軌跡 Rev.1

ぽよ

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6章

午後

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「定食屋ってここからどれくらいの距離なの?」
「まぁ大体10分も歩けば着くよ」
「はーい」

 本屋がある大きなビルを出て駅前の大通りを歩く。最近この街に大きな商業施設ができたと聞いていた。その建物は大通り沿いにあって、その街の名物になりそうな雰囲気を醸し出していた。大通りを仁と歩きながら定食屋へと向かう。喫茶店、薬局、ゲームセンター。いろんなものが大通りに接して犇めき合っていた。

「あ、この信号渡るよ」
「了解」
「今から行く定食屋、ほとんど行ったことないけど安定した味で美味しいよ」
「楽しみだ」

 青信号になってから横断歩道を渡って、商業施設がある通りとは車道を挟んで反対側の通りを歩く。そこから歩いて3分のところにその定食屋はある。
 押すタイプの自動ドアを押して開けてから、中に入る。少しだけ混んでいたが、2人で座って食べることはできる席数は空いていた。荷物を置く前に食券を買う。

「俺は味噌カツ定食」
「あ、美味そう。俺もそれにしよう」

 前に食べたここの味噌カツ定食が忘れられないまま半年が過ぎていた。今やっとその味にありつける。などと壮大なことを考えながらお金を入れて食券を買う。それに続いて仁も食券を買ってから席に座る。食券の回収に店員が来て、しばらくすることがなくなる。

「そういえば、あれってなんで自動ドアって言うんだろうな」
「どういうこと?」
「手でスイッチ押してるからそれはもはや手動ドアみたいなもんじゃん?」
「あー、たしかに。でも、ガラガラって開けるタイプのドアと区別してるかもしれない」
「あれが真の手動ドアってことか」
「そうそう、なんかこう、押したら自動です、見たいな」
「なるほど、確かにそれは一理あるかもしれない」
「また今度調べてみてもいいかも」
「そうだな」

 出てくる疑問に対して議論ができると言うのは大事なことだ。
 定食屋のドアに関する議論がひと段落ついたところで、注文したものが届く。味噌カツ定食。前はここに就職活動の時に来た。あの時からも半年ほど経っている。懐かしい思いと共に、食べ始める。
 あの頃は、仁のことをほとんど認知していなかった。横でご飯を食べながら幸せそうな顔をしている仁を見る。仁に出会えたのもきっと運命なのだろう。2人で昼食を食べる。幸せな時間だった。そんな時に、仁が言う。

「あの時、研究室で賢に会えなかったら、多分一生会えてなかったと思うんだよね」
「そんな大袈裟な」
「いやいやだって、あの広い学内で唯一見つけやすい場所ってほとんど研究室しかないじゃん?」
「確かに」
「あの時間、あの場所に賢がいて、俺がそこに行けたことも奇跡なんだよ」
「あの時は迷子だったのか?」
「まぁ迷子なのかなぁ。そんな話もしてた気がする。多分」
「多分って」
「賢に会いたいと思って研究棟までは行けたけど、そこから先は勘だったしね」
「なるほど、たしかに迷子かもしれない」
「ありがとうね。助けてくれて」
「そんな大袈裟な」
「ここしかない!って思ってたから、今こうなってるのも間違いなく奇跡なんだよ」
「なるほど」
「半年前のあの時から刻んでる軌跡を、これから先も刻んでいきたいな」
「あぁ、そうだな」

 確かにそうだ。あの時は研究と就活で二重に忙しかったけれど、そんな時に研究室にいたのは実はすごい確率だったのかもしれない。2人でコップに注がれた水を飲みながら話す。そして完全にひと段落ついてから、店を出る。

「昼から何しよっか」
「なーんも考えてなかったな」
「ま、とりあえず歩こうか」
「そうだな。行こう」

 2人で歩んできた軌跡は、まだまだ完成するには程遠いけれど、一歩ずつ歩んでいこう。昼過ぎになって、少しずつ活気が出てきている。
 定食屋を出て、大通りを歩く。ひとまず駅の方向へと歩いていく。そして、これからの行き先を考える。

