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6:あたしと持田くんの関係?
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ハルから告白された夜。
あたしは、懐かしい夢を見た。
それはあたしとハルがまだ、幼稚園に通っていた頃の夢。
「みきちゃん、みきちゃん!」
「なーに?ハル君」
「一緒に、ここに隠れよ!」
「うん、いいよ!」
あたしは幼稚園の頃、たくさんある遊びの中で特にかくれんぼが大好きだった。
だから当時は毎日といっていいほど、ハルを含む友達数人とかくれんぼをしていて。
あたしはハルに言われるまま、夢の中で教室にある棚の中に隠れた。
その棚は当時のあたし達二人が十分に入れる大きさで、
ハルはかくれんぼの天才だったから見つからない自信がどこかにあった。
…すると、隠れて少し経ったあと、隣にいるハルがあたしに言った。
「…みきちゃん」
「うん?」
「声、出しちゃダメだよ。見つかっちゃうから、“しぃー”ね」
「うん。しぃー」
「しぃー」
ハルは自身の口元で人差指を立ててそう言うと、あたしに向かってニッコリ笑う。
棚についている戸の隙間から漏れる光が、あたし達を微かに照らす。
あたしは当時、この「いつ見つかるかわからないドキドキ感」が何より好きだった。
…でも、そうやってあたしがいつものようにドキドキしていると…
「ね、みきちゃん」
「?」
ふいに、ハルに肩をぽんぽん、と叩かれて振り向けば…
「!」
あたしは、とつぜんハルにキスをされた。
そしてハルは、まだキスが何なのかわからなかったあたしに、言ったんだ。
「おれ、みきちゃん大好き」
「…?」
「みきちゃんは?おれのこと好き?」
「うん、みきもハル君大好き!」
あたしがそう言うと、ハルは嬉しそうに笑った。
…大好きなのは、変わりなかった。もちろん、当時から変わってない。
あたしは、ハルが大好き。昔も今もずっと。
でもそれは、恋愛感情とか全然そんなんじゃなくて…。
だから、それ以上は聞きたくなかった。
知りたくもなかった。
「俺、美希ちゃんが好き」
…だけど確かにそう言ったのは、昔からあたしが知ってるあの“ハル君”。
同じ言葉のはずなのに、それはあの頃とは確実に何かが違っていて。
何で?
何で?
目が合ったハルは、苦しそうな顔してた。
いつものあの「可愛いハル」じゃなかった。
そしてその後、ベッドの上で目を覚ましたあたしは…何故か、泣いていた。
…………
「はぁーあ…」
朝。
目覚ましが鳴る前に起きて、あたしは思わずため息を吐く。
窓の外は憎いくらいの青天。
…今朝からあんな夢を見るなんて、あたしは本当にどうかしてると思う。
それに、今日から月曜日。いつも通りの学校。
もちろん、またハルに会わなきゃだし。
ってか、隣の席だし。会いづらいし。
…学校、休んじゃおうかな……なんて。
だけど、そう思っていると…
「…、」
その時ふいに、トツゼン持田くんの顔がぽん、と頭に浮かんで。
…やっぱり持田くんには会いたいなぁ。
なんて、早速制服に着替えだす。
しばらくは、ハルと会話しないし決めたんだ。
もっと持田くんと仲良くなるって。
で、今日は持田くんの連絡先をゲットしちゃいたい。
そろそろ敬語で話すのもやだし、クラスメイトなんだからよそよそしいのもあたしがちょっとショックだ。
…よし。
あたしはそう思って意を決すと、鞄とスマホを手に部屋を出た。
…………
…………
「おはよー」
あれからいろいろ支度をして家を出ると、しばらく歩いて学校に到着した。
生徒玄関に行くと、後輩の女の子達から「おはようございます」なんて声をかけられたりして。
あと、途中でクッキーも貰った。後でハルと食べよう。
……って、ハル関係ない。全然関係ないし!
あたしはそうやって独り自分に突っ込みながら、早く持田くんに会いたい一心で教室に向かう。
階段を上ってる時も、他の後輩の女子に手作りのマドレーヌを貰ったりして今朝もお菓子が増えた。
…ってか、こんなに食べるとさすがに太るし。
そう思いながら、あたしはようやく教室に到着すると…
「…、」
友達に、「おはよう」の挨拶よりもまず先に、あたしは思わず目で持田くんの姿を探した。
…持田くんって甘いもの好きかな。
そう思っていると…
「あっ!美希ー!」
「!」
その時ふいに、聞きなれた声に話しかけられた。
…由乃だ。
「!!お、おー由乃おはよー」
あたしは持田くんを探すのを即座に止めると、思わずちょっと焦り気味でそう返事をする。
だけど由乃は、あたしと目が合うなり何故か不満げな顔。
どした?
そんな由乃にあたしがそう聞こうとしたら、由乃が言った。
「ねぇ美希。あんたこの前の放課後、ブサ男と帰ったってマジ?」
「!?」
……え…えぇっ!?
由乃は突然あたしにそう聞くと、目を細めてあたしを見つめる。
その言葉に、周りのクラスメイト達も続々と集まってくる。
…ちょ、ちょっと待って。
ほんと、待ってよ。
「なっ、えっ…な、何それ!どこ情報、」
そしてあたしが慌ててそう聞くと、由乃がその言葉を遮って言った。
「この前の金曜日、隣のクラスの女子が確かに見たって。あり得ないって騒いでたよ」
「!」
「しかも、なんか仲良さげだったって。でもブサ男に聞いてもウンともスンとも言わないしさ」
そう言って、「どうなの、美希」と由乃が自身の腕を組んであたしを見つめてくる。
その言葉に、いきなりすぎて何だかいろいろわけがわからないあたし。
どうなのって…ドウナノ?
そう思いながら、困り果てて目の前のクラスメイト達の間に目を遣ると…
「…!」
その時に…やっと見つけた。
先に登校していた、持田くんを。
持田くんはこの集団にもちろん入ることなく、いつものように自分の席で大人しくしている。
あたしはその姿を見つけると、目の前にいるクラスメイトの集団の間を通って、持田くんに近づいた。
「っ…持田くん!」
「!」
「ちょ、美希っ…」
そしてその問いに答えないあたしを、由乃がそう言って呼び止める。
でも、あたしは止まらずに持田くんの傍に行く。
嘘は言いたくないから。
だからあたしは、同意を求めて皆に証明しようとした。
あたしと持田くんは、ほんとは仲が良いんだって。
だけど、あたしが口を開くと…
「あ…」
「一緒には帰ってません」
「!」
その瞬間、持田くんがそれを遮るようにはっきりと皆に言った。
「…え」
「俺と菅谷さんは、一緒になんか帰ってません。金曜日は俺、用事があったので一人で早く帰りました。
そもそも菅谷さんが、俺なんかと一緒にいるわけがありません。俺と居たって時間の無駄ですから」
「!!」
持田くんはそう言うと、
「ですよね?菅谷さん」
と、真顔であたしにそう同意を求めてくる。
「…あ、えと…」
「…」
でも、一方のあたしは…
……ちょっと待って。
何で?何で、嘘つくの?
あたしは大丈夫だから、はっきり言えばいいじゃない。
そう思いながらも、持田くんの言葉になかなか頷けない。
持田くんは、もしかしてあたしを庇ってくれてる?
あたしと持田くんって、普段は皆から見たら釣り合わない二人だから。
でも、それは…
すると、あたしが少しの間黙っていたら、持田くんの言葉を聞いたクラスの女子が言った。
「ほらねー、やっぱり見間違いじゃん!」
「!」
「おかしいと思ってたんだよ。ほら、美希ってブサ男のこと大っ嫌いだから、」
「!!」
「それなのに、一緒に帰るとか…いや、どう考えてもあり得ないでしょー」
そう言って、周りのクラスメイト達とクスクス笑い合う。
でもその「大っ嫌い」という言葉に、あたしは慌てて…
「ち、ちがっ…!」
「え?」
持田くんにそんなことを知られたくなくて、思わずはっきりと否定した。
「違うよ!大っ嫌いとか、そんなこと思ってない!」
「!」
「そ、そりゃあちょっと前まではいろんなこと思ってたけど…でも、今は違うから!
それに、持田くんは良い人だよ!あたしは持田くんと一緒にいて凄く楽しいし嬉しいのっ…!」
あたしはそう言って、皆がぽかん、としてしまっている表情を見てやがてようやく我に返る。
「…!!」
…あ、あたしっ…
持田くんもすぐそばにいるのに、何言って…!
