不老ふしあわせ

くま邦彦

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第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)

アキトモの願い

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「意見はよく分かった。ワニ一族には淡海の北西、高島に住まわせることにする」
 クマノクスビは、コランタムの計らいに心の中で感謝しつつ決断を下した。
 ワニ一族に与えられた高島は冬の寒さが厳しい。しかし、ワニ一族が暮らしていたコオルウミに比べたら何の問題もなかった。
 アキトモは早速、一族を呼び寄せる準備に入った。足を速くするため男十人を選んだ。
「タカトモ、迎えはお前に任せる。数千人の集団だ。今度は目立たないように移動するのは無理だ。手元にある秘薬はすべてお前に預ける。行く手を阻むものはすべて蹴散らして、全員無事にこの地に連れてこい」
 タカトモを頭とする、屈強な若者八人とハンを合わせた十人は雪解けのワニ暦四月、高島を発った。
 タカトモ達を送り出した後、アキトモはクマノクスビの元を訪ねた。
「クマノクスビ様、今日はお願いがあって参りました」
改まった挨拶を受けて、クマノクスビは何事かと驚いた。これまでの流れから、ワニ一族にとってもう何も問題はないと思っていた。
「クマノクスビ様はワニ一族に伝わる秘薬の力はご存じだと思います」
クマノクスビは実際には見たことはないが、タカシレウクの兵三百人が一瞬にして全滅させられたことを聞いているので、その威力は理解しているつもりである。
「この秘薬は、人の力を数百倍に高める力がございますが、その代償に人の体には大きな負担がかかります。そのため、秘薬を使用した人間は五十歳より長くは生きられません」
 クマノクスビはこれを聞いて、図らずも自分が飲むことになった不老不死の妙薬と正反対の性質なのかと思った。いずれも、秘薬によって人間の一生が左右されるしは、秘薬を呪わずにはいられなかった。
「私は今年で四十七になります。アキトモに一族を迎えに送りましたが、彼らがこの地に戻ってくるまで私が生きていることはありません」
 クマノクスビはアキトモが言わんとしていることは分かった。しかし、自分に頼みたい事とはいったい何なのか全く見当がつかない。
「娘のビクをあなたの嫁に迎えてほしいのです」
 クマノクスビは全く予想もしていなかったアキトモの頼み事に、言葉が詰まった。
「私にはタギツヒメという妻がおります」
「分かっております。側室で結構です。あなたがビクを妻として迎えていただければ、私が死んだ後の族長として、あなたに秘薬の秘密をすべて伝えることができます」
「それなら、一族の中からビク殿の婿を取ればいいのではありませんか」
 アキトモの理由はこうだった。もし、今いる一族の中から族長を作ると、息子のタカトモやコオルウミで一族をまとめている弟のカネトモの上に就くことになる。そうなれば、ワニ一族の結束が崩れ、一族同士の争いが起こってしまうというのだ。
 この新天地で内紛が起これば、当然、淡海国まで巻き込んでしまう。
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