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氷の王子、クラウス。ジェームズ・エス・アスペクト。

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小高い丘の上、小さな礼拝堂がある。其れは、王族の墓碑でもあった。
礼拝堂の中、霊前に佇む白金の髪の青年クラウスが立っていた。その顔は、無機質であった。クラウスは、傍に控える者に聞いた。
「何が、あった。」
淡々と、声が聖堂に響く。
「俺達にも、解らん。」
「私達も、王と王妃の訃報を聞き駆け付けた処です。」
エドガーとジェラルドが、応えた。
「そうか、そうだな。」
クラウスは、振り向く事なく言った。
ジェラルドとエドガーは、隣国。今は、ベルハルト国となった領土を納める為に王都を留守にしていた。ジェラルドは、カリメア帝国。帝国民は強い者に従う気質であり、クラウスが皇帝を倒した事により素直に国の属国となった。しかし、イリギス国はそれぞれの貴族達が反発し。其れを訂する為に、軍事総長自らが出向いては鎮圧していた。
ベクトル侯爵領も、侯爵に近き貴族達が反発していた。クラウスとアルバートが二人で、その貴族達をなだめ好かしていた。今も、アルバートはベクトル侯爵領に残っている。クラウスだけが、王と王妃の訃報を聞いて王都に駆け戻ってきたのだ。王都は、今までジェームズが預かることになっていた。
「何が、有ったのです。ジェームズ。」
父親のジェラルドが問うた。
「執事のジョルジュが、王と王妃に毒を盛ったのです。」
「ジョルジュが、そんなはずは無い。」
クラウスは、直ぐさま否定する。
「あの爺さんが、あり得ない。」
「私も、信じられません。」
エドガーやジェラルドも、後に続く。しかし、ジェームズは首を振って話し続ける。
「ブレイブ殿が、毒を作り。ジョルジュ殿が、王と王妃に毒を盛ったのです。」
「ブレイブ殿が!? 」
クラウスは、愕然と顔を抑える。
「信じられない。いや、信じない。あの、二人が。」
クラウスは、静かにジェームズを見る。
「理由がない、父 母を殺す。理由が。」
「理由は、ジョルジュ殿が、クラウス様を王へと望まれたのです。」
ジェームズは、静かに応えた。
「しかし、まだ年若いと言われ。断られ、毒殺を結構なさったのです。」
「私は、王になる積もりは無い。」
クラウスは、静かに返す。
「国の総て者が、クラウス様を王にと望んでおられます。」
ジェームズは、満面の笑みでそう言った。
「優しい王妃と共に、この国を。この世界を、納めるのです。」
その笑みは、狂気が孕んでいる。
「王妃だと? 」
「何を、言っているのです。ジェームズ。」
エドガーとジェラルドが、問いかける。
「この世界に、クラウス様の名を轟かましょう。」
ジェームズは、狂信者の様にクラウスを見る。
「若く、美しく、気高く、強い、クラウス様の名前を。」
クラウスは、静かに目を閉じた。
「クラウス様の王位継承も、クラウス様の隣に座る王妃も、既に法皇様と我ら貴族達に寄って決まっております。」
「ジェームズ、お前。」
父ジェラルドは、呟く様に言った。
「クラウス様は、何の憂いも無く。王座に、座って頂ければ宜しいのです。」
ジェームズは、クラウスの足元で膝を折り 靴に口付ける。
「私の美しい、王。クラウス様、クラウス国王陛下。」
陶酔した眼を、クラウスに向ける。
「私の為に、王と王妃を殺してくれたのか? 」
クラウスは、静かに言った。
エドガーとジェラルドは、クラウスを静かに見詰めた。
「はい、クラウス様。貴方の憂いを取り除くのが、私の役目。」
ジェームズは、褒められた事に嬉々として応える。
その答えに、ジェラルドは目を見開いた。
「どうやって。」
「はい、ジョルジュ殿の茶葉に毒を仕込みました。」
「そうか。」
クラウスは、目を開けジェームズを見る。その目は、無機質で光りをともさない。
「ジェームズ。良く顔を、見せてくれ。」
「はい、クラウス様。」
言われるままに、立ちクラウスに近付く。自分より少し高い、ジェームズの黄土色の髪を撫でる。そのまま、手を頰に滑らす。
ジェームズは、恍惚として目を閉じた。
クラウスは、ジェームズを抱き締めた。ジェラルドは、目を閉じ顔を背けた。
「クラウス、様。」
ジェームズが、目を開き呟く。
「疲れただろう、眠れ。」
クラウスは、ジェームズの耳元で囁いた。
「はい、クラウス様。」
ジェームズの開かれた目は、静かに閉じられ口元は微笑んでいた。まるで聖母の胸に抱かれる赤子の様に、安堵した顔をしていた。


「アスペクト侯。」
クラウスはジェームズを抱き締めたまま、振り向く事無く言った。
「仇をとりたければ、私の命を奪え。」
「いえ、息子の仕出かした事を思えば。」
「そうか。」
振り向いたクラウスの瞳は、光りを透さず硝子玉に無機質であった。
美しく整った顔は、彫刻の様に動かなかった。ただ、頰に跳ねたジェームズの赤い血が クラウスの涙の様に一筋流れた。

「「!! 」」
その美しさに、二人は息を飲んだ。生気を感じない、その美しさに。ジェームズが何故、あの様にクラウスを狂気の如く崇拝したかは解らない。だが、この美しさなら、解らなくも無いと二人は思った。

小高い丘の上、小さな礼拝堂の中でクラウスは冷え行くジェームズの躰を 暫し抱き締めていた。
その姿を、傍に居る二人はただ黙って見詰めていた。
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