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9 謝罪する私
(エスコートされていた〝以前の私〟ってどんな距離感だったかしら……)
ぼんやりと、そんなことを考える。
我が家の庭は、母の好みで花よりも青々とした葉がよく茂る植物が多い。
とはいえ庭師のおかげで雑然とした感はなく、疑似的に作られた川や小さな池に青々とした葉、そしてそこに咲く小さくて可憐な花……といった風情あるものになっている。
お母様に言わせれば、子供たちがどれだけいたずらしてもいいから好奇心を満たせる庭にしたかったとのこと。
花が綺麗だけで終わらず、庭や川に蛙や虫といった生き物がいて、そこに集まる鳥などを知る……そうした子供に育てたかったんだとか。
まあそのおかげで私もお兄様も虫も蛙も大丈夫だわ。
令嬢としてはどうかと思うけれど……。
(以前、雨の日のお茶会で蛙が出た時は大騒動だったものね……)
招待されたガーデンパーティーで小さな蛙が庭で摘んだという花についていたせいでテーブルにひょっこり現れてしまっただけの話なのだけれど。
そこはあまりそういった生き物に慣れ親しまないご令嬢、しかもとりわけは虫類が苦手な方のテーブルだったこともあり大騒動になったのだ。
私は同じテーブルだったので『あら、蛙だわ。とても小さいからまだ子供なのかしらね』なんて思った程度だったのだけれど……人って驚くとテーブルもひっくり返せるのね。
あのご令嬢、普段はカトラリーを持つのでさえ大丈夫だろうかってくらい繊細な風情をお持ちだったのに……。
「アシュリー嬢」
「あっ……エスコートありがとうございます。キリアンも座ってくださいな」
「はい」
思い出し笑いをしそうになったところで、四阿に着いた。
我がアシュリー家は代々、美術品よりも庭や建築に凝る気質らしく、嫡流のお母様が庭に拘るように、お父様も実は家具や窓と言ったものに凝るのだ。
お父様は婿入りしてきた人間だけれど、アシュリー家の傍流……つまり同じような気質を持っているってこと。
ちなみに兄はそんな両親の気質をしっかりと受け継いでいて、ランプに凝っている。
この部屋にはこのランプ、みたいなね!
何故かわからないけれどシャンデリアには興味がないんですって。何が違うのか私にはわからないわ……。
でもまあ、三人とも特にそれを押しつけてくるわけではないので、あまり知られていない話でもある。
私? 私は特に拘りはないのよね……アシュリー家の子供だからそのうちそういう者が見つかるんじゃないかって言われるけど、とはいえ全員が全員そういう癖があるってわけでもないらしいのであまり気にしないようにしている。
「アシュリー嬢」
「ごめんなさいキリアン!」
向かい合って座ったところで、キリアンが何かを言う前に私は先に謝罪した。
こういうのは先手必勝だって同級生が言っていたもの。
まずはこちらに謝意があること、申し訳なく思っていて反省しているっていうのを強く訴えるのが大事だって……。
勿論、それがただ謝ってなあなあにしようとしているなんて思われないようにどこまでも真摯に己の過ちを認め、謝罪することが大事だって。
(そうよ、私はこれまでずっと迷惑をかけていたんだから)
今朝だって食堂に私が足を踏み入れた時、お兄様とは笑顔で会話をしていたキリアン。
私が来たとわかった途端に真顔になってしまって、とても申し訳なかったもの……。
そして私の勢いに驚いたらしいキリアンが珍しく……でもないかしら、何かを言おうとしていた口を閉ざしてもごもごとしている。
もしかしたら最近の私の態度を咎めようとしたけれど、気勢を削がれたのだろうか?
だとしたら私の作戦は間違っていなかったに違いない!
キリアンに叱られちゃったらきっと私は落ち込んで、謝罪はしても叱られたことに対してだけで本当に謝罪したいことを謝罪できないまま終わっていたかもしれないものね!
「私ったらずっと子供のように貴方を追い回していたんだって、ようやく気づいたの。昨日も馬車の中で迷惑をかけて申し訳ないって謝罪をさせてもらったけれど、これからは行動でも示していくつもりよ」
「それは」
「結婚式は来年の春だもの。キリアンも騎士爵になって業務が増えたと聞いています。社交シーズンも落ち着いたから、しばらくは夜会に出る必要もないとお父様も昨晩、言っていたことですし……お互い、自分のために時間を使う良い機会でもあると思うの」
「アシュリー嬢」
「結婚したら、立派な家庭教師になって家庭の役に立つつもりよ。勿論、夫人としての立場を忘れるわけじゃなくて……立派な騎士である貴方を支える良き妻として、努力するつもりなの」
何かを言いたげなキリアン。
ごめんなさい。
本当は話を聞くべきだって、私だけ好き放題意見を言うんじゃなくて話し合いをするべきだってわかっているの。
わかっているけれど……それでも、私にはまだ勇気が足りないの。
(貴方に、迷惑だったと思われていたことを知りたくないの。私の言葉に安堵する貴方を見たくないの。……貴方が『貴女が言うなら仕方ありませんね』って喜びを滲ませたら、私はもう立ち直れないかもしれない)
ここまできても、私は自分勝手だ。
でももう少し、ほんの少し前に気づいただけの私を、私が哀れんであげてもいいんじゃないかなって……そんな甘えた気持ちが、私の目を塞ぐのだ。
(ごめんね、キリアン)
少しずつ……少しずつ、私なりに大人になって、割り切ってみせるから。
貴方が私にしてくれたように、私もこの結婚の意味をきちんと受け入れてみせるから。
心から謝罪する。
だけど、彼の顔はどうしても見ることができず……私は適当な言い訳をして、部屋に逃げ戻ってしまったのだった。
ああ、情けない!
