不老ふしあわせ

くま邦彦

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第二章 夏一族( 建安九年・西暦ニ〇四年 )

新連合

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 建安十二年(二〇七)一月、奈国の大王徐征は内心穏やかではなかった。
 三年前、夏一族が亡命してきた時、一族を耶馬国に厄介払いできたと喜んでいたが、瑞麗が龍を鎮めるという噂が広がると、彼女に龍退治を頼む国が増えてきた。日に日に、瑞麗の名声が奈国連合中で広がってきた。
 それまで、徐征に龍退治を頼んでも何も対策が取れなかった。そればかりか、奈国連合をまとめる政治力も、歴代の大王と比べて大きく見劣りするもので、徐征に対する不満は増すばかりだった。
 徐征は、このままだと瑞麗に奈国連合を乗っ取られるかもしれないと心配し、姐奈国王の徐和に相談した。徐和は徐征の弟で、性格も能力も似たり寄ったり、良い考えなど浮かぶはずがなかった。
「漢への朝貢を再開し、最新の武器を手に入れたらどうだろうか」
 昔、六代目の大王徐学が考えたことを真似るのが精一杯だった。しかし、あの時と今とでは、状況も条件も全く違うことに気がついていない。
 徐征はすぐに、囲都の将軍伊天加仁いてかにを呼び、楽浪郡に行って朝貢の許可を取るように命じた。命令をうけ、楽浪郡に赴いた伊天加仁だったが、わずか十日で戻って来た。
 漢は内乱状態で、劉協は名ばかりの皇帝であった。朝貢などできるはずがなかった。たとえ雒陽に入れたとしても、武器を手に入れることは不可能だった。
 報告を聞いて焦った徐征は、それなら朝鮮半島で武器を買いあされと、新たに命じた。
「資金はどうなさいますか」おそるおそる伊天加仁が尋ねると、「税を上げればよい」
 これが徐征の政策だった。
 この年は、野分の当たり年で、どの国も米の収穫が非常に悪かった。そんな事情も理解せず、増税のお触れを出したものだから、徐征への反感はますますつのる一方だった。
「瑞麗を大王にして、新たな連合国を作ろう」とあからさまに言い出す者も現れた。
 その国の一つだった岐国に対して、徐征は隣国の宇奈国王徐拡じょかくに税の取り立てを命じた。聞かなければ、武力を使ってもよいとまで言った。
 岐国は平地も少なく、漁業で財政を補ってきた貧しい国である。国王の奈沼之なぬしは困り果て、蘇奈国王の徐一に助けを乞うた。このことはすぐに、徐熊にも伝えられた。
 以前から、徐征のやり方を快く思っていなかった徐熊は、本気で新連合を作るべきだと考えるようになった。
 徐熊は、この件について瑞麗に相談しようと社に向かった。
 社の近くまでくると、龍を象った注連縄のある門の前で、麗媛が掃除をしているのが見えた。麗媛も徐熊がやって来るの気づくと、慌てて駆け寄ってきた。馬にぶつかりそうになったため、徐熊は馬から飛び降り、馬の前に立った。
 しかし、麗媛は止まらず、そのまま徐熊の胸に飛び込んできた。徐熊は思わず麗媛を抱き止めることになった。そのとき、ほのかに白梅の香りがした。
「以前にも同じことが」と思った途端に、徐熊は目まいを起こした。気持ちを落ち着けようと目を閉じて考えた。「この時期に、まだ白梅は早すぎる」そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと目を開けた。
 目の前には白く透き通る肌に、うっすらと赤みを帯びた頬の麗媛がいた。髪には一輪の水仙の花が挿してある。
 動揺を悟られまいとして、徐熊は慌てて用件を伝えた。
「瑞麗様に、お取次ぎをお願いしたい」
 ぎこちないあいさつに、麗媛は「くすっ」と笑うと、徐熊の手を引っ張って社に入った。
