異世界の無法者<アウトロー> 神との賭け・反英雄の救済

さめ

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10章 竜闘祭と決着そして別の戦い

10.8 決意と悲劇が交差した話

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「何を!?」

「我輩を殺し、決闘の結果とするのだ。そして・・・レグナが外界に行くよう仕向けよ。母親を探すもよし、新たな仲間を得るのもよし。レグナだけは・・・生きて欲しい」

 族長の目から、一粒で水たまりが出来そうなほどの涙が流れ出す。
 死を覚悟し、それでも子の安全を願う親の姿が、ただそこに存在していた。

「・・・その役目、妾が引き受けよう」

「本当に良いのか? 責と業を負うことになる」

「今更、提案した族長が言うのか? 妾も・・・番うのならレグナと決めていた身。そのレグナが、安全に生きられる可能性があるのならば、一族をもおとりにしてくれる」

 族長はその言葉に安堵したのか、首をもたげて目を閉じ、最後の時を待った。
 静かに神竜の炎牙しんりゅうのえんがを発動したレビヤは、族長の首に噛みつき、なるべく痛みが無いようにその命の終わりを迎えに行く。

「願わくば・・・もう一度だけ、レグナに会いたかった」

 そう言い残しながらも、叶わぬことであると、それを受け止めたように、族長は穏やかな表情のまま、呼吸と鼓動を同時に止めた。

「創造主の言ったとおり、命を奪ったのは僕じゃ無かったのだ」

 自らの創造主との会話を終えたのか、淡々とした口調に戻ったカマエルがレビヤに近づいて行く。

 レビヤはそれを断腸の思いの中、ただ無言で睨みつける。

「そんな目をされると怖いんだが。それで? どうするのだ?」

 言葉とは裏腹に全く恐れるようすもなく、目的の言葉を聞こうとする。まるで今失われた命など無かったかのような、そんなようすであった。

「妾が次期族長になり、一族を率いてこの地を出よう」

「流石の創造主なのだ。本当にその言葉を聞くとは」

「貴様の創造主は、未来でも覗けるのか?」

「詳しくは分からないけど、預言を下さるのだ」

 カマエルは満足げに空へと飛び立とうとする。
 それを見たレビヤは、今はただカマエルが去っていくことに安堵し、族長の遺言を遂行することを考える。

 まずは族長のご遺体を弔わなければ。
 そう考え族長の首を噛み運ぼうとしている、この最悪の状況下で、今一番会いたくない者が帰ってきてしまう。

「レビヤ!? これはどういうこと?」

 振り返ると、いつの間にかレグナが帰ってきており、口を開けたまま目を点にしている。

「首を・・・君が、お父さんを噛み殺したの? その体の傷も、君が?」

 本当の事を言うべきか。それさえも悩んでしまうが、覚悟を決めたレビヤは口を開き、粗暴な扱いを演出しながら、族長の遺体を地面に落とした。

「決闘を申し込み、妾が族長を殺した」

「なんで!? どうしてなんだ!」

「預言などに固執し、一族の衰退を生んだ者など必要ないからだ!」

「そんな・・・。それに、さっきの翼を生やした人間みたいなのは誰!? ここから飛んで行ったように見えたよ!」

「奴はカマエル、我ら一族に福音をもたらしに来た者だ」

「福音ってなに!?」

「この地を離れ、人間を支配し・・・神竜族の繁栄を確かなものにするためだ。妾は急進派の申し出を受け、長となることにする。ラコーン親衛隊などという、気取った有象無象の集まりも、これからは妾の配下となる」

「そんな事、認められる訳が!」

 レグナが族長の遺体に近づいた瞬間、レビヤは尻尾を鞭のように振るってレグナを吹き飛ばす。

「弱きものはこの地を去れ! ぬしのように口だけは達者なものが、妾に意見するな!」

 レビヤは震える体を必死に抑え、歩きながらレグナに冷たい言葉を浴びせる。

「最早神竜族に、ぬしの居場所などはありはせぬ! 外界にぬしを受け入れてくれる場所を、探しに行くがいい!」

「何で・・・何でそんなことを言うんだ! 何でお父さんを殺したんだ! カマエルって誰だ!」

 大粒の涙を床に音を立てて零しながら、レグナは人間の子供が駄々をこねるように、その場で身じろぎを繰り返す。

「レグナ・・・」

 その姿に、レビヤの心は一瞬折れそうにはなるが、直ぐに自分を奮い立たせて、更に言葉を浴びせようとする。

「カマエルは彼の地を離れ、神竜族が人間を支配することが、神竜族の衰退を止める方法だと示した。それに反対したぬしの父は、もはや神竜族の繁栄の障害でしかない!」

 レグナはなにか言いたげにしているが、口を開くことなく黙って聞いている。

「だからこそ、妾が粛清したのだ!」

「そんな・・・どこの誰とも分からない存在に、誑かされたっていうのか!」

 一転して大声で糾弾するレグナ。
 父を殺された怒りが込み上げてきているのか、泣きながら体を震わせている。

「カマエルは神竜族よりも強大な神域の力を示し、妾を納得させた」

「おいらも、帰りにその神域の力を感じたさ。だから急いで帰ってきたんだ! でもあれは、おいら達とは異質な神域の力だったじゃないか! それを信用したのか!」

 今までの性格からは考えられない、半ばやけくそとも取れるレグナの糾弾。
 このまま会話を続ければ、やがて族長の体の傷がレビヤによるものではないと、レグナが気付く恐れもあると考え、レビヤはレグナに背を向けて族長の遺体を弔いに行こうとする。

「待って! まだ話は終わって・・・」

「黙れ!」

 レビヤを止めようと近づいたレグナに、再び尻尾の鞭が飛んでくる。
 あっけなく吹き飛ばされて、仰向けに倒れて動かなくなってしまう。

「怪我をする前に、彼の地を去れ」

「な・・・んで」

 か細い声でかろうじて返事を返すレグナ。

「さすれば・・・ぬしの母にも会えるかも知れんぞ」

 レグナが衝撃で気を失ってしまったことを知ってか知らずか、レビヤはそれだけ言い残し族長を弔うために、遺体を引きずりその場を後にする。

 レビヤはもう後戻り出来ない事を実感しながら、更に茨の道を歩むことを覚悟し、レグナへの想いを捨てることを決意したのだった。



 どれ程の時間が経過したのだろうか。

 太陽がその日の仕事を終え、月明りであたりが照らし出されたころ。
 レグナは深い眠りから覚めるように、気だるい感覚を覚えながら目を開けて体を起こす。

 そういえば何があったんだっけ。
 そう想いながらあたりを見渡し、ここが寝床であることを確認する。

 父が居ない・・・狩りにでも言っているのだろうか。
 そんな事を考えていると、地面に血の跡が残っていることを認識した。

 そうだ・・・お父さんは殺されたんだった。

 レグナはそれを見た瞬間、全部思い出してしまった。

 レビヤが父を殺したことを、痛めつけられ彼の地を離れるよう言われたことを。

 レグナは、レビヤのあまりの変貌に理解が追いついていなかったが、父の死とそれを行ったのが、唯一自分に優しくしてくれたレビヤだということを、今更ながら実感していた。

 嗚咽のを零しながら、父の血が作った地面の血にすがりながら、僅かに残っている父の匂いにすがりながら、嗚咽はやがて絶叫に変わり、やがて泣き声に変わる。

 それを弔いを終えて、レグナのようすを身に来たレビヤも、ただ静かに涙を流している事は、知りようも無かったのだが。
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