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四十二:思いやる、けれどその裏。
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看護師が来て、すぐに雫は彼らの手に委ねられた。
家族ではない紬には、その場に残る理由は見つけられなくて、退室を求められてただ大人しく引き下がるくらいしかできない。
だが、帰り際、白い花が活けられていた花瓶の下にメモを挟み込むことはできたので出来る範囲での行動はとれたと、それが彼を慰めた。
(連絡があるかはわかんねえし、下手したら片付けられて終わりだよな……今思えばバカみたいな方法だった)
それでも、二日、三日と時間が経つにつれてなんの連絡もないスマホの画面を見ては気落ちをせざるを得ないのだけれども。
花梨も特に何も連絡は来ていなかったらしい。
逆に、そうやって紬が問うてきたことで『なにかあったんじゃないのか』と心配になったのかあれこれ聞いてきて困ったものだった。
それについて紬としても聞きたくなるのは仕方がないと思うのだが、目を覚ました雫はあまりに具合が悪そうだったので看護師を呼んだらそのまま帰るように言われたとしかと答えられなかったのだ。
その後、花梨から雫の両親に連絡もしたようだがなにか言われることもなかったらしい。
とりあえずはしばらく見舞いは控えてほしい、申し訳ないと逆に謝られてしまったのだとか。
その件について何か咎められるかと思っていたのに、相変わらず拍子抜けしてばかりで紬はまた誰にも何も言ってもらえないことに苦しんだのだ。
(やっぱり、……俺が、いたからだよな?)
雫は自分の『過去』を知る人間に対し、そうなのかと確認した。
それは自分のことを知りたいからなのか。
それとも「今の自分を見てくれ」という願いを告げるためなのか。
過去を知りたがったのも、訣別のためなのか或いは受け入れて過去を知り、記憶の代わりとする為なのか。
結局のところ、真相を知るには雫本人に聞くしかない。
どちらにせよ、彼女がどうしたいのかでしかないことを紬は思い知らされている。もう何度目になるか分かったものじゃないが、思い知っている。
あの日から一週間経った頃に花梨経由で、雫の両親から見舞いに来てももう大丈夫だという連絡がきた。
紬にもぜひ来てほしいと託けがあったことを耳にすれば、自然と眉間に皺が寄った。
雫からは、何の連絡もない。
それなのに、見舞いに是非と言われて喜べるほど紬は素直な男ではなかったのだ。
(……自分たちの関係は、どんなだったのか知りたいと食い下がった)
それは、紬が雫の『過去を知る人物であるのか』どうかが重要だったのだろう。
その過去は、あえて濁したのは紬であるけれど、雫が知りたかったものではなかったに違いない。
けれど、彼女が気を失うきっかけ、もしくは呼び水になったのは間違いない。
だって雫は、目覚めて紬を見つけた途端にあれほどまでに動揺してみせたのだ。あれは、何かを思い出したかそんなところに違いない。
少なくとも、良くない方面で、だけれど。
(くそったれ)
自分に向けて悪態をつくのは何度目だったろうか。もう数えても数えきれないほどそうしている気がする。
見舞いに是非と言われたのだし、後ろ暗いことは何もない。
けれどあの時の絶望的なほど苦しそうな雫の顔、あれが自分のせいなのかもしれない……むしろそうだろうと思うと紬もまた胸が苦しくなるのだ。
胸をかきむしりたい衝動に駆られながらも、そうしたところでなんの意味もないことを知っている彼はただ奥歯を噛みしめることしかできなかった。
(……見舞いに行くか)
だがいくら考えた所で何かがわかるわけでもなければ、少なくとも今の紬に『会える』可能性が残されているのであればそれを無駄にする余裕もなかった。
雫が何を考えて、そして彼女の両親がどんな思いをしているのかまるでわからないことがなんとも気まずさしかないのだけれど、紬はただ、会いたいと思った。
(もし、もう二度と関わらないでほしいって言われたら、どうする?)
