この恋、秘密つき!

汐夜

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第8話 「二度と」と「もう一度」

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 藤堂とうどうおみとのデートを終えた真白ましろは絶賛引きこもっていた。部屋に誰一人入れず胸の痛みを感じながら涙を流す。

 (気持ちも全部涙と一緒に流れればいいのに)

 彼と連絡するためだけに持ち歩いていた予備のスマホには何件かメッセージが届いていたが返事はしなかった。数日かけて渇れるまで涙を流した彼女はかげを連れ、とある場所へと向かった。


 「ここまでで大丈夫だよ。ありがとう」


 影を車に待機させ、一人歩き出す。僅かに降り積もった雪を払い除け、『水無瀬みなせ』と彫られた墓石を眺める。


 「お父さん、お母さん、なお。長い間来なくてごめんね」


 幼少の頃、今の養父である月城つきしろ秀継ひでつぐはるに連れられて墓参りをしたきりだった。家族がいなくなった悲しさと自分だけが生き残ってしまったという罪悪感にさいなまれ足が遠のいていた。長年来ていなかったにも関わらず新品と間違う程、墓石が輝いている。誰かが定期的に掃除をしてくれていたのだろう。買ってきた仏花を生け、線香を供え手を合わせる。約十年分の出来事を思い浮かべながら伝える。


 「これからは定期的に会いに来るね」


 長い長い報告を終え、戻ろうと水桶を握り歩き出す。すると突然背後から口元に何かを押し付けられ真白は声を上げる間もなく瞼を閉じた。

 話し声で目を覚ます。男二人が話していて、その後ろに性別不明の人は一人控えている。手足をロープで縛られ逃げられそうにない。

 (ここはどこだろう…)

 窓ガラスは割れ、床は砂だらけ。出入口らしきシャッターは閉まっており、散乱している機材らしき物は埃を被っている。見た感じではどこかの廃倉庫みたいだ。

 (影…気づいてくれるかな)

 いなくなったと気づけばイヤーカフのGPS機能でここに辿り着くのは容易だ。彼ならどこにいようとも来てくれるだろう。絶対的な信頼がそこにはある。


 「なんだ起きてんじゃん」


 三人のうち、青い髪色をして口ピアスをした一見優しそうな男が目の前にしゃがむ。

 (誰? 目的は? 私を知ってる人?)

 記憶に彼と類似する人物は思い当たらない。他二人に関してもそうだ。墓地あんなところで襲ってきたのは自分の事を知っているからなのか。単に後ろをつけてきただけなのか。頭の中で状況を整理しつつ自身の立ち振る舞いを考える。言葉を話せるひなたでいくべきか、話せない真白を装うべきか…。


 「君、真白ちゃんじゃん?」


 真白と呼ばれ確信する。彼等は自身の知り合いではない、と。そう呼ぶのは藤堂臣辺りの人間かご近所しかいない。


 「アニキが話しとんじゃろ! 返事しろやボケ!」


 後ろに控えていた金髪をウニのように四方八方へ尖らせた舎弟の男が突如怒鳴り始める。短気な性格と鼻ピアスが相まって闘牛のようだ。


 「ろう。彼女話せないじゃん。女の子脅しちゃ駄目じゃん?」


 闘牛男もとい琅の肩に手を置き、優しく制する青髪。顔には笑顔が貼り付いている。でも実際は見た目と裏腹に優しくないのだろう。ウニ頭が勢いを失くし拾われたての子猫のようになっている。


 「九十九つくも、手の拘束前にしてじゃん?」


 臀部あたりまで伸びた埃と砂だらけの黒髪を揺らしながら近付く九十九はホラー映画に出演できそうなほど迫力がある。ある意味、一番恐ろしいかもしれないなどと思う。


 「……ごめん……なさい…」


 後ろの拘束具を外し、前に付け替える際に放たれた一言。それはアニキと呼ばれるリーダーらしき男にも聞こえないくらいの消え入りそうな声だった。よく見れば服装にしても体格にしても他の二人とは全く異なっている。


