【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20

文字の大きさ
上 下
27 / 31

27 ベルタ

しおりを挟む

 さすがに二日も帰ってこないのはおかしいと思った私は、次の日商会へと出向いた。商会には今でもよく出入りしていて、私が来ると息子の恋人であるララさんがお茶とお菓子を用意してくれるのだ。世間では息子と彼女の関係は浮気と言われるだろうが、あんな役立たずな嫁よりも気が利いて愛嬌のあるララさんの方が何倍もいい。


「今日はどんなお菓子が出てくるかしら。……って、あら?」


 そんなことを考えながら商会にたどり着いたが、なんだか様子がおかしい。普段なら女性客で溢れているのに、今日は男性ばかりだ。しかもその男性たちは買い物をしているようには見えない。どうしたのだろうかと思いながら商会の中へ入ろうとすると、入り口にいた男性に止められてしまった。


「申し訳ありませんが、関係者以外ここから先には入れません」

「……どういうこと?」

「エバンス商会は現在営業停止中です。ですのでお引き取りを」

「っ!営業停止ですって!?私はここの商会長の母親よ!今すぐここを通しなさい!」

「母親?」

「そうよ!商会長のシモン・エバンスは私の息子よ!わかったのなら早く道を開けなさい!」

「……この様子じゃ何も知らなさそうだから、証拠を隠される心配はないか」

「は?何を言っているの?さっさとどきなさいよ!」

「はぁ。いいか?関係者だから中に入れるが、今この商会は組合からの捜査が入っている。邪魔しようものなら業務妨害で捕まることになるから余計な真似はしないように」


 私は急ぎ商会長室へと向かった。その間に先ほどの男性と似たような服装をした人と何人もすれ違ったが、ララさんや他の従業員の姿はまったく見当たらない。


「どうなっているのよ……!」


 主人の時にはこんなことは一度もなかったのに、一体何が起こっているのだろうか。


「シモン!」


 商会長室の扉を開くと、そこには息子の姿があった。たった二日会わなかっただけなのに、ずいぶんと窶れてしまったように感じる。


「ああ、こんなに窶れちゃって……!」

「……」

「私が来たからもう大丈夫よ!」

「……」

「あいつらがあなたをこんな姿にしたのね!許せない!せっかくあの女がいなくなって清々したっていうのに!私がただじゃおかな」

「母さん!」

「っ!ど、どうしたの?そんな大きな声出して……」

「用事がないのなら出てってくれないか」

「えっ?」

「今はそれどころじゃないんだ」


 息子を心配するあまり仕事の邪魔をしてしまったのかもしれない。この状況は気になるが、とりあえず用件だけでも伝えなければ。


「あ、そ、そうね。あなたのことが心配でつい……」

「しばらくは家に帰れないから」

「わ、わかったわ。……あっ!じゃ、じゃあいつものアレをまたお願いしてもいいかしら?」

「……アレ?」

「ほら、化粧水のことよ。お友達がまた欲しいって言っているの。だから」

「化粧水はもうない」

「あ、在庫がないってことかしら?それじゃあ次はいつ頃に」

「在庫の話じゃない。うちはもう二度と売ることができないって意味だ」

「え?ど、どうして?アレはうちの商品じゃない!それなのにどうして売れないのよ」

「……うちの商品じゃない」

「え?何?」



 ――バンッ!


「ひっ!」

「アレはもううちの商品じゃないんだよ!……くそっ!あいつは役立たずなんかじゃなかったんだ!」


 息子が母親である私に向かって大声を出すなど初めてのことだ。なにか気に障ることを言ってしまったのだろうか。それになぜここであの嫁の話になるのか。私の心に一抹の不安が過った。


「ご、ごめんなさい。あなたを怒らせるつもりはなかったの」

「……」

「で、でもどういうことなの?あいつが役立たずじゃないなんて……。あいつってあの女のことでしょう?何か勘違いしているんじゃ」

「俺だって勘違いだと思いたいさ!でも勘違いじゃないんだよ!」

「シ、シモン……」

「もう帰ってくれ」

「えっ、でも」

「帰れって言ってるだろ!」

「っ、わ、わかったわ。それじゃあ……」


 これ以上息子を怒らせるわけにはいかないと急いで部屋から出ていこうとしたが、息子が何か思い出したかのように声をかけてきた。


「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れてた」

「な、なにかしら?」

「もう俺たちの離婚は秘密にしなくていい」

「え?どうして」

「はっ!どうしてって、そりゃ口の軽い誰かさんがずいぶんと広めてくれたからな。だから今さら秘密にする意味がなくなったんだよ、

「っ!」


 息子の顔を見ることができなかった。息子は私が離婚の話を漏らしたことに気づいている。冷や汗が背中を伝った。私はようやくあの嫁がいなくなった喜びを誰かに言いたくて、仲のいい友達や顔馴染みの店員にここだけの話だと言って話してしまった。まさか息子の耳に入るほど話が広がるなど思ってもいなかったのだ。


「あ、その……、これには事情が」

「大した事情なんてないのに何を言ってるんだか。ただ言いたくて仕方なかっただけだろ?」

「シ、シモン」

「まぁもう今さらだがな。わかったのなら早く俺の視界から消えてくれ」

「っ……!」


 息子のあんな冷たい目は初めて見る。私はその冷たい目から逃げるように急いで部屋から出た。そして家へと帰り扉の前で座り込んでしまったが、立とうと思っても立てなかった。


「どうしよう……」


 息子の口振りからしてあの状況には嫁が絡んでいるのは間違いないが、詳しいことはわからない。息子を怒らせてしまったこともどうにかしないといけないが、それよりも借りた金の返済をどうにかしなければならない。今の時点でわかっていることは、化粧水がもう手に入らないということだけ。友人に化粧水を売った金で借金を返そうと考えていたのに、このままでは返すことができない。それはまずい。どうにかしなければと必死に考えるも何も思い浮かばず、ただ時間だけが無情に過ぎていくのであった。


 後から知ったが、金を貸してくれた金貸しは悪徳で有名だった。私はそんなことも知らずに多額の金を借りてしまったのだ。借金は日に日に膨れ上がり、借金の返済に追われるようになる。

 そしてある日ふと気がつくのだ。嫁のいた頃が一番いい生活を送っていたということに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だって、『恥ずかしい』のでしょう?

月白ヤトヒコ
恋愛
わたくしには、婚約者がいる。 どこぞの物語のように、平民から貴族に引き取られたお嬢さんに夢中になって……複数名の子息共々彼女に侍っている非常に残念な婚約者だ。 「……っ!?」 ちょっと通りすがっただけで、大袈裟にビクッと肩を震わせて顔を俯ける彼女。そんな姿を見て、 「貴様! 彼女になにかすることは許さんぞ!」 なんて抜かして、震える彼女の肩を抱く婚約者。 「彼とは単なる政略の婚約者ですので。羽目を外さなければ、如何様にして頂いても結構です。但し、過度な身体接触は困りますわ。変な病気でも移されては堪りませんもの」 「な、な、なにを言っているんだっ!?」 「口付けでも、病気は移りますもの。無論、それ以上の行為なら尚更。常識でしょう?」 「彼女を侮辱するなっ!?」 ヒステリックに叫んだのは、わたくしの義弟。 「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」 「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」 吐き捨てるような言葉。 まあ、この婚約を破棄したいという点に於いては、同意しますけど。 「そうですか、わかりました。では、皆様ごきげんよう」 さて、本当に『恥ずかしい』のはどちらでしょうか? 設定はふわっと。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。 妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。 しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。 父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。 レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。 その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。 だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?

Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。 最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。 とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。 クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。 しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。 次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ── 「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 そう問うたキャナリィは 「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」 逆にジェードに問い返されたのだった。 ★★★★★★ 覗いて下さりありがとうございます。 女性向けHOTランキングで最高20位までいくことができました。(本編) 沢山の方に読んでいただけて嬉しかったので、続き?を書きました(*^^*) ★花言葉は「恋の勝利」  本編より過去→未来  ジェードとクラレットのお話 ★ジェード様の憂鬱【読み切り】  ジェードの暗躍?(エボニーのお相手)のお話 ★2025.4.19 7時から 「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」という次年度のお話を投稿しましたので、よろしければそちらもお願いします^^

私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。 彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。 しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。 だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。 父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。 そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。 程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。 彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。 戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。 彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

処理中です...