30 / 48
★コミンテルンとの闘い★
【東条英機の刺客】
しおりを挟む
珈琲を飲みながら私たちは永野の発案で、会議を行うことになった。
議題は、人事について。
国家の一大事の時は腕を振るうことができるが、平時の時には左程用事がないような立場というのがこの大本営の仕事。
それ故に今までは「大本営」の部員は陸軍や海軍から出向のような形で人が出されていた。
これでは陸軍や海軍の言いなりになってしまうのは当然で、大本営の本来の目的である統合作戦本部的な活動はできなくなってしまう。
前史で私の居た大本営も、統帥権のトップと言う地位にありながら、その地位さえも陸海軍に利用されていた。
しかし、この生まれ変わった大本営は違う。
陛下自らが、陸海軍の作戦を束ねるように指示された以上、その役割は重要かつ重大だ。
だが、如何せん薫さんもいれて4人では平時ならともかく、このような戦争状況下では昼夜に渡る指揮管理は難しい。
「実は陸軍から、富永恭次少将と田中隆吉少将、四方諒二中佐を大本営に加えるように推してきているのだが阿南君、君はどう思う?」
永野の言葉に、阿南の顔が微かに曇るのを感じた。
前史で行われた戦闘のうち、北部仏印への進出は西原一策少将らが現地政府と交渉を行い日本軍の平和的な進駐で合意され、戦闘ではなく政治的な解決となる予定だった。
ところが富永はその協定を知りながら、参謀総長指示として南支那方面軍に武力による進軍を命じた。
また敗戦濃厚な1945年1月には、フィリピンに展開する第14方面軍に配属されながら、多くの部下を残したまま司令部要員と共に航空機で密かにフィリピンから脱出している。
田中は陸軍軍人なら誰もが知っている調略に特化した卑劣な作戦を得意とし、1932年には金で雇った中国人を使って日本人僧侶を殺害させた「上海日本人僧侶襲撃事件」、満州に対してそれまで寛容だった中国を怒らせた「綏遠事件」、日ソ間の不信を招き後のノモンハン事件に至る原因となった「張鼓峰事件」を指導している。
四方もまた上記2人と似たような粗野な人物で、彼らに共通しているのは陸軍の実権を握る東条英機の取り巻き連中であること。
つまり東条は、これ等を大本営に送り込み、陸軍の好きなように動くことができる状況を作り出そうとしているに違いない。
しかし聞かれた阿南は何も言わない。
陸軍の軍人である以上、この3人のことを知らないはずがない。
なのに何故駄目だと言わないのか? おそらくそれは陸軍軍人としてのプライドのせいだろう。
断るのは簡単だが、断るだけの理由が居るはずで、そうなれば陸軍の恥を海軍の永野に見せてしまう事になる。
寡黙で人一倍真面目な阿南には、そう言ったことはできそうにない。
東条も、そこを狙ってこの人事を提案してきたのは間違いない。
「海軍さんは、どうなのですか?」
書記を務めていた薫さんが永野に言った。
「こら、薫さん!」
書記と言う立場であり、中尉に任命されたとはいえ、ド素人の薫さんが軽く口を出していい内容の話しではないので注意した。
しかし、永野は気にもせず、逆に私に「たった4人しか居ないのだから、皆の意見を聞こうじゃないか」と言って薫さんの質問に答えた。
「海軍は俺に井上君を押し付けようとしてきた」
「井上とは、井上成美中将ですか!?」
井上さんなら最適だと思って、私は身を乗り出した。
「確かに井上は適任者だと思う。だがアイツは人に対する好き嫌いが激しいばかりか無類の頑固者だ。とても俺は彼を扱えないし、山本(五十六)だって井上を部下にすることはできないだろう。しかし何故かあの米内光正だけが、彼を扱えるのは不思議に思うのだが、それなら俺たちが扱うより米内が思うようにさせた方が良い」
「それはつまり、孤高の天才ってことですか?」
「こら!」
私は永野の話しの途中で口を挟んだ薫さんに、注意したが永野はそれを嬉しそうに受け入れて続きを話す。
「いや、まさに、その通り。彼の能力は俺以上! だが俺だって彼に勝るところもあるんだぞ」と、永野が答えを求めるように薫さんを見る。
薫さんは物怖じひとつせず、即座に答えた。
「社交術と根回し‼」
