異世界の無法者<アウトロー> 神との賭け・反英雄の救済

さめ

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9章 人間と神竜そして竜闘祭

9.3 堕落した街を見た話

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「やあ、聞いたよ。神竜族を仲間にしたんだって?」

 買い物をしている途中、偶然エルシドと会う。
 既に何があったかを知っているようで、仲間にしたと思われる神竜族がいないかと、空を見上げてその影を探していた。

「それはそうだが、今は宿屋の近くにいるから探しても見つからないが」

「それは残念だね。ところで、オリービア君は神竜族と契約を?」

「はい、そうですけど」

「本当に凄い命力の総量だな。だが、これ以上は危険だから契約獣を増やさない方がいいと思うよ」

 オリービアは何のことかわからないという感じだったので、エルシドの忠告を改めて説明する。

「一応症状は出ていませんが、ご忠告通りにしますね」

「その方がいいと思うよ。ところでルシファー君、少し話せるかな?」

 エルシドの声の抑揚が変化し、真面目な話だと勘づいたので、俺はオリービアとサラーから離れようとする。

「さっきみたいな奴に気をつけろよ」

 それだけを言い残し、大通りに隣接する細い通りへ、エルシドの手招きに連れられて入る。
 幸い人通りは無く、落ち着いて話が出来そうだ。

「さっきみたいな奴とは何だい?」

「おっさんがオリービアを買おうとしたんだ」

「もうそういったことに、遭遇してしまったか」

「で? 話ってのは?」

 エルシドは深いため息をつき、周りを見渡した後口を開く。

「当代の王になってから、この国は堕落した。繁華街に隣接する大通であっても、娼館が堂々と乱立するようになってしまった。見てくれ、この大通りに面した通りにも、賭博場と娼館、非合法な取引を行う店もある」

 エルシドの目線を追うと、確かに隠れながらも堂々と家に入っていく者達がいる。
 どう考えても、人が集まる見た目をしていない建物だが、それが逆にやましいことをしています、と宣言しているようなものだ。

「先代の王が築き上げた良き景観など、大通りの露店や店くらいしかもう残っていない。今徐々に、仕事もせず賭博をし、娼館に通い、それ以外は起きているか寝ているかという者が増えて行っている」

「人間なんてそんなものんだろ?」

 俺の父は仕事もせずに遊び惚けていたし、母は水商売だ。
 それに、娼館のような夜の仕事も世の常として存在してきたしな。

「そうかもしれないが、堂々と女を買う者まで出てきている」

 それは・・・オリービアの件もあるから、否定することは出来ないが。

「君は、この状況を変えようと思わないか?」

「思わない」

「何故?」

「俺には関係ないからだ」

 返す言葉に悩むエルシドの横から、オリービアに絡んだ時と同じようなおっさんが近づいてきた。

「マスクの兄さん、なかなか良いからだしてるじゃないか。どうだい?」

 どうだい? とはなんだ? まさか・・・俺を誘っているのか?

「気持ちの悪いことを・・・」

 サイコキネシス<念動力>を発動し、掌を掴む形にして上に上げ、声をかけてきたおっさんを家の屋根の上まで持ち上げてから、向こうの通りに投げ飛ばす。
 首元を特に強く締め付けたので、醜そうな声を聞かずに済んだ。

