って言ってみた。
まるで遠回しの告白みたいだな。
「……どういう意味ですか」
「実を言うとですね、この案内所を見つけられるかどうかは、そのときの皆さんの気分次第なんですよ」
「えっ……そうなんですか」
筒井はわずかに身を乗り出して反応した。
「ええ。しかも、場所さえ定まってないんですよ」
「はあっ……! あ……すみません。でもそれ、『運』じゃないですか」
「そう、『運』です。あなたはたまたま今日、場所と気分の一致で、この案内所と繋がった。
だから、あなたの条件がそろってるとしても、ここにまた来れるとは限らないんですよ、残念なことに」
私はいたずらに笑って見せた。こういう戯れがうまくできるのも生者相手ならではのことだ。一体どれくらいぶりだろうな。
「……ますます不思議なことですね」
今度は目を伏せて考え込む。全く面白い反応だ。
「そういうわけで、私はあなたがこの場でしっかりと何かを解決していけるような方策を考えました。それが異空間の一種、『無窮廻心廊』です」
「むきゅう、かいしんろう……」
「はい。死神が使う異空間術の一種です。
人間の精神において、本来内部で活動している潜在意識を、あなたにとって最も自然な形で顕在化させます。
それはときに映像だったり、静止画だったり、音声だったり、文章だったり。
あなたが生まれてから今まで吸収し、感じ取ってきたすべてがそこにはあります。
その無限の内省的精神活動を通し、あなたは必ず自分の問題に気づくことでしょう。
一体何があなたを……『生者』であるあなたを、『死者』たらしめているのか」
思わず得意気になって語ってしまった。生者と長いこといると、私のような存在ですら影響をうけてしまう。感情が刺激される。だが、これもまたいいだろう。
「案内人さんは……楽しそうですね」
「……ええ……まあね」
そのとき筒井はまた、豊かな経験を積んだ老人のごとく包容力のある顔になっていた。
いかん。立場が逆転してはいけない。
これも全て、あなたがここに来てしまったことが原因ですよ、筒井さん。
「続けましょう。あなたはこれから、この場所にいながら、どことも繋がっていない状態になります。そこは完全なる孤独です。それでいて無限の可能性を秘めた精神世界です。ちなみにすごいことに、あなたが見たい、欲しいと思ったものは念じるか声に出すと実体化して現れますよ」
「ええっ……それは、すごすぎますね……!」
筒井はそれまででいちばん無邪気な声を出した。老人になったり子供になったり。まあ面白いのでいいのだが。
「楽しみになってきたでしょう。さあ、そろそろ準備をしましょうか」
私はそこでぐっと自分の心を押さえ、案内人としての使命を遂行する、ただそのことを念じた。
「……わかりました。お願いします」
筒井もそこで、覚悟が決まったようだった。
「さて、まずはこれが邪魔なので消しますね」
そう言って私は、私たち二人の間にある円卓をこの空間から消した。
「わあ……」
もはやリアクションも薄くなってきたようだ。
「では筒井さん、ご起立ください」
「は、はい」
私も一緒に立ち上がる。
「あなたの目の前に無窮廻心廊の門を開きます。私が『進め』と言ったらその門から入ってください。出るのはあなたの気分次第。無窮廻心廊がその念を認めた時、勝手に術は終了します。よろしいですか」
「……はい。わかりました」
その顔に多少の緊張を示す。
緊張しているのは私も同じだ。
「では……いきますよ……」
私はゆっくりと息を吐きながら、全神経を集中し、両手を重ねて前に突き出し、印を結んだ。
うん、問題ない。やってみせよう。
「幽結。筒井光輝、蜿々心底を廻れ。無窮廻心廊、開放……っ!」
バリリ……と空間を引き裂くような音とともに、プラズマが煌めくような裂け目が、私と筒井の前に現れる。
筒井があっと息をのむ声が聴こえた気がした。
私の精神はもう、相当持っていかれている……。
やはり今の状態では厳しかったか。
「筒井さん……。『進め』」
自分の声が遠くのような感覚になりながらも、私は最後の文言を唱えた。
ぎりぎりの状態で立っている私を見て、筒井はかなりたじろいだようだ。
しかし覚悟を決めるとこくりと頷き、その裂け目へと足を踏み入れた。
『筒井光輝』という対象を認識した無窮廻心廊は、自動的に閉鎖した。
再び、ここはただの案内所に戻る。
「はぁ……っ……」
体力を使い果たし、座り込む。
体力……というのもおかしい。
私は肉体を持たないから。
あ、しまった。
彼にそこそこ重要なことを伝え忘れていた。
無窮廻心廊の中では、この案内所の精神安定効果は効かない。
……だけでなく、『あらゆる記憶と感情の濁流により精神が引き裂かれる』……可能性がある。
本当に不覚だ。
だが、かなりの確率で彼は大丈夫だろう。
無窮廻心廊は、まともじゃない人間ほど高い耐性を示すからだ。
筒井光輝にはその素質がある。
信じていますよ、筒井さん。
あなたが最高の土産を携えて戻ってくることを。
もう、動く気力は無かった。
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