そう思って少し慌てていたら、そんなあたしの言葉を聞いた由乃が言った。
「…何それ」
「……え」
「嘘でしょ?なんかその言い方って、まるで美希がブサ男に惚れてるみたい」
「!」
「そんなのが“生徒会長”なわけ?美希らしくない。目、覚ましなよ」
「!」
由乃はあたしに鋭い口調でそう言いながら、一歩一歩歩み寄ってくる。
…その言葉に、由乃から視線を逸らして目を泳がせるあたし。
確かに、そう言われても仕方ないのかな。
あたしらしくない。
でも、
「っ、なんで!?あたしはっ…!」
それでもまた言い返そうとしたら、次の瞬間、持田くんがそんなあたしを引き留めた。
「菅谷さん!」
「!」
「もういいですから」
「…、」
そして持田くんがそう言ってあたしを止めたあと、何とか一旦その場はおさまった。
…クラスメイト達からの、冷たい視線は痛いまま。
………………
その後、朝礼が終わるとあたしは一限目の体育を持田くんとサボった。
ちなみに今日は、ハルは珍しく風邪で学校を休んだらしい。
他には誰もいない屋上で持田くんと一緒にいたら、少しの沈黙のあと持田くんが言った。
「………やっぱり、アレですね」
「?」
「俺、浮かれ過ぎてたのかもしれません。そもそも俺って、やっぱり菅谷さんに近づいちゃいけない存在だったんですよ」
「!」
「…俺達の普段の立場が、あまりにも違いすぎる」
持田くんはそう言うと、気まずそうに苦笑いを浮かべる。
その表情を、あたしは隣でチラリと見遣る。
…その言葉が何か、悲しい。
だからあたしは、この悲しい雰囲気を打ち消すように、言った。
「そんなことないでしょ」
「…」
「だって持田くん、あたしと一緒にいて結構嬉しいんでしょ?あたしもそうだもん」
「…それは、」
「だったらいいじゃん。あたしは皆にどう思われようが関係ないの。周りなんて気にする必要ないよ」
あたしはそう言うと、少しでも笑顔でいたくて、ふいに制服のポケットから今朝貰ったお菓子を取り出す。
「食べる?」って持田くんに差しだして聞いたら持田くんは頷いてくれて、二人でそれをわけて食べた。
…この空間があたしは好きなのに、
“生徒会長”とか“人気者”っていう理由だけで壊したくなんかない。
「……」
「……」
そして、お菓子を食べている間にまた沈黙が流れる。
でも、不思議と「何か話さなきゃ」っていうふうには何故か思わなくて。
何も話さなくていいような落ち着いた感じが、何だか心地いい。
だけどしばらくそうしていたら、ふいに持田くんが少し言いにくそうに口を開いた。
「……あの、菅谷さん」
「うん?」
「ずっと気になってたんですけど、聞いてもいいですか?」
「?」
持田くんのその問いかけに、あたしは何気なく持田くんを見遣る。
なに?いきなり。
そう思いながら、頭に?を浮かべて持田くんの次の言葉を待っていると、やがて持田くんが控えめの声で聞いてきた。
「…さっきの、教室で言ってたことなんですけど」
「…なに?」
「あ、違ってたらはっきり言って下さいね。すっごく気まずいんで」
「え、何よ。早く言ってよ」
そうとう聞きづらいのかそうやってなかなか話し出さない持田くんに、あたしはそう言って彼を急かす。
ちょっと不安で、だけどドキドキしながらそれを待っていたら、やがて持田くんが言った。
「…あの、菅谷さんって…俺のこと、好きなんすか?」
「…!!」
しかし、いざそう聞かれた瞬間、突然の展開に心臓が1つ大きな音を立てる。
まさかはっきりとそんなことを聞かれるとは思わなくて、あたしは頭の中が真っ白になってしまう。
……え、
「…──っ、」
体が少し、震えだす。
…え、なに…なんで……
そう思うと同時に、額に変な汗がツー、と流れていく。
わ………ど、しよ。
え、何て返す?
“そうだよ”?
え、いきなりの展開で告白しちゃうの?
でも、心の準備がまだっ……
「…菅谷さん?」
「!!」
しかしあたしが急な展開に動揺していると、あたしの返事を待ちきれなくなったのか、持田くんが顔を覗き込んでくる。
!!わ、近いっ…
そしてそのあまりの顔の近さにもドキドキしてしまっていたら、持田くんがまた口を開いて言った。
「…あ、すみません!ちょっとあまりにもストレートに聞きすぎた気が…」
「……」
「でも、実際に最近密かに気になっていたことではあったんです。もしかして…って」
「……」
「あ、それでもすぐに違うなとは思いましたよ。だってあの菅谷さんが、俺に恋なんて…いや、あり得ませんから」
でも、さっきの教室で菅谷さんの言葉を聞いたら、どうしてもまた気になって聞いちゃいました。
持田くんはそう言うと、気まずそうに薄笑いを浮かべた。
…でも一方のあたしは、返答に困って笑顔を返せる余裕がない。
どうしよう…
どうしようっ…
だけどやがて意を決すと、あたしは持田くんに言った。
「っ…持田くん、あのっ…!」
「…、」
「もし、もしもだよ!もしもあたしがっ…持田くんのこと、好きだって言ったらどうする!?」
「!」
あたしが思いきってそう聞くと、持田くんはビックリした様子で少し目を見開いてあたしを見る。
たぶん今あたし、顔が真っ赤になっちゃってると思う。
しかも心臓もバクバクいってて、なんか今すぐここから逃げ出しちゃいたい。……なんて。
でもあたしが持田くんの返事を待っていると、持田くんはあたしのその言葉に困ったような表情を浮かべた。
「……え、えっと…」
「!」
「もし、そうだとしたら嬉しいです。菅谷さんの気持ちは。凄く」
「…、」
そう言って、あたしから目を逸らして泳がせる。
その持田くんの様子に、今度はあたしの心臓がバクン、と嫌な音を立てる。
……持田くん、確実にあたしの気持ちに困ってる。
ほんとは、迷惑…なのかな。
だから…
「…」
「あー…でも俺、汐里のこともずっと好きで、」
「っ、ちーがうに決まってんじゃん!」
「!」
だからあたしは持田くんの言葉を慌てて遮ると、言った。
「じょ、冗談で言ってるんだよ持田くん!
あたしはっ………そう!あくまで持田くんのファンだから!」
「…、」
「持田くんが作る曲が大好きなファン一号だし、そんな特別な感情は無いって!」
あたしはそう言うと、引きつった下手な笑顔を浮かべて持田くんを見る。
ドキドキ ドキドキ
そしてなかなかおさまらない心臓の音が響くなか、やがて持田くんが呟くように言った。
「…そうですか」
「うん、そうだよ」
「……」
持田くんの言葉にあたしはそう嘘を吐くと、持田くんは心なしか少し安堵したような表情を浮かべる。
その表情に、やっぱり迷惑なんだ、とあたしがショックでいると、持田くんがまたふいに口を開いて言った。
「…ならいいんです」
「…」
「じゃあ菅谷さん、今度よければ俺の家に来ませんか?」
「…え!?」
持田くんはそう言って、何気なくあたしを見遣る。
でも一方のあたしは、その突然の誘いに思考回路が停止して……
え…いえ?癒え?言え………家!?
「え、えっと、持田くんそれって…!」
少し……というか物凄く変なことを想像してしまいながらあたしがビックリしてそう言ったら、それを察した持田くんも半ば慌てた様子であたしに言う。
「あ、いいえ!違うんです!決して、そんな変な意味で誘ってるんじゃなくて…!」
「!」
「俺の家、完全に防音になってて…あ、だからってそういう意味とかではなくっ……菅谷さんにもっと俺の曲を聴いてほしいんです!
あんまり直にじっくり聴いてもらうことって少ないんで、菅谷さんさえよければと思って……だから、決して下心とかではありません!」
持田くんはあたしに誤解を招かないように必死にそう言うと、少し顔を赤くする。
わ……じゃあなんか今、変なふうに誤解しちゃったあたしが凄い恥ずかしい。
あたしはそう思いながら、その恥ずかしさを抑えて持田くんに言った。
「そ、そう…なんだ。じゃあ、行ってみたいな」
「!」
「確かに、持田くんの曲をじっくり聴いてみたいし。(というかまず持田くんの家に行きたい)」
そしてあたしがそう言うと、持田くんが安心したように笑って言う。
「!…よかった……じゃあ今度の日曜日とかどうですか?
あ、なんなら大野くんも呼んで下さいよ」
「!」
「その方が、菅谷さんだって安心だと思、」
でも…
「いや、ハルは呼ばない」
「!」
あたしはその瞬間、そんな持田くんの言葉を遮った。
……ハルとは今、出来るだけ関わりたくない。
しかしあたしのそんな言葉に、持田くんは首を傾げて言う。
「?…え、そう…ですか?」
「…、」
「では………日曜日は俺と菅谷さんの二人きり、ですね」
「!…っ」
持田くんは呟くようにそう言うと、自身の制服のポケットからスマホを取り出して何やら文字を打ち始める。
その何気ない持田くんの言葉に思わずドキッとしてしまったけれど、あたしは持田くんのスマホを見た瞬間、はっと思い出したように言った。
「!!…あ、そうだ持田くん!」
「…はい?」
「スマホ、連絡先教えてよ。せっかく仲良くなれたんだし、それくらい知りたい。ってか、ラインとかやってる?」
「ああ、はい。やってますよ。…そうですね、じゃあ交換しますか。そう言えば俺も菅谷さんにずっと聞きたかったんです」
「!」
持田くんはそう言って、あたしからスマホの画面に視線を戻す。
やった!これでいつでも持田くんと簡単に話せる!
あたしはそんな嬉しさを見せないように平常心を保ちながら、やがて持田くんとそれを交換した。
それと、あとは……
「あ…あのさ、持田くん」
「?」
あたしはもう1つ持田くんに伝えたくてそう言うと、両手でぎゅっと自身のスマホを握りしめながら言葉を続ける。
「もう…敬語、は止めにしない?」
「え、」
「あ、ほら、せっかくこうやって友達…になれてるのに、いつまでも敬語なのは何だかよそよそしい気がするの。
だから持田くんともこれからは敬語とかは一切無しで話したいし、それに……」
「…」
「………名前の呼び方も、いつも“菅谷さん”じゃ、ちょっと寂しい」
………だって持田くんの好きな人には、“汐里”ってちゃんと下の名前を呼び捨てにしてるし。
あたしだって出来れば、持田くんに“美希”って呼ばれてみたい。
あたしがそう思いながら言うと、持田くんは少し考えたあと頷いて言った。
「………わかりました」
「!」
「…あ、“わかった”。そんなに言うなら、なるべくそうしま…する。
でも、呼び方は何て呼んだらいい?」
「…、」
そしてその問いかけに、あたしは…
「……美希」
「…」
「“美希”がいい」
物凄く照れながら、そう言った。
でも持田くんはそんなあたしの言葉に、少しビックリしたような顔で言う。
「…下の名前、を…呼び捨て?」
「…ん、」
「え、いいんです…いいの?それ。だって、あの菅谷さん…の名前を呼び捨てにするとか」
「~っ…いいの!あたしがそう呼んでほしいんだもんっ」
持田くんの言葉にあたしはそう言うと、赤くなっているだろう顔を背けるように、不自然に横を向く。
もう…そんなことまで、言わせないでよ。
地位のことも、気にしないでよ。
なんかあたし…今までは“カッコイイ生徒会長”だったのに、今はまるで“カッコ悪い生徒会長”みたい。
だけどあたしがそこまで言うと、持田くんは優しい笑顔で言った。
「……ん、そっか」
「…」
「じゃあ…“美希”」
「!」
「これからは遠慮なく美希って呼ぶ」
持田くんはそう言うと、自身に言い聞かせるように何度もあたしの名前を口にする。
「美希、美希、美希…」
「…」
そんな様子の持田くんを目の前に、あたしは思わず嬉しすぎて顔がニヤけてしまう。
好きな人に名前を呼ばれるのが、こんなに嬉しいことかってくらい。
春夜くんの時と同じはずなのに、それは確実にどこか違っていて。
期待しちゃダメなのに、持田くんの優しさはたまに期待してしまいそうになる。
「じゃあ美希、俺のことは“渉”って呼んで」
「!」
あたしが必死に平然を装っていたら、その時ふいに持田くんがそんなことを言い出した。
そう言われたあたしは、その言葉に少しビックリして持田くんを見遣る。
「わ、渉…?」
「うん」
…でも、言われた後にやっと気が付く。
あ…そうか。持田くんがあたしの名前を呼び捨てにするってことは、あたしも持田くんのこと…そうしなきゃいけないって事だもんね。
渉…か。
わ、なんかすっごく照れる!
