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★連合艦隊エジプトへ★
【エジプト遠征隊④】
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10月9日に横須賀を出港して26日目の11月5日、船団からアフガニスタン・イラン・イラク分離帯が離れ、11月10日にはジプチ港に入りエチオピア選手団を降ろしエチオピア政府から感謝の晩餐会に呼ばれ久しぶりに大地を踏みしめた。
11月12日、ジプチを出て1週間後の11月19日、横須賀を出て41日目にようやく船団はエジプトに到着した。
輸送船団には、情報が漏れて選手団に不安が広がらないように情報統制が敷かれていたため、「剣崎」に乗船していた私には北アフリカにおける戦況は知る由もなかった。
大本営からの派遣と言っても、その役名は北アフリカ戦線の調査ではなく、選手団の管理。
しかも将軍でもない一介の少佐では、無理を通すことも出来なかった。
船を降りて真っ先に井上中将に戦況を伺うと、彼は「何も変わっていない」とだけ教えてくれた。
何も変わっていないと言う事は、9月6日に侵攻を開始したにもかかわらずイタリア軍は未だに国境から100㎞ほど進んだ地中海に面したエジプトの小さな町シディ・バラニに駐屯したまま動かないでいると言う事なのか?
侵攻当時のイタリア軍兵力は21万5000人。
これに対して、守るエジプト軍、駐留イギリス軍と自由フランス軍は合わせても5万人程度と明らかに劣勢だった。
しかもリビア国境からカイロまでの630㎞間のうち、最初の400㎞は障害となるような地形もない平坦な砂漠地帯。
普通に考えるなら、既にエジプトの首都カイロ近郊に達していても不思議ではないはず。
いや最悪の場合、そのカイロも陥落している可能性も考えられたから、海軍はこの様な大艦隊を派遣した。
いったいコレは、どういうことなのだろう?
その夜、我々はエジプト政府が主催した晩餐会に呼ばれた。
艦隊の全員が参加できれば良かったのだが、何しろ規模が大きすぎる。
招待されたのは軍幹部の他に、選手団の世話をした政府関係者のみ。
私は大本営から選手団の管理を任されていたので、世話役として活動した薫さんと共に晩さん会に出席することとなった。
晩さん会には、その他にイギリスとフランス大使館関係者の他に、軍の幹部らしき人も何人かいた。
英語に堪能な薫さんは、通訳として永野大将、井上中将、草鹿少将の中東・インド洋方面隊の三幹部に付いている。
もちろん三幹部も英語は話せるし政府関係者の殆どは英語に堪能だが、通訳を介することで返す言葉を考える時間的余裕が出来ることと、未来の日本で語学留学の経験もある薫さんの通訳がオリンピックの際に評判になったことで白羽の矢が立てられた。
また大本営所属という肩書も薫さんにはあるので、どのような内容の話でも安心して通訳を任せることができたのも大きな要因であることは確かなようだ。
大命を授かった薫さんを離れたところで見守っていた私に、井上中将が手招きして私を呼んだ。
何の用かと思って向かうと、「君は結城君の上司なのだから、傍に居てあげなさい」と言われた。
私はさほど問題ないが、しっかりしているように見えて意外にお調子者の薫さんの方が、私が近くにいることで浮かれてしまい失敗をしてしまわないか気がかりだったので断ろうと思っているところに井上が言った。
「花は儚いから、見られるときは、出来るだけ傍で見ておいた方が良い」と。
その言葉にハッとした。
彼は、とてつもない頑固者だが海軍きっての愛妻家でもあったことを。
だがその妻は8年前の昭和7年、彼が海軍省軍務局第一課長に任命されたその日に病のために亡くなった。
そのような人のアドバイスを、断ることができるだろうか。
私は結城薫の上司らしく彼女に寄り添っていた。
私たちの居る三人の幹部の所に、イギリスの軍人たちが近づいてくるのが見えた。
彼らの中央に立つのは、背の高い左目を閉じている男、アーチボルド・パーシヴァル・ウェーヴェル大英帝国陸軍大将だ。
彼は第一次世界大戦で片目を失っている。
イギリスの軍人たちは私たちが通訳だと知ると、自らの名前と身分を名乗り面会を依頼してきたので、私は高須中将たちに彼らのことを報告して面会を受けるかどうかを確認し、3人が受けるというのでまた彼らのもとに戻った。
<追記、井上成美の妻子との別れ>
1932年(昭和7年)、栄誉ある海軍省軍務局第一課長を命じられたとき、井上は肺結核が悪化した妻・喜久代の看病に支障が出るという理由で固辞していた。
軍務局第一課長と言えば海軍軍政の要であり、第一課長はその筆頭課長で激務を極めるから。
ただし第一課長になると言う事は、その後の海軍大臣も決まったような人事であり、推す方も井上を見込んで、日本の将来を託す覚悟を決めて推しているから、妻の病気という重大ではあるが個人的な理由では退くに引けない。
結局井上は固辞しきれず第一課長の任を受ける事になったが、その任命の日に妻・喜久代は肺結核のため死去した。
享年37歳。
妻の死の知らせを電報で知った井上は、同じ日に来た第一課長就任を祝う沢山の電報の束を握りしめ、「何が、めでたい事か」と何度も繰り返しては一人執務室で泣いたという。
その後一人娘の静子は支那方面艦隊兼第三艦隊参謀長を務める丸田吉人海軍軍医(結婚時の階級は大尉)と結婚したが、その丸田は昭和19年10月サマール島沖海戦において乗船していた重巡洋艦鳥海と共に海に沈み、残された静子は横須賀の井上のもとに戻ったが、その静子も一子・研一を残し昭和23年10月に母と同じ肺結核のため29歳の若さでこの世を去った。
11月12日、ジプチを出て1週間後の11月19日、横須賀を出て41日目にようやく船団はエジプトに到着した。
輸送船団には、情報が漏れて選手団に不安が広がらないように情報統制が敷かれていたため、「剣崎」に乗船していた私には北アフリカにおける戦況は知る由もなかった。
大本営からの派遣と言っても、その役名は北アフリカ戦線の調査ではなく、選手団の管理。
しかも将軍でもない一介の少佐では、無理を通すことも出来なかった。
船を降りて真っ先に井上中将に戦況を伺うと、彼は「何も変わっていない」とだけ教えてくれた。
何も変わっていないと言う事は、9月6日に侵攻を開始したにもかかわらずイタリア軍は未だに国境から100㎞ほど進んだ地中海に面したエジプトの小さな町シディ・バラニに駐屯したまま動かないでいると言う事なのか?
