GOD DOG

針ノ木みのる

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滅びの灯を掲げて

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リグナムは結晶床に座り込みながら、肩で息をしていた。

もう戦う気力も残っていないのが一目でわかる。

だけど――その目の奥だけは、まだ何かを燃やしていた。


「……カレンデュラ教の転覆を図る連合軍と手を組めと?

 世に反逆の片棒を担げと申すか」


言葉は鋭いのに、声は揺れていた。

怒りか、迷いか……僕には判別できなかった。


「笑わせるな。

 世はこれまで、ヴァインギアを複数手に入れ、

 いつか必ず復権すると心に誓っていた身だぞ」


彼は拳を握り締め、唇を噛む。

反逆者ではない。

“捨てられまいと必死にもがく王子”の顔だった。


「それを……“殺されるならカレンデュラ教を殺せ”と世に言うのか?」


「違う」


ドロトさんの声は静かだった。

けれど、いつもより深く響いていた。


リグナムは鼻で笑い、吐き捨てる。


「だが、お前は“宗教を終わらせる”と言った。

 数千年続いてきたカレンデュラ教を終わらせるなど……

 信者の虐殺以外の方法があるのか?」


その言い草が、あまりにも当然のようで――

僕は背筋が冷たくなった。


ドロトさんはゆっくりと首を振る。


「それでは、お前らが行ってきた異教・無神教の弾圧と何も変わらない。

 だからこそ、セリウスは提案した――旧聖書の開示を」


「セリウス様が?」

リグナムの声が、ほんの少し震えた。


「カレンデュラ教が新聖書に改訂した理由は不明だが……

 預言者カレンデュラの遺した“真の聖句”には、

 現代に都合の悪い記述があった可能性が高い」


「そんなものを開示して何になる」

リグナムは吐き捨てた。

だがその目は、さっきより深くドロトさんを見ている。


ドロトさんはランタンの光を指差した。

ゆらぐ光が、神殿の結晶壁に淡く反射する。


「内容ではなく――“事実”の問題なんだ。

 現聖書と旧聖書が違うと知れば、教会の支配は揺らぐ。

 信者たちは皆、真実を求める。

 旧聖書を読もうとする」


「そして、その混乱の最中に……

 我々は“新たな聖書”を提示する」


ようやくリグナムの顔が強張った。


「……つまり、旧聖書を開示すると偽り……

 新たに作った聖書を発行するということか?」


「そうだ」


ドロトさんの声は揺れなかった。


「最低でも“転生の章”と“罪の章”を書き換える。

 死を恐れぬ兵には死を畏れさせ、

 殺生を正義と信じる者には、現世で罪を背負わせる。

 ――ただの人間として、生きてもらうんだ」


結晶洞の空気がひやりと揺れた。


「その先に、戦いを終わらせる。

 “和平”を結ぶ」


リグナムは噛み締めるように笑った。


「和平とは……笑わせる。

 お人好しも大概にしろ。

 それほどの機密を話して……世に殺されるとは思わないのか?」


ドロトさんは穏やかに微笑した。


「君を信頼しているからだ」


「……なぜだ」


「セリウスの意思だ。

 彼とは死の間際に約束した」


空気が止まった。


リグナムの喉がごくりと鳴る。


「セリウス様が……何をだ?」


「第五章十八節を改めてくれ、と。

 “陽色の目の者に神が宿る”……

 あの文言を、消してくれとな」


その瞬間、リグナムの瞳に光るものが浮かんだ。


「この作戦は、セリウスが考えた。

 亡命後も……ずっと、お前の安否を気にしていた。

 “リグナムを救う道はこれしかない”と」


リグナムは唇を震わせ、手の甲で目を覆った。


「……セリウス様は……何処までも……御優しい」


ドロトさんは続けた。


「皇帝が君を消そうとしたように、セリウスも命を狙われていた。

 だからこそ亡命した。

 そして、彼は最後に言ったんだ」


“リグナムを頼む。

 あの子は……独りにするには優しすぎる”


リグナムは涙をぬぐい、ゆっくり立ち上がった。

その背筋は、さっきまでの敗北者のものじゃない。


「……わかった」


胸に手を当て、静かに宣言する。


「リグナム・アルストロ・カレンデュラ。

 この名において誓おう。

 世はセリウス様の意思を継ぎ――

 必ず次期皇帝となる」


神殿の紫光が彼の輪郭を縁取る。


その姿は――

もう“虚ろなる王子”ではなかった。

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