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番外編 ウーゴ・メルカドはささやかな誇りを取り戻す

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 異国の地は、何もかもが知らないことで満ち溢れていた。
 いや、知識としては知っていた。
 ただ目にするもの、耳にするもの、全てが新鮮で……知識だけでは、足りないのだと知った。

 母国にいたころ、メルカド侯爵家の嫡男としてぼくは期待されていた。
 その期待に応えるべく、ぼくは勉学に力を入れていた。

 実際、頭の出来は悪くなかったと自負している。
 弟妹からは常に自慢の兄だと言われ、両親は期待通りの結果を出す息子として誉れに思ってもらえたものだ。

 いずれ王となるアベリアン殿下の友人として王城にも招かれ、同じく側近候補だというイザークとエルマン、そしてアベリアン殿下の婚約者だという一つ上のロレッタ嬢とであったことで、ぼくは挫折を知る。

 ロレッタ嬢は、何をやらせても完璧だった。
 それがアベリアン殿下には気に入らなかったらしい。

 まるで人ではないようだ、あんな血の気も通っていない人形のような女が自分の妻になるのだと思うと自分はなんなのか悲しくなってしまう。
 そんなことを言っていたように思う。

 あのころのぼくはそれらがロレッタ嬢の努力によるものであると理解していたが、殿下に同意するばかりのエルマンと、困ったようにするイザークを見てここで同調しなかったら輪からはずれてしまうと慌てて同意した。

 思えば、それが良くなかったのだろう。
 学園に入った頃、すでにロレッタ嬢は学年で首位にいた。
 ぼくはといえば常に三位内にいて、勿論首位をとることもあったが……優秀な人間というのは、よそにも大勢いるのだと思い知らされた。
 それこそ、爵位なんて関係なく。

(どうして)

 ロレッタ嬢あのひとはあんなにも凜として、出会った時と変わらずただ上に立つ者として輝いているというのに。
 ぼくのこの体たらくはどうだ!

 殿下の一挙手一投足にいちいち媚びを売り、成績の首位争いを下位貴族出身の人間としているようなぼくは!

 そんな中、カリナ・アトキンスに出会った。
 何も知らない、知ろうともしない愚かな彼女はある意味でぼくを安心させてくれた。
 優越感を満たしてくれる存在で、だからといって好意を抱いたわけでもない。

 彼女もまた、ぼくらを利用していたことを知っている。
 アベリアン殿下とエルマンは、彼女のことを『素直で可愛い』と普通に好意を抱いていたようだけど……ぼくとイザークは、ロレッタ嬢への劣等感からだっただけだ。

 だから彼女が暴漢に襲われたと言って、その犯人を操っていたのはロレッタ嬢だという無茶苦茶な話に乗っかったのだ。
 完璧な令嬢、ロレッタ・ワーデンシュタインに傷をつけてやりたい。
 そんなくだらない理由で。

 学生だから、まだ成人前の子供だから許される。
 そんな甘い気持ちでいたのは事実だ。
 そしてそんな気持ちでは許されないという現実を、突きつけられた。

(何をしていたんだろうな、本当に)

 ぼくは何も見えていなかったんだ。
 ただただひたすらに、自分勝手な劣等感に苛まれた結果……期待してくれた人々の気持ちを、全て裏切ってしまったんだ。

 やり直しの機会を与えられても、ぼくは周囲の目が怖くて逃げてしまった。
 神に祈りを捧げるという形で、誰からも責められることのないその空間は酷く安心できた。

 そして、とても虚しかった。
 一体、ぼくは何に追われてあんな真似をしてしまったのか。
 後悔をしても、何もできなかった。

 そんな中、一通の手紙が来る。
 カリナを異国につれて行くならば、僕を貴族令息として今後も遇する。
 異国の地での再出発を認めてくれる。
 しかも支援もあるという条件付きだ。
 
 誰もぼくを知らない場所での再出発というのは少し……怖くもあったが。
 ただひたすらに空虚な気持ちで神に祈るだけの生活よりも、ずっと魅力的な誘いだった。

 そしてカリナを連れ出して海の向こうの大陸に行き、彼女を別の人間に託して、ぼくはメルカド侯爵家が所持していた商会で働き始める。
 侯爵令息であるということを伏せて働く中で、周囲はぼくが貴族だろうということをすぐに察したが特に何も聞かなかった。

 結果を出せば認められ、出せない時は叱責もされるが同等の立場で改善案を提示される。
 ここには正しい上下関係があって、そうでなければならないというような考えに縛られないでいいのだという状況でもあった。

「ウーゴ、お前本当に計算速いなあ! いつも頼りにしてるよ」

「いえ、そんな……ぼくは」

「謙遜するなって! 愛想がねえから客の相手は無理だろうけど、お前は経理じゃ誰にも負けないだろ。自信持てって!」

「……そう、ですか?」

「適材適所って言うだろ。お前は頭がいーんだからそれでいいんだよ。ま、客相手に愛想振りまくのは他のヤツに任せとけって!」

 ケラケラ笑う平民の男性に、最初の頃は面食らったし腹が立ったものだ。
 それでも彼は、良い人で。
 ぼくの良い点を見つけては、褒めてくれる。

(そうだ、ぼくには……ぼくのできることが、たくさんあった)

 ぼくは、ぼく自身を縛り付けていたのだとようやく気づいたのだ。
 人と比べてばかりで、自分の良いところを認めることができなかった。

 高みに登ることよりも、引きずり落とすことばかりを考えてしまっていた。
 だから……だから前を向いて行くばかりのワーデンシュタイン公爵令嬢が眩しくて、羨ましくて。

(ぼくには、ぼくの)

 ようやく手に入れた居場所は、ぼくが努力して手に入れた信頼と、居場所だ。
 かつては国家を支える宰相になりたいと、そればかりを夢に見ていた。
 だけれど、もうそんなことは思わない。

 故郷から遠く離れたこの土地の、この商会で。
 大勢の人に紛れて数字とにらみ合うこの日々が僕のささやかな誇りとなったのだった。
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