GOD DOG

針ノ木みのる

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露店

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カレンデュラ教会には、厳格な階級制度がある。

最上位に立つのは、神の声を授かる「聖声教皇」。
その血族であり、教皇を補佐するのが「七光聖導師」。
教義をまとめ、大司教を指揮する「慈道律院官」。
各地域を統括する「大司教」、一教会の長である「神父・神母」。
中堅信者の「恩信徒」、見習いを卒業した「陽信徒」、
そして最下層の「門信徒」。

僕らDOG部隊は、最低でも陽信徒までの修業を終えてから配属される。
カリンが隊長に選ばれたのも、恩信徒の位を持ち、高い忠誠心と実績があったからだ。

長い通路を抜け、僕らは大空洞に出た。

そこはまるで別世界のように明るく、空気も濃かった。
地下都市ネフェリム・グロット――天井のドームの中心には光玉石が敷き詰められ、まぶしいほどの輝きを放っている。
街路樹には酸草が絡まり、酸素を供給していた。これほど贅沢な設備が公共物として設置されていることが、この街の豊かさを物語っていた。

リンデンの話によれば、地上の太陽に憧れた地下の商人たちが再現を目指したのが始まりだという。

「そうか、貿易船が来てるんだな。だから人が多いのか。」

通りには露店が並び、人々で賑わっていた。

「地上の物あるの!? いいなー見たいー!」
ミズメが跳ねるように言ったが、カリンは優しく笑って言った。

「ごめんね、先に報告があるの。まずは寺院へ行こう。」

少し不満げに唇を尖らせたミズメを引き連れ、僕たちは街を進み、やがて巨大な建物にたどり着いた。
外壁に彫り込まれた神々しい装飾が、ここがただの施設ではないことを物語っている。
ネフェリム・グロット寺院。
僕たちはそのまま報告へと向かった。

「DOG部隊・第24班、ただいま帰還しました!」

玉座に座るのは、指揮官イーヴァス。
大司教の証を胸に掲げ、白髪混じりの短髪、軍帽の下から鋭い眼光をのぞかせていた。

僕たちは整列し、カリンが口火を切って任務の報告を行った。僕も自分のミスについて正直に話した。

報告が終わると、僕はまだ姿勢を崩せずにいた。叱責を覚悟していたのだ。

「……堅苦しいのう、姿勢を戻せ。」

気の抜けるような口調で言われて、僕は裏返った声で返事をしてしまった。イーヴァス様は小さく笑った。

「十二歳。特級寵愛を扱い、任務をこなしてきたお前たちだ。小さなミスで我が嘆くほど落ちぶれてはおらん。精進せい。」

「はっ。ありがたきお言葉!」

「それにな、実は慈道律院官殿が君たちの働きに目を留められたそうでな。昇級試験を視察したいと、わざわざ地上からお越しになるらしい! 我としても鼻が高いぞ!」

ミズメが目を丸くし、カリンもわずかに口角を緩めた。
僕は胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。

「では、辞令を出す。DOG第24班、修業課程を満了とし、Wolf本隊への昇級試験を実施する。明後日、場所はこの寺院の地下五階だ。休息を取り、備えよ。」

「はっ!」

宿舎に案内されると、清潔な大部屋には個別のベッドが用意されていた。

「よっしゃー! 休暇! 美味いもん食べに行くぞー!」

ミズメはベッドで跳ね回っていた。
リンデンは僕の肩を組んできた。

「なぁ、バルサ。街の賭場、行こうぜ。せっかくの給金、使わなきゃ損だろ?」

「……いや、やめとく。カリンが心配だし。」

目を向けると、カリンはローブを脱ぎ、包帯を取り替えていた。

「カリンも行く? 元気なら――」

「私は宿舎で休むよ。試験に備えてね。」

「じゃあ! 美味しいもの、いっぱい買ってくるからね!」

ミズメはカリンを抱きしめ、嬉しそうに出て行った。

「バルサ、あとは任せたぞ。」

リンデンの言葉に頷き、僕はその場に残った。

医務室から薬をもらい、戻るとカリンはベッドに横たわっていた。

「ありがとう、バルサ。」

「……規則だからね。」

「そうじゃなくて……たまには、心配してるって言ってほしいな。」

「……心配だよ。カリン。」

その言葉に、カリンは少しだけ頬を染めて目を逸らした。

僕は薬を取り出し、彼女の身体にそっと手を伸ばす。
腕、首、足……そして最後の場所へと触れようとしたとき、カリンが僕の手を止めた。

「だ、大丈夫。そこは、自分でできるから。」

「あ……ごめん。」

薬を手渡し、彼女は背を向けて静かに処置を始めた。

「でもね、分かってるんだよ。バルサ、本当は何がしたいか。」

「……え?」

「さっきの露店街で、目だけは図鑑を探してたでしょ。ダメだよ、“好き”を殺しちゃ。」

彼女は僕の全てを知っているようだ。

「別に……」
 
回答を濁すとカリンは隊長になった。

「バルサ二等特捜兵。命令よ。露店街で欲しかった図鑑を入手し、私に報告すること!」

隊長の命令は絶対。小隊長の声に、僕は思わず立ち上がった。

「……くっ。了解しました!」

つくづく僕はdogなのだろう。

気がつけば僕は命令通りに露店へと走っていた。


---

一方そのころ、街の通りを歩いていたミズメとリンデン。

「本当に、あの二人を置いてきて良かったのか?」

「……何が?」

「バルサ、カリンのこと好きなんだぞ。」

ミズメは足を止めた。

「し、知らないし!」

「お前がバルサのこと好きなのも、みんな知ってる。バレバレなんだよ」

「だまれ!」

飛び跳ねてリンデンの口を塞いだミズメに、彼はニヤリと笑った。

「そんなに素直になれないか? 大好きーチュー!くらいすれば良いじゃん。俺が洗脳してやろうか?」

「黙れ、ボケ!」

ミズメの拳が飛ぶ。リンデンは軽く受け流し、ミズメをふっと持ち上げて放り投げた。

着地したミズメは顔を真っ赤にしてリンデンを睨んだ

「私は!二人が好きなの! 二人が幸せなら、それでいいの! 私は、それ以上望まない!」

その言葉に、リンデンは何も言わず踵を返した。

「……ったく、女ってめんどくせぇ。」

リンデンは後ろ向きに手を降って歩き出した。

ミズメはしばらく、その場に立ち尽くす。

その瞳には、わずかに涙が浮かんでいた。
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