この恋、秘密つき!

汐夜

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第9話 真実

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 水無瀬みなせ真白ましろがいなくなって数日。彼女の行方を捜索する藤堂とうどうおみの元に一本の電話が入る。それは親父からで今からいかるが冴久さく達を連れて本邸に来いという内容だった。気乗りはしなかったが声のトーンからして何か頼みたい仕事でもあるのだろう。しかも別邸の全員を連れてというあたり、重要な仕事だとうかがえる。

 (仕方ない)

 そう思いながら鵤達にも伝える。自身も身なりを整えると二色にしき大雅たいがの運転で出立した。


 「遅い! もう皆集まってるよ!」


 帰宅早々、口煩い姉貴に急かされ大広間へ向かう。そこには親父意外の全員が集まっていた。こんな光景は余程のことがない限り見ない。

 (何が始まるんだ?)

 疑問に思いつつも最前列で腰を下ろす。後から入ってきた母と姉貴は襖付近に座る。最後に親父が姿を現す。


 「「「お疲れ様です!!!」」」


 親父の登場に皆が頭を下げ、挨拶をする。挨拶もそこそこに終えると、「早速だが…」と本題へ入る。


 「大きな仕事が入った。これは全員で臨んでもらいたい」


 全員で臨む仕事など初めてだ。それ程大きな仕事とはなんだろう。臣は疑問をそのまま口にした。


 「蛇沼へびぬま組組長・蛇沼へびぬまあらたを捕らえる」


 告げられた内容に室内がざわつく。無理もない。他組の組長を捕らえるなど異例だ。


 「蛇沼ってあの…?」

 「あそこの組長ってよ」


 組員が口々に蛇沼組について話す。
 蛇沼組といえば、元々いつ解体されてもおかしくない弱小の組だったがある時を境に状況は一変した。それは組長の代替わりだ。前組長は人が良すぎる部分があり、よく騙されては笑っている。そんな人だった。だが五年前に現組長に代替わりしてからは今までの組員を排斥、一新した。そこからは勢力を拡大し、今では藤堂組・月城組に次いで強い組となっている。蛇沼新とは一度だけ顔を合わせた事があるが、あの底腹の見えない瞳はどうも苦手だ。


 「奴はカタギの人間をヤク漬けにした上、それを奴隷として闇オークションにかけている。しかも人のシマで活動しているそうだ。見逃すなんてできねぇ」


 彼の非道さは噂程度に聞いてはいた。所詮は噂だと思っていたがどうやらそれ以上らしい。これは骨の折れる仕事になりそうだ。そこまで話した親父は「ここからが問題なんだが」と苦虫を噛み潰したような顔をして続ける。


 「この仕事を月城組と合同で行う」


 一気に室内に非難の声が上がる。中でも月城組と一緒になど出来ないというのが主な意見だ。


 「月城組と協力なんて出来るんすかね?」


 隣に座る二色も眉をひそめている。対立している月城組と合同で仕事など異例中の異例だ。それ程蛇沼組に手を焼いているのだろう。


 「黙らねぇか!」

 拳を床に叩きつけた親父に組員は口を噤む。


 「明日の午後、前組長や現組長と幹部達が来訪する。臣」

 「はい」

 「お前が主導でもてなせ」


 無茶振りだとしても親父からの命令では逆らえない。臣は短く返事をした。用件を済ませた彼は一人さっさと部屋を出る。


 「若! もてなす必要あんか!?」


 組員の抗議がとんでくる。親父が月城組をもてなし、合同での仕事を決めたのだ。その決定を覆せるわけもない。


 「もてなすって何をすればいいんだ…?」


 勿論誰かをもてなした事などない。臣が頭を抱えていると軽く肩を叩かれる。


 「おひさし! 坊ちゃん!」


 太陽を連想させる笑顔を向けるのはわたりだ。六年程前に親父が連れてきたこの男は下っ端の時からよく働き、今では下っ端をまとめる役職になっている。誰にでも気軽に接するから話しやすく、大半が彼に好意的だ。勿論臣もその一人である。若頭だからと畏まらずに話すのは友達のようで心地がいい。


 「久しぶりだな。いつ帰ってきたんだ?」

 「ちょっと前にね! これお土産!」


 福岡名物博多通りもんだった。

 (甘い物はあまり得意じゃないんだが…)

 否応なしにそれを口に詰め込まれる。上品な白餡の味が口中に広がる。


 「それでおもてなしだっけ? なにすんの?」


 自身で買ってきた土産を口にしながら疑問を投げかける。あまり考える気はないみたいだ。


 「もてなすとは一般的にホテルや旅館の待遇を指します。ですが、今回は手土産または晩餐を用意するのが無難かと思います。月城組からは計五名ですから用意は容易たやすいかと」


