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第2章 Birthday
第31話 とまり木
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「山口さん、あの…この間の話を雫ちゃんにもしたんですが、怒られてしまいました。」
なんでも、自分の居ないところで勝手に話を進めないで欲しいと。
まぁ…当たり前の話だな。
もう、会いません。俺はそう言ったが、ちゃんと話したいと雫からの要望で、今目の前にいる。
土曜日の朝、仕込み前の『ぐっち』を貸してもらったらしく、テーブル席に座っている。
初めて雫と会った場所だ。
どうやら、雫はご機嫌ななめのようだ。
「えーっと、雫?」
「はい。何でしょうか?」
いやいや、話したいって言って呼び出したのは君じゃなかったっけ?
苦笑いしながら取り敢えず謝る事にした。
「ごめんなさい。勝手に話を進めてしまって。」
ジトーっとした目で此方を見つめ、なかなか話を始めようとしない雫さん。
目を瞑り、はぁ~っと一度大きく息を吐き出し、次に目を開いた時にはいつもの雫に戻っていた。
「あのですね、私はシンさんの事が好きだって言いましたよね?それなのに私の気持ちを無視したような終わり方なんて酷いです。」
「ごもっとも…」
返す言葉も無いとはこの事だ。
「でも多分私の事を思って、シンさんもアキさんも話してくれたんですよね?」
その通りです。
「昨日アキさんから提案された事があるんです。」
「提案?と言うと?」
「アキさんがこっちに帰ってきて、新たにお店を始めるから一緒にやらないかって。」
おお!それはいいんじゃないか?
雫も料理好きだし。でも家で作るのとお店で商品を作るのは別物だとは思うけど。
「私どうすればいいのか、迷ってます。」
何を迷っているんだろう。
まぁ恐らくは…
「雫は以前小嶋さんの事を好きだったんだよね?今はどうなの?」
「んー、よく分かりません。今はシンさんの事が好きなんです。でも…」
うん、良くわかるよ。
ええい!最初も俺から言ったんだ!
あの最低な提案を彼女に言わせる訳にはいかなかったからな。
最後も俺から言ってやろうかな。
「迷ってるんだろ?俺の事が好きだって言ってくれるのは、凄い嬉しい。でも雫は俺との将来は見えてない筈だ。俺もそうだ。それに引き換え、小嶋さんとの将来を考えると、ハッキリと見える。幸せになれるって。」
「そんなこと…いえ、確かにそうですね。」
「小嶋さんは何て言ってる?あの人俺に雫を幸せにするって約束してくれたんだ。」
「昨日アキさんと話したんです。私とアキさんはお姉ちゃんを通して繋がってたけど、今はお姉ちゃんはいない。まだお互いにちゃんと好きになったり出来るか分からないけど、アキさんは私を幸せにしたいって。そして私もアキさんを幸せに出来たらって思いました。」
お互いに雪乃さんの為でもあるのだろうけど、そんな同じ思いを抱いている二人が悪い方向に向かうはずないよな。
「雫、最初に決めた約束があっただろ?この関係は好きな人が出来るまでだって。だからこれで終わりにしよう。」
雫はまた複雑そうな表情をしながら、俯いている。
多分、俺に好きだと言ってしまった事や、それなのに自分からこの関係を終わらせる事に申し訳なさやら、下手をしたら自分が浮気をしているような感覚になっているんじゃないだろうか。
やっぱりこの子は優しいな。
恋人では無いんだから、そんな気持ちになる必要は無いってのに…
じゃあ、雫の幸せにとっての大事な一歩を、スッキリと悔いなく踏ませてあげようかな。
俺はここでジョーカーを切る事にする。
「気にするな!俺ももう次の人を見つけたからな。」
「ええ!?」
「ちゃんと小嶋さんと話した後で見つけたから、約束は破ってないぞ?」
「そんな事いって…シンさん優しいから嘘言ってますよね?」
俺は携帯を使ってあいつを召喚する。
「嘘じゃないって。今呼んだから。」
そう言った後すぐに『ぐっち』の入口の引き戸がガラガラと開いた。
「はじめまして。橘 花蓮よ。シンはもう返さないからね?」
雫はいきなりの展開に頭が追いついてないようで、唖然としている。
「キレイ…」
こいつの第一印象は皆そんな感じだよな。
「な?て事で、雫は迷わないでいいから。」
「そうなんだ…あははは。」
またまた複雑そうな顔をしてるな。
そりゃそうか、離れる事を決めたけど、好きな人をいきなり取られたんだからな。
徐ろに花蓮は雫に近づき、耳元で何事か囁きはじめた。
なんか前にも見た光景だな…
雫は少しだけ険しい顔になったが、みるみるうちに表情が柔らかくなっていく。
そして花蓮と微笑み合うと、スッキリした顔で此方に向き直った。
…またかよ。何言ったんだこいつ。
花蓮は満足そうな表情で俺の横に座り、腕を絡めてくる。
「シンさん!今までありがとうございました!」
「こちらこそありがとう。凄い楽しかったよ。」
雫はニッコリと笑って高らかに宣言した。
「私、幸せになります!」
最後はあっさりしたものだったな。
やっぱり少し寂しい気持ちはあるが。
雫は笑顔が良く似合う。これでいい。
『ぐっち』を出てから、花蓮と二人でゆっくり歩く。
花蓮は俺と腕を組んで歩く事が幸せだと言いながら、今日は一緒に居てもいいかと聞いてくる。
「そうだな、今日は俺の時間をお前にやるよ。」
「ありがとう!愛してるよ、シン!」
まったくこいつは…
「今度の俺の誕生日はメールじゃなくて、直接来いよ。」
気まぐれでそんな事を言ってみた。
やっぱり寂しいんだな。
花蓮は驚いて俺を見つめてくると、瞳に涙を浮かべながら笑顔になった。
「うん!絶対にお祝いに行くね!」
見た目は良いからな、こいつは。
お前の笑顔も悪くないじゃん。
◇◆◇◆◇◆◇
私の恋が一つ終わった。
その人はとっても優しくて、穏やかで、その人と居ると凄く落ち着けて、私がダメになりそうになった時に癒してくれた。
本当の恋ではなかったのかもしれないけど、この人を好きになって良かったって、心から思えた。そして、私も人を好きになれる事が嬉しかった。
本当の恋をする前の羽休め。
あの人は私が羽休めをする為のとまり木になってくれた。
それももうお終い。
私は幸せになる為に羽ばたく事にした。
ありがとうシンさん。
花蓮さん…がんばってね?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
取り敢えず二章終了です。
幕間を挟んで、三章へ続きます!
なんでも、自分の居ないところで勝手に話を進めないで欲しいと。
まぁ…当たり前の話だな。
もう、会いません。俺はそう言ったが、ちゃんと話したいと雫からの要望で、今目の前にいる。
土曜日の朝、仕込み前の『ぐっち』を貸してもらったらしく、テーブル席に座っている。
初めて雫と会った場所だ。
どうやら、雫はご機嫌ななめのようだ。
「えーっと、雫?」
「はい。何でしょうか?」
いやいや、話したいって言って呼び出したのは君じゃなかったっけ?
苦笑いしながら取り敢えず謝る事にした。
「ごめんなさい。勝手に話を進めてしまって。」
ジトーっとした目で此方を見つめ、なかなか話を始めようとしない雫さん。
目を瞑り、はぁ~っと一度大きく息を吐き出し、次に目を開いた時にはいつもの雫に戻っていた。
「あのですね、私はシンさんの事が好きだって言いましたよね?それなのに私の気持ちを無視したような終わり方なんて酷いです。」
「ごもっとも…」
返す言葉も無いとはこの事だ。
「でも多分私の事を思って、シンさんもアキさんも話してくれたんですよね?」
その通りです。
「昨日アキさんから提案された事があるんです。」
「提案?と言うと?」
「アキさんがこっちに帰ってきて、新たにお店を始めるから一緒にやらないかって。」
おお!それはいいんじゃないか?
雫も料理好きだし。でも家で作るのとお店で商品を作るのは別物だとは思うけど。
「私どうすればいいのか、迷ってます。」
何を迷っているんだろう。
まぁ恐らくは…
「雫は以前小嶋さんの事を好きだったんだよね?今はどうなの?」
「んー、よく分かりません。今はシンさんの事が好きなんです。でも…」
うん、良くわかるよ。
ええい!最初も俺から言ったんだ!