あたしはそう思いながらも、恥ずかしいのを抑えて平気なフリをして言った。
「…わかった。“渉”ね」
「うん、そうだよ“美希”」
「!」
渉はあたしにそう言うと、ニッコリ笑って見せる。
あーもう何でこんなにカワイイの、
******
そしてそれから、数日後。
今日もまた、いつも通りの学校。
渉とのことが周りにバレてしまったあの日から、あたしは周りとの距離を少し置いて学校生活を送った。
由乃は相変わらず話しかけてはくれるけど、渉とのことが知りたいみたいで……話してもいいけどわかってくれるのかな。
あたしを慕ってくれていた後輩たちは、最近やたらイケメンな他の学校の生徒を紹介しようとしてくるけど、
今のあたしはどんなに相手がイケメンだろうが渉しか見たくない。
「菅谷先輩には、イケメンが合ってますよ!」
「えーそうかな?あたしは、中身がイケメンな人の方が好きだなぁ」
「そんなぁ…」
…と、毎日のようにあたしは後輩の女子達とそんな会話をして、渉しか気にしない。
「イケメンが好きって言ってた菅谷先輩はどこに行ったんですか、」
「…、」
「ブサイクは嫌いってあんなに言ってたのに」
「…でもほら、あたしは別に…持田くんのこと、そういう目で見てないから」
「…」
あたしは不満げな顔をした後輩にそう言うと、放課後の生徒会室を後にする。
今日は金曜日。
結局、ハルは風邪で熱を出してるとかで一週間丸々学校を休んだ。
…アイツがこんなに風邪を長引かせるなんて、珍しいの、
…………
学校を後にすると、あたしは真っ直ぐに家に向かった。
途中、コンビニに寄ろうとしたけれど、なんだかそういう気分でもないからそのままトボトボと家に向かって歩く。
…そういえば、渉との約束、明後日だな。とか、
何着て行こうかな。とか…そんなことを考えていると、あっという間に家に着いてしまう。
通学カバンから家の鍵を取り出すと、あたしはそれをドアの鍵穴に差し込んだ。
すると…
「…?」
ドアの鍵を開ける前に、その時ふいに誰かから電話がかかってきた。
……春夜くんだ。
その着信にまた心臓が嫌な音を立てるなか、あたしは一瞬出るかどうか迷ったけれど……やがてその電話に出てみた。
……ハルのことだろうか。
「…はい?」
落ち着いた口調でそう言ってあたしが電話に出たら、その向こうから春夜くんの声が聞こえてきた。
「あ、美希。お前いま何してる?」
「え、何って…学校から帰ったとこ」
あたしは電話越しにそう話すと、やっと家のドアの鍵を開ける。
春夜くんと話しながら、独り必死に平然を装う。
目の前に広がるのは、一見、いつもと変わらない雰囲気の玄関。
静かな家の中。
「…そっか。じゃあ、今から会えない?」
「えっ」
「美希に話がある。今どうしても話したいんだ」
「!」
春夜くんは突然あたしにそう言うと、真剣な雰囲気であたしの返事を待つ。
春夜くんと…今から会う?
それは……、
あたしがその言葉に静かに戸惑っていると、そんなあたしに春夜くんが言った。
「春斗、ここ一週間学校休んでたろ?そのことで話があんだよ」
「……けど、あたしは…」
「関係ないってか?えらく冷たくなったじゃんか、お前」
春夜くんはあたしの言葉にそう言って、不機嫌そうな声を出す。
……別に、そういうことじゃないんだけど。
いや、でも、間違ってもないけど。
何だか自分でもよくわからないでいるなか、あたしは靴を脱いだ後に廊下を進みながら言った。
「……いや、そういうわけじゃ…。ってか、あたしだって生徒会長だしいろいろ忙しいんだって。放課後も活動があるし」
「…ほんとかよ」
「ほ、本当だって。一応、心配はしてるんだよ。ただ、お見舞いにはなかなか…」
「っつか、そういうこと言ってるんじゃねーし」
春夜くんはあたしの言い訳にそう言うと、まだ少し不機嫌そうにため息を吐く。
その言葉に、あたしもだんだん不安になって…。
……知ってる、のかな。春夜くんは。
あたしが、ハルに告白されたこと。
そう思いながら、あたしはリビングに繋がるドアを開けると───…
「…!?」
「…?…美希…?」
「…っ、」
その瞬間…
目の前の、いつものリビングを目の当たりにして、あたしは思わず絶句した。
もう、これだけで、頭の中が一気に真っ白になる。
信じられなくて、目を見開いて、その場に立ち尽くす。
電話の向こうで、急に会話が途切れたあたしに春夜くんは何度もあたしの名前を呼ぶけど…
手に握っていたスマホは、やがてあたしの手から力なく落下して、鈍い音を立てた。
…信じられない。
何で……?
リビングにあったはずの家具が全て、無くなっている──…。
「…っ!」
その突然の光景に、あたしは慌ててリビングの奥へと進む。
だけどそこには、今朝まではあったはずのソファやテーブル、テレビ、テレビ台、観葉植物、時計、カレンダー…全てが無い。
ただ唯一あるとすれば、高い位置にあるクーラーだけ。
キッチンに行ってみてもそこには何も無く、ただ見慣れた冷蔵庫だけが置いてある…。
……まさか、
あたしはわけのわからない状況に、今度はリビングを後にするとお父さんとお母さんの寝室に走った。
でも、
そこにもやっぱり、家具という家具、全てが無くなっている。
まさか…二人とも、この家から…。
そう考えると、あたしは信じたくなくて今度は無我夢中で自分の部屋へと走った。
嘘だ…
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
だってあたし、こんなの全然聞いてない。
しかし、そう思いながら廊下を渡って、扉を開けると…
この部屋にだけは、あった。
あたしの部屋の、家具たちが。
そして…
「…!」
小さな白いテーブルの上に、見慣れない封筒が置いてあるのが視界の端に映った。
…これは、置手紙…?
あたしはその存在に手を伸ばすと、震える手でその封筒を開ける。
中には、白い便箋と見慣れないゴールドカードが入っていて…
頭の中が真っ白になっているなか、あたしはその手紙をゆっくり読んでみた。
“美希へ
突然いなくなって、ビックリさせてしまってごめんなさい。
私たちはこれからますます仕事が忙しくなり、家に帰れなくなるので、
仕事場のすぐ近くのマンションに引っ越すことにしました。
あなたに直接話す時間が無かったので、こんな結果になってしまいましたが、この家はあなたに譲ります。
お金は、同封してあるカードを好きに使って下さい。
私たちの迷惑になることだけは、しないで下さいね”
「…百合」
…手紙の最後には、小さな字で書いてあるお母さんの名前。
「お母さん」とか「母」って……書かないんだね。
ていうか、そんなことよりも…
あたしは、その手紙を読んだあと、力なくその場にしゃがみ込んだ。
……何で、いつもそうなの。
何でいなくなっちゃうの。
直接話す時間がなかったんなら、いくらでも電話で話してくれたってじゃない。
結局お母さんとお父さんは、あたしがいるのがめんどくさいんだ。
だって…引っ越し先の、住所すら書いてない。
あたしはそう思うと、独り、部屋の真ん中で静かに涙を零した。
…いずれこうなることは、全く予想できなかったわけじゃない。
いつかはいなくなっちゃうんじゃないかっていう、恐怖はあたしのどこかにあった。
でもそれが実際にくると、こんなに寂しいなんて…。
そして、封筒に入っていたカードを何気なく見つめる。
…こんなカード一枚よりも、あたしは…ずっと二人に、傍にいてほしかったのに…。
しかし、そう思っていると…
「…!」
その時、ふいに一階の方からあたしのスマホの着信音が聞こえてきた。
…あ、忘れてた。
春夜くんと電話してる最中だったんだ。
あたしはその音に涙を拭うと、重たい足取りでさっきのリビングに向かう。
完全に家の中で独りになってしまった今、あたしの足音が妙に大きく響いてる気がして…なんとなくそっと歩く。
そこに到着してスマホを拾うと、あたしは画面を確認した。
でも、その着信は何故か…春夜くんではなく、“ハル”。
着信に出ようとしていた指が、ピタリと止まる。
…春夜くん、ハルに何か言ったのかな…。
しばらくあたしが躊躇していたら、やがてその着信は止まった。
また…あたし、ハルに心配かけちゃってんのか。
でも、画面がホームに戻ったその時…
「!」
ふいに、今度はラインの通知が来た。
…渉だ、
ライン交換をしたあの日から、実はあたし達は実際にそれで会話をしていなかった。
だから今のが、初めての渉からのラインなんだけど…
あたしはその思わぬ名前に、すぐにメッセージを見た。
“ごめん!日曜日、ダメになった…。美希、明日は平気?”