 淡々と告げる鵤は一呼吸おいて話を続ける。


 「それに食事を出せばあの白狐びゃっこの素顔を拝める可能性があります」

 「……そうだな」


 多少の思惑と戸惑いの中、臣達は明日へ向けて準備を進める。この合同の仕事で今まで誰も知らなかった事実を知るなんてこの時は想像もしていなかった。


     ◇


 厳しい寒さの続く中来る客人の為に部屋を暖め、掃除をこなす。晩餐の用意を母と姉貴に任せ、組員との最終確認に勤しむ。時々見に来る親父が妙に上機嫌なのが気になった。あの顎の触りながらする笑みは何か企んでいる時のものだ。怪しいと思いつつも忙しさで問い詰められないまま正午を迎えた。

 玄関のチャイムが鳴り響く。時間は丁度十三時を回ったところ。親父と母、姉貴の四人で玄関に向かう。


 「どうぞ~」


 扉を開けた母にお礼を言いながら入るのは月城組前組長・月城つきしろ秀継ひでつぐ。現役の頃には喧嘩が絶えず、すぐに相手に突っかかる事から『狂犬』と呼ばれていた。組長の座をあっさり引き渡し隠居の身になってから彼の噂も途絶えたが未だに健在なのか。


 「お邪魔しちゃうね」


 入ってきたのは横に膨れ、背の低い男だった。見えているのかわからない程目は細く、短い足で歩く姿はマスコットのようだ。その後には月城はる率いる幹部達がやってくる。その中には面を着けた白狐の姿もある。


 「久しいな。狂犬よ」

 「挨拶する間柄でもなかろう」


 親父の挨拶に対し返事をする彼は先までのマスコットのような雰囲気とは異なり、臣達を鋭い眼光で睨みつけてくる。思わず身震いした。


 「秀継さんお久しぶりです~」


 冷えきった空気を壊したのは母だった。母を見た瞬間、満面の笑みを浮かべている。到底同じ人物とは思えない。


 「鼻の下を伸ばしてないで早く入ってください。後ろがつまってますから」


 母に向けてニコニコしているのを押して入るのは現組長の春だ。


 「あ、これつまらない物ですが…」


 そう言って幹部達は母と姉貴に白い箱を渡す。その数は留まることを知らず、何箱にもなる。気付けば山になった箱の中身は全てケーキだった。

 (これ全部でいくらしたんだ?)

 高級ケーキのような見目に視線を奪われる。それは臣だけでなく母や姉貴もだ。特に女性陣はこういうのに弱い。歓声まで上げている。


 「わざわざありがとうございます~」


 お礼を述べる母に春は「お口に合えばいいのですが」と返す。物腰の柔らかく、丁寧な口調。一見どこにでもいる優男に見えるがここは優しさだけで生き残れる世界ではない。笑顔の裏には何か隠しているのだろう。


 「ついてこい」


 挨拶を終えると親父が案内のために歩き出す。秀継を筆頭についていく月城組。最後尾を歩こうと思い、待っている時だった。


 「ねぇ、名前何ていうの?」

 「え…あいですけど…」


 ケーキを運ぶ母がいなくなった隙を狙って無精髭を生やし、乱れた髪の男が姉貴に話かける。あれは凰士朗おうしろうだ。以前ホテル前で会った時にも通りかかった女性に手当たり次第声をかけていた。その姿はまるで通り魔だった。


 「藍ちゃん、いい名前だね。今度よかったら」


 止めに入ろうとした時、彼は後頭部をハリセンで思いきり叩かれる。廊下にスパンと音が響いた。


 「痛ってえな。何すんだよ」


 姉貴の手を離し、ハリセンの主を睨みつける。


 「今日は大人しくするっていう約束。忘れた?」


 ハリセンの主である白狐が相変わらずの機械音で告げる。彼は「今回はイケると思うんだよ」などと不満を口にする。


 「それ毎回言ってるし、毎回失敗してるから。影」


 落ち込む背中を影に引きずられながら進んでいく。姉貴に向かい一礼した後、その後ろを白狐が歩く。以前会った時もそうだが月城組は普段からこんなに賑やかなのか。
 藤堂組全員が待ち構える応接間に月城組が腰を下ろす。親父と秀継が睨み合い一触即発の雰囲気に固唾を飲む。すると途端に二人が笑いだし声を揃えて「楽しいなあ」と言う。訳がわからず鵤を見るが彼も首を振り、月城組も呆然としていた。


