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「今日はありがとう。おかげで楽しい一日を過ごせたよ」

「いえ、私も楽しかったです。…それにこうして街へ連れて来てもらえて嬉しかったです」


 最後の言葉はなんだか恥ずかしくて小さな声になってしまったがテオハルト様にはしっかり聞こえていたようだ。


「じゃあミレイア嬢さえよければまたこうして出掛けないか?」

「…申し訳ございません。私には一応婚約者がおりますし、それにテオハルト様の婚約者様にもご迷惑がかかりますから…」


 今日は勢いで出てきてしまったが本来は婚約者以外の男性と二人きりで出掛けるなんてしてはならない。ただ相手がテオハルト様だから誰も指摘しないだけでよろしくないことなのは確かだ。例え私が肩書きだけの婚約者で近いうちに婚約破棄される可能性があるとしてもだ。

 それにきっと国で待つテオハルト様の婚約者様がいらっしゃるはずだ。お互いにそんなつもりがないとしてもいい気分ではないだろう。
 お誘いを断るのは申し訳ないがこればかりは仕方がないと思っていると


「ちゃんと国王には許可をもらっているから大丈夫だよ。私が街に出るときはミレイア嬢に案内係をお願いするってね。それに私に婚約者はいないから気にすることはないよ」

「え、国王陛下が…?婚約者がいらっしゃらない…?」


 まさか国王陛下から許可が下りているとは予想外だ。息子の婚約者ではあるがそれ以上にランカ帝国との関係を悪化させないことの方が重要なのだろう。それだけランカ帝国が強大な国だということを改めて思いしらされた。
 それにそんな大国の皇子殿下に婚約者がいないというのは驚きだ。年齢は十八歳だったはず。この年齢で皇族で婚約者がいないのはどうしてだろうかと思ったがとりあえず婚約者に迷惑をかけなくて済むことにはホッとした。


「そうだよ。国王は快く許可してくれたし、私には婚約者はいない。ミレイア嬢が嫌だと言うなら諦めるしかないけど。…ダメかい?」

「っ!」


 テオハルト様は少し首を傾けながら私の目を見て問いかけてきた。そんな目で見られたからか心臓がドキドキして落ち着かない。
 それに私もこうしてテオハルト様と出掛けられて本当に楽しかった。どうせこの楽しい時間はテオハルト様が帰国するか私が王太子殿下から婚約破棄されるかどちらかまでの短い時間しかないのだ。その後はどうなるかすら分からない。ならば少しでも楽しい思い出をと願わずにはいられなかった。


「わ、私でよければまたご一緒させてください」

「!…あぁ、ありがとう。またよろしく頼む」


 そうして少し暗くなってきた頃屋敷に帰ってきたのだが、恐らく寝るまでの間にあの人達に何かしら文句や仕事を押し付けられると思っていたのだが特に何事もなかった。
 珍しいこともあるんだなと思いながら固いベッドに横になる。


 (今日は本当に楽しかったわ。楽しい時間がずっと続けばいいのに。私はこの先どうなるのかしら…)


 漠然とした不安を抱えながら私は眠りにつくのだった。




 ◇◇◇





 時は少し遡り、テオハルトがノスタルク公爵邸にやってくる直前のこと…

 リリアンは王太子であるガイストとのお茶会に向かうために玄関ホールにいた。


「さぁ、ガイスト様に会いに城へ行くわよ。…ふふ、おねえさま頑張ってね」


 そうして使用人が扉を開けるとそこには一人の男性が立っていた。燃えるような赤い髪に煌めく黄金の瞳。すぐにテオハルト殿下だと分かった。


 (きゃあ!テオハルト様だわ!こんなに近くでお会いできるなんてっ!でもなんでここに…?あっ、もしかして私に会いに来てくれたのかしら?)


 リリアンは見た目だけはいい。良く手入れしているのが分かる金の髪に愛らしく少し垂れた桃色の瞳。性格も家族以外には猫を被っているので使用人や生徒にも可憐な美少女として評判なのだ。


 (ふふ、分かったわ!きっと私に会うためにおねえさまに近づいたのね!テオハルト様は完璧な王子様って感じだと思ってたいたけど案外可愛いところもあるのね。あぁ、ガイスト様とのお約束もあるけれどどうすればいいかしら~)


 そんなことを考えながらもリリアンはテオハルトに駆け寄った。


「テオハルト様っ!」


 近寄ってテオハルトの腕に触れようとしたら避けられてしまい体勢を崩して転んでしまった。


「いったーい!テオハルト様ひどいですっ!」

「はっ!なんだお前は。急に近寄ってきて触れようとするなんて頭がおかしいとしか思えないな」

「なっ!?」

「それにお前に名前を呼ばれる筋合いはない」

「そ、そんなっ!テオハ…「二度目はないぞ」ヒッ!」


 テオハルトの鋭い睨みに動けなくなってしまった。


 (おねえさまには優しく笑いかけていたのに!おねえさまより私の方が可愛いのにっ!薄汚い孤児だったくせにっ!私が本物の公爵令嬢なのよ!許せない!)


 テオハルトに拒絶された悔しさが姉への怒りに変わっていった。


 (ガイスト様に言いつけてやるっ!)


 そして怒りのまま城へと向かいガイストに不満をぶつけた。


「ガイスト様っ!いつになったら私を婚約者にしてくれるのですか!」

「リリアン、一体そんなに怒ってどうしたんだ?」

「聞いてください!さっき…」


 先程の話(ほぼリリアンの妄想)をガイストに伝えた。


「テオハルト殿下が…。くくっ、いいことを思いついたぞ」

「いいこと?」

「あぁこれがうまく行けばリリアンを婚約者にすることができるしあの女を痛い目にあわせられるぞ」

「まぁ!それは本当ですか!」

「ちょうどこの間公爵から面白い話を聞いたんだ。その話はラント帝国とも関係しててね。その話を聞いたらテオハルト殿下も目が覚めるかもしれない」

「じゃあそのお話はいつされるのですか?」

「そうだな…。皆にあの女の悪行を伝えなくてはならないから卒業パーティーなんてどうだ?」

「それはいいですね!卒業したらガイスト様と結婚して王太子妃になれると思っているおねえさまの希望を奪うんですね!いい考えですガイスト様っ」

「ははっ、そうだろう?よし卒業パーティーに向けて準備をしなければな」

「ふふ、楽しみですっ!」

「…」


 この場には誰もいないからと大きな声で話す二人だが実際には使用人が扉に控えている。しかし二人にとって使用人などいないもの扱いなのだろう。その使用人の中にテオハルト殿下の息のかかった者がいるとも知らず…。
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