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第8話 「その一振りは聖女へのざまぁ」

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聖女様はグレイルの言葉に不敵な表情を浮かべる。

「勇者様の提案とはどのようなものにございましょう」

グレイルは聖剣の切先を私に向けながらこちらへ近づいてくる。

「魔女の生き血を聖剣に注ぐというのですね。素晴らしいです。ひとおもいに殺してあげなさい。その娘はまごうことなき魔女。
おぞましい鮮血のようなマナの色がそれを証明しています!」

聖女様の言葉にもグレイルは表情ひとつ変えずジッと前を見据えたままその歩みは止まらない。

本当にその剣で私を?

グレイルの目は本気(マジ)だ。

殺されるーー

思わず瞼を固く閉じる。

“⁉︎”

もう斬られていてもおかしくないタイミングなのになにも起きない。

おそるおそる瞼を開く。

“アレ?”

目の前にグレイルがいない⋯⋯

ハッと振り向くとグレイルは私を横切って聖女様の銅像の前に立っていた。

「なんのつもりにございましょう、勇者様」

「本当にこの剣がドラゴンと渡り合えるものなのか試させてもらう」

「はて、仰っている意味がよくわかりません。聖剣なのですよ。それを試す?などとーー」

グレイルは聖剣を天高く掲げて、銅像に向かって一気に振り下ろす。

たった一振りで凄まじい突風が吹き抜ける。

周囲にいた信徒たちのローブが激しくはためき、私も腕を上げて目を守った。

突風がおさまると聖女様の銅像は腰から上が地面に落ちてめり込んでいる。

「聖女様。この剣はダメだ。青銅を斬っただけでもう使えなくなった」

切先からグリップに向かって亀裂が走っていく。

そして聖剣は砕け散る。

「あああッー!」

聖女様は両手で顔を覆いながらうずくまり彼女の体内から青白い光が次々と飛び出していく。

そして聖女様の艶のある手の甲がみるみるうちに水分が抜けてシワシワになる。

身体もひとまわり小さくなったように感じる。

「違う⋯⋯違う⋯⋯こんなのワタクシではない」

そう言って聖女様が顔を上げるとその姿は弱々しい老婆だった。

聖剣が砕けたことで聖女様の若さを維持していたマナが解き放たれたのだ。

「やはり聖剣なんてものよりグランツ・ファクトリー製の剣の方がよく斬れるな」

グレイルはニコッと私の顔を見やる。

だから私は「ありがとうグレイル」と、ドヤ顔で返してやった。

信徒と聖騎士たちはグレイルのいうことに素直に従い、勇者パーティー一行の5人を解放する。

私はベリンダたちの手当てを急いだ。

お湯に浸けた布を傷口にあてると悲鳴をあげるベリンダ。

「我慢してもう少しだから。グレイル、そこから糸を取って。縫合するわ」

「ぎゃああ」

途中、ゴドルとトーレが合流して治療を手伝ってくれたおかげで予定よりはやく5人の治療が終わった。

「こやつらは冒険者としてもう一度、武器を手に取ることができるのか?」

ゴドルが心配そうな表情で寝ている5人の顔を見つめる。

ゴドルが言っていたこと、武器を手にできなくなることは冒険者としての廃業を意味する。
彼らにとってそれは死よりもつらいこと。

「大丈夫です。1ヶ月もすればちゃんと武器を握れるようになります。もう1ヶ月経てば完全に復帰できますよ」

「それではグレイルを待たせてしまわないか?」

「気にするな」と、グレイルはゴドルの肩の上に手を置く。

「ドラゴンは逃げたりしない。ゆっくりとケガを治して万全な状態でドラゴンに挑もう」

グレイルの言葉にゴドルは涙を流して深く頷く。

そして、ゴドルを含めたパーティーメンバーも治療のためしばらく魔女の箱庭で暮らすことになった。

だがーー

それから2週間後ーー

ドラゴンの方は待ってくれなかった。

ドラゴンが火口から飛び立ち山脈の麓の森林を焼き払ったという情報が私たちの街にも飛び込んできた。

しかもこっちに向かって来ているという噂で、街には不安が広がっている。

荷馬車に家財道具を積めて遠方に避難する住民もではじめた。

買い占めに走る人たちで市場はごった返している。

領主様も先の一件で体調を崩されて寝込んでいる。

パーラック聖教も寿命が尽きた聖女様を天に返すお祈りとかで大聖堂に籠ってていて治安維持の協力をしない。

なんだか街の中がものものしく、どんよりしている。

そんな状況にグレイルはゴドルとパーティーメンバーが安静にしている部屋に入ってきて神妙そうな顔で語る。

「聞いてくれみんな。俺はひとりでドラゴンと戦うと決めた」

違を唱えるものはひとりもいなかったーー

翌朝、グレイルは私がつくった対ドラゴン戦の武器を全て持って箱庭の門を出る。

「それじゃあ行ってくる」

「帰って来たらどうこうとか⋯⋯そういう約束はしないから、そいうのいやだから」

グレイルはそっと私の頭の上に手を置いた。

