あたし、ブサ男に恋してます。

みららぐ

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2:あんたのことが気になる。

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******

「美希ちゃん、チョコ食べる?」
「…いらない」
「あっ、じゃあ飴は?美希ちゃんの好きなメロン味が、」
「いやいらない、ごめん」
「……」

ブサ男が路上ライブをやっていると知って、あれから数日が経った今日。
あたしはなんとなくやるせない気分で、放課後の生徒会室にいた。
…なんだか今日は、一日中妙にやる気が出ない。
そう思ってため息ばかり吐いていたら、ハルが色んなお菓子をあたしに差し出してきて…
でも、何かを食べる気分でもないから断った。

「はぁー」

そしてすぐにまた、大きなため息を吐いて、座っていたソファーの背もたれに寄りかかる。
ほんと、今ので何回目だろうため息吐くの。
いつものあたしらしくない。
それに、何だか最近…

「美希ちゃん、何かあった?」
「…、」
「おっ、俺でよければ話聞くよ!」

あたしは……ブサ男のことが、何故か頭から離れない。
そんなあたしを心配してハルがそう言ってきたけど、「何でもないよ」って見栄すいた嘘で誤魔化した。
なんでこんなにつまらないんだろう…。
こんなに何も出来ない放課後は、きっと初めてだ。
あたしはそう思うと、気分転換にその辺を歩いて来ようとソファーから立ち上がった。

すると…

「あっ…美希ちゃんどこ行くの!?」

次の瞬間、そんなあたしを後ろからハルが引き留めて、慌てた様子でそう聞いてきた。

「ちょっとその辺散歩してくるー」
「だったら俺も一緒に、」
「アンタはついて来なくていいからっ」
「……」

ふぅ……お願いだから今は一人にさせてくれ。
あたしはそう思うと、ハルに背を向けたまま生徒会室を後にした。
…廊下に出ると、どこからか吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。
窓が開けっぱなしになっている外からは、運動部が部活に励んでいる声が聞こえてきて…。

一瞬…
ほんの一瞬だけ、その時あたしの脳裏には、何故かあのブサ男の姿がぽん、と浮かんできた。
……もしかしたら、こうやってブラブラしてたら、
偶然アイツに会ったりしないかなぁ…なんて。
……だけど、そう考えた後に、ふと我に返る。
って……いやいやいや、何考えちゃってんのあたし!
何でそこであの男が出てくんのさ!
あり得ないってば!
そう思って、慌てて首を横に振る。
あの男、ブサイクだしキモイし。
何で放課後にまで会わなきゃいけないの。
そう考えて、あたしは生徒会室から離れようとするけれど…

「あ、あの、菅谷先輩!」
「…?」

その時、ふいに聞きなれない女子生徒に声をかけられた。
…ん?誰?一年?
その声に振り向くと、そこにはなんとまぁ可愛らしい顔をした一年生の女子生徒が立っていて。
その子はあたしと目が合うと、少し恥ずかしそうに言う。

「えっと…菅谷先輩って、放課後に生徒の相談に乗ってくれてるってホントですか?」
「…ああ、乗ってるよ」
「!!じゃ、じゃあ、あたし先輩に相談に乗ってほしいことがあるんですけど…!」

そしてそのコがそう言うのを聞くと、あたしは踵を返して一緒に生徒会室に戻った。

…………

相談を持ち掛けて来た女子生徒の名前は、一年生の原木さん。
女子テニス部に所属していて、イケメンな彼氏(学校は違うらしいけど)がいるらしい。
…いや、そんなことは置いといて。
この原木さん、見るからに“リア充”っぽいのに…いったい何の相談があるっていうの。
あたしはそう思って、

「で、相談って何?」

ソファーに座りながら、いつもの口調でそう聞いたら原木さんが言った。

「あの、実はあたし……同じクラスに、好きな人ができたんです」
「!」
「名前は、鈴野くんっていうんですけど…もう超カッコ良くて」

原木さんはそう言うと、照れたように自身の頬に手をあてながら少し俯く。

「あー…じゃあ、原木さんは、彼氏がいるのに他に好きな人ができたのね」
「はい!」

って……あぁ、相談って恋愛のことね。
最近イジメ相談が多いから、そっち系かと思ったよ。
あたしの言葉に原木さんは返事をすると、突如「どうしたらいいですか!?」と顔を歪ませた。