悪い考えばかりが頭を占める。
自分で考えても結論が出ないことを、いくら悩んでも仕方がないだろうと紡がそばにいてくれたなら、そうやって紬の悩みを明るく笑い飛ばしただろう。
だが、それぞれの道を歩み始めた彼らは常に隣にいるということが当たり前でなくなったのだ。
(そうだ、いつまでも紡頼みじゃいられねえ)
もとより考えすぎる傾向があることは、紬自身自覚している。
それが良くない方向に作用していることも、理解しているつもりなのだ。
だがわかっていてもそこからそう簡単に抜け出せるほど彼は器用ではなかったし、また、経験も足りない。それだけの話だった。
そしてその分、紬には同時に行動力があった。
こうと決めたら動かない頑固さは、行動にも影響している。
せねばならない。
そう決めたなら、そうするだけだと紬は行動する。
今がまさに、そうだった。
(否定されるのか、受け入れられるのか、……それとも、『過去の雫』をなかったことにしての付き合いとなっていくのか)
紬が今の雫込みで好きなのだと恋情を伝えたところで、それを素直に受け止めてくれるとはさすがに安易には思っていない。
だからといって、じゃあ過去の雫をなかったことにという選択肢もない。
とはいえ、それすら紬が勝手に思い描いて悩んでいるだけで、実際会いに行ったらなんてことはないのかもしれないし、つまるところやっぱり何もわからないままなのだ。
花梨から一緒に見舞いに行こうと誘われているが、それに応じつつも別日に自分一人で行きたいと思う紬は雫の両親に連絡が取りたいと花梨にお願いした。
自分の電話番号を相手に伝えてほしい、先日のことをお詫びしたい、予定を合わせて行く前にちゃんと一度詫びておきたい、そう連ねればもっともらしく、花梨も否やとは言わなかった。
『別に必要ないって言われるかもしれないけど、それでもいい?』
その問いに、一も二もなく頷いて了承の意を送る。
(そうだ、どんなリアクションをとってくるのかは相手次第)
今自分がしたいこと、相手が何を望むのか、それらのカードは出そろっていない。
いつまでも足踏みしていては今までの二の舞になることは明白で、それは紬が望んだものではなかった。
今度こそ、言わない後悔をしようと紬は決めたのだ。
引け腰になることを、自分でも情けないと思いつつ少しずつで良いから前に進みたいと思っているのだ。
(まず雫の両親にコンタクトとって、次会ったら、とりあえずもっかい謝って、雫にもこないだ、突然見舞いなんかしてびっくりさせて悪かったって謝って……それから、それから?)
それからどうする。
まずは花梨が友人関係を構築しなおしたように、自分もそこから始めるべきなのだろう。
好きだと自覚したから即行動、だけれどそれは即口説くという意味でないことくらい、紬にだってわかっている。
好きだから諦めたくないし、好きだから相手の負担になりたくない。
相手の力になれるならばなってやりたいし、疎遠にはなりたくない。
そしてできるなら、いつか。
そう、いつかで良いから。
(改めて、好きになってほしい)
想いは、今度こそ自分から伝えるつもりだけれど。
家族ではない紬には、その場に残る理由は見つけられなくて、退室を求められてただ大人しく引き下がるくらいしかできない。
だが、帰り際、白い花が活けられていた花瓶の下にメモを挟み込むことはできたので出来る範囲での行動はとれたと、それが彼を慰めた。
(連絡があるかはわかんねえし、下手したら片付けられて終わりだよな……今思えばバカみたいな方法だった)
それでも、二日、三日と時間が経つにつれてなんの連絡もないスマホの画面を見ては気落ちをせざるを得ないのだけれども。
花梨も特に何も連絡は来ていなかったらしい。
逆に、そうやって紬が問うてきたことで『なにかあったんじゃないのか』と心配になったのかあれこれ聞いてきて困ったものだった。
それについて紬としても聞きたくなるのは仕方がないと思うのだが、目を覚ました雫はあまりに具合が悪そうだったので看護師を呼んだらそのまま帰るように言われたとしかと答えられなかったのだ。
その後、花梨から雫の両親に連絡もしたようだがなにか言われることもなかったらしい。
とりあえずはしばらく見舞いは控えてほしい、申し訳ないと逆に謝られてしまったのだとか。
その件について何か咎められるかと思っていたのに、相変わらず拍子抜けしてばかりで紬はまた誰にも何も言ってもらえないことに苦しんだのだ。
(やっぱり、……俺が、いたからだよな?)
