軌跡 Rev.1

ぽよ

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5章

ふたり

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 もはや自分が書いた文字より教授の朱書きの方が書かれているんじゃないかと言う紙を見ながら、呟く。卒論とは、やはり大変だ。これから研究を始める奴らは、果たして書き終われるのか。自分のものすら書き終わるか分からない。椅子に座り、ソフトを立ち上げ、朱書きを見ながら考える。訂正箇所を見ながら文章を直していたところで、研究室のドアが開く。

「おじゃましまーす」
「お、おかえり」

 仁が帰ってきた。どうやら4限が終わったらしい。まだ16時なんだが。

「あと30分くらいあるはずなんだが?」
「なんか相変わらずな感じで自己紹介と専攻紹介したらちょろっとやって終わっちゃった」
「なるほどね」

 たまにあるやつだな。学生に研究室選ばせる気があるのか。果たしてそれは本人たちにしか分からない。気になったなら研究室訪問という手もある。学生の自主性にも限界があるだろ、というツッコミはもはや野暮なレベルだ。2年の後期から行きたい研究室が決まってることの方が珍しいと思う。賢自身もこの研究室に決めたのは、そんなに早い段階ではなかったはずだ。

「どうしたの」
「いや、専攻の紹介とか自己紹介とかして終わってるっぽいけど学生の自主性にも限界があるだろ」
「それは俺も思うよ」

 やはり仁も思っていた。しかし、仁はここにするつもりだろう。研究室の抽選はないし、行きたいところに行けるはずだ。研究したいことがあるならその道に進むべきなんだ。

「まぁ、俺はここにしたいと思ってるけどね」
「おう、おいで」

  研究室はやっぱりここにするつもりらしい。話をしていると、仁が紙に気づいた。

「あ、それ卒論のやつ?」
「そうそう」
「朱書きがとんでもないことになってる」
「そうなんだよね」
「頑張って」
「おう、頑張る」

 たった一言だけだが、頑張れる気になれる魔法の言葉だった。それほど賢にとって仁が大きな存在になっているということなのだろう。

「ただいま」
「お疲れ様です」
「あ、朱書き置いといたからね」
「見ました」

 卒論に取り掛かろうとしたところで、教授が帰ってきた。なぜかさっぱりしている。なぜ。

「なんでそんなにさっぱりしてるんですか」
「銭湯に行ったんだよ」
「え?なんでですか?」
「あいつらはもう徹夜しても間に合うかわからん。そいつも銭湯に行ってそろそろ帰ってくる頃だが、夜にバタバタしないためにもう入ってきた」
「あぁ、なるほど」

 研究室の他の学生がそんなに追い詰められてるという事実を実感する。その後、教授が帰ってきてからすぐに学生たちも帰ってきた。

「やるぞ」
「やらなきゃ死ぬ」
「お前ら遅いぞ」
「おう」

 帰ってきた学生たちが色々と準備を始めた。これからまた喧騒に戻るらしい。 それに伴ってやっと賢も手をつけられる。

「さぁ、やるか」
「俺は横で本読んどく」
「おうよ」

 仁も本を読み始めるらしい。騒がしくなることが分かっているのに本が読める人が少しだけ羨ましいと思いながら、賢も卒論の修正に取り掛かった。
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