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その日は悲鳴で始まった。

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「きゃあぁぁぁぁあ!! 」

ロジック侯爵家、その日の朝は悲鳴で始まった。リリースが朝爽やかに目覚め、次の瞬間悲鳴をあげた。そしてベッドの上にそのまま沈み込んだ。

「まあ、まあ、まあ。」
悲鳴をリリースの部屋前で聞いていた母が、扉を開けて入ってきた。

「どうした、リリー!! 」
「何があったんだ!! 」
リリースの悲鳴を聞いて、兄と父も部屋に飛び込んで来た。

ベッドの上に、白目をむいて倒れているリリースに二人は青ざめた。

「「リリー、どうしたんだ!? 」」
「目覚めにダミアン殿下の絵姿は、刺激が強すぎたかしら。」
母は、良かれと思ってリリースの目覚めた真正面にダミアン殿下の等身大の絵姿を設置した。そして、部屋の外でリリースの目覚めを待っていた。

リリースは目覚めた瞬間、恐怖の死神王太子の姿を見て悲鳴をあげて事切れた。失禁と泡を吹かなかっただけ、乙女としての誇りは守った。

「母上、何てことを。リリーがまた、失神するなんて。」
「やはり、王太子を怖がっているのでは? 」
兄と父は核心をついていた。
だが、ピンクに染まっている母はそうではなかった。

「リリーは愛する人を見て、興奮して失神してしまったのよ。」
「私の知っている令嬢の失神とは、かなり違うようですが。」
兄はあられもない姿の妹を見ながら母に問いかけた。

リリースの兄リーガルは金髪碧眼で顔も良く侯爵家の嫡男でもあり性格もいい、令嬢達に大人気であった。

「まあ、まあ、まあ。リーガルは、まだまだお子様ね。」
「母上、私はもう十八です。子供扱いはしないでいただきたい。」

貴族の成人は二十歳で、庶民の成人は十八歳であった。婚約者がいてもいい年頃であったが、あまりの人気の為相手が未だ決まったはいない。

「まあ、まあ、まあ。乙女の気持ちが分からないなんて、まだまだお子様よ。」
「乙女の気持ち? 」
リーガルは父を見た。父リーマンは息子に対して首を振った。

「令嬢の目眩いなんて、お芝居に決まっているわ。」
「「お、お芝居? 」」
母ナタリアの言葉に、リーガルとリーマンは愕然とする。

「うふふっ。女は、生まれながらの女優よ。」
「「女優!? 」」
夫と息子は、声を合わせた。

「そうよ。恋する殿方を落とすためには、か弱い振りくらいいくらでも演じて見せるわ。」
「「演技!? 」」
夫と息子は、呆然とした。

「恋する殿方を振り向かせる為ですもの、醜い姿を見せられないわ。」
うふふっと、ナタリアは微笑んで見せる。

「リリーと違って、令嬢達は洗練された立ち眩みを見せてたでしょう。」
リーガルは目を瞑って、令嬢達を思い浮かべる。


『ああ、めまいが…… (ふらっ)』

令嬢は額に片手をあててふらつき、リーガルの目の前でよろける。

『大丈夫かい? 』
リーガルは咄嗟に手を出し、支える。

『ああ、ありがとうございます。リーガルさま。(うるうる)』
潤んだ瞳を下から目線で見上げる、ボディタッチは欠かさない。

『ああ、はしたない。お許しくださいリーガルさま。(ポッ)』
令嬢は頬を染めて、俯く。

そういえば、どの令嬢も似たりよったりだった気がする。だからこそ、どの令嬢も印象に残らない。

「まさか、ナタリア…… 」
「うふふっ。」
青ざめるリーマンに、ナタリアは微笑んで見せる。どうやらリーマンはそれで落とされたようだ。

「でもリリーは違うわ。見て、あのあられもない姿。」
ナタリアは娘を指さして言った。

「演技する事も出来ずに本当に失神してしまうんて、王太子殿下を目にすると高揚してしまうのよ。殿下を大好きだと言うあの姿に、嘘はないわ。」

乙女の気持ちは分かっても、娘の気持ちは分からないピンク脳の母ナタリアであった。

「そういう物なのでしょうか、父上。」
リリーの様子に何か違うような気がすると思い、父に訪ねたが。

「演技…… 」
父は青ざめて呟くだけだった。



    
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