 瑞麗は、龍が描かれた掛軸の前で、例の呪文を唱えていた。龍とはいえ元々は人間である。退治したといっても、命を奪ったことに変わりはない。瑞麗は、そうした龍の魂を慰めることも役目だと考えて、毎日祈りを捧げている。
「徐熊様、今日はどちらのご用件でしようか?」瑞麗は、新たな龍退治の依頼だと思い、尋ねた。
「今日は龍退治の依頼ではなく、別の用件でお伺いいたしました」
 そう言うと、岐国の話や最近の奈国連合の様子を詳しく説明した。そして、瑞麗に新連合の大王になってほしいと持ち掛けた。
 瑞麗の返事ははっきりしていた。
「わたしは新連合の大王にはなれません」
 徐熊にとっては意外な返事だった。困っている者を見捨てることができないはずの瑞麗の言葉とは思えなかった。徐熊が「なぜ」と聞き返す前に、瑞麗の方からその訳を話し出した。
「以前お話ししましたように、夏一族は元は火一族と名のっておりました。火という文字は、人の左右に人が立っています。私たち一族の族長は、女が神事、男が政事を受け持ち、二人で治めるのが掟なのです。政事については文元とご相談ください」
 これを聞いて、徐熊は何も言えなかった。夏一族の掟を、外部の者が都合で変えられるものではない。瑞麗の言うように、新連合の話は文元に諮るしかないようだ。
 しかし、この三年間瑞麗の龍退治に同行し、瑞麗の人となりは見てきたが、文元については何も知らない。新連合を作るにしても、皆は文元を大王として認めるだろうか。
「まずは、私が文元を知らなければならない」
 夏一族は、阿蘇のお山の南側に集落を作って住んでいた。瑞麗の噂を聞いて、他国から移り住んできた者もいる。夏一族は彼らを拒まなかった。今では、耶馬国の人数を越え、別の国ができているといってもよかった。
 道々、どうすれば文元が新連合の大王に相応しいか、見極められるだろうかと考えていた。しかし良い方法は浮かんでこない。そうかといって、時間の余裕はない。岐国が、すぐにも滅ぼされるかもしれないのだ。
「あれこれ考えても、良い案は浮かんでこない。ありのままぶつけてみよう」
 文元の館に着くと、いきなり新連合の話を持ち掛けた。当然のことながら、文元は驚いた。
 文元にしてみても、徐熊のことは何も知らない。瑞麗の龍退治には、何度も道案内をし助けてもらったとは聞いていた。しかし、顔を合わせたのは数回しかない。その徐熊から、いきなり新連合の大王になって欲しいと言われても、あまりにも突拍子過ぎる話しだった。
「遠い昔、夏一族は神より中国の地を治めるように命じられました。しかし、時が経つにつれ、自分がこの地を治めたいと願う者が現れ、内乱が起こりそうになりました。
 そのとき、夏一族の先祖は、内乱で多くの住民が傷つき、死んでいくのを恐れ、その者に国を譲ることにしました。以来、夏一族はずっと戦いを避ける道を選んできました。
 三年前、洛陽を離れてこの地に亡命してきたのも、戦いを避けるためです。今、もし新しい連合を作るとなれば、必ず奈国連合との戦いが起こるでしょう。そのとき、兵士だけでなく多くの住民が犠牲になるに違いありません。それに、夏一族が加わることはできません」
 この話しぶりでは、大王になれないと言っているようなものだが、徐熊は文元の人となりが少し分かった気がした。
 文元は夏一族の族長ではあるが、一族のことだけを考えているのではない。一族の周りには、必ず他の一族が暮らしている。奈国連合とヒダカ一族のように。その関係を争いで、傷つけ合いたくないということだ。
「徐学様はヒダカ一族との戦いを避けるために、最新の武具や武器を手に入れる策を取った。文元も戦いを避けるためにどうすればよいかと考えられる族長だ。大王に相応しい人物に間違いない」
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