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第二章 夏一族( 建安九年・西暦ニ〇四年 )
司馬懿の思惑
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公孫氏が滅び、高句麗が魏に帰順したことによって、徐熊は当初の目的を達した。本来なら、大手を振って帰国するところだが、心配の種は尽きない。その種を抱えたまま、呂強の館を訪れた。
館は百八十年前と同じ場所にあった。ただ、一歩中に入ると様子はかなり違っていた。外からは気がつかないが、館を囲む土塀は城壁並みに強固になっていた。内には、商人でなさそうな従者が働いている。私兵のようだ。しかし、朝廷以外が兵を持てば大罪である。
呂強はどのようにして、私兵の存在を隠しているのだろうか。それとも、分かっていても朝廷は手を出せないでいるのか。いずれにしても、呂強が味方でよかったと徐熊は思った。
正面の来賓客をもてなす広間の前に、呂強は立っていた。百八十年前、徐熊は熊の毛皮を纏ってこの館を訪れた。今回は漢人と同じ平服を着て、白い羊の毛皮をかけている。
呂強は、徒河で別れた後の経過を報告した。
「公孫淵が殺されてすぐ、間諜を偽の使者として呉に送りました。呉の重臣たちのほとんどは、公孫淵に耳を傾けてはいけませんと反対しましたが、半衜という武将だけは猛反対し、遼東に進出する良い機会だと孫権を説得しました」
「高句麗が魏に帰順し、耶馬一国も魏と友好関係を結んだことを知れば、呉はそう簡単に遼東に兵を送ってくるとは考えられませんが」と徐熊が言うと、「いずれにしても、呉軍への対応は司馬懿に任せましょう。我々には関係ありません」と、呂強はあっさりしたものだった。
「ところで、朝貢はどうでしたか」と呂強が尋ねた。
「曹叡には会えませんでした。そのため、来年皇帝からの下賜品を持たせて、使者を耶馬一国へ送ると言ってきました」
「やはり、司馬懿は油断できない男ですね。彼は耶馬一国について何も知りません。蜀と呉を攻め滅ぼした後は、帯方郡を拠点に朝鮮半島を支配し、さらに耶馬一国にも触手を伸ばすつもりです」
徐熊も、気にはなっていた。
「耶馬一国には、まだ魏に対抗できる力はありません。これまでのように、未開の地だと思わせておくのが上策です」
すると呂強は、ここだけの話ですがと言って、宮中の様子を話し出した。
「曹叡の具合はかなり悪いようです。官吏たちも、曹爽と司馬懿の二人を皇太子の後見人として正式に決めたようですが、そのため今はこの二人が皇帝に成り代わって詔書を出しているようです」
年が明け、正月一日、曹叡が急死した。三十五歳の若さだった。宮中では八歳の曹芳が正式に皇帝の座に着き、曹爽と司馬懿が後見人として発表された。
すぐに司馬懿から、難升米の元に連絡が入った。「この一年は喪に服すため、下賜品は来年、新皇帝の元で使者を送る」と言ってきた。
徐熊は内心ほっとした。「これで、耶馬一国に戻って対策がとれる。洛陽に長居は無用だ」と言って、呂強に挨拶を済ませるとすぐに出発した。司馬懿に隙は見せられない。今回は正式な訪問のため、帯方郡の役所を通らなければならない。この間に、司馬懿が何か言ってこないか気が休まらなかった。
一方で、呂強からの贈り物として最新の武具と武器を手に入れることができた。これらは当然大っぴらには運べない。呂強の大型船でこっそりと末慮国に運ばれた。
帰国すると、徐熊はすぐに文成の元に参上し、今回の報告をした。そして来年、魏から使者がやってくることを伝えた。
徐熊はこの使者の目的をくわしく説明し、文成もやるべきことを理解した。この一年は司馬懿の目を耶馬一国から逸らす準備となる。
徐熊には具体的な策略があった。
「これまで、帯方郡の役人は、末慮国で船を降り囲都国を経由して奈国までやってきました。ここまでの道のりは欺くことはできません。しかし、奈国から耶馬一国までは、彼らにすれば未知の世界です。ここからが策略となります」