渉のそれは絵文字や顔文字は一切無いけれど…その方が渉らしい。
日曜日がダメって少し残念だけど、明日に変更だから別にいいか。
あたしはそう思うと、
“平気だよー”
って、ニッコリ笑顔の顔文字つきでそう返事をした。
…あ、でも、何か繋げなくちゃせっかくの会話が終わっちゃう。
でも…そう思うのに、今は…寂しすぎる今は、何も言葉が浮かばない。
だから、
“寂しい”
そう打ってみては、送らずにすぐに消す。
こんなこといきなり言われたら、渉だって困っちゃうよね。
そしてそうしている間についた、あたしのメッセージの既読マーク。
たぶん、もう、送って来ないだろう。
でも何かまた言葉が欲しくて、考える。
けど…浮かばない。
“逢いたい”
そう打っては、また消して。
“今すぐ逢いたい”
そう打って、相変わらず消そうとしたら…
「…あっ」
次の瞬間…間違えて、送信してしまった。
「わ、バカ!バカバカバカ!」
あたしは自分の失態に独り慌てるけれど、送ってしまったものはもう遅い。
わーん、こんなんじゃ困らせちゃうよー。
そう思っても、送ってしまったメッセージを消すことは出来なくて。
しかも、そのうちについてしまう既読マーク。
ドキドキ ドキドキ
あたしはドキドキしながら渉の返事を待つけれど、その待っている時間が物凄く長く感じてしまう。
だからあたしは返事が来る前に、思い切って文字を打った。
“なんてね!嘘嘘冗談!”
しかし、そう打っていると…
“いいけど、どした?”
「!」
その時、渉からそんなメッセージが来た。
どした?って、少しでも気にかけてくれるのが、今に不似合だけどすっごく嬉しい。
あたしはまた泣きそうなのを堪えると、誤魔化す文章を消して、新たに文字を打った。
送ってしまったものは、悔やんだってしょうがない。
だって、寂しくて逢いたいのは事実だから。
“今、すっごく凹み中…。誰かに慰めてもらいたい気分”
あたしはそう打つと、それを送信する。
しばらくすると、また返事が返ってきて…
“じゃあ今どこにいる?俺でよければ慰めに行くよ”
そのメッセージとともに表示された、猫がダッシュする大きなスタンプ。
“家にいる”
あたしがそう返事をしたら、その文章にすぐに既読マークがついた。
もう、返事は返って来ない。
…………
渉に、今から逢えるんだ…。
そう思って、無駄に広いリビングで待つこと、ほんの数分後。
その間にこれからのことを考えていたら、その時早くも玄関でインターホンが鳴った。
「!」
あっ、
思ったよりも早く鳴ったその音に、あたしは即座に反応して立ち上がる。
渉に逢ったら安心して泣かないようにってそう決めて、今から我慢するけど…逢う前からもう泣きそう。
それでもあたしはパタパタと廊下を急いで渡ると、通学用の靴に足を突っ込んで、すぐに玄関のドアを開けた。
「わっ…」
渉
だけど、そう言いかけて…
………ドアの向こうに立っている人を見た瞬間、あたしは声を詰まらせた。
だって、そこにいたのは渉じゃなくて…
「…ハル。何で…」
ハルだったから。
まさかのハルの登場にあたしが固まっていると、ハルが目を泳がせて言う。
「あ、ご、ごめん突然…。
さっき、春夜が言ってたの聞いてたんだ。春夜が、電話で何回も美希ちゃんのこと呼ぶから、何かあったのかなぁって…」
「…、」
「春夜は、俺が行くって言ってたけど…あまりにも心配だったから、俺が来ちゃった。
…あ、風邪はもう治ってるから!……美希ちゃん、大丈夫…?」
ハルはそう言うと、心配そうにあたしを見遣る。
でも、一方のあたしは…その問いかけに、さっき起きたことがハルに言えなくて。
いつもなら真っ先にハルに言ってるのに、今はなかなか言えない。
だって…
「……別に、あたしは平気だよ」
「え、」
「何言ってんの、ハル。ってか、しばらく話しかけて来ないでって言ったでしょ」
あたしはそう言うと、冷たくハルを突き放す。
……こんなところ、
ハルが来てるところは、渉には見られたくない。
それにまた、脳裏に蘇る。
“俺、美希ちゃんが好き”
ハルから言われた、あの一言が。
でも、あたしがそう言うと、ハルが言った。
「…嘘つき」
「!」
「平気、じゃないでしょ。美希ちゃん、顔がもう泣いてるもん」
「…泣いてな、」
「嘘だ、泣いてる。今にも壊れそうな顔してるもん。俺にはわかるよ、だって幼なじみだし」
ハルはいつになくはっきりそう言うと、あたしに近づいてくる。
“顔が泣いてる”
そう言われて、あたしは図星を感じて咄嗟にハルから顔を背けた。
…ハルに隠し事は出来ない。
しかもあたしがそうしている間にも、ハルが言葉を続けて言った。
「…確かにこの前の日曜日、急にあんなこと言って美希ちゃんを困らせたのは謝るよ。けど俺、こう見えて本気で美希ちゃんのことが好きでっ…」
「一週間丸々、風邪なんて仮病言って学校休んでたくせに?ハルはあたしに会いたくなかったんでしょ」
「それはっ…」
そんなあたしの言葉に、ハルがそう言って言葉を詰まらせる。
寂しさが大きすぎて、本当はハルの言う通り今にも壊れそうなあたしは、言い出したらもう止まらない。
言葉と同時に色んな感情が溢れだして、それを全部ぶつけるようにハルに言った。
「っ…ハルは、いつもそう!あたしのことわかってるフリしてるけど、ほんとは全然わかってない。顔が泣いてるって…別に、何も悲しいことなんて起きてないよ」
「…っ、」
「そんなのでよく好きなんて言えるね!あたしもうハルと幼なじみなんかやめるからっ…」
「美希ちゃっ…」
「あたし、独りじゃないし!急に家族がいなくなったって、ハルがいなくなったって寂しくなんかない!だからっ…」
しかし、あたしがそう言うと…
「…!?」
次の瞬間、そんなあたしの言葉を遮るように…
ハルがあたしの腕を引っ張って、思いきり抱きしめてきた。
「ハル…っ、」
「…、」
そんないきなりの行動にあたしがビックリして固まっていると、ハルがあたしを強く抱きしめながら言う。
「…大丈夫、だよ。美希ちゃん」
「…」
「俺、美希ちゃんに何をされようが何を言われようが、離れて行かないから大丈夫。
俺は美希ちゃんを独りにしたりしないよ」
そう言って、まるで小さな子どもをあやすように、あたしの頭をぽんぽんと撫でる。
そんなハルの言葉と優しい手に、あたしの目からは涙が溢れていって…
「…っ」
気がつけば、また…やってしまった。
……昔から、こういうところはあたしの悪い癖だったんだ。
何か悲しいこととか嫌なことがあると、すぐにハルにぶつけちゃうとこ。
でもハルは、それを全部理解していて…。
いつも、嫌な顔一つしないで受けとめてくれる。
…………でも、それが、
「………美希…?」
「…!!」
一瞬で…恋の悲劇を、招いてしまった。
ふいに聞こえてきたその声に顔を上げると、玄関の外にいつのまにか立っているのは“渉”の姿。
走って来てくれたのか、息をきらしながらこっちを見ている渉がいて…。
その声にハルもあたしから体を少し離して振り向くと…ビックリしたように、目を見開いた。
「も…持田くん…?何で…」
そう呟くと、いきなりの展開にその場に立ち尽くして…。
マズイ
マズイマズイマズイ
……何て、言おう。
渉に、今のこの状況を何て言えば…。
一方、あたしが頭をフル回転させて考えていたら、その時ようやく渉が口を開いてあたしに言った。
「……あ、ごめん。俺、邪魔、だった…?」
「!」
「そっ、か…美希は、大野くんも、いるんだし…ね」
渉は途切れ途切れの言葉でそう言うと、ひきつった笑顔を向ける。
いや、違うよ。待って。
何で?逢いたいって言ったのはあたしなのに。
「いや、待っ…」
でも、あたしが引き留めようとしても、渉は一歩一歩後ずさって…
「っ…ごめん、」
「!」
謝らなきゃいけないのはあたしの方なのに、そう言ってその場を後にしてしまった。
「っ…渉!」
だけどあたしはその背中を見て、黙って見送ることは出来ない。
傍にいるハルの存在に構わずに、
「あ、美希ちゃんっ…!」
あたしを呼ぶその声も無視して、すぐに渉を追いかけた。
渉に、誤解だけはしてほしくない。
だって、あたしが渉に逢いたかったのは事実だし。
…あたし、何やってるんだろう。
そう思いながら追いかけると…しばらくして、ようやく渉に追い付いた。
「まっ…待って!」
「!」
そう言ってパシッ、と渉の腕を掴むと、渉がようやくその場に立ち止まる。
…でも、振り向かない。
「あのっ…違うんだよ。ハルは、別にあたしが呼んだわけじゃなくて、あたしを心配して来てくれてただけなの」
「…」
「抱きし…めてくれてたのは、あたしが寂しすぎて壊れちゃってたから。だから…」
邪魔なんて、思ってないよ。
戻ってきてよ。
しかし、そう言いかけたら…
「…美希、俺…」
「?」
ふいにその時、渉があたしの方を振り向いた。
そして別に何かを言いたげにしていたけれど、やがてあたしから目を逸らすと、
「……別に、何も気にしてないから」
「!」
そう言って、気のせいか半ば無理矢理に微笑んで見せる。
「っ、でも…!」
ほんとかな?