「ど、どうしたらいいって…原木さんはどうしたいの、」
「わかりません!鈴野くんのことは好きですケド、彼氏とも別れたくないんです!」

原木さんはそう言うと、「だって今の彼氏、イケメンだし」と言葉を付け加える。
まぁ…イケメンだったら間違いなく自慢の彼氏よね。
って、ちょっと待って。鈴野くんもイケメンではないのか?
あたしがそう思って口を開きかけたら、すぐ傍で話を聞いていたハルが独り言のように言った。

「…ワガママだなぁ…」

しかし、その言葉をちゃんと聞いていた原木さんがすかさずハルに言う。

「男は黙ってて下さい!!」
「す、すみません」

そしてすぐにあたしに向き直ると、「どうしたらいいんですか!?」と切羽詰まったような表情で訴えてくる。

「…んー、」

…イジメ相談ならこんな時、ズバッとバッサリ言えるんだけどな。
恋愛相談は慣れてないから、コマッタコマッタ。
だけど、

「ちょっと待って。今の彼氏さんは、イケメンなんだよね?」
「はい!」
「じゃあ、その鈴原くんって子は?」
「鈴野です!」
「あ、そう。鈴野くんは?イケメンじゃないの?」

あたしがそう聞くと、原木さんはあたしから目を背けて…俯きながら答えた。

「…お世辞にも、イケメンとは言えません」
「!」
「中身はカッコイイですけど」

そう言うと、「こんなはずじゃなかったんだけどな…」と独り言のようにそう呟いて、うつ向く。
でも、それを聞いた一方のあたしは、その言葉に何も言えなくなって、ソファーの背もたれに背中を預けた。

「……」

…また、あたしの脳裏に“ブサ男”の顔が浮かぶ。
でもその姿を、頭の中から慌てて消して…。
外見じゃなくて……中身?
いやいや、普通は外見重視でしょ。
ブサイクを好きになる原木さんがわかんない。
あたしはそう思うと、原木さんに言った。

「鈴野くんはやめとけば?」
「…え、」
「やっぱ人間、顔が大事でしょ。ブサイクと付き合ったって、原木さんに何の得があるっていうの。
だから、これからもこのままイケメンな彼氏と付き合い続ける。これに限ると思うよ」

あたしはいつもの調子でそう言うと、目の前の原木さんを見遣る。
あたしがそう言うと、原木さんは困った顔からもっと納得がいかないような顔をして…
だけどその表情を一瞬にして笑顔にすり替えると、言った。

「…やっぱり、そうですよね」
「!」
「鈴野くんと付き合っても、得をしない、か……確かにそうかもしれません。あたし、何考えてたんだろ」
「……」
「あ…ありがとうございます、菅谷先輩!おかげでスッキリしました!これからも、イケメンな彼氏とラブラブでいます、」

原木さんはそう言うと、笑顔を浮かべたままソファーから立ち上がる。
でも…気のせいかな。その笑顔は、無理矢理作っているようにも見えて…。
それに、一方のあたしの心にも、自分で言ったくせにスッキリしない何かが引っ掛かっている。
だけどあたしはそれに気がつかないふりをすると、原木さんに言った。

「うん。それがいいよ。せっかくイケメンな彼氏と出会えたんだから、大切にしなきゃ」
「はいっ!」

そしてあたしがそう言うと、原木さんは元気よく頷いて生徒会室を後にしていく。
…イケメン“だから”好きなの?
イケメンだから彼氏にしたの?
結局それは聞けなくて、あたしは原木さんがいなくなったあと、近くにいるハルに言った。

「…イケメンって、損…なのかもね」
「え?」

だって…今更、気づいてしまった。
原木さんはきっと、イケメンな彼氏よりも、鈴野くんの方が好きなのだと。

……………

それから時間が経って、あたしとハルは帰宅するべくいつも通り生徒会室を後にした。
いつも通り外は暗くなっていて、ハルがあたしの隣で下手な鼻唄を歌っていて…。

「ちょっとハル、凄い不快。歌わないでよ」
「ええ~」

なんて、二人でそんな言葉を交わしながら、やがて生徒玄関まで到着する。

「美希ちゃん、今日は晩ごはん…」
「一人で食べる」
「…だよねぇ」

だけどそう言いながら靴を履き替えていた時、あたしはふとある重要なことに気がついた。

「…あっ!」
「うん?」
「マズイ数学の教科書忘れた。宿題出されてるのにー」

そう言うと、あたしは履き替えたばかりの靴をまた内履きに履き替える。
第一、明日は1限目から数学があるのだ。いま奇跡的に気がついてよかったよ、ホント。

「教室?とりに行くの?」
「もちろん。生徒会長が宿題忘れたなんてカッコ悪すぎる」
「じゃあ俺もっ…!」
「ハルは先に帰っててー」
「…」

あたしはそう言ってハルに背中を向けると、すぐに生徒玄関を後にした。
…さっきは隣にハルがいたから気がつかなかったけれど、教室までの廊下が超暗い。怖い。
けど、もちろん引き返すわけにもいかないし。
あたしは目の前の不気味なそれに意を決すと、独りずんずんとその廊下を歩き出した。
暗いとはいえ、階段とか廊下はかろうじてまだ見える。
そう思って生徒玄関のすぐ近くにある階段を上ろうとした時、少し離れた場所からハルの声が聞こえてきた。