 「真白ちゃんであってるじゃん?」


 問いかけに頷く。


 「君、藤堂臣の恋人じゃん?」


 その問いには首を振る。告白はされた。ただ、返事をしていないから恋人とは言えない。思った答えではなかったのだろう。笑顔を作ってる顔とは別に目の奥が笑っていない。薄々気づいてはいたが、彼の用は藤堂臣らしい。「まあいいじゃん」などと言いながら彼は昔藤堂組に属していて、自身の過ちで破門となったなどと聞いてもいない事を流暢に話す。真白からすればどれも自業自得で恨むのは見当違いだと思うが、ウニ頭は何故か泣いているしアニキも感傷に浸っているので何も言わないでおく。


 「だがら! 復讐を誓ったんじゃ!!」


 ウニ頭が持っていた鉄パイプを床に叩きつける。錆びついたそれは反動で飛び出した部品が頬を掠める。泣きながらする闘牛男の主張には興味はないが、人を巻き込まないでほしい。感傷に浸っていたはずの彼は頷きながら、電話をかけている。電話先は誰でもわかる。


 『誰だ?』


 懐かしい声がスピーカーにしているスマホから聞こえる。普段より低い声。きっとこれが地声なのだろう。


 「藤堂臣じゃん。久しいじゃん」

 『誰だと聞いている』

 「俺等、君の大切な物持ってんじゃん。見たいじゃん?」


 臣の質問を無視して話を続けるアニキだが、正体を隠したいなら語尾を変えるのをお勧めしたい。いかるが冴久さくなら既に目星がついているはずだ。


 『何の用だ?』


 スマホをビデオ通話にしたアニキが画面を真白へ向ける。


 『真白さん!? 大丈夫ですか!?』


 珍しく焦る姿が映っている。彼の焦る理由が自分にあるのだと思うと自然と頬が緩む。返事を書く前にビデオ通話は切られ、通話が交代する。


 「真白ちゃんは預かったじゃん」

 『何が目的だ?』

 「彼女迎えに来てじゃん。勿論一人でじゃん。真白ちゃん助けたいなら丸腰で頼むじゃん」


 目的と場所を伝えると一方的に通話を切った。あの藤堂臣なら丸腰でも負けるとは思えないが。

 (その前に私の迎えが来てくれたけど)

 閉まっているシャッターが甲高い音を立てながら少しづつ開いていく。現れたのは影だった。


 「誰じゃん?」


 三人は予定のない来客に驚きを隠せない様子だ。


 「てめぇは誰だって聞いてんだろうが!!」


 だんまりのまま進む彼にウニ頭が鉄パイプで襲いかかる。彼はそれを避けると闘牛男は失神して倒れる。速すぎて良くわからないがみぞおちでも殴ったのか。


 「おーい」


 拘束された手を振る。ここにいると知らせるためにやったつもりだったのだが、彼の顔が見たことないほど青ざめていた。そこからは更に早業だった。瞬く間にアニキが倒れ、ロープで縛られている。ウニ頭も九十九も同様にだ。それが終わるとすぐに手足の拘束具が外される。


 「ありが…むっ」


 感謝の言葉は力強い抱擁で遮られた。


 「………ごめん」


 久々に聞いた声は消えそうな程弱々しく、苦しいくらいに抱き締める体は微かに震えている。


 「いなくなってごめんね。助けてくれてありがと」


 震える背中に手を回す。落ち着きを取り戻した彼はいつもの無口に戻ると帰りを促してくる。その時一人だけ大人しく縛られている九十九と目が合ったような気がした。


 「この子連れて帰る」

 「え……」


 戸惑う九十九を影が持ち上げ車へ積み込む。その間に臣との連絡用のスマホを取り出し録音ボタンを押す。


 「ーーーー。」


 録り終えたスマホは他のデータを全て削除した後、気絶している男達の目の前に置いた。そのまま臣に会う事なく真白は廃倉庫を出た。


     ◇


 遡ること数日前。

 デートを終え、告白をしてから早数日。臣は真白からの連絡を待ち続けていた。返事の連絡があるかもしれない。そんな彼の淡い期待はあっさりと裏切られ、彼女から連絡が来ることはなかった。ならばこちらからとメッセージを送ったがそれにも返事はなかった。


