54 / 176
一章 異世界漂着

52話 奇妙な共同生活の幕開け

しおりを挟む
 自宅に帰り、寝室で銃のメンテナンスを行っていた。主な作業内容は銃口のクリーニングだ。
 バレルを水で洗浄したので、乾くまで幾らかの時間が必要となる。その間に夕飯の準備でもやっておこう。今日は野菜炒めだ。

 だがしかし、メンテナンスにそこそこの気力を使ったためか、動きたくはない。
 作業台を離れると、若干シワのあるベッドに大の字になって寝転んだ。

 「寝たいけどなぁ……」

 何だかんだであと数時間もすれば夕食だ。今寝る訳にはいかない。
 そろそろ飯でも作ろうとかと、ベッドを立ち上がった時、玄関の扉が何回か叩かれた。
 ダグラスとかラファイエットとか、友達だろうかと思い、背伸びと欠伸をしながら玄関へ向かう。

 「はいはい、今出る――――よ」

 扉を前へ押し開けると、そこには意外な人達が待っていた。
 まず1人は、両手に品質の良さそうな鞄を持ったレベッカだった。服装も柔らかい雰囲気のもので、黄色の長いスカートと白いシャツがよく似合っている。
 それで2人目は、はち切れる程膨張したリュックを背負い銀髪を靡かせる美人の……えっと、あれ、この人の名前何だっけ。

 「アンタ、誰?」

 前にもこんな失礼極まりない事を言った気がする。

 「もう忘れたの? 私はシェリーよ。当分の間、お世話になるから」

 そうそう、それだ。まさしくシェリーという名前こそが正解だ。
 いや、ちょっと待ってくれ。お世話になるからって、どういう意味だ。
 とりあえずリビングへ案内したあと、詳しい事情を聴取した。

 2人は自分達が普段住んでいる隊舎が改修工事の影響でしばらくの間住めなくなってしまい、それが完了するまでここで過ごす事に決めたそうだ。
 事情はよく分かった。だが、いくら何でもこの家で過ごすのはおかしいと思う。普通はホテルに泊まった方が贅沢な暮らしができると思うのだが――――

 「無駄な金銭を使いたくありません」
 「あと、男の子の家の方が面白そうだし」

 と、正論と圧力の強い戯言を突き付けられ、反論の意思はもみ消された。

 「分かったけどさぁ……」

 レベッカとシェリーさんの整った顔をチラチラと見る。
 1人でも大変だろうに、こんな美女が2人も家に居たら気が狂ってしまいそうだ。

 「まあとにかく、家事はちゃんとしろよ。俺に押し付けんなよ」

 少し冷たくそう言って、ソファを立ち上がり、リビングを出て行った。
 寝室に戻ると、扉を背もたれにして座り込んだ。

 「大丈夫かな……ちょっと強く言い過ぎたかな」

 本心ではないが、さっきのは言い方があまり良くなかった。嫌われたらどうしようと、頭を悩ます。
 それに、こんな簡単に受け入れてよかったのかと、今になって後悔し始めた。
 雄1匹と雌2匹がひとつ屋根の下で共同生活をこれから行うのだ。絶対、刺激的なトラブルが発生するだろう。特に今の状態だと。

 「はあ、まあ嬉しいといえば嬉しいけどさ……こんなハーレムみたいな状況で上手くやっていける自信がないよ」

 哀れで情けない呟きをぽつりと、静かに漏らす。
 一時的な共同生活とはいっても不安だ。
 そんな悩みを打ち壊すかのように、扉の向こうからドタバタと足音が響いた。

 「セルゲイ君! こっち来て!」

 この声は、シェリーさんか。慌ててどうしたのだろう。

 「何だ? 今は1人に……」
 「火が出たのよ!」
 「え!?」

 火災は無視できない。急いで部屋を飛び出した。
 眼前には水が入ったバケツを抱えるシェリーさんが居た。

 「火はどこだ!」
 「こっちよ!」

 火の出元へ急いで向かう。
 走っていると煙の嫌な感じの臭いが次第に強くなっていった。
 辿り着いた場所は、調理を行う台所だ。白煙がリビングに流れている。

 そこらにあった適当な布で口元を覆うと、台所に入って行った。中にはレベッカがおり、火が噴き出るフライパンにコップで汲み取った水を何度も掛けていた。

 「レベッカ! どいて!」

 シェリーさんが彼女を押し退けると、コップの水とは比較にならないバケツに溜まった大容量の水をフライパンに全て注いだ。
 噴き出ていた火は徐々に勢いが弱まっていき、ついに完全に鎮火する事に成功した。

 「何やってたんだ……」

 火が収まったフライパンに近寄る。まだ煙が残っているが気にしない。

 「すみません……」

 弱々しい声で謝るレベッカに、

 「まあ怪我がないだけいい方だろ」

 敢えてポジティブな言葉を投げ掛けた。
 フライパンの中身を覗くと、真っ黒になった野菜ともはや何の動物だったのか判別不可能な肉が燃え尽きていた。

 「ああ、俺の食い物が……」

 せっかく調達した食料がゴミ同然の姿へと変わってしまい、気分が沈む。
 彼女らの方へ振り向くと、何で火事が起きたのか問い掛けた。

 「えっと、家事をやろうと思っていまして……」
 「う、うん……ご、ごめんなさいね?」

 反省の言葉を吐く2人にこう語り掛ける。

 「いや、謝らなくていいよ。家事をやれって言ったのは俺の方だ。むしろ、ちゃんと教えてなくて悪かった」

 自分が家事の手順をしっかり説明していれば、この悲劇は起きなかった筈だ。

 「じゃあ、今から買い出し行くか!」

 闇に落ち掛けていた感情を掬い上げ、財布片手に力強く叫んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!! スティールスキル。 皆さん、どんなイメージを持ってますか? 使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。 でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。 スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。 楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。 それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。 2025/12/7 一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

処理中です...