侵攻当時のイタリア軍兵力は21万5000人。
これに対して、守るエジプト軍、駐留イギリス軍と自由フランス軍は合わせても5万人程度と明らかに劣勢だった。
しかもリビア国境からカイロまでの630㎞間のうち、最初の400㎞は障害となるような地形もない平坦な砂漠地帯。
普通に考えるなら、既にエジプトの首都カイロ近郊に達していても不思議ではないはず。
いや最悪の場合、そのカイロも陥落している可能性も考えられたから、海軍はこの様な大艦隊を派遣した。
いったいコレは、どういうことなのだろう?
その夜、我々はエジプト政府が主催した晩餐会に呼ばれた。
艦隊の全員が参加できれば良かったのだが、何しろ規模が大きすぎる。
招待されたのは軍幹部の他に、選手団の世話をした政府関係者のみ。
私は大本営から選手団の管理を任されていたので、世話役として活動した薫さんと共に晩さん会に出席することとなった。
晩さん会には、その他にイギリスとフランス大使館関係者の他に、軍の幹部らしき人も何人かいた。
英語に堪能な薫さんは、通訳として永野大将、井上中将、草鹿少将の中東・インド洋方面隊の三幹部に付いている。
もちろん三幹部も英語は話せるし政府関係者の殆どは英語に堪能だが、通訳を介することで返す言葉を考える時間的余裕が出来ることと、未来の日本で語学留学の経験もある薫さんの通訳がオリンピックの際に評判になったことで白羽の矢が立てられた。
また大本営所属という肩書も薫さんにはあるので、どのような内容の話でも安心して通訳を任せることができたのも大きな要因であることは確かなようだ。
大命を授かった薫さんを離れたところで見守っていた私に、井上中将が手招きして私を呼んだ。
何の用かと思って向かうと、「君は結城君の上司なのだから、傍に居てあげなさい」と言われた。
私はさほど問題ないが、しっかりしているように見えて意外にお調子者の薫さんの方が、私が近くにいることで浮かれてしまい失敗をしてしまわないか気がかりだったので断ろうと思っているところに井上が言った。
「花は儚いから、見られるときは、出来るだけ傍で見ておいた方が良い」と。
その言葉にハッとした。
彼は、とてつもない頑固者だが海軍きっての愛妻家でもあったことを。
だがその妻は8年前の昭和7年、彼が海軍省軍務局第一課長に任命されたその日に病のために亡くなった。
そのような人のアドバイスを、断ることができるだろうか。
私は結城薫の上司らしく彼女に寄り添っていた。
私たちの居る三人の幹部の所に、イギリスの軍人たちが近づいてくるのが見えた。
彼らの中央に立つのは、背の高い左目を閉じている男、アーチボルド・パーシヴァル・ウェーヴェル大英帝国陸軍大将だ。
彼は第一次世界大戦で片目を失っている。
イギリスの軍人たちは私たちが通訳だと知ると、自らの名前と身分を名乗り面会を依頼してきたので、私は高須中将たちに彼らのことを報告して面会を受けるかどうかを確認し、3人が受けるというのでまた彼らのもとに戻った。
<追記、井上成美の妻子との別れ>
1932年(昭和7年)、栄誉ある海軍省軍務局第一課長を命じられたとき、井上は肺結核が悪化した妻・喜久代の看病に支障が出るという理由で固辞していた。
軍務局第一課長と言えば海軍軍政の要であり、第一課長はその筆頭課長で激務を極めるから。
ただし第一課長になると言う事は、その後の海軍大臣も決まったような人事であり、推す方も井上を見込んで、日本の将来を託す覚悟を決めて推しているから、妻の病気という重大ではあるが個人的な理由では退くに引けない。
結局井上は固辞しきれず第一課長の任を受ける事になったが、その任命の日に妻・喜久代は肺結核のため死去した。
享年37歳。
妻の死の知らせを電報で知った井上は、同じ日に来た第一課長就任を祝う沢山の電報の束を握りしめ、「何が、めでたい事か」と何度も繰り返しては一人執務室で泣いたという。
その後一人娘の静子は支那方面艦隊兼第三艦隊参謀長を務める丸田吉人海軍軍医(結婚時の階級は大尉)と結婚したが、その丸田は昭和19年10月サマール島沖海戦において乗船していた重巡洋艦鳥海と共に海に沈み、残された静子は横須賀の井上のもとに戻ったが、その静子も一子・研一を残し昭和23年10月に母と同じ肺結核のため29歳の若さでこの世を去った。
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