不老ふしあわせ

くま邦彦

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第一章 奈国連合( 建武中元元年・西暦五六年 )

一路、雒陽へ

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 熊叡たちの前を、兵士の十頭が二列になって先導する。そして、熊叡たちを挟むように、後ろにも同じように十頭が並んだ。護衛というより、熊叡たちが逃げ出さないための監視である。
 隊長をはじめ、兵士たちに全く笑顔はない。戦場にいるかのようだ。それはそうだ。熊叡たちを無事に雒陽まで運ばないと、彼らを待っているのは処罰である。
 それにしても、兵士の兜も鎧もすべて金色に輝いた立派な品である。武器はというと、これも熊叡とっては喉から手が出るほど欲しい、最新の代物である。
 目の前の武器や武具を奪って、すぐにでも奈国に持って帰りたいものだが、いくら精鋭を集めたからといって、九人で二十人の近衛兵相手に勝てるはずがない。今はただ、羨ましく眺めるしかない熊叡である。
 緊張で引き攣った顔の近衛兵たちと、先行き不安顔の熊叡たちの中で、コマルだけは笑顔で口数が多い。雒陽に着いたら、貧乏から抜け出せると信じているからだ。そんなコマルを見ていると、熊叡の気持ちは少し穏やかになる。
 昼過ぎ、小さな集落に着いた。そこには元気な馬が三十頭用意されていた。隊長の指示で、全員が新しい馬に乗り換えると、休むことなくすぐに出発した。
 熊叡にとって気がかりなのは劉秀の容体である。不老不死の秘薬が間に合わなかったら、元も子もない。
 夕日が沈む頃、最初の宿泊地に着いた。昼間の集落よりは大きな村落である。案内されたのは村長の家だろう。土塀で囲まれ、他の家よりは立派な構えである。
 熊叡たちは二部屋に分かれ、その二部屋を取り囲むように、兵士たちの部屋があった。
 夕餉は、熊叡たちが奈国で口にしたことがないような、贅沢なものだった。それだけ劉秀が不老不死の秘薬を期待している表れだろう。
 しかし、家から出ることは許されず、常に見張りがついていた。
 翌朝、日が昇ると同時に出発する。やはり元気な馬が三十頭用意されていた。この後も、雒陽に着くまで、毎日六十頭の馬が用意されるのだろうか。漢の底の知れない財力に、熊叡は恐ろしさを感じた。
 二日目になると、熊叡も少し余裕ができた。通り過ぎる村々や行き交う漢人たちを、落ち着いてみることができた。住居は粗末だが、すべて土壁で固められている。奈国のような、板や草藁だけで囲われた家は一軒もない。この寒さをしのぐには必要なことなのだろうが、一番の理由はきっと戦火で家が燃え尽きないようしているのだろう。それだけ、戦いの多い世の中なのだ。
 農民の着ている物は、奈国のものより粗末かもしれない。馬や兵士の武具・武器には脅かされ、用意された食べ物には圧倒されたが、何もかもが奈国より優れているわけではないのだと、熊叡は感じ始めていた。
 ヒダカ一族は二百年で奈国連合に追いついた。奈国連合もいずれ漢に追いついて見せると、熊叡は心の中で誓った。
 楽浪を出てひと月になろうかという日、隊長が「明日、雒陽に入る」と言ってきた。徒歩なら半年はかかる道のりだという。それを、馬を乗り継ぎ乗り継ぎ、たったひと月で雒陽に着くのである。さすがに兵士たちにとっても、強行策だった。ようやく兵士たちの顔に、安堵の表情が表れ出した。
 しかし、熊叡にとって、まだ何も任務は果たせていない。緊張を解くわけにはいかないのである。
 次の日、昼近くに最後の馬と交換したところで、眼下に雒陽の都を遠望できるところにやってきた。広々とした平地に、びっしりと家が立ち並んでいる。しかも、これまで通り過ぎてきた集落の住居のような粗末な建物ではない。それが遠目にもはっきりと分かる。
 そして、中央あたりに一段と高い城壁で囲まれた城が見える。
「あれが雒陽城か」
 奈国の集落など、あの雒陽城の内にすっぽり収まってしまう。コマルも従者たちも、この景色に圧倒され声が出ない。
 道を下って行くと、木々で一旦街が見えなくなるが、次に姿を現したときは家々が一回り大きくなって見える。何度かそれを繰り返して、やがて林の中に入ると道は平坦になった。
 そして、その平坦な林の道を抜け出ると、急に道の両脇に大きな館が現れた。雒陽城どころか、見えるのは、固く踏み固められた幅三丈ほどの道と、その両脇に建つ十数件の館だけである。
 突き当りまで行くと、そこで道は左右に分かれていて、兵士たちは右に曲がった。その先は、やはり道の両脇に館が続くという、同じような風景が続く。初めて雒陽に入った熊叡たちにとって、自分たちが今どこにいるか全くわからない、迷路に迷い込んだ状態である。
 そんな中を、兵士たちは右に、左にと、当然のように進む。建物が敵の侵入を簡単に許さない、防御柵の働きをしているのだ。
 そして、ある角を曲がったとき、バンバンババーンと急に大きな音が鳴り響いた。熊叡たちは驚いて手綱を引いた。しかし、兵士たちは別段驚く様子もなく、馬も怯えた素振りを見せずに淡々と進む。奈国の馬なら、おそらく暴走し、何人かは振り落とされていたはずだ。
 音のする方向を見ると、数人の男たちが路上で竹を燃やしている。その竹が破裂している音だ。バンバンババーン、何本もくべているため不規則に破裂音がする。
 しばらく進むと、その先々でもバンバンババーンと竹を破裂させている。家々の軒下には赤い札がつるされ、何か文字が書かれているようだが、風に揺られて何かは読めない。
 雒陽は今日、除夕であった。
 熊叡の一行が通り過ぎると、住民たちは竹をくべるのをやめ、熊叡たちを指さして何かしゃべっている。破裂音で何をしゃべっているのか聞き取れない。確かに獣の毛皮を纏い、目立つ格好だが、これまでに通り過ぎた集落や村落では、住民たちはこれほど関心を示さなかった。熊叡は気になったが、兵士たちに聞いても何も答えないだろうと、聞くのは諦めた。
 何度となく、右に左にと方向を変えて街中を進んできたが、やっと目の前に高さが四丈はあろうかと思える城壁が現れた。やっと雒陽城にたどり着いた。
 これだけ防御された天子を攻めるのは無謀である。しかし、熊叡は兵士である。攻略する方法はあるのか、考えてみたくなった。
 城壁を右手に見ながら、四里ほど進むと平城門の前に出た。ここでは二十人ほどの兵士が警備に当たっていたが、近衛兵たちは門に入る様子はない。警備兵に合図を送ると、左に向きを変えて南に延びる道をさらに進んだ。
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