軌跡 Rev.1

ぽよ

文字の大きさ
上 下
96 / 107
6章

研究室で

しおりを挟む
 ひと休みが終わった賢が本を取り出して本を読み始める。仁もそれに合わせてまた本を読み始める。仁は読みながら書き込みをするタイプだが、賢はそのタイプではないようだった。ひたすら本を読み進めながら、ノートにメモを取っていた。しかしそれでも読むペースは仁より圧倒的に早かった。仁が一章を読み終わり、本を閉じるタイミングで賢も一章を読み終わり、2章に入っていた。

「さてと、一休みするか、30分くらい読んでたな」
「あれ?もうそんなに経ってる?」
「時間で言うと10時40分だな」
「もうそんな時間か」
「何かを読むって言うのは時間がかかる」
「確かにそうかも」

 本に時間がかかると言いながら仁より圧倒的に早いスピードで読んでいる賢。ノートを少しだけ覗いてみると、あまり書き込んでいる様子がなかった。この辺はどんなふうに勉強するかと言うことの違いなのだろうか、とも思いながら一休みする。そんな時に学生と教授との会話が聞こえてくる。

「このままだと終わらない可能性もあるな」
「俺、頑張ります」
「努力だけでなんとかなるほど学問の世界は甘くないのだよ」
「はい」

 厳しい教授からの一言に落胆した様子の学生。もう季節は秋。今から研究を始めたところで間に合わないことは分かっていたのではないかと思うのだが、この学生たちは間に合うと思っていたのかもしれない。そんな時に、賢から声がかかる。

「何回も話してる気がするが、あんな風にはなるんじゃないぞ」
「あぁ、うん。そうだね。大変そうだ」
「まぁ、俺もなんかあったら教えたりできると思うが」
「やったね!」

 二人で休憩しながら研究の大変さを側から見る。ゆっくり椅子に座りながら見る。その話もひと段落した頃、賢がもう一度話しかけてくる。

「ちょっと早いけど食堂とか行くか?」
「昼ごはんってこと?」
「そうそう、どうする?」
「行ってみようかな」
「よっしゃ、行こう」

 討論用の机でもはやお通夜の雰囲気と化している人たちを置いて一足先に食堂へと向かう。
 研究室を出て、エレベーターまで歩く。ボタンを押して待つと、案外すぐに来た。1回まで降りてからエレベーターを降り、研究棟から出る。そのまま二人で食堂へと向かう。
 時間はもうすぐ11時になる。食堂に向かいながら賢が少し早い時間に誘ってきた真意が掴めずにいた。
 二人で何事もなく到着した食堂はいつもより早い時間だったが開いていた。券売機で食券を買ってから中に入る。ほとんど人はいないようで、ぽつぽつと二人ほどの学生が椅子に座ってる程度だった。
 食券を渡して、食べるものを受け取ってから、食堂に入ってすぐの場所に座る。昼食を食べ始める前に、賢に聞く。

「なんでこんなに昼ごはんを早くしたの?」
「あの空間にいたらなんか飲み込まれそうな気がしてな」
「どういうこと?」
「なんかこう、恐ろしい空気に」
「なるほど?」
「研究を手伝ってくれって言われるのも嫌だったし」「あー、なるほどね」
「とりあえず避難するに越したことないかと思ってさ」
「なるほど、一理ある」
「ここでご飯食べて、散歩してから戻るか」
「はーい」

 なんとなく起きていることを察する。机に集まっていた学生たちからの助けを避けるための食堂への移動だったと言うことだ。
 会話が終わると、二人で何事もなく昼食を食べ始める。久しぶりに食堂でご飯を食べる気がする。何気ない日常の中では、食堂でご飯を食べていることの方が多いはずなのだけれど、最近は賢とラーメン屋や喫茶店に行くことが多かったからなのかもしれない。
 そこから先は、特に話すことがあるわけでもなくゆっくりとした時間を過ごす。何事もなく二人とも食べ終わり、少しの間席に座ったままゆっくりする。木曜日からまた授業なのかと思うとめんどくさいが、今必要なことならば仕方がない。
 今日は4日目。できることからしていかなければ。一人で考え事をしていると、賢が話しかけてきた。

「そろそろ散歩するか」
「はーい」
「まぁ学内をうろうろと回るだけだが」
「珍しく静かだったりするかもね」

 学内は常に騒がしいということはないが、静かであることはほとんどない。どんな景色が見られるのか楽しみにしながら席を立つ。
 食べ終わった後の食器を流し台に出して、扉から外に出る。学内はこれから食堂でご飯を食べる学生で少しずつ賑わい始めていた。なんだか思っていたよりは騒がしいらしい。しかし、いつもの喧騒を思えばなんてことはない。学内を歩き始めようとするが、賢が立ち止まった。

「なんかあった?」
「いや、なんか思ってたより人がいたから散歩どうしようかなぁと思って」
「あーなるほどね」
「大人しく研究室に戻るか」
「わかった」

 賢としてはもう少し静かな場所での散歩を想定していたらしい。学祭が無くなってるとは言え、平日だからなのか人はたくさんいた。むしろ静かだったのはなんだったのかと思うほど。
 日は今から研究室に戻る。午後からもまた同じように行動できるといいのだけれど。という想いを込めながら。

「ただいま」
「おじゃまします」
「おう、おかえり」
「なんか予想通りだったね」
「まぁ、そんなもんだ」

 昼食を食べて、少しだけ遠回りをしてから研究室に帰ってきた。散歩とは言えないけれど、気晴らしにはなるような感じだった。そして研究室は、予想通りの状態になっていた。5連休前の喧騒が帰ってきていた。
 教授と学生たちがあれでもないこれでもないと話し合っていた。まさしく5連休前の姿がそこにあった。
 少しは静かになっているかと思ったけれど、そんなことはないようだ。賢と二人で椅子に座り、本を読み始める。本を読むのに集中できないかと思ったけれど、何回か経験があるこの喧騒の中だと、意外と読めてしまうことが分かった。
 何一つ進んでいないように見えて進んでいるのか、その逆なのか。それは当事者にしか分からないけれど、教授の疲れ具合から見て進んでいないだろうことはなんとなく分かっていた。読書しながらいろんなことを書籍に書き込んでいく。次読む時に読みにくくならないように工夫しながら書き込んでいく。学生のうちに同じ本を2冊買う余裕はない。だからこそ工夫する。2章の2節分ほどを読み終わったところで、また30分が経過していた。賢は仁よりも圧倒的に読むスピードが早かった。本の分厚さを考慮しても仁の1.5倍くらいのスピードで読んでいるのではないかと思う。そんな時に、ふと気になった。

「どうやったらそんなに早く読めるようになるの?」
「うーん、難しいな。別に俺は読書が早いわけじゃないよ。この分野はあんまり知識がないから悩んでも進まない。だから、とりあえず気になったことを書きながらひたすら読み進めるんだよ。そうすると、とりあえず知識だけは入る。そこからまた次の本を読む時に、今回の知識を頭に入れながら読む。段々読むスピードは落ちてくるよ。だから、今回は早いけど、次はちょっと遅いかも」
「なるほど」
「俺の勉強方法だから、仁に当てはまるとは限らんけどな」
「今度試してみる」
「おうよ」

 ふと話しかけてしまったのだけど、それでも賢は答えてくれた。会話が終わると、賢は読書に戻る。仁も読書に戻る。読書の合間のふとした瞬間の会話だったけれど、それができることが嬉しくなった。
 相変わらずの喧騒の中、二人は黙々と読書を続ける。今日の晩ご飯は何を食べるのかな、なんてことも考えながら。
しおりを挟む

処理中です...