雫は自分の『過去』を知る人間に対し、そうなのかと確認した。
それは自分のことを知りたいからなのか。
それとも「今の自分を見てくれ」という願いを告げるためなのか。
過去を知りたがったのも、訣別のためなのか或いは受け入れて過去を知り、記憶の代わりとする為なのか。
結局のところ、真相を知るには雫本人に聞くしかない。
どちらにせよ、彼女がどうしたいのかでしかないことを紬は思い知らされている。もう何度目になるか分かったものじゃないが、思い知っている。
あの日から一週間経った頃に花梨経由で、雫の両親から見舞いに来てももう大丈夫だという連絡がきた。
紬にもぜひ来てほしいと託けがあったことを耳にすれば、自然と眉間に皺が寄った。
雫からは、何の連絡もない。
それなのに、見舞いに是非と言われて喜べるほど紬は素直な男ではなかったのだ。
(……自分たちの関係は、どんなだったのか知りたいと食い下がった)
それは、紬が雫の『過去を知る人物であるのか』どうかが重要だったのだろう。
その過去は、あえて濁したのは紬であるけれど、雫が知りたかったものではなかったに違いない。
けれど、彼女が気を失うきっかけ、もしくは呼び水になったのは間違いない。
だって雫は、目覚めて紬を見つけた途端にあれほどまでに動揺してみせたのだ。あれは、何かを思い出したかそんなところに違いない。
少なくとも、良くない方面で、だけれど。
(くそったれ)
自分に向けて悪態をつくのは何度目だったろうか。もう数えても数えきれないほどそうしている気がする。
見舞いに是非と言われたのだし、後ろ暗いことは何もない。
けれどあの時の絶望的なほど苦しそうな雫の顔、あれが自分のせいなのかもしれない……むしろそうだろうと思うと紬もまた胸が苦しくなるのだ。
胸をかきむしりたい衝動に駆られながらも、そうしたところでなんの意味もないことを知っている彼はただ奥歯を噛みしめることしかできなかった。
(……見舞いに行くか)
だがいくら考えた所で何かがわかるわけでもなければ、少なくとも今の紬に『会える』可能性が残されているのであればそれを無駄にする余裕もなかった。
雫が何を考えて、そして彼女の両親がどんな思いをしているのかまるでわからないことがなんとも気まずさしかないのだけれど、紬はただ、会いたいと思った。
(もし、もう二度と関わらないでほしいって言われたら、どうする?)
悪い考えばかりが頭を占める。
自分で考えても結論が出ないことを、いくら悩んでも仕方がないだろうと紡がそばにいてくれたなら、そうやって紬の悩みを明るく笑い飛ばしただろう。
だが、それぞれの道を歩み始めた彼らは常に隣にいるということが当たり前でなくなったのだ。
(そうだ、いつまでも紡頼みじゃいられねえ)
もとより考えすぎる傾向があることは、紬自身自覚している。
それが良くない方向に作用していることも、理解しているつもりなのだ。
だがわかっていてもそこからそう簡単に抜け出せるほど彼は器用ではなかったし、また、経験も足りない。それだけの話だった。
そしてその分、紬には同時に行動力があった。
こうと決めたら動かない頑固さは、行動にも影響している。
せねばならない。
そう決めたなら、そうするだけだと紬は行動する。
今がまさに、そうだった。
(否定されるのか、受け入れられるのか、……それとも、『過去の雫』をなかったことにしての付き合いとなっていくのか)
紬が今の雫込みで好きなのだと恋情を伝えたところで、それを素直に受け止めてくれるとはさすがに安易には思っていない。
だからといって、じゃあ過去の雫をなかったことにという選択肢もない。
とはいえ、それすら紬が勝手に思い描いて悩んでいるだけで、実際会いに行ったらなんてことはないのかもしれないし、つまるところやっぱり何もわからないままなのだ。
花梨から一緒に見舞いに行こうと誘われているが、それに応じつつも別日に自分一人で行きたいと思う紬は雫の両親に連絡が取りたいと花梨にお願いした。
自分の電話番号を相手に伝えてほしい、先日のことをお詫びしたい、予定を合わせて行く前にちゃんと一度詫びておきたい、そう連ねればもっともらしく、花梨も否やとは言わなかった。
『別に必要ないって言われるかもしれないけど、それでもいい?』
その問いに、一も二もなく頷いて了承の意を送る。
(そうだ、どんなリアクションをとってくるのかは相手次第)
今自分がしたいこと、相手が何を望むのか、それらのカードは出そろっていない。
いつまでも足踏みしていては今までの二の舞になることは明白で、それは紬が望んだものではなかった。
今度こそ、言わない後悔をしようと紬は決めたのだ。
引け腰になることを、自分でも情けないと思いつつ少しずつで良いから前に進みたいと思っているのだ。
(まず雫の両親にコンタクトとって、次会ったら、とりあえずもっかい謝って、雫にもこないだ、突然見舞いなんかしてびっくりさせて悪かったって謝って……それから、それから?)
それからどうする。
まずは花梨が友人関係を構築しなおしたように、自分もそこから始めるべきなのだろう。
好きだと自覚したから即行動、だけれどそれは即口説くという意味でないことくらい、紬にだってわかっている。
好きだから諦めたくないし、好きだから相手の負担になりたくない。
相手の力になれるならばなってやりたいし、疎遠にはなりたくない。
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