対米戦、準備せよ!

湖灯

文字の大きさ
39 / 56
★ノモンハン事件★

【結城薫 vs 女スパイ③】

しおりを挟む
「下がれ‼」

 銃を私に向けたミンメイが私を怒鳴る。

 撃てば、その銃声を聞いて駆けつけて来る兵士に囲まれて逃げ場を失う。

 だからといって、撃たない保証はどこにもないから、言うことに従うしかない。



「これを口の中に入れろ!」

 投げられたのはクシャクシャに丸められた木綿。

 逆らえば私の命だけではなく、彼女の命、そして撃ち合いになった時の不運な人の命も奪われる。

 私はミンメイの要求に従い、丸めた木綿を口の中に押し込んだ。

 包帯を渡され自分で口から顎にかけてしっかり巻くように言われ、そのようにした。

 次に輪の付いたカウボーイが使うような縄を渡され、その輪を8の字にして両足を通してから両足首をグルグル巻きにして縛り、更に今度は両手首を同じ様に8の字の中に通した。

 そして縄はミンメイが持ったまま、私自身がグルグルと回るように言われ、私はセルフで拘束されてしまった。

 さすがプロのスパイ。



 自らが危機だと言うのに、彼女の鮮やかさに感心するのも束の間、私は彼女に蹴飛ばされて受け身も取れないまま床に転がる羽目になった。

「……大丈夫なようね」

 ミンメイが観察するような目で私を見て言った。

 しかし彼女が観察していたのは、私の体について心配して言ったのではなく、転がった時の縄の緩み具合を心配して観察していたのだ。

 “これぞ、プロ根性!”

 けれども私の余裕は、次に言った彼女の言葉で脆くも崩れてしまった。



「酒があったから簡単な時限発火装置を仕掛けておいたわ。すごく簡単な物なんだけどコノ建物は木造だから良く燃えるでしょうね。もう少しお勉強すれば良いスパイになれたでしょうけど、残念ながらアンタには時間が無かったようね。再見!(さようなら)」



 ミンメイはそう言って部屋を出るために廊下の影に隠れた。







 歩哨と話しているときに宿舎の中から、微かな物音が聞こえた。

 急遽建てられたとはいえ、要人用の宿泊施設だからボロな長屋のように音が筒抜けになる造りでは無いはず。

 つまり、あの微かな音は、実際には “外まで聞こえる大きな音” と言う事になる。

 中に入ってイタリア人の部屋を探す。

 ドアには表札がかけられているから、それを頼りに廊下を進むと、一番奥にイタリア大使館員一等書記官カルロス・ロッシ氏の表札があった。



 ドアに耳を当てて中の様子を窺うと、人の話す声が聞こえた。

 話の内容までは判別できないが、明らかに薫さんの声ではない。

 いやな予感。

 ドアノブを握ると回った。

 どうやら鍵は掛かっていないらしい。

 不幸中の幸いだと思ってドアを引くが、一向に開かないし、開く気配もない。

 なにか特別な方法でロックを掛けられているに違いない。

 こうしている間にも、薫さんの身には危険が迫っている。

 そう思うと居ても立ってもいられなくなり、力ずくにドアに体当たりをして部屋の中に突入することにした。



 ドアに体当たりをすると意外にもドアは簡単に開いたが、開く過程で何かにぶつかる抵抗を感じた。

 硬い物ではなく、柔らかい何か。

 それがもし薫さんであったとしても、今更この勢いを止めることは、どうにもならない。

 ドアが開くと、やはりその前には女性が倒れていた。

 ちょうどいま、私が強引に開けたドアに押し倒されたのは明らかであり、かすかに「うっ‼」っといううめき声も聞こえた。

 女性は何故か壊れて外れたクローゼットの扉の上にうつぶせに倒れていたが、その背丈から見て薫さんでない事は明らかだったし、視界のその先には縄で縛られて倒れている薫さんの姿があった。

 やはりイタリア人と一緒に出ていった女は、スパイだったのだ。



「薫さん!」

 慌てて縛られている薫さんの縄を解く。

 何かモグモグと言っていたので、まずは猿ぐつわから。

 すると彼女は「ミンメイは拳銃を持っているの‼」と言った。

 振り向くと倒れていた女性の手には、拳銃が握られていたので慌てて取りに行った。

 もし拳銃を奪い取る前に、この女が気付けば撃たれてしまう。

 だが用心している場合ではなかった。

 急いでその華奢な手から拳銃を奪い取った。



 しかし、ここで何か得体の知れない恐怖にも似た違和感を覚えた。

 拳銃を握っていた、彼女の手にもう一度自分の手を伸ばし手首を掴んだ。

 薫さんが私の不自然な行動に気付き、どうしたのかと尋ねる。

「脈が無い……」

 このミンメイと言う女スパイは、飛び込んできた私の勢いに押し倒されただけのはず。

 倒れただけで死ぬなんて、普通はあり得ない。



 “他に誰か居るのか⁉”



 入って来た廊下の方を振り向くが、誰も居なかった。

 薫さんが、きっと倒れた拍子に壊れたクローゼットに刺しっぱなしになっていた “かんざし” に刺さったのだと言った。



 “因果応報……自分のやったことは自分にふりかかる“

 薫さんを殺そうとした女は、自らが使った凶器により心臓を突きさされて死んだ。



 縄を解いた薫さんが、時限式の発火装置があるはずだと教えてくれたので、ベッド周辺を探すとベッドの下にあった。

 床下灯が壊されていて、その配線をショートさせることにより発火する仕組みだから正確には時限式ではない。

 おそらく部屋の入り口に、この床下灯のスイッチがあり、そのスイッチを押して逃げるつもりだったのだろう。

 火事と連動させれば、混乱に乗じて逃げやすいから。



 スパイによって拘束されていたイタリア人の縄を解き、服を着せて部屋を出る。

 部屋を出る時に薫さんが久しぶりにあの悪戯っぽい眼を向けて私に言った。

「このドア、外国人客用に、押して開けるタイプなの」と。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

処理中です...