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21話
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スマートフォンの時計が19時を示す頃、あることを思い出した。
「そういえば」
「なんかありましたか?」
「今日の晩御飯なんですけど」
「そういえば食べてないですね」
「日曜日に作った分が残り一食分なので、それに加えて冬子さんの分を作ろうと思うんですけど、食べたいものありますか?」
「うーん、特にないです」
「困りましたね」
「食べなくても良いくらいですよ」
冬子さんは安定したトーンで会話を続ける。昼食を食べたかどうかも分からない。聞けば済む話なのだが、わざわざ聞くのも野暮だった。
食料在庫、残った一食分の食事、炊かれた白米。いろんなことを考えて、出した結論。
「今日は外に食べに出ましょうか」
「この辺、なんかありますか?」
「駅前まで行けば、牛丼とかラーメンとか」
「じゃあ、牛丼を食べに行きます」
「分かりました。出ましょうか」
「はい」
冬子さんは淡白な返答ながら決まってしまえば早かった。僕がのんびりと準備する間に彼女は廊下を抜けて玄関にいた。
いつものカバンを持って、電気を消して、玄関の扉を開ける。外に出て、鍵を閉めて牛丼屋に向かう。外はまだ明るい時間だった。
金曜日じゃない平日の仕事終わりに外食に出るなんて初めてだった。いつも通りじゃない景色がそこにある。とは言っても、そんなに人通りが多いわけでもなく、冬子さんと二人で歩くのに困るわけではない。平日の仕事終わりに外出してるということが特殊なだけで、あとは普通だった。
話すための話題を用意してるわけじゃない。無言の時間だけが過ぎていく。そんな時、冬子さんが話し始めた。
「私、今の仕事辞めました」
「え、そうなんですか」
「まぁ、秋吉さんに会ったあの日も出勤だったので、その時点で全てがダメになってたんですけどね」
「え、でもその日って土曜日でしたよね」
「官公庁は毎日仕事なんです」
「ホワイトカラーなのに」
「大変ですよ、国の仕事っていうのは」
完全に諦めた口調で話す彼女。まだ諦めきれない表情と、もうどうにもならないという表情が混ざっていた。
そこからもう少し歩けば駅前に出る。その頃には外は暗くなっていた。
牛丼屋に入ると、人は案外少なかった。適当なテーブル席に座ってメニューを見る。
「これで良いかな」
「私は牛丼の並にします」
「じゃあ頼みますか」
「はい」
手を挙げて店員を呼んで注文する。特に会話のネタがあるわけもなく、スマートフォンを見ていると、冬子さんから話しかけてきた。
「ありがとうございます」
「え、何がですか?」
「私を受け入れてくれて」
「え?えぇ、まぁ」
「私、このまま死ぬのかなって思ってたんです」
「なるほど」
「今もどうすれば良いのか分からないですけど」
「まぁその話はゆっくり話せる時でいいんじゃないですか?」
「あ、えっと、じゃあそうします」
いざ自分の家を飛び出してみたものの、どうすればいいのか分からない。冬子さんはそんな感じだった。かつて自分も見たその景色を、彼女も見ている。その二つが全く同じであるとは思っていないが、それでも手助けができるなら全力でしたいと思っていた。
そんな会話が終わってすぐ、注文したものが届いた。自分が頼んだものはカレーだった。
「牛丼屋でカレー」
「これが意外といけるんですよ」
「へぇ、そうなんですね」
「興味があったらぜひ」
「まぁ、機会があったらですね」
反応があった割にはなんとも淡白な返事だが、今現状の食欲があるならそれで良かった。
夕食も食べ終わり、会計を済ませて店を出る。外はすっかり暗くなっていた。
「すいません。出してもらっちゃって」
「大丈夫ですよ。貯金は割とある方なので」
「私、出せる分は出すので」
「食費が嵩む気がするので、そこだけ半分出してもらえれば多分大丈夫ですね」
「分かりました」