「奈国から耶馬一国までは、ゆっくり歩いても四日で着いてしまいますよ」と文成が言うと、「それを、片道二か月かかると思わせましょう。それほど彼方の国だと分かれば、司馬懿ほどの策士なら、洛陽から大軍を率いて耶馬一国を攻めようなどと決して思いません」
文成は徐熊の言いたいことは分かるが、まだ先が見えない。隣にいた徐福も見当がつかない。
徐熊は、二人の前に九州の地図を広げ、矢先で地図の地点を指しながら説明を始めた。
大方の説明を終えると、徐熊は「この策略には耶馬一連合の国々の協力が必要になってきます。大王は国王たちに策略を説明し。すぐに準備に取り掛からせてください。有余はありません」
文成は大きく頷いた。これなら使者をごまかせると納得がいった。
そして、すぐに各国の王を招集した。
数日後、連合国のすべての国王が、大王の館に集まった。助けを求めてきた狗耶国王の顔もあった。今、耶馬一連合の最前線はこの狗耶国である。この国を守ることが耶馬一連合を守ることになると確認し合った。
文成は、魏が耶馬一国を友好国として認めたこと、来年皇帝の使者が詔書と下賜品を持ってやってくることを伝えた。
使者を迎えることは、高句麗や斯盧に対して牽制することになるが、一方で魏の使者に耶馬一国の現状がすべてばれてしまう。そうなれば、高句麗や斯盧以上に厄介なことになる。
そこで次のような策略を巡らすと、文成は各国の王に丁寧に説明した。国王たちは文成の考えに賛成した。引き続き、徐熊は具体的な各国の取り組みを説明した。
次の日、各国の王はそれぞれ国に連絡を取り、作業に必要な人数を呼び集め、準備に取り掛かった。呼び集められたのは、大工と人事をつかさどる役人だった。
年が明けて、正始元年(二四〇年)四月、皇帝の使いとして建中校尉の梯儁とその部下五人が奈国に着いた。名目上は帯方郡から派遣された役人とあるが、司馬懿が約束した皇帝の下賜品を、地方の一役人が献上するはずがない。梯儁は司馬懿の息のかかった武官であり、遼東地域の間諜を統括する将軍であった。
梯儁は役所で詔書と下賜品の申請を済ますと、六人には馬が用意され、下賜品は荷車に移された。徐熊は再び難升米として、彼らの先頭に立ち、耶馬一国に向けて出発した。
館は百八十年前と同じ場所にあった。ただ、一歩中に入ると様子はかなり違っていた。外からは気がつかないが、館を囲む土塀は城壁並みに強固になっていた。内には、商人でなさそうな従者が働いている。私兵のようだ。しかし、朝廷以外が兵を持てば大罪である。
呂強はどのようにして、私兵の存在を隠しているのだろうか。それとも、分かっていても朝廷は手を出せないでいるのか。いずれにしても、呂強が味方でよかったと徐熊は思った。
正面の来賓客をもてなす広間の前に、呂強は立っていた。百八十年前、徐熊は熊の毛皮を纏ってこの館を訪れた。今回は漢人と同じ平服を着て、白い羊の毛皮をかけている。
呂強は、徒河で別れた後の経過を報告した。
「公孫淵が殺されてすぐ、間諜を偽の使者として呉に送りました。呉の重臣たちのほとんどは、公孫淵に耳を傾けてはいけませんと反対しましたが、半衜という武将だけは猛反対し、遼東に進出する良い機会だと孫権を説得しました」
「高句麗が魏に帰順し、耶馬一国も魏と友好関係を結んだことを知れば、呉はそう簡単に遼東に兵を送ってくるとは考えられませんが」と徐熊が言うと、「いずれにしても、呉軍への対応は司馬懿に任せましょう。我々には関係ありません」と、呂強はあっさりしたものだった。
「ところで、朝貢はどうでしたか」と呂強が尋ねた。
「曹叡には会えませんでした。そのため、来年皇帝からの下賜品を持たせて、使者を耶馬一国へ送ると言ってきました」
「やはり、司馬懿は油断できない男ですね。彼は耶馬一国について何も知りません。蜀と呉を攻め滅ぼした後は、帯方郡を拠点に朝鮮半島を支配し、さらに耶馬一国にも触手を伸ばすつもりです」
徐熊も、気にはなっていた。
「耶馬一国には、まだ魏に対抗できる力はありません。これまでのように、未開の地だと思わせておくのが上策です」
