不老ふしあわせ

くま邦彦

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第二章 夏一族( 建安九年・西暦ニ〇四年 )

再び、朝貢

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 さらに十六年後、景初けいしょ元年(二三七)、麗媛が四十九歳で死亡した。瑞麗は、密かに蘇奈国を通して、木の国の徐熊に連絡をとった。麗媛の葬儀に立ち会わせるためである。
 瑞麗は色々な理由をつけて、徐熊が到着するまで葬儀を伸ばし続けた。連絡をとって十日目、やっと徐熊が瑞麗の社に着いた。
「瑞麗様、お久しぶりでございます」
 瑞麗は、以前と全く変わらない徐熊を見て、麗媛と三人で龍退治に各国を回ったことを思い出し、思わず涙が出てきた。以前と変わらない徐熊を見て、気がつくのは瑞麗だけである。誰も咎めるものはいない。葬儀を終えると、瑞麗は徐熊を社に招いて、話をした。
儷杏れいあん文成ぶんせいをご覧になりましたか。二人はもう二十九歳になります。あなたが父親だと言ったところで信じないでしょう。もちろん言うことはできませんが」
「二人とも麗媛にそっくりでした」
「文成に女の子が生まれました。壱与いよといいます。葬儀の時に、文成が抱いておりましたが、気がつかれましたか?」
「はい、遠目でしたがわかりました。次に男の子が生まれたら、私が招いた過ちを神は許してくださったことになるのでしょうか」
 瑞麗は大きく頷いた。
「実は折り入って、徐熊様にお願いしたいことがございます」
 徐熊は、今の自分が瑞麗のためにできることなどあるのかと、不思議がった。
「文成は、耶馬一連合の大王として立派に、その役目を果たしておりますが、心配事がでてまいりました」
 我が子、文成に関わる心配事とは一体何なのか、徐熊は自分にできることなら、何でもやってやりたいと思った。
「朝鮮半島の南端に狗耶くやという国がございます。この国は耶馬一連合の一員なのですが、最近、北の高句麗や東の斯盧が、自分たちの連合に加わるようにと脅してくるようです」
 狗耶国王は、文成に助けを求めてきて、その対策で文成は頭を悩ましているという。
「半島の状況は、私も多少はつかんでおりますが、中国では漢が滅亡し、魏、蜀、呉の三国が覇権争いをしているようです。その隙を狙って、周辺国が勢力を拡大しようと、企んでいるのでしょう」
 徐熊は、耶馬一連合が三国のどの国と、関係を持つのかが大事だと思えた。
「耶馬一連合は、これまで、帯方郡を通して漢との交易を行ってきました。今は、公孫淵を通して魏と交易を続けておりますが、高句麗や斯盧はその邪魔をするつもりです」
 瑞麗は、魏との関係を続けたいようだ。
「私の知るところでは、公孫淵は二枚舌の男のようで、魏と呉の両方に取り入って、利益を上げたいようです。しかし、このような男は、いずれ魏か呉に攻め滅ぼされるのが落ちでしょう。
 徐熊は蘇奈国王となってからも、呂強とは絶えず連絡を取り合ってきた。呂強は、かねてから夷州から島伝いに倭に入る航路を考えており、島に住むヒダカ一族との関係が良くなるにつれ、交易も盛んになってきた。そんな矢先に、漢が滅び呉が南方を支配するようになった。
 呂強は夷州に渡ることが難しくなり、交易も途絶えてしまった。
「耶馬一連合は、魏との交易を續けるべきです。私に、魏への朝貢を命じてください」
 瑞麗にとっては、願ってもない申し出だった。しかし、瑞麗が政治に直接口出しはできない。
 そこで、徐熊は徐福に連絡を入れ、徐福から蘇奈国王の徐達じょたつへ、徐達から文成に進言するように手配した。
 二十八年前までは、歴代の蘇奈国王は秘密裏に徐熊を守ってきた。しかし、そんな事情は徐達は知らない。今は、徐福を秘密裏に守ることが、蘇奈国王の使命だと考えているはずだ。徐熊は、それで良いと思っている。
 朝貢の手筈は、瑞麗と徐熊、徐福の三人で立てた。最初は、徐熊が一人で朝貢するつもりだったが、徐福が一緒に行きたいと言い出した。一度、祖国の姿を見たいと言う。瑞麗と徐熊に異論はなかった。
 徐熊は難升米なしめ、徐福は都市牛利つしごりと名のり、耶馬一国の大夫と次使として、朝貢することにした。文成は蘇奈国王が推すこの案に、反対する理由がない。瑞麗も「よい案ですね」と後押しをした。後は、徐熊の腕次第である。
 徐熊は早速、呂強に連絡をとることにした。陸路は公孫淵が支配しているため使えない。幸い、海路については、まだ魏の商人は直接、馬韓と交易をしていることが分った。そこで扶安に間諜を送り調べさせると、かつてと同じ旗印で、呂強という商人が交易していることを突き止めた。
 すぐに連絡をとると、呂強から返事が返ってきた。その中に、遼東半島に関して耳寄りな情報が書かれていた。
 魏の皇帝曹叡が、公孫淵を雒陽に呼び出したがそれに応じなかった。それだけではなく、公孫淵は、遼東半島一帯を自分の支配下とし、燕王を名乗ったという。さらに、楽浪郡と帯方郡も自国の領土としたのである。
 これに曹叡が黙って見ているわけはない。公孫淵討伐の計画を立てているというのである。
 曹叡はこの討伐に司馬懿を派遣することに決めた。司馬懿は、諸葛孔明が亡くなった今、三国一の策士である。この司馬懿が、遼東半島にやってくるのを利用すべきだという。
「三国一の策士を利用などできるのだろうか」徐熊は半信半疑だった。
 景初二年一月、祝賀の席で、曹叡は司馬懿に公孫淵を討伐するのにどれくらいかかるかと尋ねた。司馬懿は一年もあれば十分だと公言した。このやり取りには、曹叡の思惑があった。
 諸葛孔明がなくなった今、曹叡や曹一族にとって、司馬懿は心強い味方というより、自分たちを脅かす目の上のたん瘤だと感じるようになってきた。しかし、軍は司馬懿に絶対的な信頼を置いている。司馬懿が反旗を翻したら、軍は朝廷を裏切るかもしれない。
 今回の公孫淵の討伐に、もし司馬懿が失敗でもすれば、これを理由に彼を失脚させることができる。「一年以内に討伐できる」と、司馬懿に言わせたことは、曹叡の思う壺だった。売り言葉に買い言葉とはいえ、司馬懿は曹叡の罠に、まんまとはまってしまった。
 そんなこともあってか、司馬懿は討伐の前に、故郷の温県に立ち寄った。もし、討伐に失敗すれば二度とこの地に戻ることはないと考えたのだろう。部下たちが心配する中、司馬懿は自分が納得するまで、故郷を離れようとしなかった。
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