GOD DOG

神の機構（ヴァインギア）

箱を開けた瞬間――世界が止まった。

音が消え、色が消え、
時間そのものが息を潜める。

ミズメの髪も、ドロトさんの動きも、
空中の砂粒でさえ止まっていた。

世界の中で、僕だけが動いていた。

そして――頭の中に“声”が鳴った。

『ぬあぁぁぁぁっ！　ついに、ついに、主様だぁぁぁっ！！！』

……え？

あまりにもテンションが高すぎて、反応が遅れる。

『信号送り続けて幾千年ッ！　もう諦めかけてましたよ！？
でも来てくれた！　本当に来てくれたぁぁぁ！！　主様だぁっ！！』

金属の箱の中から、六角形の結晶体が輝き始める。
雪の結晶みたいに細かくて、機械仕掛けの花みたいに動いている。

「え……なにこれ……生きてる？」

『生きてますとも！！　もう心も魂も、バッチリ元気ですよぉ！！
ああ、でもごめんなさい！　テンション上がりすぎて世界止めちゃいました！』

「え、止めちゃいましたって、どういうこと！？」

『だって！　主様以外に見られたら困りますもん！　はじめまして、ヴァインギア・アスフェルですっ！
はい、拍手！　どうぞ拍手！！』

どんなテンションだよ……。
脳内で爆音の拍手SEまで流れてる気がする。

「……あ、あの、ヴァインギアくん？」

『もうやだー！ 主様！ ヴァインギアじゃあ心の距離が遠いじゃないですかー！　私の個体名はアスフェル！ 覚えやすいでしょ！？
アス！って呼んでくださいね、主様！　主様！　呼んで！！ 呼んで！！』

「ア、アス……？」

『ひゃああぁあ！　呼ばれたぁぁぁ！！　主様の声、最高ォ！！
いやもう、これだけで数千年待った甲斐ありましたよーーー！！』

テンションの高さで頭がクラクラする。
金属の結晶が光り、空気が震えた。

『さあ！　契りを交わしましょう！　血の接吻です！　魂のリンクです！
私と主様がひとつになれば、もう無敵ですよ！？　主様はこのアスフェルが守る！　絶対に！！』

「ちょ、ちょっと待って！　一つになるってどういう――！？」

『え、えぇ～！？　もしかして照れてます！？　主様かわいいなぁ！！
大丈夫！　痛くないですよ！　むしろちょっと、気持ちいいかも！？』

怖い。勢いがすごい。
でも、なんか悪意のない明るさに押されて、
逆に笑いそうになる。

「……なんで、僕なの？」

『決まってるじゃないですか！　主様だからです！　世界でたったひとりの、“私の主様”なんですよ！』

僕は箱に手を伸ばし、アスフェルを持った。

その瞬間、掌が熱くなった。

手のひらの上でアスフェルが光を走らせる。

『うおおぉ！？　認証入ったぁぁ！　主様の遺伝波形、ドンピシャです！！ あれ？ 主様？ 怪我してます？』

僕は縫合されている横腹を擦った。

「ああ、これは――」

空間がビリビリと震えた。
アスフェルが慌てたように声を上げる。

『やばい！　止めた時間軸が破れてる！　誰か来る！！』

ピシッ、と空間にヒビが走る。
その裂け目の向こうから光が差した。

アスフェルの声が一気に低くなる。

『……この位相波形、まさか――！』

光の中から、ゆっくりと人影が現れる。

白い髪、氷のような瞳。

――リグナム殿下だった。

彼は静止した世界の中を平然と歩き、僕を見据えた。

「ついに見つけたぞ。ヴァインギア。」

リグナムの唇がわずかに動き、冷たい声が響く。

「小僧よこせ。ソイツは世の物じゃ。」

その瞬間、世界が再び動き出した。