すると呂強は、ここだけの話ですがと言って、宮中の様子を話し出した。
「曹叡の具合はかなり悪いようです。官吏たちも、曹爽と司馬懿の二人を皇太子の後見人として正式に決めたようですが、そのため今はこの二人が皇帝に成り代わって詔書を出しているようです」
年が明け、正月一日、曹叡が急死した。三十五歳の若さだった。宮中では八歳の曹芳が正式に皇帝の座に着き、曹爽と司馬懿が後見人として発表された。
すぐに司馬懿から、難升米の元に連絡が入った。「この一年は喪に服すため、下賜品は来年、新皇帝の元で使者を送る」と言ってきた。
徐熊は内心ほっとした。「これで、耶馬一国に戻って対策がとれる。洛陽に長居は無用だ」と言って、呂強に挨拶を済ませるとすぐに出発した。司馬懿に隙は見せられない。今回は正式な訪問のため、帯方郡の役所を通らなければならない。この間に、司馬懿が何か言ってこないか気が休まらなかった。
一方で、呂強からの贈り物として最新の武具と武器を手に入れることができた。これらは当然大っぴらには運べない。呂強の大型船でこっそりと末慮国に運ばれた。
帰国すると、徐熊はすぐに文成の元に参上し、今回の報告をした。そして来年、魏から使者がやってくることを伝えた。
徐熊はこの使者の目的をくわしく説明し、文成もやるべきことを理解した。この一年は司馬懿の目を耶馬一国から逸らす準備となる。
徐熊には具体的な策略があった。
「これまで、帯方郡の役人は、末慮国で船を降り囲都国を経由して奈国までやってきました。ここまでの道のりは欺くことはできません。しかし、奈国から耶馬一国までは、彼らにすれば未知の世界です。ここからが策略となります」
「奈国から耶馬一国までは、ゆっくり歩いても四日で着いてしまいますよ」と文成が言うと、「それを、片道二か月かかると思わせましょう。それほど彼方の国だと分かれば、司馬懿ほどの策士なら、洛陽から大軍を率いて耶馬一国を攻めようなどと決して思いません」
文成は徐熊の言いたいことは分かるが、まだ先が見えない。隣にいた徐福も見当がつかない。
徐熊は、二人の前に九州の地図を広げ、矢先で地図の地点を指しながら説明を始めた。
大方の説明を終えると、徐熊は「この策略には耶馬一連合の国々の協力が必要になってきます。大王は国王たちに策略を説明し。すぐに準備に取り掛からせてください。有余はありません」
文成は大きく頷いた。これなら使者をごまかせると納得がいった。
そして、すぐに各国の王を招集した。
数日後、連合国のすべての国王が、大王の館に集まった。助けを求めてきた狗耶国王の顔もあった。今、耶馬一連合の最前線はこの狗耶国である。この国を守ることが耶馬一連合を守ることになると確認し合った。
文成は、魏が耶馬一国を友好国として認めたこと、来年皇帝の使者が詔書と下賜品を持ってやってくることを伝えた。
使者を迎えることは、高句麗や斯盧に対して牽制することになるが、一方で魏の使者に耶馬一国の現状がすべてばれてしまう。そうなれば、高句麗や斯盧以上に厄介なことになる。
そこで次のような策略を巡らすと、文成は各国の王に丁寧に説明した。国王たちは文成の考えに賛成した。引き続き、徐熊は具体的な各国の取り組みを説明した。
次の日、各国の王はそれぞれ国に連絡を取り、作業に必要な人数を呼び集め、準備に取り掛かった。呼び集められたのは、大工と人事をつかさどる役人だった。
年が明けて、正始元年(二四〇年)四月、皇帝の使いとして建中校尉の梯儁とその部下五人が奈国に着いた。名目上は帯方郡から派遣された役人とあるが、司馬懿が約束した皇帝の下賜品を、地方の一役人が献上するはずがない。梯儁は司馬懿の息のかかった武官であり、遼東地域の間諜を統括する将軍であった。
梯儁は役所で詔書と下賜品の申請を済ますと、六人には馬が用意され、下賜品は荷車に移された。徐熊は再び難升米として、彼らの先頭に立ち、耶馬一国に向けて出発した。
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