本当に食費だけで済むのかは分からないが、ひとまず色々と計算してみてからだろう。冬子さんとの二人の生活が、いよいよ始まる。
「そういえば」
「なんかありましたか?」
「今日の晩御飯なんですけど」
「そういえば食べてないですね」
「日曜日に作った分が残り一食分なので、それに加えて冬子さんの分を作ろうと思うんですけど、食べたいものありますか?」
「うーん、特にないです」
「困りましたね」
「食べなくても良いくらいですよ」
冬子さんは安定したトーンで会話を続ける。昼食を食べたかどうかも分からない。聞けば済む話なのだが、わざわざ聞くのも野暮だった。
食料在庫、残った一食分の食事、炊かれた白米。いろんなことを考えて、出した結論。
「今日は外に食べに出ましょうか」
「この辺、なんかありますか?」
「駅前まで行けば、牛丼とかラーメンとか」
「じゃあ、牛丼を食べに行きます」
「分かりました。出ましょうか」
「はい」
冬子さんは淡白な返答ながら決まってしまえば早かった。僕がのんびりと準備する間に彼女は廊下を抜けて玄関にいた。
いつものカバンを持って、電気を消して、玄関の扉を開ける。外に出て、鍵を閉めて牛丼屋に向かう。外はまだ明るい時間だった。
金曜日じゃない平日の仕事終わりに外食に出るなんて初めてだった。いつも通りじゃない景色がそこにある。とは言っても、そんなに人通りが多いわけでもなく、冬子さんと二人で歩くのに困るわけではない。平日の仕事終わりに外出してるということが特殊なだけで、あとは普通だった。
話すための話題を用意してるわけじゃない。無言の時間だけが過ぎていく。そんな時、冬子さんが話し始めた。
「私、今の仕事辞めました」
「え、そうなんですか」
「まぁ、秋吉さんに会ったあの日も出勤だったので、その時点で全てがダメになってたんですけどね」
「え、でもその日って土曜日でしたよね」
「官公庁は毎日仕事なんです」
「ホワイトカラーなのに」
「大変ですよ、国の仕事っていうのは」
完全に諦めた口調で話す彼女。まだ諦めきれない表情と、もうどうにもならないという表情が混ざっていた。
そこからもう少し歩けば駅前に出る。その頃には外は暗くなっていた。
牛丼屋に入ると、人は案外少なかった。適当なテーブル席に座ってメニューを見る。
「これで良いかな」
「私は牛丼の並にします」
「じゃあ頼みますか」
「はい」
手を挙げて店員を呼んで注文する。特に会話のネタがあるわけもなく、スマートフォンを見ていると、冬子さんから話しかけてきた。
「ありがとうございます」
「え、何がですか?」
「私を受け入れてくれて」
「え?えぇ、まぁ」
「私、このまま死ぬのかなって思ってたんです」
「なるほど」
「今もどうすれば良いのか分からないですけど」
「まぁその話はゆっくり話せる時でいいんじゃないですか?」
「あ、えっと、じゃあそうします」
いざ自分の家を飛び出してみたものの、どうすればいいのか分からない。冬子さんはそんな感じだった。かつて自分も見たその景色を、彼女も見ている。その二つが全く同じであるとは思っていないが、それでも手助けができるなら全力でしたいと思っていた。
そんな会話が終わってすぐ、注文したものが届いた。自分が頼んだものはカレーだった。
「牛丼屋でカレー」
「これが意外といけるんですよ」
「へぇ、そうなんですね」
「興味があったらぜひ」
「まぁ、機会があったらですね」
反応があった割にはなんとも淡白な返事だが、今現状の食欲があるならそれで良かった。
夕食も食べ終わり、会計を済ませて店を出る。外はすっかり暗くなっていた。
「すいません。出してもらっちゃって」
「大丈夫ですよ。貯金は割とある方なので」
「私、出せる分は出すので」
「食費が嵩む気がするので、そこだけ半分出してもらえれば多分大丈夫ですね」
「分かりました」
本当に食費だけで済むのかは分からないが、ひとまず色々と計算してみてからだろう。冬子さんとの二人の生活が、いよいよ始まる。
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