「だけど⋯⋯“おかえり“って⋯⋯グレイルにいうくらい願っても平気だよね」

グレイルはニコッとして私が母親の見よう見まねで展開した転移魔法陣を潜っていく。

それから1ヶ月が経過。

ドラゴンが叩きつけてくる尻尾をカットラスの刃を盾にして火花を散らしながらしのぎ、
高くジャンプして、ドラゴンの目玉目掛けてクナイを投げる。

目を潰されて怯んだ隙に、メイスをドラゴンの頭蓋に叩きつける。

もがくドラゴンはひっかいてこようとするから、斧を指と指の間に尽き立ててダメージを与える。

痛みで首を高くまっすぐ伸ばしたところで、脊椎目掛け、マナを注入したツーハンデットソードを振り下ろす。

毎晩、眠る前にグレイルがドラゴン相手に優位に戦っている姿を何度も、何度も繰り返し想像することが日課となっていた。

とある日、トーレが冒険者が山林で拾ってきたと焦げが残るグレイルの防具の一部を手渡す。

それを見て目の奥から熱いものが溢れ出してもまだ”おかえり“とは言えなかった。

それから3日後ーー

庭で薬草を摘んでいると、ふと、懐かしい気配を感じた。

思わず立ち上がって周りを見渡してもそこに誰もいない⋯⋯

門の向こうから吹いてきた微風に私はクスッと笑う。

「グレイル。おーー」

その言葉を言いかけたときだった。

「ライナ」

振り向くとそこには煌びやかなマントと黒光りした鎧を纏ったグレイルが立っていた。

「ライナ、今俺が死んだと思っただろ」

「ちがっ! そうじゃなくてもういじわるッ!変な格好!」

「すまない。ドラゴンを倒して先に国王のところに行ってたんだ。貰うもんは貰っとかないとって思って。
金はたんまり貰ったし、この似合わない鎧もなんだか押し付けられたし。辺境伯の爵位も貰った」

「? シュレール家は公爵家じゃなかったの? そんな田舎の大将みたいな爵位でいいの」

「俺にはこの箱庭の領主で充分だって気付いたんだ。男爵ってわけにもいかないみたいだから国王も困惑してなんか近しい爵位をくれた」

「ちょっと待って! いい話風に言っているけどなんで勝手に私有地の領主になるわけ! 困るんですけど国王でも許さないよ」

「ライナ。だから俺と結婚してくれ」

グレイルはひざまづいて私に小さな箱を差し出す。

「王都で一番高いダイヤの指輪だ」

箱がカパっと開くとそこにダイヤがひときわ目を惹く指輪。

その輝きに心が引き込まれる。

「グレイルーー」

ここに至るまでいろいろあったけど、グレイルと過ごした日々は特別だった。

それはこれからも⋯⋯ 

いや、待て。それどころじゃないだろ。

「ちょっとあっちに行って話し合おうや。聞きたいことが山ほどある」

「真剣にお願いしたんだぞ。そんな返答ってあるか!」

「じゃかーしぃ!こっちは土地が奪われたんだぞ!一大事よ。プロポーズがどうこうの問題じゃないわ」

「ライナは相変わらずだな」

やれやれと立ち上がるグレイル。

私は背を向けて屋敷の方へと歩き出す。

”おっと“

私もひとつ忘れていた。

立ち止まってグレイルの方へ振り向く。

「グレイル、おかえり!」

***

満月の夜

窓辺に座って星の輝き眺めていると、近づいてくる黒点がひとつ。

「やっぱり生きていたのね」

「なんじゃせっかくの親子の再会がそれかや?」

それは箒に腰をかけて空中を浮遊する魔女だ。

「メレティスごときに背中を斬られたくらいで死にはせん」

「すべてあなたの思い描いた通りになりましたね」

「せっかくのいい機会になると思ったのじゃ。100年に一度の逸材がいつまでもパピィの真似事をしていたのが悩みの種じゃったからな。パピィを埋葬して、このまま妾も行方をくらませば
ライナも少しは成長すると期待したのじゃ」

「それでドラゴンを目覚めさせたんですか」

「もちろん。期待通りの展開となったわ」

「森を彷徨っていたグレイルがこの箱庭に現れたのも偶然というには不自然だった」

「感づいておったか。そなたと逞しくなったやや子がちちくりあってくれたおかげでそなたはようやく妾と同じ魔女になることができた。
それにしてもそなた意外と激しいのう。毎晩見てるこっちまで熱くなってきたのだぞ」

「ちょっと! どこかで観察しているとは思ったけどそんなところまで見ていたの⁉︎」

「娘の成長を見守るのは親として当然じゃ」

「行き過ぎなのよ」

「妾は嬉しいぞ。この世界に終末をもたらす”厄災の魔女“が誕生したのだから」

その言葉に私の瞳は再び赤く変化する。

魔女は不敵な表情で私を見下ろして「さらばじゃ」と、再び月に向かって飛び立つ。

私は無言のまま去っていく魔女を見つめる。

すると魔女はなにか思い出したかのように旋回して戻ってくる。

「ひとつ言い忘れた。ライナ、結婚おめでとう」

そのときの魔女の表情は母親のそれだった。

“ありがとう。お母さん”

言葉にはしなかったけど、魔女の背中にそう返答した。
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