「これが君の力か」

「そうだが」

 エルシドは感心したように、一連の動作をしていた手を眺めている。

「気持ちの悪いおっさんだった」

「私は同性愛も個性と思うし、否定するつもりもないが、ああいう輩はただの性的趣向者に過ぎない。ああいうのも、徐々に増えているんだ」

「そうなのか。で? 俺を呼んだのは先程の質問をしたかっただけか?」

「あ・・・ああ。君の考えを聞きたかったんだ」

「悪いことでは無いにしても、何か企んでいるのなら、俺は関わるつもりはない」

「・・・それでも、私はまた君と話したいな」

「勝手にしろ」

「最後に聞きたいのだが、君はこの街をどう思う?」

「そうだな。人間の欲望を体現した結果、堕落の一途を辿っているといったところか。お前の言葉を借りるのなら、堕落の象徴ともいえるかもな」

「そうか・・・ありがとう。すまなかったね」

 もはや返事もせずに、エルシドに背を向けてオリービアとサラーの元に戻った。

 結局、エルシドが何を言いたかったのかは分からなかったが、厄介事に巻き込まれるのも、利用されるのも嫌だし、興味も失っていたので、さほど気にすることもなく、直ぐに忘れてしまった。



 エルシドは、一行が見えなくなるまで通りで1人、物思いにふけっていた。

「勧誘は失敗か?」

 裏路地の陰からレオンが現れ、エルシドに近づいて声をかける。

「今日は彼の考えを聞いただけだ。勧誘はしていないよ」

「そうか。だが傍で聞いていた限りは、あやつは英雄気質には見えないんだがな」

「確かにそうかもしれないな。そうだな・・・彼は、反英雄といったところか」

「反英雄?」

「悪を持って善性を証明する者、人々に憎悪される事、その悪行が結果として人々を救う事、悪を以って善を明確にする者といったところか」

「そんな奴が必要とは思えないが」

「いや、善性ではどうしようもないこの国を変えられるのは、彼のような人物だと思う。今のこの国には必要なんだよ、反英雄の救済がね」

 レオンはそれを肯定も否定もせずに、エルシドを乗せて屋根に飛び乗って行った。



 神緑の森への遠征に必要な物を買い込み、宿屋に戻ってきた後、食事と風呂を済ませる。
 その頃には、あたりはもう暗くなっていたので、明日の出発のためにも早めの就寝をしようとした時、オリービアが暗い顔をしているのに気づく。

「どうした? 明日は神緑の森への遠征だ。まだ昼間のことを気にしているのなら」
「あ! そうではないんです!」

 オリービアは顔を上げて、両手を振っている。

「私のことではなく、ルシファー様の事です」

「俺か?」

「折角、ルシファー様が少し・・・その・・・温かくなってきたなと思っていた矢先、ああいうのが現れるなんて」

「そんなことか」

 それを聞いたサラーが、駆け寄ってこちらの顔を覗き込んでくる。

「そんなこと、じゃないです! おにいちゃんがやっと、あたし達を仲間って言ってくれたのにです」

 別に俺の人間嫌いは、この世界に来てから変わっていないのだが。
 こいつらにはどう見えていたんだか。

「別にお前らを仲間と認識しているのは変わらないし、そこまで心配する必要はない。人間なんてあんなもんなんだよ。欲に塗れてるのが普通なんだ」

 オリービアとサラーは互いに見合って、お互いの不安を共有しているようだ。
 このまま思うことがあって、寝不足になられても困るな。

 ここは1つ、俺も正直に言ってみるか。

「これだけは言っておく。理由はわからないが、俺はあのおっさんがオリービアの手を握った時、怒りを覚えたんだ。今までこんなこと無かったんだがな・・・」

「それは何でですかね?」
「何でです?」

 オリービアは何かを期待するかのように、サラーは分かっていますという感じを出している。

「だから、俺は人間に興味を失ったのも、信じていないことも今に至るまで変わっていない。今日の一件で、何かが変わったり戻ったわけではない」

「はっきり言ってくださいよ」
「誤魔化したです」

 面倒になってきたな。

「さあ、もう寝るぞ」

「ルシファー様! はっきりと、私を他の男に触らせるのが嫌だったと言って・・・あああああ!」

 サイコキネシス<念動力>を発動し、同時にランプの明かりを全て消す。

 それでも、暗闇の中で何かが動く音が聞こえるが。

「させません!」
「です!?」

 隣のベッドで行われる、2人の攻防だったようだ。

 またサラーが俺のベッドに来ようとしたのだろう。
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