ぼんやりと、そんなことを考える。
我が家の庭は、母の好みで花よりも青々とした葉がよく茂る植物が多い。
とはいえ庭師のおかげで雑然とした感はなく、疑似的に作られた川や小さな池に青々とした葉、そしてそこに咲く小さくて可憐な花……といった風情あるものになっている。
お母様に言わせれば、子供たちがどれだけいたずらしてもいいから好奇心を満たせる庭にしたかったとのこと。
花が綺麗だけで終わらず、庭や川に蛙や虫といった生き物がいて、そこに集まる鳥などを知る……そうした子供に育てたかったんだとか。
まあそのおかげで私もお兄様も虫も蛙も大丈夫だわ。
令嬢としてはどうかと思うけれど……。
(以前、雨の日のお茶会で蛙が出た時は大騒動だったものね……)
招待されたガーデンパーティーで小さな蛙が庭で摘んだという花についていたせいでテーブルにひょっこり現れてしまっただけの話なのだけれど。
そこはあまりそういった生き物に慣れ親しまないご令嬢、しかもとりわけは虫類が苦手な方のテーブルだったこともあり大騒動になったのだ。
私は同じテーブルだったので『あら、蛙だわ。とても小さいからまだ子供なのかしらね』なんて思った程度だったのだけれど……人って驚くとテーブルもひっくり返せるのね。
あのご令嬢、普段はカトラリーを持つのでさえ大丈夫だろうかってくらい繊細な風情をお持ちだったのに……。
「アシュリー嬢」
「あっ……エスコートありがとうございます。キリアンも座ってくださいな」
「はい」
思い出し笑いをしそうになったところで、四阿に着いた。
我がアシュリー家は代々、美術品よりも庭や建築に凝る気質らしく、嫡流のお母様が庭に拘るように、お父様も実は家具や窓と言ったものに凝るのだ。
お父様は婿入りしてきた人間だけれど、アシュリー家の傍流……つまり同じような気質を持っているってこと。
ちなみに兄はそんな両親の気質をしっかりと受け継いでいて、ランプに凝っている。
この部屋にはこのランプ、みたいなね!
何故かわからないけれどシャンデリアには興味がないんですって。何が違うのか私にはわからないわ……。
でもまあ、三人とも特にそれを押しつけてくるわけではないので、あまり知られていない話でもある。
私? 私は特に拘りはないのよね……アシュリー家の子供だからそのうちそういう者が見つかるんじゃないかって言われるけど、とはいえ全員が全員そういう癖があるってわけでもないらしいのであまり気にしないようにしている。
「アシュリー嬢」
「ごめんなさいキリアン!」
向かい合って座ったところで、キリアンが何かを言う前に私は先に謝罪した。
こういうのは先手必勝だって同級生が言っていたもの。
まずはこちらに謝意があること、申し訳なく思っていて反省しているっていうのを強く訴えるのが大事だって……。
勿論、それがただ謝ってなあなあにしようとしているなんて思われないようにどこまでも真摯に己の過ちを認め、謝罪することが大事だって。
(そうよ、私はこれまでずっと迷惑をかけていたんだから)
今朝だって食堂に私が足を踏み入れた時、お兄様とは笑顔で会話をしていたキリアン。
私が来たとわかった途端に真顔になってしまって、とても申し訳なかったもの……。
そして私の勢いに驚いたらしいキリアンが珍しく……でもないかしら、何かを言おうとしていた口を閉ざしてもごもごとしている。
もしかしたら最近の私の態度を咎めようとしたけれど、気勢を削がれたのだろうか?
だとしたら私の作戦は間違っていなかったに違いない!
キリアンに叱られちゃったらきっと私は落ち込んで、謝罪はしても叱られたことに対してだけで本当に謝罪したいことを謝罪できないまま終わっていたかもしれないものね!
「私ったらずっと子供のように貴方を追い回していたんだって、ようやく気づいたの。昨日も馬車の中で迷惑をかけて申し訳ないって謝罪をさせてもらったけれど、これからは行動でも示していくつもりよ」
「それは」
「結婚式は来年の春だもの。キリアンも騎士爵になって業務が増えたと聞いています。社交シーズンも落ち着いたから、しばらくは夜会に出る必要もないとお父様も昨晩、言っていたことですし……お互い、自分のために時間を使う良い機会でもあると思うの」
「アシュリー嬢」
「結婚したら、立派な家庭教師になって家庭の役に立つつもりよ。勿論、夫人としての立場を忘れるわけじゃなくて……立派な騎士である貴方を支える良き妻として、努力するつもりなの」
何かを言いたげなキリアン。
ごめんなさい。
本当は話を聞くべきだって、私だけ好き放題意見を言うんじゃなくて話し合いをするべきだってわかっているの。
わかっているけれど……それでも、私にはまだ勇気が足りないの。
(貴方に、迷惑だったと思われていたことを知りたくないの。私の言葉に安堵する貴方を見たくないの。……貴方が『貴女が言うなら仕方ありませんね』って喜びを滲ませたら、私はもう立ち直れないかもしれない)
ここまできても、私は自分勝手だ。
でももう少し、ほんの少し前に気づいただけの私を、私が哀れんであげてもいいんじゃないかなって……そんな甘えた気持ちが、私の目を塞ぐのだ。
(ごめんね、キリアン)
少しずつ……少しずつ、私なりに大人になって、割り切ってみせるから。
貴方が私にしてくれたように、私もこの結婚の意味をきちんと受け入れてみせるから。
心から謝罪する。
だけど、彼の顔はどうしても見ることができず……私は適当な言い訳をして、部屋に逃げ戻ってしまったのだった。
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