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第五章 この愛は重いのか?
幕間 だから、守るんだ
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愛というものは美しい。
そして美しいものは、儚い。
俺にとっては愛は、そういうものだった。
ノクス公爵家の長男として迎え入れられ、大事にされていることは重々承知している。
だが俺の、俺を取り巻く環境が普通でないことは事実だ。
実の両親は良くも悪くも良い人たちであったけれど、肉親の情に乏しい人たちであった。
俺はきっと、そういうところを受け継いでいるんだろうなと思ったんだ。
養子に出される経緯もきちんと理解できていた。
でも別に「そうか」と思っただけで、それだけだった。
寂しさは勿論あった。
兄が一人いたが、特に仲良くもなかったけれどやはり別れる時には涙が零れるくらいには。
両親と兄も俺が伯父夫婦の養子になることについて、当然のこととして受け入れていた。
ノクス公爵家の邸宅で会う際は、実父を叔父として、伯父を義父として呼ぶことにとても不思議な感覚にはなったけれど……まあとにかく、俺はそういう環境に合った。
両親が事故死し、実兄が跡目を継いで、義弟が生まれて、アナベルが見つかって。
いよいよ俺には居場所がないから、このまま何事もなければ王宮騎士として王子の近くで一生を終えるのだろうなと思った。
いつかは妻帯するかもしれないし、そのまましないで済むのかもしれない。
なんなら、血統問題を考えるなら俺は妻帯しない方がいいのだろうなとまで思っていたんだ。
だから市井で暮らしていた。
そこに紛れ込んできたのが、セレンだった。
(どうしてこんな気持ちになるんだろうな)
名の知れた暗殺者、クロウ。
それがごく普通の見た目の女性だったことにも驚かされたが、彼女があまりにも動じない性格であることに呆れもした。
庇護下に入れろと言ってくる連中は後を断たないので別に義父にとっても俺にとっても珍しい話じゃなかった。
だが見張りも兼ねて俺の下につけられても、彼女は堂々としていた。
というか、随分と伸び伸びとしていた。
(まるで猫みたいだな)
俺しか暮らしていない家で、メイドが一人いなくなったところで誰も気にしない――それがどういう意味を示すかは、セレンなら理解していただろうに。
それでもさも当たり前のように俺の前にいて、一緒に食事をし、俺の世話をするセレン。
そのあまりにも堂々とした振る舞いに俺の方が動じていたことは、今となっては懐かしい。
アナベルに再会した時『ああ、あの赤ん坊がこんなに大きくなったのか』と驚いて感動した。
従兄として彼女の誕生を祝う席に、当時幼かった俺も参加していたから。
でも再会した彼女は、赤ん坊の頃の面影なんてない、可愛らしい女性になっていた。
家族に愛され、朗らかに笑うアナベルに俺は憧れに似た想いを抱いていたように思う。
もしアナベルを手に入れたら俺のこの欠けた部分が埋まるのか。
良き兄として、ノクス公爵家を支える者として……そんな風に考えていた時に現れたのが、セレンだった。
セレンはその生い立ちから、俺と同じように欠けている。
欠けていて、それでいて前向きで、眩しく思った。
ノクス公爵家の中にいてぬるま湯の中に浸り、自分の道とやらも見出せないままに生きると思っていた俺と違って彼女は将来設計なんてものを立てていた。
裏表なく俺に接し、ただいまと言えばおかえりと返してくれて、美味い食事を共にして、笑って……拾った野良猫が、いつの間にか俺にとってかけがえのない女性になっていた。
ああ、こいつがいたら俺は生きていると実感できるんだ……って。
そんなある日、セレンの当初の触れ込み通り、アナベルに茶会の案内が来た。
そしてヴェゼルが死にかけ、セレンがその身を削って救った。
何をしたのかはわからないが、今ならあれが分析とやらをしていたんだとわかる。
けど、そんなことより俺にとって大事なのは彼女が傷ついたという事実だけだ。
セレンは必要なら、自分をいくらでも削るんだと実感した。
そこからは早かった。
彼女を囲い込むために、ありとあらゆる方に手を尽くした。
そうして成功したことで気が緩んで触れてしまったが……まあ順番を間違えただけで、囲い込んでからじっくりと愛を深めればいいなんて思っていた。
その結果が逃げられたわけだが。
「……でも、もう俺の手の内だ」
隣で眠るようになったセレンは、俺に全てを明け渡してくれた。
呆れながら、諦めながら。
それでも俺への好意をきちんと示し、俺の不安を宥めるように傍にいてくれる。
愛というものは美しい。
そして美しいものは、儚い。
だから、守るんだ。
