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★ノモンハン事件★
【結城薫 vs 女スパイ③】
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「下がれ‼」
銃を私に向けたミンメイが私を怒鳴る。
撃てば、その銃声を聞いて駆けつけて来る兵士に囲まれて逃げ場を失う。
だからといって、撃たない保証はどこにもないから、言うことに従うしかない。
「これを口の中に入れろ!」
投げられたのはクシャクシャに丸められた木綿。
逆らえば私の命だけではなく、彼女の命、そして撃ち合いになった時の不運な人の命も奪われる。
私はミンメイの要求に従い、丸めた木綿を口の中に押し込んだ。
包帯を渡され自分で口から顎にかけてしっかり巻くように言われ、そのようにした。
次に輪の付いたカウボーイが使うような縄を渡され、その輪を8の字にして両足を通してから両足首をグルグル巻きにして縛り、更に今度は両手首を同じ様に8の字の中に通した。
そして縄はミンメイが持ったまま、私自身がグルグルと回るように言われ、私はセルフで拘束されてしまった。
さすがプロのスパイ。
自らが危機だと言うのに、彼女の鮮やかさに感心するのも束の間、私は彼女に蹴飛ばされて受け身も取れないまま床に転がる羽目になった。
「……大丈夫なようね」
ミンメイが観察するような目で私を見て言った。
しかし彼女が観察していたのは、私の体について心配して言ったのではなく、転がった時の縄の緩み具合を心配して観察していたのだ。
“これぞ、プロ根性!”
けれども私の余裕は、次に言った彼女の言葉で脆くも崩れてしまった。
「酒があったから簡単な時限発火装置を仕掛けておいたわ。すごく簡単な物なんだけどコノ建物は木造だから良く燃えるでしょうね。もう少しお勉強すれば良いスパイになれたでしょうけど、残念ながらアンタには時間が無かったようね。再見!(さようなら)」
ミンメイはそう言って部屋を出るために廊下の影に隠れた。
歩哨と話しているときに宿舎の中から、微かな物音が聞こえた。
急遽建てられたとはいえ、要人用の宿泊施設だからボロな長屋のように音が筒抜けになる造りでは無いはず。
つまり、あの微かな音は、実際には “外まで聞こえる大きな音” と言う事になる。
中に入ってイタリア人の部屋を探す。
ドアには表札がかけられているから、それを頼りに廊下を進むと、一番奥にイタリア大使館員一等書記官カルロス・ロッシ氏の表札があった。
ドアに耳を当てて中の様子を窺うと、人の話す声が聞こえた。
話の内容までは判別できないが、明らかに薫さんの声ではない。
いやな予感。
ドアノブを握ると回った。
どうやら鍵は掛かっていないらしい。
不幸中の幸いだと思ってドアを引くが、一向に開かないし、開く気配もない。
なにか特別な方法でロックを掛けられているに違いない。
こうしている間にも、薫さんの身には危険が迫っている。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、力ずくにドアに体当たりをして部屋の中に突入することにした。
ドアに体当たりをすると意外にもドアは簡単に開いたが、開く過程で何かにぶつかる抵抗を感じた。
硬い物ではなく、柔らかい何か。
それがもし薫さんであったとしても、今更この勢いを止めることは、どうにもならない。
ドアが開くと、やはりその前には女性が倒れていた。
ちょうどいま、私が強引に開けたドアに押し倒されたのは明らかであり、かすかに「うっ‼」っといううめき声も聞こえた。
女性は何故か壊れて外れたクローゼットの扉の上にうつぶせに倒れていたが、その背丈から見て薫さんでない事は明らかだったし、視界のその先には縄で縛られて倒れている薫さんの姿があった。
やはりイタリア人と一緒に出ていった女は、スパイだったのだ。
「薫さん!」
慌てて縛られている薫さんの縄を解く。
何かモグモグと言っていたので、まずは猿ぐつわから。
すると彼女は「ミンメイは拳銃を持っているの‼」と言った。
振り向くと倒れていた女性の手には、拳銃が握られていたので慌てて取りに行った。
もし拳銃を奪い取る前に、この女が気付けば撃たれてしまう。
だが用心している場合ではなかった。
急いでその華奢な手から拳銃を奪い取った。
しかし、ここで何か得体の知れない恐怖にも似た違和感を覚えた。
拳銃を握っていた、彼女の手にもう一度自分の手を伸ばし手首を掴んだ。
薫さんが私の不自然な行動に気付き、どうしたのかと尋ねる。
「脈が無い……」
このミンメイと言う女スパイは、飛び込んできた私の勢いに押し倒されただけのはず。
倒れただけで死ぬなんて、普通はあり得ない。
“他に誰か居るのか⁉”
入って来た廊下の方を振り向くが、誰も居なかった。
薫さんが、きっと倒れた拍子に壊れたクローゼットに刺しっぱなしになっていた “かんざし” に刺さったのだと言った。
“因果応報……自分のやったことは自分にふりかかる“
薫さんを殺そうとした女は、自らが使った凶器により心臓を突きさされて死んだ。
縄を解いた薫さんが、時限式の発火装置があるはずだと教えてくれたので、ベッド周辺を探すとベッドの下にあった。
床下灯が壊されていて、その配線をショートさせることにより発火する仕組みだから正確には時限式ではない。
おそらく部屋の入り口に、この床下灯のスイッチがあり、そのスイッチを押して逃げるつもりだったのだろう。
火事と連動させれば、混乱に乗じて逃げやすいから。
スパイによって拘束されていたイタリア人の縄を解き、服を着せて部屋を出る。
部屋を出る時に薫さんが久しぶりにあの悪戯っぽい眼を向けて私に言った。
「このドア、外国人客用に、押して開けるタイプなの」と。
銃を私に向けたミンメイが私を怒鳴る。
撃てば、その銃声を聞いて駆けつけて来る兵士に囲まれて逃げ場を失う。
だからといって、撃たない保証はどこにもないから、言うことに従うしかない。
「これを口の中に入れろ!」
投げられたのはクシャクシャに丸められた木綿。
逆らえば私の命だけではなく、彼女の命、そして撃ち合いになった時の不運な人の命も奪われる。
私はミンメイの要求に従い、丸めた木綿を口の中に押し込んだ。
包帯を渡され自分で口から顎にかけてしっかり巻くように言われ、そのようにした。
次に輪の付いたカウボーイが使うような縄を渡され、その輪を8の字にして両足を通してから両足首をグルグル巻きにして縛り、更に今度は両手首を同じ様に8の字の中に通した。
そして縄はミンメイが持ったまま、私自身がグルグルと回るように言われ、私はセルフで拘束されてしまった。
さすがプロのスパイ。
自らが危機だと言うのに、彼女の鮮やかさに感心するのも束の間、私は彼女に蹴飛ばされて受け身も取れないまま床に転がる羽目になった。
「……大丈夫なようね」
ミンメイが観察するような目で私を見て言った。
しかし彼女が観察していたのは、私の体について心配して言ったのではなく、転がった時の縄の緩み具合を心配して観察していたのだ。
“これぞ、プロ根性!”
