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司馬楽 みちなり

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第3章 Past events

第44話 別れ

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 頭が痛い…

「何が…?」

 ベッドに寝ているのだろう事は分かるが、ここが何処だか分からない。

 痛みで身体が動かしにくいので、首だけをひねって辺りを見回す。

 白いカーテンで仕切られているようだ。
 薬の匂いがする。
 ほぼ間違いない。病院だ。

 そうだ、俺は花蓮に会いに行って、その場であの男に花蓮を連れていかれるのを見てしまった。

 それから…記憶が曖昧だな。

 その時、カーテンが開かれた。

「あ!起きてる!」

 開かれたカーテンから顔を覗かせたのは、以前花蓮からの伝言を伝えてくれた女の子だ。

「君はあの時の。どうして?」

「どうしてって、救急車を呼んだのは私だよ?学校から帰ろうとして門から出たら、フラフラしながら道路に歩いて行って車に跳ねられた君を見たの。」

「…それは、迷惑をかけたな。」

「まぁいいって。それより君は先輩だったんだね?お家にも連絡したみたいだけど、家族…いないんだね?」

「ああ…」

「私は山崎恭子。たまたま君を知ってたから一緒に病院まで来たんだよ?」

「ありがとう。このお礼はいつかさせて貰う。」

「いいって。一応私も見てたからね。花蓮があの男の子と車で行っちゃう所を。」

「そう…か」

 連れていかれた。それから、どうなったんだ?

「なぁ、もうどうにもならねぇのかな?」

 恭子は困った表情をして、俺から目を逸らした。

「そうね、これは好きとか嫌いの話じゃないからね。そういう家に生まれてしまったならそれを受け入れる以外に生きる道はないんだよ。」

 そうなのかよ。俺には理解出来ない。俺には受け入れられない。

「君もそうなのか?」

「ウチは花蓮みたいな大きな家じゃないからね。結婚相手は慎重に選ばないといけないけどさ、それまでは割と自由かな?」

「そっか。諦めるしかないのかな…でも」

「そう簡単には諦められないよね。あのさ、花蓮と連絡が取れるかも知れないよ?」

 暗雲がたちこめていた俺の心に光が差したようだった。

「本当か!?ってぇ…」

 痛めてる事を忘れて、身を乗り出し、痛みを思い出した。だが今はそれ所ではない。

「ほら!怪我は大したことないらしいけど、暫くは安静なんだから!それにね、そんなに期待しても連絡する事で後悔するかもしれないよ?」

「構わない。頼む…」

 可哀想な人を見る目で俺を見つめ、短く溜息をつき、携帯を取り出し何処かに電話をかけ出した。

「花蓮の今までの携帯は取り上げられたみたいで、新しい携帯を…あ、もしもし?花蓮?」

 なんともまぁ簡単に連絡がついたようだ。

 何事かを話している恭子を見ていると、俺に向き直り、携帯を渡してきた。

 俺は震える手でその携帯を受け取った。

「花蓮か?」

『シン!大丈夫なの!?』

 何日かぶりに声を聞き、それだけで俺は涙が溢れた。

「ああ、大丈夫だ。」

 涙声になるのをなんとか抑え、それだけ答えた。

『シン、こんな事になってごめんなさい。』

「もう、無理なのか?なんで俺にほかの女を宛てがうような真似を。」

『これだけは言わせて欲しいの。私はこれからも貴方だけを愛し続けます。』

「だったらなぜ?俺も花蓮を愛してる。誰にも取られたくないんだ!」

『私は貴方のモノよ?誰にも靡かない。それは一生変わらないわ。』

 その時、花蓮の後ろから男の声が聞こえた。

「あいつと居るのか?花蓮の部屋に二人きりでか?」

『…ええ、今の私では家に逆らっても貴方と一緒に居れないから。』

「ちょっとまて!まだ他にやれる事あるんじゃないのか!?」

『残念だけど、他に道がないの。今の私とシンではどうにもならないわ。だから…ごめんなさい』

 まて、なんで謝る?何を謝るんだ?

『貴方を裏切る事になってしまう。私は今からあの男に抱かれるわ。』

「ちょ!まて!ふざけるなぁぁ!」

『本当にごめんなさい。でも私はシンだけを愛してる。生きていて欲しいの。私も生きるから。』

 なんて勝手な事を言うんだ。そんな事を聞かされて、俺の生きる意味はお前だったんだ。そんなお前が傍にいないのにまだ俺を縛るつもりなのか!

「勝手な事ばかり言って、お前一人で何もかも決めて、それで俺に生きろって?」

『ごめんなさい。シン、愛してるの。貴方がいない世界なんて考えられない。』

「そんな事を言いながらお前は他の男に抱かれるって俺に言うのかよ。残酷過ぎるだろ…」

『シン、一度逢いに行くから。きっと!』

 なんなんだよ。意味がわからねぇよ。
 どう納得すりゃいいんだ。愛してるけど他の男に抱かれる?馬鹿か?

「………もう、いい。お前は俺を愛してるなんて言いながら、大して気にしてなかったんだ。お嬢様の遊びだったんだろ。だから俺にもほかの女を宛がって、後腐れなくしたかったんだよな。」

『違うわ!私はシンが誰と関係を持っても愛し続ける!私が傍に居れないから、貴方の事を見ててもらいたかっただけ!』

「もう、知らねぇよ。勝手に決めたんだ。勝手にしろよ。逢いに来なくていい。いや、来るな。もう終わりだ…」

『シン…』

 花蓮は泣いているようだった。
 俺の涙はもう枯れたようだ。

「最後に、約束は守ってやるよ。俺は生きる。なんの目的もなく、ただ生きる。後味が悪いなんて思わなくていいからな。今までありがとう。じゃあな…」

 携帯を恭子に返し、全身が脱力した。

 終わった。もう何も残っていない。
 完全に空っぽになってしまった。

 女は怖いもんだな。愛してるなんて言いながら、他の男に抱かれるのか。

「言った通り後悔しちゃったでしょ?」

 恭子は憐れむような目で遠慮がちに話しかけてきた。

「いや、これでハッキリしたんだ。ありがとうな。」

「お礼は言われたくないかな。私、今日は帰るね?またお見舞いに来るよ。」

 そう言ってカーテンを閉め、恭子は帰って行った。

 もう何もかもどうでもいい。

 俺の人生はこの先なんの目的ももたず、ただ過ぎていくのだろう。

 幸せになれる日は、いつか来るのだろうか。

 そんな事を考える事も面倒になり、掛け布団を頭から被り、目をつぶった。

 疲れた…暫くはゆっくりと休もう。



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