そう言われたって、あたしの中の心配や不安は消えないし。
ちゃんと誤解だってときたい。
あたしはそう思うと、渉に言った。
「誤解、しないでね」
「?」
「あたしは、ハルに慰めてほしかったんじゃなくて、渉に慰めてほしかったんだから」
あたしは勇気を振り絞ってそう言うと、熱くなる顔を真っ直ぐに渉に向ける。
そのあたしの言葉に、渉が少しビックリしたような顔をする。
けど…
「…、」
渉はその後表情を曇らせて、あたしに言った。
「……なんで、」
「?」
「何で美希は、そういうことを俺に言うの?」
…え、
渉があたしにそう言った瞬間、あたしは一瞬頭の中が真っ白になる。
…“なんで”?
……だってそれは…。
だけどあたしが言う前に、渉が言った。
「そういうのは、そんな軽々しく言わない方がいいよ」
「?」
「今のは相手が俺だからいいけど、普通は勘違いするから。“俺のこと好きなのか”って」
「!」
だから、いくら友達でもそういうのは言わない方がいい。
渉はそう言うと、あたしに気まずそうな笑みを浮かべた。
「…っ、」
その言葉に、あたしは何も言えなくなる。
勘違い?
いや、そうじゃなくて。
だって本当に、渉に慰めてほしかったんだもん。
でもこれ以上言えないのが、すっごくもどかしい。
そして…
あたしがそうやってうかうかしていると、渉があたしに顔を背けて言う。
「…じゃあ、今日は帰るよ」
「!」
「また明日ね」
渉はあたしにそう言うと、背中を向けて本当に離れて行ってしまった。
「…あっ」
そんな渉の背中に、あたしはまた思わず引き留めようとしてしまう。
…本当に勘違いさせたままでいいのかな?
いや、だって、この前も学校で“好きじゃない”って言ったばっかだし。
でもそれ、いつまで続けるの?
本当に今のままでいいの?
…あ、でも、渉は汐里さんのことが…。
「…~っ」
…そう考えているうちに、渉の背中がどんどん小さくなっていく。
けど…これから言うチャンスは、いくらでもある…か。
あたしはそう思いながら渉の背中を見つめて、深くため息を吐いた。
それより…
あたしはこれから、あの大きな家でどうやって独りで過ごせばいいんだろう…。
ハルから告白された夜。
あたしは、懐かしい夢を見た。
それはあたしとハルがまだ、幼稚園に通っていた頃の夢。
「みきちゃん、みきちゃん!」
「なーに?ハル君」
「一緒に、ここに隠れよ!」
「うん、いいよ!」
あたしは幼稚園の頃、たくさんある遊びの中で特にかくれんぼが大好きだった。
だから当時は毎日といっていいほど、ハルを含む友達数人とかくれんぼをしていて。
あたしはハルに言われるまま、夢の中で教室にある棚の中に隠れた。
その棚は当時のあたし達二人が十分に入れる大きさで、
ハルはかくれんぼの天才だったから見つからない自信がどこかにあった。
…すると、隠れて少し経ったあと、隣にいるハルがあたしに言った。
「…みきちゃん」
「うん?」
「声、出しちゃダメだよ。見つかっちゃうから、“しぃー”ね」
「うん。しぃー」
「しぃー」
ハルは自身の口元で人差指を立ててそう言うと、あたしに向かってニッコリ笑う。
棚についている戸の隙間から漏れる光が、あたし達を微かに照らす。
あたしは当時、この「いつ見つかるかわからないドキドキ感」が何より好きだった。
…でも、そうやってあたしがいつものようにドキドキしていると…
「ね、みきちゃん」
「?」
ふいに、ハルに肩をぽんぽん、と叩かれて振り向けば…
「!」
あたしは、とつぜんハルにキスをされた。
そしてハルは、まだキスが何なのかわからなかったあたしに、言ったんだ。
「おれ、みきちゃん大好き」
「…?」
「みきちゃんは?おれのこと好き?」
「うん、みきもハル君大好き!」
あたしがそう言うと、ハルは嬉しそうに笑った。
…大好きなのは、変わりなかった。もちろん、当時から変わってない。
あたしは、ハルが大好き。昔も今もずっと。
でもそれは、恋愛感情とか全然そんなんじゃなくて…。
だから、それ以上は聞きたくなかった。
知りたくもなかった。
「俺、美希ちゃんが好き」
…だけど確かにそう言ったのは、昔からあたしが知ってるあの“ハル君”。
同じ言葉のはずなのに、それはあの頃とは確実に何かが違っていて。
何で?
何で?
目が合ったハルは、苦しそうな顔してた。
いつものあの「可愛いハル」じゃなかった。
そしてその後、ベッドの上で目を覚ましたあたしは…何故か、泣いていた。
…………
「はぁーあ…」
朝。
目覚ましが鳴る前に起きて、あたしは思わずため息を吐く。
窓の外は憎いくらいの青天。
…今朝からあんな夢を見るなんて、あたしは本当にどうかしてると思う。
それに、今日から月曜日。いつも通りの学校。
もちろん、またハルに会わなきゃだし。
ってか、隣の席だし。会いづらいし。
…学校、休んじゃおうかな……なんて。
だけど、そう思っていると…
「…、」
その時ふいに、トツゼン持田くんの顔がぽん、と頭に浮かんで。
…やっぱり持田くんには会いたいなぁ。
なんて、早速制服に着替えだす。
しばらくは、ハルと会話しないし決めたんだ。
もっと持田くんと仲良くなるって。
で、今日は持田くんの連絡先をゲットしちゃいたい。
そろそろ敬語で話すのもやだし、クラスメイトなんだからよそよそしいのもあたしがちょっとショックだ。
…よし。
あたしはそう思って意を決すと、鞄とスマホを手に部屋を出た。
…………
…………
「おはよー」
あれからいろいろ支度をして家を出ると、しばらく歩いて学校に到着した。
生徒玄関に行くと、後輩の女の子達から「おはようございます」なんて声をかけられたりして。
あと、途中でクッキーも貰った。後でハルと食べよう。
……って、ハル関係ない。全然関係ないし!
あたしはそうやって独り自分に突っ込みながら、早く持田くんに会いたい一心で教室に向かう。
階段を上ってる時も、他の後輩の女子に手作りのマドレーヌを貰ったりして今朝もお菓子が増えた。
…ってか、こんなに食べるとさすがに太るし。
そう思いながら、あたしはようやく教室に到着すると…
「…、」
友達に、「おはよう」の挨拶よりもまず先に、あたしは思わず目で持田くんの姿を探した。
…持田くんって甘いもの好きかな。
そう思っていると…
「あっ!美希ー!」
「!」
その時ふいに、聞きなれた声に話しかけられた。
…由乃だ。
「!!お、おー由乃おはよー」
あたしは持田くんを探すのを即座に止めると、思わずちょっと焦り気味でそう返事をする。
だけど由乃は、あたしと目が合うなり何故か不満げな顔。
どした?
そんな由乃にあたしがそう聞こうとしたら、由乃が言った。
「ねぇ美希。あんたこの前の放課後、ブサ男と帰ったってマジ?」
「!?」
……え…えぇっ!?
由乃は突然あたしにそう聞くと、目を細めてあたしを見つめる。
その言葉に、周りのクラスメイト達も続々と集まってくる。
…ちょ、ちょっと待って。
ほんと、待ってよ。
「なっ、えっ…な、何それ!どこ情報、」
そしてあたしが慌ててそう聞くと、由乃がその言葉を遮って言った。
「この前の金曜日、隣のクラスの女子が確かに見たって。あり得ないって騒いでたよ」
「!」
「しかも、なんか仲良さげだったって。でもブサ男に聞いてもウンともスンとも言わないしさ」
そう言って、「どうなの、美希」と由乃が自身の腕を組んであたしを見つめてくる。
その言葉に、いきなりすぎて何だかいろいろわけがわからないあたし。
どうなのって…ドウナノ?
そう思いながら、困り果てて目の前のクラスメイト達の間に目を遣ると…
「…!」
その時に…やっと見つけた。
先に登校していた、持田くんを。
持田くんはこの集団にもちろん入ることなく、いつものように自分の席で大人しくしている。
あたしはその姿を見つけると、目の前にいるクラスメイトの集団の間を通って、持田くんに近づいた。
「っ…持田くん!」
「!」
「ちょ、美希っ…」
そしてその問いに答えないあたしを、由乃がそう言って呼び止める。
でも、あたしは止まらずに持田くんの傍に行く。
嘘は言いたくないから。
だからあたしは、同意を求めて皆に証明しようとした。
あたしと持田くんは、ほんとは仲が良いんだって。
だけど、あたしが口を開くと…
「あ…」
「一緒には帰ってません」
「!」
その瞬間、持田くんがそれを遮るようにはっきりと皆に言った。
「…え」
「俺と菅谷さんは、一緒になんか帰ってません。金曜日は俺、用事があったので一人で早く帰りました。
そもそも菅谷さんが、俺なんかと一緒にいるわけがありません。俺と居たって時間の無駄ですから」
「!!」
持田くんはそう言うと、
「ですよね?菅谷さん」
と、真顔であたしにそう同意を求めてくる。
「…あ、えと…」
「…」
でも、一方のあたしは…
……ちょっと待って。
何で?何で、嘘つくの?
あたしは大丈夫だから、はっきり言えばいいじゃない。
そう思いながらも、持田くんの言葉になかなか頷けない。
持田くんは、もしかしてあたしを庇ってくれてる?
あたしと持田くんって、普段は皆から見たら釣り合わない二人だから。
でも、それは…
すると、あたしが少しの間黙っていたら、持田くんの言葉を聞いたクラスの女子が言った。
「ほらねー、やっぱり見間違いじゃん!」
「!」
「おかしいと思ってたんだよ。ほら、美希ってブサ男のこと大っ嫌いだから、」
「!!」
「それなのに、一緒に帰るとか…いや、どう考えてもあり得ないでしょー」
そう言って、周りのクラスメイト達とクスクス笑い合う。
でもその「大っ嫌い」という言葉に、あたしは慌てて…
「ち、ちがっ…!」
「え?」
持田くんにそんなことを知られたくなくて、思わずはっきりと否定した。
「違うよ!大っ嫌いとか、そんなこと思ってない!」
「!」
「そ、そりゃあちょっと前まではいろんなこと思ってたけど…でも、今は違うから!
それに、持田くんは良い人だよ!あたしは持田くんと一緒にいて凄く楽しいし嬉しいのっ…!」
あたしはそう言って、皆がぽかん、としてしまっている表情を見てやがてようやく我に返る。
「…!!」
…あ、あたしっ…
持田くんもすぐそばにいるのに、何言って…!
そう思って少し慌てていたら、そんなあたしの言葉を聞いた由乃が言った。
「…何それ」
「……え」
「嘘でしょ?なんかその言い方って、まるで美希がブサ男に惚れてるみたい」
「!」
「そんなのが“生徒会長”なわけ?美希らしくない。目、覚ましなよ」
「!」
由乃はあたしに鋭い口調でそう言いながら、一歩一歩歩み寄ってくる。
…その言葉に、由乃から視線を逸らして目を泳がせるあたし。
確かに、そう言われても仕方ないのかな。
あたしらしくない。
でも、
「っ、なんで!?あたしはっ…!」
それでもまた言い返そうとしたら、次の瞬間、持田くんがそんなあたしを引き留めた。
「菅谷さん!」
「!」
「もういいですから」
「…、」
そして持田くんがそう言ってあたしを止めたあと、何とか一旦その場はおさまった。
…クラスメイト達からの、冷たい視線は痛いまま。
………………
その後、朝礼が終わるとあたしは一限目の体育を持田くんとサボった。
ちなみに今日は、ハルは珍しく風邪で学校を休んだらしい。
他には誰もいない屋上で持田くんと一緒にいたら、少しの沈黙のあと持田くんが言った。
「………やっぱり、アレですね」
「?」
「俺、浮かれ過ぎてたのかもしれません。そもそも俺って、やっぱり菅谷さんに近づいちゃいけない存在だったんですよ」
「!」
「…俺達の普段の立場が、あまりにも違いすぎる」
持田くんはそう言うと、気まずそうに苦笑いを浮かべる。
その表情を、あたしは隣でチラリと見遣る。
…その言葉が何か、悲しい。
だからあたしは、この悲しい雰囲気を打ち消すように、言った。
「そんなことないでしょ」
「…」
「だって持田くん、あたしと一緒にいて結構嬉しいんでしょ?あたしもそうだもん」
「…それは、」
「だったらいいじゃん。あたしは皆にどう思われようが関係ないの。周りなんて気にする必要ないよ」
あたしはそう言うと、少しでも笑顔でいたくて、ふいに制服のポケットから今朝貰ったお菓子を取り出す。
「食べる?」って持田くんに差しだして聞いたら持田くんは頷いてくれて、二人でそれをわけて食べた。
…この空間があたしは好きなのに、
“生徒会長”とか“人気者”っていう理由だけで壊したくなんかない。
「……」
「……」
そして、お菓子を食べている間にまた沈黙が流れる。
でも、不思議と「何か話さなきゃ」っていうふうには何故か思わなくて。
何も話さなくていいような落ち着いた感じが、何だか心地いい。
だけどしばらくそうしていたら、ふいに持田くんが少し言いにくそうに口を開いた。
「……あの、菅谷さん」
「うん?」
「ずっと気になってたんですけど、聞いてもいいですか?」
「?」
持田くんのその問いかけに、あたしは何気なく持田くんを見遣る。
なに?いきなり。
そう思いながら、頭に?を浮かべて持田くんの次の言葉を待っていると、やがて持田くんが控えめの声で聞いてきた。
「…さっきの、教室で言ってたことなんですけど」
「…なに?」
「あ、違ってたらはっきり言って下さいね。すっごく気まずいんで」
「え、何よ。早く言ってよ」
そうとう聞きづらいのかそうやってなかなか話し出さない持田くんに、あたしはそう言って彼を急かす。
ちょっと不安で、だけどドキドキしながらそれを待っていたら、やがて持田くんが言った。
「…あの、菅谷さんって…俺のこと、好きなんすか?」
「…!!」
しかし、いざそう聞かれた瞬間、突然の展開に心臓が1つ大きな音を立てる。
まさかはっきりとそんなことを聞かれるとは思わなくて、あたしは頭の中が真っ白になってしまう。
……え、
「…──っ、」
体が少し、震えだす。
…え、なに…なんで……
そう思うと同時に、額に変な汗がツー、と流れていく。
わ………ど、しよ。
え、何て返す?
“そうだよ”?
え、いきなりの展開で告白しちゃうの?
でも、心の準備がまだっ……
「…菅谷さん?」
「!!」
しかしあたしが急な展開に動揺していると、あたしの返事を待ちきれなくなったのか、持田くんが顔を覗き込んでくる。
!!わ、近いっ…
そしてそのあまりの顔の近さにもドキドキしてしまっていたら、持田くんがまた口を開いて言った。
「…あ、すみません!ちょっとあまりにもストレートに聞きすぎた気が…」
「……」
「でも、実際に最近密かに気になっていたことではあったんです。もしかして…って」
「……」
「あ、それでもすぐに違うなとは思いましたよ。だってあの菅谷さんが、俺に恋なんて…いや、あり得ませんから」
でも、さっきの教室で菅谷さんの言葉を聞いたら、どうしてもまた気になって聞いちゃいました。
持田くんはそう言うと、気まずそうに薄笑いを浮かべた。
…でも一方のあたしは、返答に困って笑顔を返せる余裕がない。
どうしよう…
どうしようっ…
だけどやがて意を決すと、あたしは持田くんに言った。
「っ…持田くん、あのっ…!」
「…、」
「もし、もしもだよ!もしもあたしがっ…持田くんのこと、好きだって言ったらどうする!?」
「!」
あたしが思いきってそう聞くと、持田くんはビックリした様子で少し目を見開いてあたしを見る。
たぶん今あたし、顔が真っ赤になっちゃってると思う。
しかも心臓もバクバクいってて、なんか今すぐここから逃げ出しちゃいたい。……なんて。
でもあたしが持田くんの返事を待っていると、持田くんはあたしのその言葉に困ったような表情を浮かべた。
「……え、えっと…」
「!」
「もし、そうだとしたら嬉しいです。菅谷さんの気持ちは。凄く」
「…、」
そう言って、あたしから目を逸らして泳がせる。
その持田くんの様子に、今度はあたしの心臓がバクン、と嫌な音を立てる。
……持田くん、確実にあたしの気持ちに困ってる。
ほんとは、迷惑…なのかな。
だから…
「…」
「あー…でも俺、汐里のこともずっと好きで、」
「っ、ちーがうに決まってんじゃん!」
「!」
だからあたしは持田くんの言葉を慌てて遮ると、言った。
「じょ、冗談で言ってるんだよ持田くん!
あたしはっ………そう!あくまで持田くんのファンだから!」
「…、」
「持田くんが作る曲が大好きなファン一号だし、そんな特別な感情は無いって!」
あたしはそう言うと、引きつった下手な笑顔を浮かべて持田くんを見る。
ドキドキ ドキドキ
そしてなかなかおさまらない心臓の音が響くなか、やがて持田くんが呟くように言った。
「…そうですか」
「うん、そうだよ」
「……」
持田くんの言葉にあたしはそう嘘を吐くと、持田くんは心なしか少し安堵したような表情を浮かべる。
その表情に、やっぱり迷惑なんだ、とあたしがショックでいると、持田くんがまたふいに口を開いて言った。
「…ならいいんです」
「…」
「じゃあ菅谷さん、今度よければ俺の家に来ませんか?」
「…え!?」
持田くんはそう言って、何気なくあたしを見遣る。
でも一方のあたしは、その突然の誘いに思考回路が停止して……
え…いえ?癒え?言え………家!?
「え、えっと、持田くんそれって…!」
少し……というか物凄く変なことを想像してしまいながらあたしがビックリしてそう言ったら、それを察した持田くんも半ば慌てた様子であたしに言う。
「あ、いいえ!違うんです!決して、そんな変な意味で誘ってるんじゃなくて…!」
「!」
「俺の家、完全に防音になってて…あ、だからってそういう意味とかではなくっ……菅谷さんにもっと俺の曲を聴いてほしいんです!
あんまり直にじっくり聴いてもらうことって少ないんで、菅谷さんさえよければと思って……だから、決して下心とかではありません!」
持田くんはあたしに誤解を招かないように必死にそう言うと、少し顔を赤くする。
わ……じゃあなんか今、変なふうに誤解しちゃったあたしが凄い恥ずかしい。
あたしはそう思いながら、その恥ずかしさを抑えて持田くんに言った。
「そ、そう…なんだ。じゃあ、行ってみたいな」
「!」
「確かに、持田くんの曲をじっくり聴いてみたいし。(というかまず持田くんの家に行きたい)」
そしてあたしがそう言うと、持田くんが安心したように笑って言う。
「!…よかった……じゃあ今度の日曜日とかどうですか?
あ、なんなら大野くんも呼んで下さいよ」
「!」
「その方が、菅谷さんだって安心だと思、」
でも…
「いや、ハルは呼ばない」
「!」
あたしはその瞬間、そんな持田くんの言葉を遮った。
……ハルとは今、出来るだけ関わりたくない。
しかしあたしのそんな言葉に、持田くんは首を傾げて言う。
「?…え、そう…ですか?」
「…、」
「では………日曜日は俺と菅谷さんの二人きり、ですね」
「!…っ」
持田くんは呟くようにそう言うと、自身の制服のポケットからスマホを取り出して何やら文字を打ち始める。
その何気ない持田くんの言葉に思わずドキッとしてしまったけれど、あたしは持田くんのスマホを見た瞬間、はっと思い出したように言った。
「!!…あ、そうだ持田くん!」
「…はい?」
「スマホ、連絡先教えてよ。せっかく仲良くなれたんだし、それくらい知りたい。ってか、ラインとかやってる?」
「ああ、はい。やってますよ。…そうですね、じゃあ交換しますか。そう言えば俺も菅谷さんにずっと聞きたかったんです」
「!」
持田くんはそう言って、あたしからスマホの画面に視線を戻す。
やった!これでいつでも持田くんと簡単に話せる!
あたしはそんな嬉しさを見せないように平常心を保ちながら、やがて持田くんとそれを交換した。
それと、あとは……
「あ…あのさ、持田くん」
「?」
あたしはもう1つ持田くんに伝えたくてそう言うと、両手でぎゅっと自身のスマホを握りしめながら言葉を続ける。
「もう…敬語、は止めにしない?」
「え、」
「あ、ほら、せっかくこうやって友達…になれてるのに、いつまでも敬語なのは何だかよそよそしい気がするの。
だから持田くんともこれからは敬語とかは一切無しで話したいし、それに……」
「…」
「………名前の呼び方も、いつも“菅谷さん”じゃ、ちょっと寂しい」
………だって持田くんの好きな人には、“汐里”ってちゃんと下の名前を呼び捨てにしてるし。
あたしだって出来れば、持田くんに“美希”って呼ばれてみたい。
あたしがそう思いながら言うと、持田くんは少し考えたあと頷いて言った。
「………わかりました」
「!」
「…あ、“わかった”。そんなに言うなら、なるべくそうしま…する。
でも、呼び方は何て呼んだらいい?」
「…、」
そしてその問いかけに、あたしは…
「……美希」
「…」
「“美希”がいい」
物凄く照れながら、そう言った。
でも持田くんはそんなあたしの言葉に、少しビックリしたような顔で言う。
「…下の名前、を…呼び捨て?」
「…ん、」
「え、いいんです…いいの?それ。だって、あの菅谷さん…の名前を呼び捨てにするとか」
「~っ…いいの!あたしがそう呼んでほしいんだもんっ」
持田くんの言葉にあたしはそう言うと、赤くなっているだろう顔を背けるように、不自然に横を向く。
もう…そんなことまで、言わせないでよ。
地位のことも、気にしないでよ。
なんかあたし…今までは“カッコイイ生徒会長”だったのに、今はまるで“カッコ悪い生徒会長”みたい。
だけどあたしがそこまで言うと、持田くんは優しい笑顔で言った。
「……ん、そっか」
「…」
「じゃあ…“美希”」
「!」
「これからは遠慮なく美希って呼ぶ」
持田くんはそう言うと、自身に言い聞かせるように何度もあたしの名前を口にする。
「美希、美希、美希…」
「…」
そんな様子の持田くんを目の前に、あたしは思わず嬉しすぎて顔がニヤけてしまう。
好きな人に名前を呼ばれるのが、こんなに嬉しいことかってくらい。
春夜くんの時と同じはずなのに、それは確実にどこか違っていて。
期待しちゃダメなのに、持田くんの優しさはたまに期待してしまいそうになる。
「じゃあ美希、俺のことは“渉”って呼んで」
「!」
あたしが必死に平然を装っていたら、その時ふいに持田くんがそんなことを言い出した。
そう言われたあたしは、その言葉に少しビックリして持田くんを見遣る。
「わ、渉…?」
「うん」
…でも、言われた後にやっと気が付く。
あ…そうか。持田くんがあたしの名前を呼び捨てにするってことは、あたしも持田くんのこと…そうしなきゃいけないって事だもんね。
渉…か。
わ、なんかすっごく照れる!
あたしはそう思いながらも、恥ずかしいのを抑えて平気なフリをして言った。
「…わかった。“渉”ね」
「うん、そうだよ“美希”」
「!」
渉はあたしにそう言うと、ニッコリ笑って見せる。
あーもう何でこんなにカワイイの、
******
そしてそれから、数日後。
今日もまた、いつも通りの学校。
渉とのことが周りにバレてしまったあの日から、あたしは周りとの距離を少し置いて学校生活を送った。
由乃は相変わらず話しかけてはくれるけど、渉とのことが知りたいみたいで……話してもいいけどわかってくれるのかな。
あたしを慕ってくれていた後輩たちは、最近やたらイケメンな他の学校の生徒を紹介しようとしてくるけど、
今のあたしはどんなに相手がイケメンだろうが渉しか見たくない。
「菅谷先輩には、イケメンが合ってますよ!」
「えーそうかな?あたしは、中身がイケメンな人の方が好きだなぁ」
「そんなぁ…」
…と、毎日のようにあたしは後輩の女子達とそんな会話をして、渉しか気にしない。
「イケメンが好きって言ってた菅谷先輩はどこに行ったんですか、」
「…、」
「ブサイクは嫌いってあんなに言ってたのに」
「…でもほら、あたしは別に…持田くんのこと、そういう目で見てないから」
「…」
あたしは不満げな顔をした後輩にそう言うと、放課後の生徒会室を後にする。
今日は金曜日。
結局、ハルは風邪で熱を出してるとかで一週間丸々学校を休んだ。
…アイツがこんなに風邪を長引かせるなんて、珍しいの、
…………
学校を後にすると、あたしは真っ直ぐに家に向かった。
途中、コンビニに寄ろうとしたけれど、なんだかそういう気分でもないからそのままトボトボと家に向かって歩く。
…そういえば、渉との約束、明後日だな。とか、
何着て行こうかな。とか…そんなことを考えていると、あっという間に家に着いてしまう。
通学カバンから家の鍵を取り出すと、あたしはそれをドアの鍵穴に差し込んだ。
すると…
「…?」
ドアの鍵を開ける前に、その時ふいに誰かから電話がかかってきた。
……春夜くんだ。
その着信にまた心臓が嫌な音を立てるなか、あたしは一瞬出るかどうか迷ったけれど……やがてその電話に出てみた。
……ハルのことだろうか。
「…はい?」
落ち着いた口調でそう言ってあたしが電話に出たら、その向こうから春夜くんの声が聞こえてきた。
「あ、美希。お前いま何してる?」
「え、何って…学校から帰ったとこ」
あたしは電話越しにそう話すと、やっと家のドアの鍵を開ける。
春夜くんと話しながら、独り必死に平然を装う。
目の前に広がるのは、一見、いつもと変わらない雰囲気の玄関。
静かな家の中。
「…そっか。じゃあ、今から会えない?」
「えっ」
「美希に話がある。今どうしても話したいんだ」
「!」
春夜くんは突然あたしにそう言うと、真剣な雰囲気であたしの返事を待つ。
春夜くんと…今から会う?
それは……、
あたしがその言葉に静かに戸惑っていると、そんなあたしに春夜くんが言った。
「春斗、ここ一週間学校休んでたろ?そのことで話があんだよ」
「……けど、あたしは…」
「関係ないってか?えらく冷たくなったじゃんか、お前」
春夜くんはあたしの言葉にそう言って、不機嫌そうな声を出す。
……別に、そういうことじゃないんだけど。
いや、でも、間違ってもないけど。
何だか自分でもよくわからないでいるなか、あたしは靴を脱いだ後に廊下を進みながら言った。
「……いや、そういうわけじゃ…。ってか、あたしだって生徒会長だしいろいろ忙しいんだって。放課後も活動があるし」
「…ほんとかよ」
「ほ、本当だって。一応、心配はしてるんだよ。ただ、お見舞いにはなかなか…」
「っつか、そういうこと言ってるんじゃねーし」
春夜くんはあたしの言い訳にそう言うと、まだ少し不機嫌そうにため息を吐く。
その言葉に、あたしもだんだん不安になって…。
……知ってる、のかな。春夜くんは。
あたしが、ハルに告白されたこと。
そう思いながら、あたしはリビングに繋がるドアを開けると───…
「…!?」
「…?…美希…?」
「…っ、」
その瞬間…
目の前の、いつものリビングを目の当たりにして、あたしは思わず絶句した。
もう、これだけで、頭の中が一気に真っ白になる。
信じられなくて、目を見開いて、その場に立ち尽くす。
電話の向こうで、急に会話が途切れたあたしに春夜くんは何度もあたしの名前を呼ぶけど…
手に握っていたスマホは、やがてあたしの手から力なく落下して、鈍い音を立てた。
…信じられない。
何で……?
リビングにあったはずの家具が全て、無くなっている──…。
「…っ!」
その突然の光景に、あたしは慌ててリビングの奥へと進む。
だけどそこには、今朝まではあったはずのソファやテーブル、テレビ、テレビ台、観葉植物、時計、カレンダー…全てが無い。
ただ唯一あるとすれば、高い位置にあるクーラーだけ。
キッチンに行ってみてもそこには何も無く、ただ見慣れた冷蔵庫だけが置いてある…。
……まさか、
あたしはわけのわからない状況に、今度はリビングを後にするとお父さんとお母さんの寝室に走った。
でも、
そこにもやっぱり、家具という家具、全てが無くなっている。
まさか…二人とも、この家から…。
そう考えると、あたしは信じたくなくて今度は無我夢中で自分の部屋へと走った。
嘘だ…
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
だってあたし、こんなの全然聞いてない。
しかし、そう思いながら廊下を渡って、扉を開けると…
この部屋にだけは、あった。
あたしの部屋の、家具たちが。
そして…
「…!」
小さな白いテーブルの上に、見慣れない封筒が置いてあるのが視界の端に映った。
…これは、置手紙…?