けれども私の余裕は、次に言った彼女の言葉で脆くも崩れてしまった。
「酒があったから簡単な時限発火装置を仕掛けておいたわ。すごく簡単な物なんだけどコノ建物は木造だから良く燃えるでしょうね。もう少しお勉強すれば良いスパイになれたでしょうけど、残念ながらアンタには時間が無かったようね。再見!(さようなら)」
ミンメイはそう言って部屋を出るために廊下の影に隠れた。
歩哨と話しているときに宿舎の中から、微かな物音が聞こえた。
急遽建てられたとはいえ、要人用の宿泊施設だからボロな長屋のように音が筒抜けになる造りでは無いはず。
つまり、あの微かな音は、実際には “外まで聞こえる大きな音” と言う事になる。
中に入ってイタリア人の部屋を探す。
ドアには表札がかけられているから、それを頼りに廊下を進むと、一番奥にイタリア大使館員一等書記官カルロス・ロッシ氏の表札があった。
ドアに耳を当てて中の様子を窺うと、人の話す声が聞こえた。
話の内容までは判別できないが、明らかに薫さんの声ではない。
いやな予感。
ドアノブを握ると回った。
どうやら鍵は掛かっていないらしい。
不幸中の幸いだと思ってドアを引くが、一向に開かないし、開く気配もない。
なにか特別な方法でロックを掛けられているに違いない。
こうしている間にも、薫さんの身には危険が迫っている。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、力ずくにドアに体当たりをして部屋の中に突入することにした。
ドアに体当たりをすると意外にもドアは簡単に開いたが、開く過程で何かにぶつかる抵抗を感じた。
硬い物ではなく、柔らかい何か。
それがもし薫さんであったとしても、今更この勢いを止めることは、どうにもならない。
ドアが開くと、やはりその前には女性が倒れていた。
ちょうどいま、私が強引に開けたドアに押し倒されたのは明らかであり、かすかに「うっ‼」っといううめき声も聞こえた。
女性は何故か壊れて外れたクローゼットの扉の上にうつぶせに倒れていたが、その背丈から見て薫さんでない事は明らかだったし、視界のその先には縄で縛られて倒れている薫さんの姿があった。
やはりイタリア人と一緒に出ていった女は、スパイだったのだ。
「薫さん!」
慌てて縛られている薫さんの縄を解く。
何かモグモグと言っていたので、まずは猿ぐつわから。
すると彼女は「ミンメイは拳銃を持っているの‼」と言った。
振り向くと倒れていた女性の手には、拳銃が握られていたので慌てて取りに行った。
もし拳銃を奪い取る前に、この女が気付けば撃たれてしまう。
だが用心している場合ではなかった。
急いでその華奢な手から拳銃を奪い取った。
しかし、ここで何か得体の知れない恐怖にも似た違和感を覚えた。
拳銃を握っていた、彼女の手にもう一度自分の手を伸ばし手首を掴んだ。
薫さんが私の不自然な行動に気付き、どうしたのかと尋ねる。
「脈が無い……」
このミンメイと言う女スパイは、飛び込んできた私の勢いに押し倒されただけのはず。
倒れただけで死ぬなんて、普通はあり得ない。
“他に誰か居るのか⁉”
入って来た廊下の方を振り向くが、誰も居なかった。
薫さんが、きっと倒れた拍子に壊れたクローゼットに刺しっぱなしになっていた “かんざし” に刺さったのだと言った。
“因果応報……自分のやったことは自分にふりかかる“
薫さんを殺そうとした女は、自らが使った凶器により心臓を突きさされて死んだ。
縄を解いた薫さんが、時限式の発火装置があるはずだと教えてくれたので、ベッド周辺を探すとベッドの下にあった。
床下灯が壊されていて、その配線をショートさせることにより発火する仕組みだから正確には時限式ではない。
おそらく部屋の入り口に、この床下灯のスイッチがあり、そのスイッチを押して逃げるつもりだったのだろう。
火事と連動させれば、混乱に乗じて逃げやすいから。
スパイによって拘束されていたイタリア人の縄を解き、服を着せて部屋を出る。
部屋を出る時に薫さんが久しぶりにあの悪戯っぽい眼を向けて私に言った。
「このドア、外国人客用に、押して開けるタイプなの」と。
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