「美希ちゃん、大丈夫ー?」
「!」

居たのか……先に帰れって言ったのに。
あたしはそう思うと、ため息混じりに返事を返す。

「大丈夫だってばー」

そう言いながら、階段を上っていく。
あたしの返事にハルがまた何か言ってるけど……よく聞こえないや。
あたしはこれ以上返事はせずに、そのまま教室まで急いだ。

……………

階段を上って、教室がある三階までたどり着くと、長い廊下の一部の教室が、何故か明かりがついているのが見えた。

…?
誰かいるの?吹奏楽部とか?
そう思いながらその廊下を渡っていくと、電気がついているのはなんとあたしの教室で。
めんどくさいなーってその教室に近づくと、あたしはその入口のドアをガラ、と開けた。

「だれー?」
「!」

しかし…
ドアを開けて中を見たその瞬間、何故かあたしの心臓が一つ大きな音を立てた。
そこにいたのは…

「っ、あ、すっすみません!今すぐ帰りますから!」

まさかの、ブサ男だった。
ブサ男は自分の席に座り、ギターを抱えながら何かを書いていたけれど、突然のあたしの登場に、それらを全て片付け出す。
そして最後にギターをケースに戻すと、気まずそうにあたしにチラリと目を遣って、教室を後にしようとした。

でも…

「ま、待って!」

あたしはそんなブサ男を黙って見送ることが出来ずに、咄嗟にそう言って引き留める。
あたしの意外なその言葉にブサ男はふと足を止めると、クルリとあたしの方を振り向いた。

「…何ですか?」

そう言って、首を少し傾げてあたしの背中を見遣る。
そんなブサ男に、あたしは少しだけドキドキしながら…

「べ、別に、帰れなんて言ってないし」
「え、」
「そんな…急いで帰らなくたって、ここにいればいいじゃない」

背中越しにそう言うと、ブサ男がついさっきまで座っていた椅子を指差した。
いつもならこんなことはないけど、何故か今はその指先が少しだけ震えている気がして、あたしはその指を隠すようにパッと腕を下に下ろす。
あたしがそうしていたら、ブサ男が言った。

「え、見回りに来たんじゃないんですか?菅谷さん」
「まさか。あたしは、忘れ物を取りに来ただけ」
「…ベタですね」
「!…う、うっさい!」

……ベタって。失礼でしょ。
ってか、ブサ男でもそんなこと言うの、意外。
そう思ってあたしがなんとなく後ろを振り向くと、その時少し笑っている様子のブサ男と目が合った。

「…!」

するとその瞬間、自然とあたしの心臓が大きく反応しだす。
そんな笑顔とか、普段は見たことがなかったけれど…
ブサ男のくせに、笑った顔がかわいく感じて。
慌てて目を逸らしたあと、あたしは自分の机の中から数学の教科書を取り出しながら言った。

「って、てか、持田くんここで何やってたの?路上ライブの練習?」

あたしがそう聞くと、ブサ男はまた自分の席に戻りながら答える。

「いえ。曲作りです」
「えっ」
「家だと、何かと他のことを優先してしまって、なかなか曲が作れないんです。
でも今のこの時間帯の教室だと、結構集中して良い曲が作れるんですよ」

あ、ちなみにこのギターは学校から借りたものです。
さすがに自分のは持ち出せませんから。
ブサ男はそう言うと、そのギターケースを机の上に置いて、またギターを取り出した。
そんなブサ男にあたしはすぐに数学の教科書を鞄に仕舞うと、そいつに言う。

「じゃ、じゃあさ、せっかくだから何か聴かせてよ」
「え、」
「この前、たまたま聴いた失恋の曲?あれ、良い曲だったよ。わりと好きだから、他にも何か聞かせて」

あたしはそう言って、ブサ男の隣の席にすとん、と腰かける。
すると、そんなあたしの言葉に、ブサ男は少しびっくりしたような顔をして…

「…お、俺の曲ですか?」

そう聞くから、その問いかけにあたしははっきりと頷いた。

「もちろん。他に何があるっていうの。聞かせて」

そう言うと、半ば強引に聴く体勢に入った。

「…っ、」

すると突然の展開に、ブサ男が目を泳がせながら何やら鞄からノートを取り出して、それをペラペラとページを捲っていく。
何をしているのかはわからないけど、やがてブサ男はギターをちゃんと抱えると…あたしの方に体を向けて座りながら、言った。