この二人だけの楽園なら、それができるから。
**************************
第一部は残すところ一章ですが、本日の更新を境に毎週木曜更新となります
そして美しいものは、儚い。
俺にとっては愛は、そういうものだった。
ノクス公爵家の長男として迎え入れられ、大事にされていることは重々承知している。
だが俺の、俺を取り巻く環境が普通でないことは事実だ。
実の両親は良くも悪くも良い人たちであったけれど、肉親の情に乏しい人たちであった。
俺はきっと、そういうところを受け継いでいるんだろうなと思ったんだ。
養子に出される経緯もきちんと理解できていた。
でも別に「そうか」と思っただけで、それだけだった。
寂しさは勿論あった。
兄が一人いたが、特に仲良くもなかったけれどやはり別れる時には涙が零れるくらいには。
両親と兄も俺が伯父夫婦の養子になることについて、当然のこととして受け入れていた。
ノクス公爵家の邸宅で会う際は、実父を叔父として、伯父を義父として呼ぶことにとても不思議な感覚にはなったけれど……まあとにかく、俺はそういう環境に合った。
両親が事故死し、実兄が跡目を継いで、義弟が生まれて、アナベルが見つかって。
いよいよ俺には居場所がないから、このまま何事もなければ王宮騎士として王子の近くで一生を終えるのだろうなと思った。
いつかは妻帯するかもしれないし、そのまましないで済むのかもしれない。
なんなら、血統問題を考えるなら俺は妻帯しない方がいいのだろうなとまで思っていたんだ。
だから市井で暮らしていた。
そこに紛れ込んできたのが、セレンだった。
(どうしてこんな気持ちになるんだろうな)
名の知れた暗殺者、クロウ。
それがごく普通の見た目の女性だったことにも驚かされたが、彼女があまりにも動じない性格であることに呆れもした。
庇護下に入れろと言ってくる連中は後を断たないので別に義父にとっても俺にとっても珍しい話じゃなかった。
だが見張りも兼ねて俺の下につけられても、彼女は堂々としていた。
というか、随分と伸び伸びとしていた。
(まるで猫みたいだな)
俺しか暮らしていない家で、メイドが一人いなくなったところで誰も気にしない――それがどういう意味を示すかは、セレンなら理解していただろうに。
それでもさも当たり前のように俺の前にいて、一緒に食事をし、俺の世話をするセレン。
そのあまりにも堂々とした振る舞いに俺の方が動じていたことは、今となっては懐かしい。
アナベルに再会した時『ああ、あの赤ん坊がこんなに大きくなったのか』と驚いて感動した。
従兄として彼女の誕生を祝う席に、当時幼かった俺も参加していたから。
でも再会した彼女は、赤ん坊の頃の面影なんてない、可愛らしい女性になっていた。
家族に愛され、朗らかに笑うアナベルに俺は憧れに似た想いを抱いていたように思う。
もしアナベルを手に入れたら俺のこの欠けた部分が埋まるのか。
良き兄として、ノクス公爵家を支える者として……そんな風に考えていた時に現れたのが、セレンだった。
セレンはその生い立ちから、俺と同じように欠けている。
欠けていて、それでいて前向きで、眩しく思った。
ノクス公爵家の中にいてぬるま湯の中に浸り、自分の道とやらも見出せないままに生きると思っていた俺と違って彼女は将来設計なんてものを立てていた。
裏表なく俺に接し、ただいまと言えばおかえりと返してくれて、美味い食事を共にして、笑って……拾った野良猫が、いつの間にか俺にとってかけがえのない女性になっていた。
ああ、こいつがいたら俺は生きていると実感できるんだ……って。
そんなある日、セレンの当初の触れ込み通り、アナベルに茶会の案内が来た。
そしてヴェゼルが死にかけ、セレンがその身を削って救った。
何をしたのかはわからないが、今ならあれが分析とやらをしていたんだとわかる。
けど、そんなことより俺にとって大事なのは彼女が傷ついたという事実だけだ。
セレンは必要なら、自分をいくらでも削るんだと実感した。
そこからは早かった。
彼女を囲い込むために、ありとあらゆる方に手を尽くした。
そうして成功したことで気が緩んで触れてしまったが……まあ順番を間違えただけで、囲い込んでからじっくりと愛を深めればいいなんて思っていた。
その結果が逃げられたわけだが。
「……でも、もう俺の手の内だ」
隣で眠るようになったセレンは、俺に全てを明け渡してくれた。
呆れながら、諦めながら。
それでも俺への好意をきちんと示し、俺の不安を宥めるように傍にいてくれる。
愛というものは美しい。
そして美しいものは、儚い。
だから、守るんだ。
この二人だけの楽園なら、それができるから。
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