 「しつこかったとかすかね?」

 「脈なしですね」

 「藤堂さんならもっといい人が見つかりますよ!」


 意見を求めるも三者三様の返事に余計傷が広がる。やはり藤堂組若頭というのが受け止めきれなかったのだろうか。連絡がなくなってから如月きさらぎ弦太げんたは他の人をやたら勧めるようになった。その度に「真白さんじゃないと駄目だ」と伝えるとあからさまに落ち込んでいる。それから待てど暮らせど返事が届く事はなかった。仕事にも身が入らずミスを連発し、鵤にフォローされる日々が続いたある夜、如月が部屋を訪ねてきた。何やら話があるらしい。


 「えっと…僕…」


 口篭る彼に酒を勧める。普段なら絶対に口にしないは今日は違う。覚悟を決めたように一気に飲み干し音を立ててグラスを置く。


 「すいませんでした!!」


 立ち上がったと思えば急に頭を下げる。


 「どうした?」

 「連絡が来ないの僕のせいなんです!!」


 その一言を皮切りに如月は独断で彼女に会いに行き、身を引くように言った事などを話す。


 「すいません…。藤堂さんが騙されてると思って…」


 背中を丸め、俯く姿は叱られた子供のようだ。


 「よく話してくれた。ありがとう」


 彼の行動は早合点の愚かなものだ。しかし、自身を想ってだと思うと責めるなんて到底出来なかった。


 「僕、今からでも訂正してきます!」


 そう言って立ち上がるのを留め、もう休むよう言う。勢いのまま行動するのは悪い癖だ。落ち込む背中を見送った臣はベッドに背中を預ける。そして先の話を思い出す。
 如月の話によれば、彼が行った警告に対し彼女は悩む様子もなく了承したらしい。それは気持ちが自身にないことと同義に感じた。ならば連絡がないのも頷ける。

 (これは認めるしかない…)

 気付かされる事実に胸が張り裂けそうだ。大きく息を吐き目を瞑った。


 状況が変化したのは翌日だった。
 仕事に身が入っていないのを気遣われ、急遽休みになった臣は皆のいるリビングで過ごしていた。そこには常に二色にしき大雅たいががいる。自室に籠っていると真白の顔や髪、眼差しまでもが思い出されてしまう。二色と普段なら観ないアニメを解説付きで観ながら気を紛らわせていた。そんな彼の元に一本の電話が届く。知らない番号からだった。若頭という立場から命を狙われる事も多々ある為、普段なら絶対に出ない。


 「誰だ?」


 通話ボタンを押し電話に出る。直感というものを信じている訳ではないが、これには出なければ後悔するような気がした。


 『藤堂臣じゃん。久しいじゃん」


 覚えのない声。不審に思いスピーカーに切り替える。再度同じ質問をするが答えない。


 『俺等、君の大事な物持ってるじゃん。見たいじゃん?」


 相手がビデオ通話へと切り替える。そこに移し出されたのは臣が会いたくて仕方のない真白の姿だった。いつも綺麗に整えている髪は乱れ、頬からは血が流れている。


 「真白さん!? 大丈夫ですか!?」


 問いかけに返事をすることはない。声が出せないのだから当たり前だ。安心したように微笑む彼女に声をかけようとした時、ビデオ通話は切り替わる。男が一方的に目的と場所を伝えると電話は切られてしまった。


