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第一章 オーウェン・ブラッドリィ

幕間 オーウェンは知った

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「この……ばかもんが!!」

 ばしゃっと音を立てて紙の束がぶつけられ、オーウェンはよろめいた。
 それでもすぐに姿勢を正す。
 ただし、視線は床に落とされたままどこか悄然としていた。

 ブラッドリィ伯爵家は、それなりに古い家柄だ。
 拝領した歴史だけで考えれば、つい最近まで家族ぐるみの付き合いをしていたベイア子爵家とは比べるまでもない。
 彼らが友誼を深めたのは、まさに今問題の場となった学園である。
 そこから育まれた友情がまさかこんな形になって返ってくるなど、誰が想像しただろうか?

 少なくともブラッドリィ伯爵と夫人はアナという友人の娘を将来的に嫁として迎える日を今か今かと指折り数えて待つほどに気に入っていた。
 素直で可愛らしく、控えめだが有能で。
 彼女ならばオーウェンを生涯支え、励まし、共に歩む良い妻となってくれたことだろう。
 そしてベイア子爵とも永の友情を刻み、引退した後は共に旅に出るのもいいかもしれないなんて笑い会っていたというのに!

「まさか、お前がこんな愚かなことを仕出かすだなんて……」

「父上、ぼくは」

「黙れ! ああ、血は争えないということなのか? まさか自分の息子があの人のような愚かしい真似をするなど……!!」

「あの人……?」

 オーウェンは訳が分からないといった様子だが、父親は答える素振りもなく頭を抱えるばかりだ。
 家令がそっと苦い顔をしながら、教えてくれた。
 
 長い歴史を刻む中には当然優れた当主もいればそうでない人物もいて、直近で言えば現当主であるブラッドリィ伯爵の祖父……つまりオーウェンにとっての曾祖父が、残念な人物であった。

 オーウェンの曾祖父は、まさにオーウェンと同じことを仕出かしたのだ。
 つまり、学園で婚約者以外の女性と恋に落ち、碌な手続きも済ませないまま事を大きくして方々に慰謝料を払う事態にまで陥った、と。

「それが原因でブラッドリィ伯爵家は財政難となったのでございます。旦那様の代になり、ベイア子爵の計らいもあって事業が順調に進むにつれ暮らし向きも良くなって参りましたが……」

「ベイア家はお前のことと私たちの友情は別物だと言ってくれ、事業については今のままとしてくれた。だが今後は助けを期待するなどできるはずもない! しかも見ろ! その手紙は全てお前と、お前の運命だという女に関する苦情の数々だ!!」

 先ほどぶつけられたのは手紙だったのかとオーウェンは周りを見渡し、一番手元に落ちていた便箋を拾い上げる。
 そこにはオーウェンとミアの厚顔無恥な振る舞いを理由に自分の子と親交を結んでほしくないこと、できれば社交の場で顔を合わせても親しくするつもりはないという絶縁状から、二人が結婚して落ち着くまではお付き合いを控えさせてもらいたいというようなもの。

 中にはオーウェンに苦言を呈してくれた友人の家からのものもあって、彼は愕然とした。

「どうして……」

「どうして? どうしてだって!? お前はそんなこともわからんのか!!」

 かつて愚かな真似をして家門を危機に陥れたことのあるブラッドリィ家。
 愚かであったのはその男だけだとその後奮起し取り戻した信頼を、ひ孫のオーウェンが台無しにしたのだ。

 ああ、あの家はそういう人間の生まれる家だと周囲に思わせるには、あまりにも印象が強かったのだ。
 勿論、それを戒めとして教えてこなかった父親にも問題はあったのだろう。
 言いたくなかったのだ、家門の恥でなかったことにしたいほどなのだから。
 
 それでもブラッドリィ伯爵は息子に対し、アナに誠実であるように常々口を酸っぱくして言っていたし、アナを大事にするようにも言っていた。
 婚約者以外の女性に心を揺らしてくれるなと学園に発つ前には言い聞かせ、折りには手紙でそのことにも触れていた。

「どうしてまず我々に相談しなかった! 好いた女性ができた、アナに詫びて穏便に解消したいと申し出なかった!!」

「そ、それは……」

 叱られると思って。
 そう言葉が続けられれば、伯爵は脱力するしかなかった。

 オーウェンは知らなかったのだという言い訳はもうできなかった。
 ベイア子爵家との事業が家の助けになっていることは理解していたが、曾祖父のことも、曾祖父のせいで家門が傾いたなんて話も知らなかったのだ。

 だがそれでも叱られ諭された今は理解している。
 何もかもが遅かったし、学園では婚約者のいる人間が取るべき行動についても教わっていた。

 それなのにそれを無視して恋愛に溺れたのは自分だと、オーウェンはもう知らない振りはできないし許されないのだった。
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