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 それからあっという間に時は流れ、気づけば私は二十九歳となっていた。
 皇帝に即位した日に国民に誓ったとおり、私は国のために尽力した。結果ラスティア帝国はどこの国よりも平和で豊かな国となったのである。

 私はいまだに結婚はしておらず独身を貫いている。あくまでも私は中継ぎだ。中継ぎの皇帝に子ができてしまえば新たな争いの火種となる可能性がある。私はそんなことは望んでいない。だから結婚するのであれば退位してからと決めており相手もそれを了承してくれている。
 …そう、相手はいるのだ。父と母からも許可をもらい、退位後に結婚する予定だ。相手はクリスだ。クリスのことは昔から大好きであったがそれは友情や親愛よるものだった。それが変わったのは私が皇帝になってからだ。私が十八歳の誕生日を迎えた頃からクリスの様子がおかしくなったのだが、即位したばかりで公開処刑もあり忙しく気にかける暇がなかった。しかし即位して数ヶ月も経つと忙しい日々もある程度落ち着いてきたが、すでにその時には私を見るクリスの瞳に熱が籠っていた。


 (どうしてそんな目で私を見ているの?)


 そんな疑問を抱いていたある日、クリスから話があると言われた。どのような話なのか内心ドキドキしながらその日の執務を終え、クリスを執務室へと呼んだ。


「クリスから話があるなんてめずらしいわね。一体どんな話なの?最近様子がいつもと違っていたけれどそれと関係あるのかしら?」

「……」

「クリス?」

「…思い出したんです」

「思い出す?クリス、一体何を…」

「最初は国境を越えてすぐの森の中でした。アンゼリーヌ様が胸から血を流し倒れていました」

「っ!ど、とうして…」


 クリスが言う最初というのは一度目の人生のことだろうか。十二歳の頃にこのやり直しの人生について話しはしたが、自分がどこでどうやって死んだかは詳しく言わなかった、いや言えなかったのだ。それなのになぜかクリスは知っている。


「二度目は元第一皇女の宮の床の上で血を流して倒れており、三度目は地下牢で毒によってアンゼリーヌ様は…。だから私は魔法を使ったのです」

「…もしかして記憶が?」

「はい」

「嘘…」

「アンゼリーヌ様が即位され国民に挨拶されている時に突然思い出しました」

「…魔法を使ったのはクリス、なの?」

「…はい」


 クリスの言うことが本当なら彼は私のために三度自分の命を犠牲にしたということだ。なぜ記憶が戻ったのかは分からない。ただ思い出すのは死ぬ直前に聞こえたクリスの声。幻聴だと思っていたがどうやら幻聴ではなかったようだ。


「…どうして?」

「アンゼリーヌ様?」

「っ、どうして時間を戻す魔法を使ったの!?私もあれからその魔法について調べたわ。確かに時間を戻すことができると書かれていた。けど!代償は術者の命!どうしてクリスは私のために自分の命を犠牲にしたの!私は一度目も二度目もそれに前回だって死ぬ直前にあなたのことを思い出していたわ!どうか無事に生きてほしいって願っていたの!それなのにどうして…!」

「私がアンゼリーヌ様を愛してしまったからです」

「えっ?」

「どうかお許しください。…私はあなたを愛してしまったのです」

「わ、私を…?」


 突然の告白に私は戸惑った。だって男の人に愛してるだなんて初めて言われたから。


「はい。アンゼリーヌ様の死を目の当たりにし、私はアンゼリーヌ様がいない世界で生きていくなんて考えられませんでした。そして毎回その時に時間回帰の魔法を思い出すのです。成功すればそれでいいし、もし失敗してもアンゼリーヌ様の後を追える。だからなんの躊躇いもありませんでした。今だって同じです。もしもアンゼリーヌ様の身に何かあれば私は喜んでこの命を差し出すでしょう。私は自分の命よりアンゼリーヌ様の幸せの方が大切なのです」

「クリス…」

「しかし私はアンゼリーヌ様の従者です。主にそのような感情を持つことなどあってはなりません。隠そうとも考えましたが、邪な気持ちを抱えたまま仕えることはできそうにありませんでした。それだけ私はあなたを愛してしまっているのです。…だから従者を辞めさせてください」

「え…」


 (クリスが私の側からいなくなる…?)


 そんなこと考えたこともなかった。今までは自分が先に死んでしまい離ればなれになってしまったが今回は違う。クリスから離れていってしまうのだ。そう思うと胸が苦しくなる。


 (この胸の苦しさは何?)


 疑問に思うも答えはでない。


「…少し時間をちょうだい」

「分かりました。…それでは失礼いたします」


 そう言ってクリスは部屋から出ていった。
 私は一人になった部屋で考える。クリスの願い通り彼を解放してあげるべきなのだろうか。しかしそれを嫌だと思っている自分がいる。私はこの日眠れない夜を過ごしたのだった。
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