「で、では……この前出来上がったばかりの曲を」
「うん、」
「ちなみに、片思いの曲…です」
「ちゃんとフルでね」
「は、はい」

あたしがそう言うと、ブサ男は曲に入る前に軽くギターを鳴らしてから、その後にようやくその曲を弾き始めた。
…曲は、明るい感じではなく、少し切ない感じ。
どこか和風な感じの曲調になっていて、あたしは思わず目の前のブサ男を見つめながら、それを聴き入る。
歌詞は、聴いている限りでは、切ない片思いをしている女のコを好きになった、男のコの気持ちを歌う切ない歌詞になっていた。
メロディーも全体的に静かだけど、でも聴きやすくて、一回聴いただけでもすぐに覚えやすいメロディー。
とくに、サビの一番切ない感情を表している部分を、あたしは目の前で見入って…

ブサ男………持田くんの、ギターを弾く指が、
歌っている声が、
時折見せる切ない…表情が、
あたしの中の“新しい感情”を、知らないうちに更に大きくしていく。
慣れた手つきで、ギターをかき鳴らす手。
曲にノリながら、とんとん動く足。
たまに目が合うと、少し照れくさそうに…あたしから目を逸らして、

好きだ
好きだ
最後のその歌詞が、一番、あたしに響いた。

曲が終わると、ふいにブサ男があたしに目を遣って問いかけてきた。

「…あの、」
「…、」
「どうでしたか?」

…きっとブサ男は、曲が終わってからも黙ったままのあたしに不安を覚えたんだろう。
心配そうにそう聞くから、あたしは我に返ると、そいつから目を逸らして言った。

「す、すごい…良かった、」
「ほんとですか?」
「うん。CDが欲しくなるくらい」

あたしはそう言うと、変に熱くなっている顔を隠すように、意味もなく窓の外を見遣る。

…わ、真っ暗。
じゃなくて!

意味もわからずにこの状況にあたしが独りドキドキしていたら、ブサ男が言った。

「あ、CDなら家にありますよ」
「!…え、」
「気に入って頂けたんなら、良かったら明日持って来ましょうか?」
「ほんとっ…!?」
「はい。他にも作った曲が何曲か入ってますけど、それと一緒に菅谷さんに差し上げます」

ブサ男はそう言うと、あたしから目を逸らしながら優しく笑う。
まさかそんなことを言って貰えるなんて思わなくて、あたしはじわじわと嬉しさが沸き上がってくるのを感じた。

…───聞けるんだ。
他の曲も、しかもCDで。

「ありがとう!じゃあ楽しみにしてる!絶対だよ!」
「はい、」
「忘れないでね!」
「わかってますよ、」

あたしのそんな言葉にブサ男が少し笑うと、そのあとはやがてまたギターを軽く弾き始める。
ノートに何かを書きながらだから、たぶん作曲の続きかな。
見ているだけのあたしにはよくわからない内容だけれど…

すごいね 

ふいにそう言いかけて、あたしは咄嗟にその言葉をぐっと飲み込んだ。

「…っ」

…凄く、真剣な横顔。
小さく歌を口ずさんでは、またシャーペンでノートに何かを書き込む。
そして、シャーペンを手から離すとまたギターを弾いて…
……邪魔、しちゃ悪よね。
あたしはそう思うと、椅子から立ち上がって言った。

「…じゃああたし、帰るね」
「え、」

そう言って、そばにある自分の鞄を持つ。
すると、そんなあたしの言葉にブサ男は目をぱちくりとさせて…

「え、もうですか?」

ギターを弾く手を一旦止めて、そう問いかけてきた。
でも、そうは言ってももう時計は何気に19時を回ってるわけだし。
あたしが時計に指を差すと、ブサ男は時間を見ていなかったのか、びっくりした様子で言った。

「え、早!もう19時っ…!?」
「そうだよ。持田くん、いつまでここにいる気?」
「い、いつもならもう19時にはギター片して帰ってます、」
「…」

そう言って、ブサ男もギターを素早く片付けて、帰る準備をする。
別に一緒に帰るつもりなんてなかったけど、今は何だかここでバイバイも少し寂しく感じて。
あたしはさりげなく、教室の入口でそいつを待った。