あの最低な提案を彼女に言わせる訳にはいかなかったからな。
最後も俺から言ってやろうかな。
「迷ってるんだろ?俺の事が好きだって言ってくれるのは、凄い嬉しい。でも雫は俺との将来は見えてない筈だ。俺もそうだ。それに引き換え、小嶋さんとの将来を考えると、ハッキリと見える。幸せになれるって。」
「そんなこと…いえ、確かにそうですね。」
「小嶋さんは何て言ってる?あの人俺に雫を幸せにするって約束してくれたんだ。」
「昨日アキさんと話したんです。私とアキさんはお姉ちゃんを通して繋がってたけど、今はお姉ちゃんはいない。まだお互いにちゃんと好きになったり出来るか分からないけど、アキさんは私を幸せにしたいって。そして私もアキさんを幸せに出来たらって思いました。」
お互いに雪乃さんの為でもあるのだろうけど、そんな同じ思いを抱いている二人が悪い方向に向かうはずないよな。
「雫、最初に決めた約束があっただろ?この関係は好きな人が出来るまでだって。だからこれで終わりにしよう。」
雫はまた複雑そうな表情をしながら、俯いている。
多分、俺に好きだと言ってしまった事や、それなのに自分からこの関係を終わらせる事に申し訳なさやら、下手をしたら自分が浮気をしているような感覚になっているんじゃないだろうか。
やっぱりこの子は優しいな。
恋人では無いんだから、そんな気持ちになる必要は無いってのに…
じゃあ、雫の幸せにとっての大事な一歩を、スッキリと悔いなく踏ませてあげようかな。
俺はここでジョーカーを切る事にする。
「気にするな!俺ももう次の人を見つけたからな。」
「ええ!?」
「ちゃんと小嶋さんと話した後で見つけたから、約束は破ってないぞ?」
「そんな事いって…シンさん優しいから嘘言ってますよね?」
俺は携帯を使ってあいつを召喚する。
「嘘じゃないって。今呼んだから。」
そう言った後すぐに『ぐっち』の入口の引き戸がガラガラと開いた。
「はじめまして。橘 花蓮よ。シンはもう返さないからね?」
雫はいきなりの展開に頭が追いついてないようで、唖然としている。
「キレイ…」
こいつの第一印象は皆そんな感じだよな。
「な?て事で、雫は迷わないでいいから。」
「そうなんだ…あははは。」
またまた複雑そうな顔をしてるな。
そりゃそうか、離れる事を決めたけど、好きな人をいきなり取られたんだからな。
徐ろに花蓮は雫に近づき、耳元で何事か囁きはじめた。
なんか前にも見た光景だな…
雫は少しだけ険しい顔になったが、みるみるうちに表情が柔らかくなっていく。
そして花蓮と微笑み合うと、スッキリした顔で此方に向き直った。
…またかよ。何言ったんだこいつ。
花蓮は満足そうな表情で俺の横に座り、腕を絡めてくる。
「シンさん!今までありがとうございました!」
「こちらこそありがとう。凄い楽しかったよ。」
雫はニッコリと笑って高らかに宣言した。
「私、幸せになります!」
最後はあっさりしたものだったな。
やっぱり少し寂しい気持ちはあるが。
雫は笑顔が良く似合う。これでいい。
『ぐっち』を出てから、花蓮と二人でゆっくり歩く。
花蓮は俺と腕を組んで歩く事が幸せだと言いながら、今日は一緒に居てもいいかと聞いてくる。
「そうだな、今日は俺の時間をお前にやるよ。」
「ありがとう!愛してるよ、シン!」
まったくこいつは…
「今度の俺の誕生日はメールじゃなくて、直接来いよ。」
気まぐれでそんな事を言ってみた。
やっぱり寂しいんだな。
花蓮は驚いて俺を見つめてくると、瞳に涙を浮かべながら笑顔になった。
「うん!絶対にお祝いに行くね!」
見た目は良いからな、こいつは。
お前の笑顔も悪くないじゃん。
◇◆◇◆◇◆◇
私の恋が一つ終わった。
その人はとっても優しくて、穏やかで、その人と居ると凄く落ち着けて、私がダメになりそうになった時に癒してくれた。
本当の恋ではなかったのかもしれないけど、この人を好きになって良かったって、心から思えた。そして、私も人を好きになれる事が嬉しかった。
本当の恋をする前の羽休め。
あの人は私が羽休めをする為のとまり木になってくれた。
それももうお終い。
私は幸せになる為に羽ばたく事にした。
ありがとうシンさん。
花蓮さん…がんばってね?
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取り敢えず二章終了です。
幕間を挟んで、三章へ続きます!
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