海軍でトップとなった人に対して、その答えはあまりにも失礼だと感じたが、あの井上を相手に永野が勝てるとすれば、私もそれしか思い浮かばなかった。
永野は、薫さんを叱ることもなく言った。
「大本営と言う組織としては、個人の能力もさることながら、そういった人間性の部分も重要になるはず。陸軍の誰が嫌いとか、海軍のこの考えは受け入れられないと我を張っていたのでは、話は先に進まず事件だけがドンドン先に進んで行ってしまう。また特定の軍や組織、グループなどに操られている人間も相応しくはないだろう。大本営が扱う任務は国体に関わること。そこに見栄だのプライドだのは挟む余地はない!」
永野は堂々とそう意見を述べたあと急に小さくなり、申し訳なさそうに、俺ばかり話してしまったが副局長はどう思うかと阿南の意見を聞いた。
聞かれた阿南は、思いつめたように立ち上がり頭を下げて言った。
「すみません。私は間違った考えを持ったまま悩んでいました」と。
永野が、何を悩んでいたのかと聞くと、阿南はハッキリとした声で答えた。
「陸軍が大本営にと推薦してきた3人は全て、この大本営を陸軍の都合のいいように操ろうという意図のもとに差し向けられた刺客です。 ですから、これは断る方が良いでしょう。そして海軍も同じ。向うから推してくる人間を入れるのではなく、人選は我々で行わなければ公平な判断が必要となる統合作戦本部としての機能を全うすることはできません」と。
議題は、人事について。
国家の一大事の時は腕を振るうことができるが、平時の時には左程用事がないような立場というのがこの大本営の仕事。
それ故に今までは「大本営」の部員は陸軍や海軍から出向のような形で人が出されていた。
これでは陸軍や海軍の言いなりになってしまうのは当然で、大本営の本来の目的である統合作戦本部的な活動はできなくなってしまう。
前史で私の居た大本営も、統帥権のトップと言う地位にありながら、その地位さえも陸海軍に利用されていた。
しかし、この生まれ変わった大本営は違う。
陛下自らが、陸海軍の作戦を束ねるように指示された以上、その役割は重要かつ重大だ。
だが、如何せん薫さんもいれて4人では平時ならともかく、このような戦争状況下では昼夜に渡る指揮管理は難しい。
「実は陸軍から、富永恭次少将と田中隆吉少将、四方諒二中佐を大本営に加えるように推してきているのだが阿南君、君はどう思う?」
永野の言葉に、阿南の顔が微かに曇るのを感じた。
前史で行われた戦闘のうち、北部仏印への進出は西原一策少将らが現地政府と交渉を行い日本軍の平和的な進駐で合意され、戦闘ではなく政治的な解決となる予定だった。
ところが富永はその協定を知りながら、参謀総長指示として南支那方面軍に武力による進軍を命じた。
また敗戦濃厚な1945年1月には、フィリピンに展開する第14方面軍に配属されながら、多くの部下を残したまま司令部要員と共に航空機で密かにフィリピンから脱出している。
田中は陸軍軍人なら誰もが知っている調略に特化した卑劣な作戦を得意とし、1932年には金で雇った中国人を使って日本人僧侶を殺害させた「上海日本人僧侶襲撃事件」、満州に対してそれまで寛容だった中国を怒らせた「綏遠事件」、日ソ間の不信を招き後のノモンハン事件に至る原因となった「張鼓峰事件」を指導している。
四方もまた上記2人と似たような粗野な人物で、彼らに共通しているのは陸軍の実権を握る東条英機の取り巻き連中であること。
つまり東条は、これ等を大本営に送り込み、陸軍の好きなように動くことができる状況を作り出そうとしているに違いない。
しかし聞かれた阿南は何も言わない。
陸軍の軍人である以上、この3人のことを知らないはずがない。
なのに何故駄目だと言わないのか? おそらくそれは陸軍軍人としてのプライドのせいだろう。
断るのは簡単だが、断るだけの理由が居るはずで、そうなれば陸軍の恥を海軍の永野に見せてしまう事になる。
寡黙で人一倍真面目な阿南には、そう言ったことはできそうにない。
東条も、そこを狙ってこの人事を提案してきたのは間違いない。
「海軍さんは、どうなのですか?」
書記を務めていた薫さんが永野に言った。