「…あれ、帰るんじゃないんですか?菅谷さん」
「ろ、廊下が暗いから、持田くんが怖がるんじゃないかと思って待ってあげてるの」
「いや、俺はもう慣れてますよー」

ブサ男はあたしの言葉にそう言うと、はははって可笑しそうに笑う。
…あれ、ちょっと待って。
ってかブサ男って…こんなに笑ってくれる人だったっけ?
あたしがそう思いながら独り首を傾げていたら、やがてブサ男がギターを肩に担いで廊下に出てきた。

…あたしの中では、ブサ男は…
あんまり笑わなくて、暗いイメージがあったのに。
実際に喋ってみると、意外と話しやすい。

「ちょ、ちょっと、廊下真っ暗だよ」

そしてあたしがうかうかしているうちにブサ男が構わず見えない暗い廊下を先に行くから、あたしは恐る恐る歩きながらそう声をかける。
でも、ブサ男は立ち止まらない。

「大丈夫ですよ。階段は電気が点いてますから」
「でもギター返しに行っ…」
「同じ階だから心配ありません、」

そう言う隣で、あたしがスマホのライトを点けようとすると…

「…!」

ふいにそのとき、あたしの左手に別の手が触れてきた。

「…これで、少しは安心できますか?」

ブサ男があたしにそう言って手を握ってきた瞬間、不覚にもあたしはその行動に心臓が大きくとび跳ねた。

「わっ…!?」
「?」

一瞬、びっくりしすぎて手を振り払いそうになったけど…あたしはその手をそのままにして、暗闇のなかで独りドキドキしてしまう。
だってあたしは、こんなふうに男の人に手をまともに握られたことって、正直ハルにしかないのだ。

「だ…だい、じょぶ」
「…ほんとですか?」
「ん…へーき、」

だけどそれでもあたしがその問いに頷くと、ブサ男はあたしの手を優しく引いて音楽室に向かった。

……………

ギターを音楽室に片付けに行って、生徒玄関に戻ってきた頃にも、あたしはブサ男と手を繋いでいた。
生徒玄関はまだ全然明るいけれど、何故かまだ…離したくなくて。
でも自分のロッカーに近づくと、その手はブサ男の方からあっけなく離れていく。

「ここまで来たらもう大丈夫ですよ」
「!」
「…意外と怖がりなんですね、菅谷さんって」

そう言って、「一つ発見だ、」なんて少し笑う。
…あれ?あたしってこんなに無口だったっけ。
なんか、いつもみたいに喋れない…。
…靴を履き替えて外に出ると、そこはまだ肌寒い。
今は春だけど、寒すぎて雪が降りそう。なんてね。
ブサ男と一緒に帰るっていう、前までだったらあり得なかったこのシチュエーションにあたしがふと隣を見たら、そこにいるブサ男が言った。

「…菅谷さん、」
「?」
「俺…てっきり菅谷さんには、嫌われてるって思ってました」

ブサ男はふいにそう言うと、何気なく空を見上げる。
その言葉に、あたしはブサ男から目を逸らして…

「なに、どうしたのいきなり?」

そう言って、首を傾げた。
いや、まぁ、その通り、嫌いだったわけだけど。
ついこの前までは、視界にも入れたくなかったけど…

「だって俺にとって菅谷さんって、雲の上の存在なんですよ」
「!」
「そういう人が今、俺なんかの隣にいるって…凄く不思議だなぁって、思いまして」
「…」

ブサ男のそんな言葉を聞いて、あたしは少し黙り込むと…顔を上げて、問いかける。

「……あたしと居るの、イヤ?」

少し……というか、だいぶ不安に思いながらそう聞いたら…ブサ男は、持田くんは、あたしの方を向いて優しい笑顔で答えた。

「いえ。イヤなわけありません。むしろ嬉しいです」
「!」
「菅谷さんと居られて、俺結構嬉しいですよ」

そう言って、眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。

「!」

その言葉に、あたしの心臓がまた大きく鳴り出す。
今までは全然知らなかったけど、持田くんってかなり素敵な笑顔を持ってるんだなぁ、なんて。
というか、それよりも…

「……菅谷さん?」
「!!…っ、」
「どうかしました?」

だけど…その時、あたしが独りドキドキしていたら、持田くんが心配そうにそう言ってあたしの顔を覗き込んできた。

「っ…なんでもない!」

そんな持田くんに、あたしはそう言って必死に誤魔化すけど…………でももう、きっと無理だ。
これ以上、自分の気持ちは誤魔化せない。
見て見ぬフリも…出来なくなった。

あたしは……ブサ男…持田くんのことが、好きなんだ。



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