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第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)
出航
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翌日、凪を避けて船出した。船に乗り込む前に、それぞれの家族は互いに別れの挨拶をした。沃沮の若者もそれぞれ分かれて乗った。ハンはタカトモの船に乗って来た。アキトモがそうしてくれとハンに頼んだからだ。
船は帆と櫂の両方がついていた。海が穏やかな時期を選んだので、風が弱いときは乗っている皆で櫂を漕がなければならない。
十日分の水と食料も足りるかどうか分からない。しかし、船に積み込める精一杯の量だ。後は天に祈るしかない。
この日、午前中は風に煽られ順調に進んだ。櫂を使う必要はなかった。
午後になると事態は一変し、風は船を陸に押し戻そうとする。急いで帆を下ろすと、女、子供も男に混じって櫂を漕ぎ始めた。出発前に、もっと櫂を漕ぐ練習をしておくべきだった。櫂同士がぶつかり合い、一向に船は前にすすまない。
その時、沃沮の若者が棒っ切れで船べりをたたき始めた。心地よい間隔で、コーンコーンと音が響く。皆はその音に合わせて「せぇーの」と掛け声を出し、櫂を漕いだ。櫂は瞬く間に太い足となった。他の三隻からも同じ掛け声と船べりをたたく音が聞こえた。
二日目は天気は良かったが風はほとんどない。昨日の櫂漕ぎで皆は疲れが溜まってしまい、風が吹くのを待つしかなかった。
アキトモは昨夜、星の動きから船は南に進んでいることを確認していた。新天地は南東の方向だが、沃沮の民が教えてくれた。大海は北東方向の海流をもっている。コオルウミでも海流はあったが、大海の海流は風の力の数倍も強いという。北東方向に大きく流されることを計算に入れて、南に進めということだ。
三日目、この日は北東の風が強い。船はこの三日間で最も速く進んだ。波も大きく、女子供は船底に倒れこんでいる。沃沮の若者が西の空を見上げ「嵐がくる」と叫んだ。彼は漁師をしていたので、よく知っていた。こんな時は、急いで村に帰るところだが、今はそうはできない。南に向かって進むだけだ。
夕方になると、一層風は強くなった。風向きは東に変わってきた。空一面にどんよりとした雲が覆い、時刻も進んでいる方向も見当がつかなくなってきた。
もちろんわかったとしても、この風では船を操ることなどできないのだが。今は、風と海流に任せるだけである。
四日目は朝から、本格的な嵐になった。四隻の船はてんでばらばらに進んでいく。もっとも、あまり近いと衝突して互いに難破する恐れがあるので、これはこれでよかった。
タカトモの記憶はここまでである。
気がついたら両手を縛られ、小屋の中に放り込まれていたのだった。
船は帆と櫂の両方がついていた。海が穏やかな時期を選んだので、風が弱いときは乗っている皆で櫂を漕がなければならない。
十日分の水と食料も足りるかどうか分からない。しかし、船に積み込める精一杯の量だ。後は天に祈るしかない。
この日、午前中は風に煽られ順調に進んだ。櫂を使う必要はなかった。
午後になると事態は一変し、風は船を陸に押し戻そうとする。急いで帆を下ろすと、女、子供も男に混じって櫂を漕ぎ始めた。出発前に、もっと櫂を漕ぐ練習をしておくべきだった。櫂同士がぶつかり合い、一向に船は前にすすまない。
その時、沃沮の若者が棒っ切れで船べりをたたき始めた。心地よい間隔で、コーンコーンと音が響く。皆はその音に合わせて「せぇーの」と掛け声を出し、櫂を漕いだ。櫂は瞬く間に太い足となった。他の三隻からも同じ掛け声と船べりをたたく音が聞こえた。
二日目は天気は良かったが風はほとんどない。昨日の櫂漕ぎで皆は疲れが溜まってしまい、風が吹くのを待つしかなかった。
アキトモは昨夜、星の動きから船は南に進んでいることを確認していた。新天地は南東の方向だが、沃沮の民が教えてくれた。大海は北東方向の海流をもっている。コオルウミでも海流はあったが、大海の海流は風の力の数倍も強いという。北東方向に大きく流されることを計算に入れて、南に進めということだ。
三日目、この日は北東の風が強い。船はこの三日間で最も速く進んだ。波も大きく、女子供は船底に倒れこんでいる。沃沮の若者が西の空を見上げ「嵐がくる」と叫んだ。彼は漁師をしていたので、よく知っていた。こんな時は、急いで村に帰るところだが、今はそうはできない。南に向かって進むだけだ。
夕方になると、一層風は強くなった。風向きは東に変わってきた。空一面にどんよりとした雲が覆い、時刻も進んでいる方向も見当がつかなくなってきた。
もちろんわかったとしても、この風では船を操ることなどできないのだが。今は、風と海流に任せるだけである。
四日目は朝から、本格的な嵐になった。四隻の船はてんでばらばらに進んでいく。もっとも、あまり近いと衝突して互いに難破する恐れがあるので、これはこれでよかった。
タカトモの記憶はここまでである。
気がついたら両手を縛られ、小屋の中に放り込まれていたのだった。
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