『君を、愛することはできない』と、今宵俺は言う。

ー辺境の花嫁ー ❉

イグニスの正当な血筋。

フランクは剣を叩きつけた。

おっと、違った拳である。気持的には、剣を刺したかったのは言うまでもない。

昨日の今日である、まだ直されていない玉座の背の壊れてない部分にフランクは今度は左手で拳を叩きつけた。

みしっ、と音がする。

「何か言うことはないか？　」
フランクの言葉に皇帝は目を見開いた。

みしみしっ、と皇帝の右耳に嫌な音がする。

「な、何かって？　」
被さるように話しかけられる皇帝は何のことだが分からない。首を勧めてフランクを見上げる。

仕方のない事である、皇帝はまさかイグニスの人質花嫁が御歳８０歳の老女とは今現在も知らないのだから。

「昨日、老女が送られてきた。」
「老女？　」
きょとんとした顔でフランクを見上げる皇帝。

「イグニスの花嫁だ。」


空白。


静寂。


「ぶっ！！　」
皇帝は吹き出した。

「は、は、は、は、ハハハハハッ、老女！？　イグニスの花嫁が、老女！！　」


みしっ、ガラガラ……
皇帝の背もたれの残りが完膚無き壊れた。

「いや、ふまん……　ふふふっ……　」
「「「く、くくくくっ……　」」」
皇帝は、傍で聞いていた護衛騎士達もくぐもった笑いを、押さえている。

「舐めてるだろ、舐めてるよな？　イグニス国、つぶっ潰す！！　」
「いや、ふふっ。へん争は……　ぷぷっ。」
笑いを押さえながらも、皇帝は戦争は駄目だと言いたかった。フランクの空に浮いた拳が肩を掴むまでは。

「舐められてるよな。　」
「イタ、イタタタッ！！　はい、舐められて……痛い、痛い！！　」
皇帝は肩の痛みに悶えた。

「フランク。ソコま、でだ。」
後ろから元帥である父親がフランクの肩を掴んだ。笑いを堪えるために顔は引き攣り、声は震えている。



昨晩、初夜である。
カサンドラは、自分の事を懐かしむように話し出す。

（走馬灯か！！　）
フランクは、寿命いくばくもないカサンドラの話をおっかなびっくり聞いた。

「１６の頃から軟禁されていた教会から出られたことだけでも、幸せですよ　ほっほっほっほっ。」
カサンドラは実父に１６歳の時に辺境の陸の孤島と言われるボロ教会に捨て置かれ、イグニスの王家から離されていた。王代が変わる度にその暮らしは悲惨で慎ましくなって行った。辺境伯の陰ながらの支えと自給自足で、今まで生きて来たのだ。

「ここ迄の道のりは、楽しかったのを……　」
カサンドラはしみじみと目を閉じた。彼女は閉じられた教会の塀の外には出られなかった、ただ空を見て諦め中庭の畑に目を向ける日々。

「最期に、旅行と花嫁としての名目だけで幸せじゃ。」
カサンドラは今にも消え入りそうに呟いた。

「ただ、こんな老いぼれを人質花嫁として送るイグニスの事が気がかりじゃのを………　」
仮にも王女であったカサンドラは、今の国を憂いていた。役にもたたない人質を送ることは、国の立場をどうなるかが分かってない今の国王に。

「最期に、母と弟の墓に参りたかった……　」
ベッドに横たわったカサンドラは、静かに目を閉じた。

「カ、カサンドラ！！　」
傍に座って話を聞いていたフランクは、目を閉じたカサンドラに声をかける。


静寂。



空白。



「………カサンドラ。」
フランクの呟きに、その場に控えていた執事は目を逸し俯いた。





「ぐおオオォォォ……　」
「寝たん、かい！！　」
いびきをあげて寝ているカサンドラにフランクは、ほっとしながら突っ込んでいた。　


「長旅で、お疲れになったのでしょう旦那様。」
「そ、そうか、そうだな。」
二人はそっと部屋から出た。

「思い出しました、旦那様。イグニス国の事は子供の頃、習ったことがあります。」
「なに？　」
執事は子供の頃習った事を主人に廊下を歩きながら話をする。

「今の王。王家の者は、正当なイグニスの血筋ではないと習いました。」
「どういうことだ？　」
フランクは執事に向かい、聞き返した。