軌跡 Rev.1

ぽよ

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7章

再開

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 結局昨日の夜ご飯はそぼろご飯になった。そして次の日の大学に備えて早めに寝て、今がある。昨日までと特に変わらない1日。しかし、今日からはまた大学がある。

「今日何限からなの?」
「確か2限」
「じゃあ、準備したら大学行くか」
「うん、そうだね」

 スマートフォンを見ると時計は8時を表示していた。今から準備して家を出ればちょうどいい時間だった。体を起こして洗面台に行き、歯を磨いて部屋に戻ってくる。賢は起きるのが仁より早かったらしく、もう服に着替え終わっていた。2人とも準備が終わったところで立ち上がる。そのまま廊下を抜けて玄関のドアを開ける。

「さてと、行くか」
「新しい旅の始まりみたいだね」
「まぁ、そんなところじゃないか?そろそろ同棲も本格的に準備始めるし、それが終わればいよいよ新境地だ」
「なるほど、確かに」

 賢がドアの鍵を閉めながら、そんな会話をする。新たなステージへの第一歩は、ここから始まるのかもしれない。
 今までも、賢との関係や大学生としてのレベルやステップで次のステージということは考えていたけれど、具体的にその段階にきていることを自覚したことはほとんどなかった。けれど、今は違う。賢という恋人と様々な要素をを話し合った上で、同棲という次のステージへと進んでいる。そのことに気付いた時、少しだけ嬉しくもなり、恥ずかしくもなった。けれど、それでも前に進めるということを噛み締めながら生きていく必要がある。そのことも頭に入れながら、進んでいかなければならない。賢がドアの確認を終わらると、話しかけてきた。

「じゃ、行くか」
「うん、行こう」
「この川沿いは基本的に景色変わらないんだよ」
「気温くらいだよね」
「まぁそんなところだな」

 家を出て大学への道を歩いていく。普段と変わらぬ景色だった。
 仁と一緒に川沿いを歩く。大学に向けて歩いているとも言う。春から夏になって、今は秋だ。また少しずつ過ごしやすい気温になっている。4年間歩いてきてもなおほとんど変わらない景色も、もうすぐ見なくなってしまう。研究室に行かなくて済むのは確かにいいかもしれないが、寂しい気もする。そんな気持ちも湧いてくる。
 仁と2人でそんな川沿いを歩くこと10分。駅前のバス停に到着する。今日からまた授業も再開されるとあってバス停にはそこそこの数の学生がいた。そこに仁と2人で乗り込み、大学へと向かう。仁と他愛のない話をする。発車時刻になり大学へと向かうバス。
 いつもより少しだけ混んでいるバスの中。いつもと同じ停留所を通り、大学へと到着する。

「降りまーす」
「降ります」

 後ろの方で立っていた2人は停車しているバス内で声をかけてから、バス内を進んでそのまま降りる。そしてさらにそのまま構内にも入っていく。

「2限までどうする?」
「久しぶりに図書館でも行こうかな」
「ほい了解」
「また2限が終わった後お昼ご飯食べよう!」
「そうだな。じゃあその時まで解散だ」
「おっけー」

 門を入ってすぐのところで仁と解散する。そしてそのあとは研究室に向かう。いつも通り研究棟へ行ってから、エレベーターで研究室がある階へと上がる。エレベーターを降りてから、研究室の前まで行ってドアを開ける。

「おはようございます」
「おう、おはよう」
「あれ、他の奴らは」
「今日もまた銭湯だよ」
「あいつら本気で終わらせるつもりなんですね」
「どうやらそうらしい」
「お疲れ様です」
「ありがとう」

 苦笑いする教授と一緒に賢も笑う。今から間に合うビジョンが本当に見えているのだろうかと言うことも含めて疑問である。そんな思考をしているときに、教授が話しかけてくる。

「今日はなんかするのか?」
「まぁ、読書ですね」
「はい了解」
「ま、思いついたら色々やると思います」
「了解。全く、君みたいな学生ばっかりなら俺もこんなことにならずに済んだはずなのに」
「本当にお疲れ様です」

 教授と会話をしながら苦労を想像するが、きっと賢の想像を遥かに超えてくることは分かっていた。その会話の後は扉に近い席に座り、仁とのデートで買った社会心理学の本を取り出して読み始める。仁の二限はそういえばなんだったんだろうか、と考えながら読書をスタートする。そんな時に、教授が話し足りなかったらしく、声をかけてきた。

「そういえば賢よ」
「はい、なんかありました?」
「彼氏とは最近どうなんだ?」
「唐突なのに結構突っ込んだこと聞いてきますね」
「まぁ、気になってはいる。賢はあまり人付き合いが得意ではないイメージだからな。一人暮らしだし、色々あるんだろうが」
「まぁ、ぼちぼちですかね。年明けくらいから同棲も始める予定です」
「ほうなるほど。まぁ、年明けくらいから始めるのも良いかもしれんが、何事も早い方がいいと思った方がいい。思ってたのと違うと言うことも当然起きる。始めてからしなきゃいけない準備があることもある。卒論はもう終わったようなもんだし、そっちの準備をするなら色々と手伝ってもいい」
「え、それは流石に」
「人生色々ある。手助けしてもらえるのなら言葉に甘えなさい。それもまた一つの選択だ」
「あ、はい。わかりました」
「とは言いつつも、特に何かが思い浮かぶわけではないがね。まぁ相談があったらなんでも聞く。メールもあるしな」
「あ、ありがとうございます」

 教授が賢の同棲に賛成どころか協力をしてくれるとは思っていなかった。困惑した顔を浮かべていただろうが、教授はそんなことは気にしないらしい。さらに教授は続けた。

「いきなり話しかけて悪かったな。困ったら頼りなさい。君が色々とできる人間なのは分かっているつもりだが、一人でできることには限界もある」
「いえ、大丈夫です。えぇ、分かっているつもりではいます。その時が来たら、遠慮なく、ですかね」
「人生まだまだこれからだからな。無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」

 読んでいた本から目を離し教授と話をする。卒論が終わっている分、気持ちは少しだけ楽になっているがそれでもやることはたくさんある。用意するものも今は少ないがいざ始めてみれば足りないものも分かってくるだろう。そう思えばなるべく早いに越したことはないかもしれない。
 賢の一人暮らしの部屋からどれだけものが増えるかと言うことにも左右される可能性もあるが、それはまだ考えないでおく。仁との同棲に色々と考えを巡らせていると、研究室の扉が開く。

「戻りました」
「教授、やりましょう」

 銭湯に行っていた研究室の他の学生が戻ってきた。もう少しだけ休みたいと言う顔をしている教授も見ずに討論用のテーブルに座る。渋々といった様子で教授も準備を始め、そこからは研究に入っていった。

「そういえば今何時だっけ」

 随分と読書と教授との会話に没頭していた気がする。スマートフォンで時刻を確認すると、12時であった。二限が終わるまでは後30分。それまでに、この章くらいは読み終わっておこう。開いていた社会心理学の本を眺めて、読書を再開する。仁の帰りを待ちながら。
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