 「ひー坊は演技が下手だな! バレるかと思ったぞ!」

 「まー坊がうますぎるんだよ。怖かったじゃん」


 互いをほひー坊・まー坊と呼び合い笑う姿は仲の良い友人に見える。


 「親父…これはどういう事だ?」


 耐えきれず質問をぶつけると親父達は互いに肩を組む。


 「驚いたろ? 実は儂等親友でな。面白そうだから敵対の振りしてたんだが」

 「今回合同で仕事じゃん。もうタネ明かししちゃおってまー坊と話してたんだよね」


 楽しそうに話す二人。今朝親父に感じた違和感の正体はこれだったのかと気づく。今まで月城組を敵視していたのが無意味だった事に虚無感を感じる。ただそれ以上に腹の奥底から静かな怒りも湧いてくる。そう思っているのは臣だけではないようで彼等を凍りそうなほど冷ややかな目で見ている人物がいた。


 「父さん。僕と少し話をしましょう。廊下で」

 「は…春くん……。お…怒ってる?」

 「いいえ怒っていません。ですが少し話をしましょう」


 肉食動物に狙われた小動物のように怯える秀継。同行を拒む彼を無理矢理引きずりながら廊下へと姿を消す。


 「組長、説明してもらえますか?」


 実状を知って動揺する組員が多数を占める中、鵤が淡々と告げる。親父は笑いながら「後でな」と言うと月城組の幹部達と談笑を始めている。

 (というか月城組は状況の呑み込みが速すぎる…)


 「お待たせしました」


 暫くして戻ってきた秀継は激しく落ち込み今にも泣きそうだ。心なしか背も縮んだ気がする。親父はその姿を見てひとしきり笑った後「よし」と気合を入れて立ち上がる。その瞬間、騒がしかった組員も鎮まる。


 「蛇沼新の捕縛、及び捕まっているカタギの救出を遂行するために儂等藤堂組と月城組は同盟を組むことにした! 今までのいざこざは捨てろ」


 捨てろって親父達が勝手に面白がってやったことでは。勝手な決定に異を唱える者も少なくない。如月もその一人だ。溜まった不満が爆発している。


 「作戦指揮は月城組の白狐に一任している。皆指示に従うように」


 釘を刺し、月城組元組長と共に部屋を出る。あれは自室で酒を交わすに違いない。


 「従えって言ったって…なあ?」

 「月城組が裏切る可能性だってあるだろ」

 「今更仲良しこよしなんて…」


 残された部屋では未だ納得のいかない組員達が声を上げる。そんな事など気に留める様子もなく月城組は持参したスクリーンやプロジェクターを勝手に設置していく。


 「ちょっと手伝ってくるっす」


 二色は立ち上がり月城組の設置に混ざる。元々明るくコミュニケーション能力の高い彼はなんだが楽しそうに話しながら作業している。


 「私も作戦とやらを聞きに行ってきます」


 そう言うとパソコンを操作する白狐の元へ向かう。二人で相談を始めている。

 (俺もやらないとな)

 自身に喝をいれて月城春の元へ向かう。彼も臣に気づく。


 「お互い災難でしたね」


 少し困ったような笑顔を浮かべる。


 「ああ…。今まですまなかった」

 「父さん達が勝手にやったことなので気にしないでください。お互い様です」


 仲良くしましょうと握手を求められる。この物腰の柔らかさこそ彼の強みなのだろう。自然と相手のペースに乗せられてしまう。臣は求められるままに握手に応じた。それを見た渡がわざとらしく歓声をあげ、他の者を盛り上げさせる。

 (俺は皆に助けられているな)

 「月城組とのわだかまりはない。皆も協力を惜しむな」


 臣の言葉を聞いた組員は先までとは打って変わり動き始める。


 「春兄。藤堂臣。今いい?」


 呼ぶのは聞き慣れた機械音。


 「月城組と藤堂組を組み合わせて複数班を作り、多方面から侵入しようと思う。それで誰が何に特化してるのか教えてもらいたい」


 パソコンを片手に持った白狐が気配もなく傍に立っていた、臣は内心驚きつつも指示通り、誰が何を得意としているのかを教える。聞いた話をパソコンに打ち込むとそれを凝視しながら白狐は指でこめかみを一定のリズムで叩く。


 「何をしてるんだ?」


 長い沈黙につい口を出す。


 「シュミレーションです。白狐は何百、何千通りの作戦を立てます。そして


 必ず勝つ、そう言った彼の声には覚悟が宿っているように聞こえたが白狐を見る瞳はとびきり優しい。指を停止させたのを見て「終わった?」と声をかける。


 「凰士朗。繋いで」


 頷いた白狐は暇を持て余している凰士朗に指示を出す。頭を掻きながら「へいへい」と慣れた手つきでパソコンを繋ぐ。
 スクリーンに映し出されたのはどこかの間取り図だった。地上二階建ての建物の中に異様な程広く取られた一室にバツ印がつけられている。


 「これから作戦を伝える」


 緊張感のはしる室内に機械音だけが響いた。
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