GOD DOG

針ノ木みのる

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友達

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露店街の喧騒の中を、僕は人を縫うように避けて進んだ。

走っても人とぶつからないのは、超聴覚で感じる空気の振動が、人との距離感を教えてくれるからだ。

嬉しさが増して足はどんどん早くなる。地に足が着いていないとはこのことか。

(図鑑、図鑑、図鑑、図鑑!)

幼少期に封印して押し殺した感情。
願いなんて抱いて良いものかすら忘れていた。

素直になっても良いのなら。もう一度――あの本に、触れたかった。

見たことのない動物。生態系、好物、繁殖方法など、多くが記されていた。
神の創造物に対し、人類が探究を求め、解明した叡智の結晶。
思い出すだけで、胸が熱くなる。

気づけば、足が止まっていた。
雑多な商品が積み重なった露店の前で、僕は一冊の古い図鑑に目を留めた。

確かな懐かしい記憶が蘇る。


---



当時6歳。僕らは、孤児だった。

カリンと二人で孤児院を抜け出し、自分たちだけで生きていく選択をした。

だが、6歳の僕らに生きていく知識も知恵もなく、地下水で軟化する地層に逃げ、泥水をすすって生きていた。

腹が減ったら街に行き、露店で並ぶパンや野菜を盗んで食っていた。

毎日、獲物にありつけるわけではなく、僅かなパンの切れ端をふたりで分け合い、食べるというより舐めるように味わっていた。

「バルサ、今日もあの広場行く?」

「行かない。店の奴に目をつけられてる。」

「そっか……。でも、あの時計台のとこのパン屋は、匂いだけでもお腹がふくれる気がするのよね。」

カリンはそう言って、笑った。

物を盗むことでしか手に入れる方法を知らない僕らは、無いなりに知恵を絞り、役割分担をしていた。
聴覚が良かった僕は見張り役。
毒に耐性があったカリンは、廃棄された食べ物を盗んで帰り、味見して僕が食べられるか厳選する。
そして腹が減ったら協力して、また盗む。

終わりのない飢えを凌ぐだけの日々。
僕らは、お互いがお互いを支え合うように生きていた。

小さなギャングのような集団にも所属していたが、食料争いや仲間割れを繰り返し、結局、害のないカリンとだけでつるみ、日々を暮らしていた。

だけどその日、運命は突然にやってきた。

その日は、盗みに失敗して亭主に殴られ、怪我を負っていた。

路地裏通りの外れで倒れていると――

「大丈夫? 怪我してるの?」

透明な声が、背後から響いた。

振り返ると、光沢のある白いワンピースを着た女の子が、こちらをのぞきこんでいた。

「……え?」

彼女は救急箱を持ってきて、僕の手当てをしてくれた。

そして、お腹が空いていると知ると、僕らに大きなパンを持ってきてくれた。

こんなに綺麗で出来立てのパン。それも、まるごとなんて――
今まで食べたことがなかった。

盗み以外で食べられた。
初めてのパンだった。

「私、ミズメ。あなたたち、名前は?」

初めて見る可愛い子だった。
頬も手も真っ白で、薄い桃色の髪が陽に透けていた。

何より、他の人たちがするように、僕らを汚いものを見る目で見なかった。

「……バルサ。」

「カリン。」

「ふふっ、よろしくね。最近この街に引っ越してきたの。私と友達になってくれる?」

カリンが先に立ち上がった。
僕は少し迷ってから、その子の手を握った。

――これが、ミズメとの初めての出会いだった。
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