「なんか行きたいところあるか?」
「行きたいところかぁ、特にないかなぁ」
「ちょっと早い気もするが、家に戻るか?」
「うーん、そうしようかなぁ。でもせっかくだし珍しいものが見たい」
「珍しいものかぁ、難しいお題だな。この辺だと芝生付きの公園しかない」
「芝生付きの公園なんてこの辺にあるの?」
「あるぞ。あっちの方だ」
「行きたいかも」
「よし、行くか」


 2人で歩いて、公園へと向かう。お昼ご飯を食べる前に渡った横断歩道を渡り、反対側の歩道へと移る。そして北方向と逆の方向へと歩いていく。しばらく歩いた後、もう一度横断歩道を渡るとそこが公園の出入口だった。

「うわ、なんか思ってたより大きい」
「駅前の名物になってるらしい」
「なるほど、でもなんでこんなに大きいの?」
「奥の方に動物園が併設されてるんだよ」
「なるほど」

 賢も最近知ったことにはなるのだが、この芝生付きの公園でもかなりの敷地面積があるのに、ここに動物園が併設されているのだ。今回はおそらく入らないが、またいつかデートで来てもいいかもしれない。2人で公園に入ってゆっくりと歩いていく。

「2人で住むことになったらこう言うところでシート敷いておにぎりとか食べたい」
「ピクニック的なことでいいのか?」
「そうだね、そんな感じ」
「いいんじゃないか?」
「やったね!」

 ピクニックデートなんて今までしたことがなかった。準備するものがお弁当とレジャーシートくらいしか分からないが、そこは仁に聞けばきっと答えてくれるはずだ。
 2人で芝生を歩きながら、弁当の具材を考える。卵焼き、ウインナーの揚げ焼き、あと何を作ろうか。弁当から2人で作っても楽しいかもしれない。そんなことも考える。そして、2人で住むと言うことも考える。

「これから2人で住んで暮らしていく未来の中でさ」
「うん?うん」
「喧嘩とかすると思うんだよ」
「まぁ、うん」
「そんな時、どうする?」

 これまでずっと考えていたことだった。ふとした疑問だったわけではないが、こんなデートの中で出すべき話題じゃなかったかもしれない。しかし、聞けるときに聞いておかなければいけないと思っていた。仁は難しい顔をしていたが、少ししてから答えてくれた。

「俺も喧嘩したりとか、どうやっても価値観が合わない時っていうのは間違いなくあると思うんだよ。そういう時は、お互いに徹底的に話し合ってお互いが納得できるところを探していくしかないんじゃないかなぁ」
「そっか。ありがとう」
「俺も考えてたことあるよ。俺も賢も人間だからさ。何もかもが同じなわけがなくてさ、喧嘩になることとかあると思う。でも、そこで大事なのはどうすれば2人で納得できるかなのかな、と思ってるよ」
「なるほどね。安心した」
「大丈夫だよ。2人ならきっと」
「うん、そうだな」

 少しだけ立ち止まって話をしていたけれど、また2人で歩き出す。フラフラと歩きながらゆったりと時間を過ごす。
 一通りぐるりと回ったところで、これからの予定を考える。この街で出来ることはおそらくこれで全部だろう。それでも仁は何かしたいことがあるかもしれない。聞いておいた方がいいだろうか。

「この後なんかしたいことある?」
「うーん、今はないなぁ」
「家に帰るか?」
「そうしようかな」
「そうするかぁ」
「たまにはこういうところに来るのもいいね」
「いつもとは違う景色が見えるよな」
「フィールドワークとかできそう」
「それもまた、楽しいだろうな」
「また来ようね!」
「おう、また来よう」

 2人で公園を歩いて、出入口と向かう。そのまま公園から出て、駅へと向かう。本屋以外にも色々回るデートになったが、楽しんでもらえてよかった。
 横断歩道を渡り、その後で歩道橋を渡る。駅まで戻り、改札の前まで来る。

「さてと、電車に乗って、家に帰るか」
「そうだね」


 改札を抜けて、2人で電車へと乗り込む。家に帰ったら何をしようか。そんなことを考える2人の幸せな時間は、まだまだ続く。
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