 「真白さん……」


 自分のせいだ。彼女は自分と共にいたから狙われたのだろう。助けに行かなければ…。


 「ちょ! 藤堂さん行く気すか!?」


 立ち上がる臣を二色が抑える。


 「確実に罠っす! 全員で行った方がいいっす!」


 止める彼を振り払い、バイクの鍵を取る。雪の残る路面を気にせずに最大速度で指定された場所へと向かった。


 指定された場所は山奥の廃倉庫だった。寂れた倉庫付近には人の気配もない。人を攫うにはうってつけの場所だ。錆だらけの建物はシャッターが全開になっている。入ってこいという事だろうか。きっと罠だろう。意を決して中へ入る。だがそこに彼女の姿どころか人が一人も見当たらない。


 「真白さん! どこですか!」


 大きな声で呼びかけたが声が木霊するだけで彼女が姿を現す事はなかった。


 「うっ………」


 苦しむ声の方を見ると二人の男が物陰で縄に縛られていた。彼等の目の前にはスマホが置かれている。向日葵の花が描かれたケース。それは彼女が以前好きだと言っていた花だ。臣は縛られている青髪の胸ぐらを掴む。


 「真白さんはどこだ!?」

 「俺等も…知らないじゃん…。大男が…急に…襲ってきた…じゃん」


 咳き込みながら苦しげに答える青髪は本当に何も知らないようだ。

 (大男? 他に彼女を攫った人間がいるのか?)

 思考を巡らせる臣を見て青髪はふと笑う。


 「何がおかしい?」

 「俺等もだけどあんたも騙されてたんじゃん…」


 変に含みのある言い方をする。男は口角を上げ、勝ち誇ったような顔をする。


 「真白ちゃん…。普通に声出してたじゃん…」


 それだけいうと男は再度気を失う。彼の言っていたのは事実なのか。それなら今までの彼女は嘘だったのか。
 スマホを握り締めると電源がつき、ロックのかかっていない画面には録音データが表示される。そこには『藤堂臣さんへ』というタイトルのものが一つだけ残されていた。声の出ない彼女が録音を残せるはずがない。そう思いながらも臣は再生ボタンを押す。


 『藤堂臣さん、こんにちは。水無瀬真白です』


 聞き取りやすい凛とした声で自己紹介から始まる。


 『驚きましたか? 実は少し前から声が出るようになりました』


 報告の後に拍手をしている。これは本当に彼女の声なのだろうか。疑問に思いつつ、そうであったほしいと願わずにはいられない。


 『これを聞いてるって事は私を助けに来てくれたんですよね? ありがとうございます。会えなくてすいません。友達が助けに来てくれたので私は無事です』


 無事という言葉に安堵する。


 『この前のデートとても楽しかったです。好きだって気持ちを真っ直ぐに伝えてくれてとても嬉しかったです』


 急に話題を変えたことに違和感を感じる。なんだかこのまま会えなくなりそうな、そんな不安が募る。


 『臣さん。私も臣さんが好きです。心から慕っています』


 残された言葉は臣が一番聞きたかったものだった。出来る事なら直接会って聞きたかった。『でも』と言葉を続ける。


 『一緒にいることは出来ません。なのでこれでお別れです』

 「……え」


 理解するのに時間を要する。想いは同じなのになぜ離れなければいけないのか。涙声で鼻をすする彼女が大きく息を吐く。


 『もう二度と会うことはないと思います。さようなら。お元気で』


 録音はそこで終わっていた。呆然とその場に立ち尽くす臣。後から追ってきた鵤達に状況を伝え、男二人の処理を任せ、一人帰路についた。

 もう一度真白に会いたい。もう一度会って直接話したい。臣はその一心で再度録音を流す。彼女に行きつくような些細な音でも残されていないか確認するが、逆に不自然に思える程何も残されていなかった。何を考えているのだろう。思えば彼女に関して知らないことがほとんどだ。唯一知っているのは甘味が大好物だというくらいだ。そんな状態で考えている事を読むなど到底無理な話である。


 「もう会えないのか…?」


 呟いた言葉に返事が返るわけもなく、暖房のついていない寒々しい部屋に虚しく消えていった。


 二度と会えない。そう思っていた臣が真白と再会を果たすのは意外と近い将来の話。
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