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命の残量
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ドロトさんは手元の装備を整えながら、落ち着いた声で言った。
「とにかく……まずは無事にここを脱出しないとな。」
すると、リグナムが顎を上げて尋ねる。
「目的地はどこだ?」
「連合軍の本部——ソルデア中央統合庁だ。ここから東南へ約千五百キロ。そこへ行けば安全は保証される」
「途方もない距離だな……地中経由なら二年はかかるぞ」
ドロトさんは肩をすくめた。
「今はカレンデュラ教国のど真ん中。地上に出れば、即WOLF共の餌食だ。武器も食料も残りわずか……」
リグナムは小さく笑った。
「八方塞がりだな。それで? 連合軍の隊長殿は、どう切り抜ける?」
ドロトさんはポケットから地図と紙切れを取り出し、さらさらと書きながら説明した。
「まずはカレンデュラ教の統治が手薄な地底都市を経由して物資を調達する。その後、領域を抜ける」
リグナムは顎に手を当て、地図を覗き込んだ。
「なら今が好機だ。ネフェリム・グリッドには世の捜索で兵が集中しているはず。北へ迂回して進むのが賢明だろう」
ふたりが地図を囲み真剣に話し合っていると、ミズメが急に僕の腕を掴んだ。
「バルサっ! 腕……これ……!」
見ると、皮膚に赤い“断線”のような亀裂が入っていた。
体の感覚がじわじわと遠のき、視界が揺れる。
足がふらついた瞬間——リグナムが素早く駆け寄ってきた。
「ヴィータニウムが切れかけている」
ミズメが青ざめる。
「……そのヴィータなんとかが切れると、バルサは……どうなるの!?」
リグナムは淡々と言った。
「バルサは死ぬ。生命エネルギーをすべて吸われ、ヴァインギアは再びコアへ戻り、新たな宿主を探す。それがヴァインギアと契約した対価だ」
「なにそれ!? なんとかならないの? 死ぬなんて……バルサはもう人間に戻れないの!?!」
「戻れん。ヴァインギアを体内に入れた時点で“機械生命”となった。専用のエネルギーを摂取し続けなければ生きられん」
ミズメの顔がぐしゃっと崩れ落ちた。
「お願い……バルサを助けて……! リグナム……あなたもヴァインギア使いなら、エネルギー……あるでしょ……?」
リグナムは、ふっと笑った。
「世としては……小僧が死んでくれた方が楽にコアが手に入るのだが?」
——次の瞬間。
音もなく、ミズメの髪に忍ばせていたナイフが抜かれ、リグナムの首元に突きつけられていた。
空気すら置き去りにする動きだった。
「ほう……DOGの視察部隊は精鋭揃いと聞いていたが、ここまでとはな」
リグナムは動じずに言う。
ミズメの目は涙で濡れていた。
「暗殺は……嫌になるほど教えられたのよ。でも、もう争う気なんてないわ……ただ……お願い……バルサを助けて……私にはもう……バルサしかいないの……」
泣きながらナイフを落とし、顔を覆った。
リグナムはため息をつき、懐から黒い紋様の刻まれた丸薬を取り出す。
「これがヴィータニウムだ。飲ませればヴァインギアが反応し、エネルギーを摂取できる。……呑ませてやれ」
「ありがとう!!」
ミズメは震える手で薬をつまみ、水筒の水と一緒に僕の口へ押し込んだ。
薬が喉を通った瞬間、全身に刺激が走った。
感覚が戻る。
視界が明るくなる。
そして——
『主様ぁぁぁぁぁっっ!!!!!
すすすすすいませんでしたぁぁぁ!!!
意識ふっとんでおりましたぁぁぁ!!!