「こら、薫さん!」
書記と言う立場であり、中尉に任命されたとはいえ、ド素人の薫さんが軽く口を出していい内容の話しではないので注意した。
しかし、永野は気にもせず、逆に私に「たった4人しか居ないのだから、皆の意見を聞こうじゃないか」と言って薫さんの質問に答えた。
「海軍は俺に井上君を押し付けようとしてきた」
「井上とは、井上成美中将ですか!?」
井上さんなら最適だと思って、私は身を乗り出した。
「確かに井上は適任者だと思う。だがアイツは人に対する好き嫌いが激しいばかりか無類の頑固者だ。とても俺は彼を扱えないし、山本(五十六)だって井上を部下にすることはできないだろう。しかし何故かあの米内光正だけが、彼を扱えるのは不思議に思うのだが、それなら俺たちが扱うより米内が思うようにさせた方が良い」
「それはつまり、孤高の天才ってことですか?」
「こら!」
私は永野の話しの途中で口を挟んだ薫さんに、注意したが永野はそれを嬉しそうに受け入れて続きを話す。
「いや、まさに、その通り。彼の能力は俺以上! だが俺だって彼に勝るところもあるんだぞ」と、永野が答えを求めるように薫さんを見る。
薫さんは物怖じひとつせず、即座に答えた。
「社交術と根回し‼」
海軍でトップとなった人に対して、その答えはあまりにも失礼だと感じたが、あの井上を相手に永野が勝てるとすれば、私もそれしか思い浮かばなかった。
永野は、薫さんを叱ることもなく言った。
「大本営と言う組織としては、個人の能力もさることながら、そういった人間性の部分も重要になるはず。陸軍の誰が嫌いとか、海軍のこの考えは受け入れられないと我を張っていたのでは、話は先に進まず事件だけがドンドン先に進んで行ってしまう。また特定の軍や組織、グループなどに操られている人間も相応しくはないだろう。大本営が扱う任務は国体に関わること。そこに見栄だのプライドだのは挟む余地はない!」
永野は堂々とそう意見を述べたあと急に小さくなり、申し訳なさそうに、俺ばかり話してしまったが副局長はどう思うかと阿南の意見を聞いた。
聞かれた阿南は、思いつめたように立ち上がり頭を下げて言った。
「すみません。私は間違った考えを持ったまま悩んでいました」と。
永野が、何を悩んでいたのかと聞くと、阿南はハッキリとした声で答えた。
「陸軍が大本営にと推薦してきた3人は全て、この大本営を陸軍の都合のいいように操ろうという意図のもとに差し向けられた刺客です。 ですから、これは断る方が良いでしょう。そして海軍も同じ。向うから推してくる人間を入れるのではなく、人選は我々で行わなければ公平な判断が必要となる統合作戦本部としての機能を全うすることはできません」と。
23
あなたにおすすめの小説
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
離反艦隊 奮戦す
みにみ
歴史・時代
1944年 トラック諸島空襲において無謀な囮作戦を命じられた
パターソン提督率いる第四打撃群は突如米国に反旗を翻し
空母1隻、戦艦2隻を含む艦隊は日本側へと寝返る
彼が目指したのはただの寝返りか、それとも栄えある大義か
怒り狂うハルゼーが差し向ける掃討部隊との激闘 ご覧あれ
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
北溟のアナバシス
三笠 陣
歴史・時代
1943年、大日本帝国はアメリカとソ連という軍事大国に挟まれ、その圧迫を受けつつあった。
太平洋の反対側に位置するアメリカ合衆国では、両洋艦隊法に基づく海軍の大拡張計画が実行されていた。
すべての計画艦が竣工すれば、その総計は約130万トンにもなる。
そしてソビエト連邦は、ヨーロッパから東アジアに一隻の巨艦を回航する。
ソヴィエツキー・ソユーズ。
ソビエト連邦が初めて就役させた超弩級戦艦である。
1940年7月に第二次欧州大戦が終結して3年。
収まっていたかに見えた戦火は、いま再び、極東の地で燃え上がろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる