不老ふしあわせ

くま邦彦

文字の大きさ
48 / 80
第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)

出航

しおりを挟む
 翌日、凪を避けて船出した。船に乗り込む前に、それぞれの家族は互いに別れの挨拶をした。沃沮の若者もそれぞれ分かれて乗った。ハンはタカトモの船に乗って来た。アキトモがそうしてくれとハンに頼んだからだ。
 船は帆と櫂の両方がついていた。海が穏やかな時期を選んだので、風が弱いときは乗っている皆で櫂を漕がなければならない。
 十日分の水と食料も足りるかどうか分からない。しかし、船に積み込める精一杯の量だ。後は天に祈るしかない。
 この日、午前中は風に煽られ順調に進んだ。櫂を使う必要はなかった。
 午後になると事態は一変し、風は船を陸に押し戻そうとする。急いで帆を下ろすと、女、子供も男に混じって櫂を漕ぎ始めた。出発前に、もっと櫂を漕ぐ練習をしておくべきだった。櫂同士がぶつかり合い、一向に船は前にすすまない。
 その時、沃沮の若者が棒っ切れで船べりをたたき始めた。心地よい間隔で、コーンコーンと音が響く。皆はその音に合わせて「せぇーの」と掛け声を出し、櫂を漕いだ。櫂は瞬く間に太い足となった。他の三隻からも同じ掛け声と船べりをたたく音が聞こえた。
 二日目は天気は良かったが風はほとんどない。昨日の櫂漕ぎで皆は疲れが溜まってしまい、風が吹くのを待つしかなかった。
 アキトモは昨夜、星の動きから船は南に進んでいることを確認していた。新天地は南東の方向だが、沃沮の民が教えてくれた。大海は北東方向の海流をもっている。コオルウミでも海流はあったが、大海の海流は風の力の数倍も強いという。北東方向に大きく流されることを計算に入れて、南に進めということだ。
 三日目、この日は北東の風が強い。船はこの三日間で最も速く進んだ。波も大きく、女子供は船底に倒れこんでいる。沃沮の若者が西の空を見上げ「嵐がくる」と叫んだ。彼は漁師をしていたので、よく知っていた。こんな時は、急いで村に帰るところだが、今はそうはできない。南に向かって進むだけだ。
 夕方になると、一層風は強くなった。風向きは東に変わってきた。空一面にどんよりとした雲が覆い、時刻も進んでいる方向も見当がつかなくなってきた。 
 もちろんわかったとしても、この風では船を操ることなどできないのだが。今は、風と海流に任せるだけである。
 四日目は朝から、本格的な嵐になった。四隻の船はてんでばらばらに進んでいく。もっとも、あまり近いと衝突して互いに難破する恐れがあるので、これはこれでよかった。
 タカトモの記憶はここまでである。
 気がついたら両手を縛られ、小屋の中に放り込まれていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

処理中です...