世界で一番遠い場所 Rev.1

ぽよ

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決意

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 今日の仕事も無事終わる。仕事は無事終わったが、梨咲の精神は無事でも平穏でもなかった。更衣室で私服に着替えて会社を出る。17時になってもまだまだ明るい空を見ながら歩いていく。今日という日もこうして過ぎていく。いつもなら、会社から家に帰るまで同僚や先輩や上司にどこかで会うのだが、今日は珍しく会わなかった。今に限ってはその方がいいかもしれない。いつもより重い足取りで家へと帰る。雨が降りそうで降らない空。これから起きる未来のことを考えながら最寄駅で電車を降りる。
 梨咲が帰宅してドアノブを捻ると既に鍵は開いていた。今日は高杉の方が早かったようだ。ドアを開けて部屋に入る。いつもの変わらぬ風景がそこにあった。金曜日の仕事終わり。何かが起きるのは常にこのタイミングだった気がする。そんなことを考えながら、高杉に話しかける。

「ただいまー」
「おかえり、梨咲」
「ただいま。お疲れ様」
「うん、お疲れ」
「今日のご飯どうする?」
「野菜炒めとかどう?」
「いいね。そうしよう」

 短い会話で決まった献立。いつもながら決まれば早い。二人とも立ち上がりキッチンに向かう。冷蔵庫から適当な野菜を取り出し、切っていく。そして同時に白米も炊く。いつもと変わらない。けれど、変わらないこともまた良いことなんだと最近思えるようになった。野菜炒めを作ってもまだ米は炊けていない。高杉と一緒に部屋に戻って、梨咲だけがぎこちない時間を過ごす。高杉は何事もない時間を淡々と過ごしていた。梨咲も動揺がバレないようにしながら、スマートフォンを操作する。これから私がする行動は、果たして正しいのか。
 考えれば考えるほど堂々巡りになる思考。そしてそれとリンクするように挙動不審になっている。気付かれないように気付かれないようにと思えば思うほど動きがぎこちなくなってしまう。どうすればいいのだろうと考え始めたところで炊飯器の音が鳴る。助かったという思いと早く夕食の平穏な時間が欲しいという気持ちが先に来ていた。空腹であることは間違いないが、この空気を抜け出したかった。お茶碗と皿に料理を盛り付けリビングへと運ぶ。梨咲と同時に高杉も炊飯器の近くに来ていたため、2人で運ぶことになる。

「いただきます」
「いただきます」

 夕食を食べ始める。それまでは少ししか会話していなかった二人だったが、夕食を食べ始めると同時に会話も弾むようになった。高杉も仕事で色々あるらしい。そして梨咲も仕事で起きていることを話す。重苦しい空気になっていたのは梨咲だけだった。何事もなくご飯を食べる高杉を見て、自分の判断が正しかったのか、これからすることに後悔はないのか。それを考えていた。
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