なんせ数千年ぶり!! エネルギーの出力調整とか忘れてましたぁぁぁ!! ほんとごめんなさい!!』
耳が痛い。
復活したアスフェルのテンションは、なぜか倍増していた。
リグナムはその様子を確認すると、ドロトさんに言った。
「おい、ドロト。行き先は変更だ。一度、ネフェリム・グリッドに戻るぞ」
「な、何故だ!? 警備が集中していると言ったのはお前じゃないか!」
「見ろ」
リグナムの目の下にも、僕と同じ赤い断線が走っていた。
「予備のヴィータニウムがもうない。世も長くは保てん。早急に補給が必要だ」
そのとき初めて、
――僕はリグナムの優しさを知った。
「とにかく……まずは無事にここを脱出しないとな。」
すると、リグナムが顎を上げて尋ねる。
「目的地はどこだ?」
「連合軍の本部——ソルデア中央統合庁だ。ここから東南へ約千五百キロ。そこへ行けば安全は保証される」
「途方もない距離だな……地中経由なら二年はかかるぞ」
ドロトさんは肩をすくめた。
「今はカレンデュラ教国のど真ん中。地上に出れば、即WOLF共の餌食だ。武器も食料も残りわずか……」
リグナムは小さく笑った。
「八方塞がりだな。それで? 連合軍の隊長殿は、どう切り抜ける?」
ドロトさんはポケットから地図と紙切れを取り出し、さらさらと書きながら説明した。
「まずはカレンデュラ教の統治が手薄な地底都市を経由して物資を調達する。その後、領域を抜ける」
リグナムは顎に手を当て、地図を覗き込んだ。
「なら今が好機だ。ネフェリム・グリッドには世の捜索で兵が集中しているはず。北へ迂回して進むのが賢明だろう」
ふたりが地図を囲み真剣に話し合っていると、ミズメが急に僕の腕を掴んだ。
「バルサっ! 腕……これ……!」
見ると、皮膚に赤い“断線”のような亀裂が入っていた。
体の感覚がじわじわと遠のき、視界が揺れる。
足がふらついた瞬間——リグナムが素早く駆け寄ってきた。
「ヴィータニウムが切れかけている」
ミズメが青ざめる。
「……そのヴィータなんとかが切れると、バルサは……どうなるの!?」
リグナムは淡々と言った。
「バルサは死ぬ。生命エネルギーをすべて吸われ、ヴァインギアは再びコアへ戻り、新たな宿主を探す。それがヴァインギアと契約した対価だ」
「なにそれ!? なんとかならないの? 死ぬなんて……バルサはもう人間に戻れないの!?!」
「戻れん。ヴァインギアを体内に入れた時点で“機械生命”となった。専用のエネルギーを摂取し続けなければ生きられん」
ミズメの顔がぐしゃっと崩れ落ちた。
「お願い……バルサを助けて……! リグナム……あなたもヴァインギア使いなら、エネルギー……あるでしょ……?」
リグナムは、ふっと笑った。
「世としては……小僧が死んでくれた方が楽にコアが手に入るのだが?」
——次の瞬間。
音もなく、ミズメの髪に忍ばせていたナイフが抜かれ、リグナムの首元に突きつけられていた。
空気すら置き去りにする動きだった。
「ほう……DOGの視察部隊は精鋭揃いと聞いていたが、ここまでとはな」
リグナムは動じずに言う。
ミズメの目は涙で濡れていた。
「暗殺は……嫌になるほど教えられたのよ。でも、もう争う気なんてないわ……ただ……お願い……バルサを助けて……私にはもう……バルサしかいないの……」
泣きながらナイフを落とし、顔を覆った。
リグナムはため息をつき、懐から黒い紋様の刻まれた丸薬を取り出す。
「これがヴィータニウムだ。飲ませればヴァインギアが反応し、エネルギーを摂取できる。……呑ませてやれ」
「ありがとう!!」
ミズメは震える手で薬をつまみ、水筒の水と一緒に僕の口へ押し込んだ。
薬が喉を通った瞬間、全身に刺激が走った。
感覚が戻る。
視界が明るくなる。
そして——
『主様ぁぁぁぁぁっっ!!!!!
すすすすすいませんでしたぁぁぁ!!!
意識ふっとんでおりましたぁぁぁ!!!
なんせ数千年ぶり!! エネルギーの出力調整とか忘れてましたぁぁぁ!! ほんとごめんなさい!!』
耳が痛い。
復活したアスフェルのテンションは、なぜか倍増していた。
リグナムはその様子を確認すると、ドロトさんに言った。
「おい、ドロト。行き先は変更だ。一度、ネフェリム・グリッドに戻るぞ」
「な、何故だ!? 警備が集中していると言ったのはお前じゃないか!」
「見ろ」
リグナムの目の下にも、僕と同じ赤い断線が走っていた。
「予備のヴィータニウムがもうない。世も長くは保てん。早急に補給が必要だ」
そのとき初めて、
――僕はリグナムの優しさを知った。
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