あたしはその存在に手を伸ばすと、震える手でその封筒を開ける。
中には、白い便箋と見慣れないゴールドカードが入っていて…
頭の中が真っ白になっているなか、あたしはその手紙をゆっくり読んでみた。
“美希へ
突然いなくなって、ビックリさせてしまってごめんなさい。
私たちはこれからますます仕事が忙しくなり、家に帰れなくなるので、
仕事場のすぐ近くのマンションに引っ越すことにしました。
あなたに直接話す時間が無かったので、こんな結果になってしまいましたが、この家はあなたに譲ります。
お金は、同封してあるカードを好きに使って下さい。
私たちの迷惑になることだけは、しないで下さいね”
「…百合」
…手紙の最後には、小さな字で書いてあるお母さんの名前。
「お母さん」とか「母」って……書かないんだね。
ていうか、そんなことよりも…
あたしは、その手紙を読んだあと、力なくその場にしゃがみ込んだ。
……何で、いつもそうなの。
何でいなくなっちゃうの。
直接話す時間がなかったんなら、いくらでも電話で話してくれたってじゃない。
結局お母さんとお父さんは、あたしがいるのがめんどくさいんだ。
だって…引っ越し先の、住所すら書いてない。
あたしはそう思うと、独り、部屋の真ん中で静かに涙を零した。
…いずれこうなることは、全く予想できなかったわけじゃない。
いつかはいなくなっちゃうんじゃないかっていう、恐怖はあたしのどこかにあった。
でもそれが実際にくると、こんなに寂しいなんて…。
そして、封筒に入っていたカードを何気なく見つめる。
…こんなカード一枚よりも、あたしは…ずっと二人に、傍にいてほしかったのに…。
しかし、そう思っていると…
「…!」
その時、ふいに一階の方からあたしのスマホの着信音が聞こえてきた。
…あ、忘れてた。
春夜くんと電話してる最中だったんだ。
あたしはその音に涙を拭うと、重たい足取りでさっきのリビングに向かう。
完全に家の中で独りになってしまった今、あたしの足音が妙に大きく響いてる気がして…なんとなくそっと歩く。
そこに到着してスマホを拾うと、あたしは画面を確認した。
でも、その着信は何故か…春夜くんではなく、“ハル”。
着信に出ようとしていた指が、ピタリと止まる。
…春夜くん、ハルに何か言ったのかな…。
しばらくあたしが躊躇していたら、やがてその着信は止まった。
また…あたし、ハルに心配かけちゃってんのか。
でも、画面がホームに戻ったその時…
「!」
ふいに、今度はラインの通知が来た。
…渉だ、
ライン交換をしたあの日から、実はあたし達は実際にそれで会話をしていなかった。
だから今のが、初めての渉からのラインなんだけど…
あたしはその思わぬ名前に、すぐにメッセージを見た。
“ごめん!日曜日、ダメになった…。美希、明日は平気?”
渉のそれは絵文字や顔文字は一切無いけれど…その方が渉らしい。
日曜日がダメって少し残念だけど、明日に変更だから別にいいか。
あたしはそう思うと、
“平気だよー”
って、ニッコリ笑顔の顔文字つきでそう返事をした。
…あ、でも、何か繋げなくちゃせっかくの会話が終わっちゃう。
でも…そう思うのに、今は…寂しすぎる今は、何も言葉が浮かばない。
だから、
“寂しい”
そう打ってみては、送らずにすぐに消す。
こんなこといきなり言われたら、渉だって困っちゃうよね。
そしてそうしている間についた、あたしのメッセージの既読マーク。
たぶん、もう、送って来ないだろう。
でも何かまた言葉が欲しくて、考える。
けど…浮かばない。
“逢いたい”
そう打っては、また消して。
“今すぐ逢いたい”
そう打って、相変わらず消そうとしたら…
「…あっ」
次の瞬間…間違えて、送信してしまった。
「わ、バカ!バカバカバカ!」
あたしは自分の失態に独り慌てるけれど、送ってしまったものはもう遅い。
わーん、こんなんじゃ困らせちゃうよー。
そう思っても、送ってしまったメッセージを消すことは出来なくて。
しかも、そのうちについてしまう既読マーク。
ドキドキ ドキドキ
あたしはドキドキしながら渉の返事を待つけれど、その待っている時間が物凄く長く感じてしまう。
だからあたしは返事が来る前に、思い切って文字を打った。
“なんてね!嘘嘘冗談!”
しかし、そう打っていると…
“いいけど、どした?”
「!」
その時、渉からそんなメッセージが来た。
どした?って、少しでも気にかけてくれるのが、今に不似合だけどすっごく嬉しい。
あたしはまた泣きそうなのを堪えると、誤魔化す文章を消して、新たに文字を打った。
送ってしまったものは、悔やんだってしょうがない。
だって、寂しくて逢いたいのは事実だから。
“今、すっごく凹み中…。誰かに慰めてもらいたい気分”
あたしはそう打つと、それを送信する。
しばらくすると、また返事が返ってきて…
“じゃあ今どこにいる?俺でよければ慰めに行くよ”
そのメッセージとともに表示された、猫がダッシュする大きなスタンプ。
“家にいる”
あたしがそう返事をしたら、その文章にすぐに既読マークがついた。
もう、返事は返って来ない。
…………
渉に、今から逢えるんだ…。
そう思って、無駄に広いリビングで待つこと、ほんの数分後。
その間にこれからのことを考えていたら、その時早くも玄関でインターホンが鳴った。
「!」
あっ、
思ったよりも早く鳴ったその音に、あたしは即座に反応して立ち上がる。
渉に逢ったら安心して泣かないようにってそう決めて、今から我慢するけど…逢う前からもう泣きそう。
それでもあたしはパタパタと廊下を急いで渡ると、通学用の靴に足を突っ込んで、すぐに玄関のドアを開けた。
「わっ…」
渉
だけど、そう言いかけて…
………ドアの向こうに立っている人を見た瞬間、あたしは声を詰まらせた。
だって、そこにいたのは渉じゃなくて…
「…ハル。何で…」
ハルだったから。
まさかのハルの登場にあたしが固まっていると、ハルが目を泳がせて言う。
「あ、ご、ごめん突然…。
さっき、春夜が言ってたの聞いてたんだ。春夜が、電話で何回も美希ちゃんのこと呼ぶから、何かあったのかなぁって…」
「…、」
「春夜は、俺が行くって言ってたけど…あまりにも心配だったから、俺が来ちゃった。
…あ、風邪はもう治ってるから!……美希ちゃん、大丈夫…?」
ハルはそう言うと、心配そうにあたしを見遣る。
でも、一方のあたしは…その問いかけに、さっき起きたことがハルに言えなくて。
いつもなら真っ先にハルに言ってるのに、今はなかなか言えない。
だって…
「……別に、あたしは平気だよ」
「え、」
「何言ってんの、ハル。ってか、しばらく話しかけて来ないでって言ったでしょ」
あたしはそう言うと、冷たくハルを突き放す。
……こんなところ、
ハルが来てるところは、渉には見られたくない。
それにまた、脳裏に蘇る。
“俺、美希ちゃんが好き”
ハルから言われた、あの一言が。
でも、あたしがそう言うと、ハルが言った。
「…嘘つき」
「!」
「平気、じゃないでしょ。美希ちゃん、顔がもう泣いてるもん」
「…泣いてな、」
「嘘だ、泣いてる。今にも壊れそうな顔してるもん。俺にはわかるよ、だって幼なじみだし」
ハルはいつになくはっきりそう言うと、あたしに近づいてくる。
“顔が泣いてる”
そう言われて、あたしは図星を感じて咄嗟にハルから顔を背けた。
…ハルに隠し事は出来ない。
しかもあたしがそうしている間にも、ハルが言葉を続けて言った。
「…確かにこの前の日曜日、急にあんなこと言って美希ちゃんを困らせたのは謝るよ。けど俺、こう見えて本気で美希ちゃんのことが好きでっ…」
「一週間丸々、風邪なんて仮病言って学校休んでたくせに?ハルはあたしに会いたくなかったんでしょ」
「それはっ…」
そんなあたしの言葉に、ハルがそう言って言葉を詰まらせる。
寂しさが大きすぎて、本当はハルの言う通り今にも壊れそうなあたしは、言い出したらもう止まらない。
言葉と同時に色んな感情が溢れだして、それを全部ぶつけるようにハルに言った。
「っ…ハルは、いつもそう!あたしのことわかってるフリしてるけど、ほんとは全然わかってない。顔が泣いてるって…別に、何も悲しいことなんて起きてないよ」
「…っ、」
「そんなのでよく好きなんて言えるね!あたしもうハルと幼なじみなんかやめるからっ…」
「美希ちゃっ…」
「あたし、独りじゃないし!急に家族がいなくなったって、ハルがいなくなったって寂しくなんかない!だからっ…」
しかし、あたしがそう言うと…
「…!?」
次の瞬間、そんなあたしの言葉を遮るように…
ハルがあたしの腕を引っ張って、思いきり抱きしめてきた。
「ハル…っ、」
「…、」
そんないきなりの行動にあたしがビックリして固まっていると、ハルがあたしを強く抱きしめながら言う。
「…大丈夫、だよ。美希ちゃん」
「…」
「俺、美希ちゃんに何をされようが何を言われようが、離れて行かないから大丈夫。
俺は美希ちゃんを独りにしたりしないよ」
そう言って、まるで小さな子どもをあやすように、あたしの頭をぽんぽんと撫でる。
そんなハルの言葉と優しい手に、あたしの目からは涙が溢れていって…
「…っ」
気がつけば、また…やってしまった。
……昔から、こういうところはあたしの悪い癖だったんだ。
何か悲しいこととか嫌なことがあると、すぐにハルにぶつけちゃうとこ。
でもハルは、それを全部理解していて…。
いつも、嫌な顔一つしないで受けとめてくれる。
…………でも、それが、
「………美希…?」
「…!!」
一瞬で…恋の悲劇を、招いてしまった。
ふいに聞こえてきたその声に顔を上げると、玄関の外にいつのまにか立っているのは“渉”の姿。
走って来てくれたのか、息をきらしながらこっちを見ている渉がいて…。
その声にハルもあたしから体を少し離して振り向くと…ビックリしたように、目を見開いた。
「も…持田くん…?何で…」
そう呟くと、いきなりの展開にその場に立ち尽くして…。
マズイ
マズイマズイマズイ
……何て、言おう。
渉に、今のこの状況を何て言えば…。
一方、あたしが頭をフル回転させて考えていたら、その時ようやく渉が口を開いてあたしに言った。
「……あ、ごめん。俺、邪魔、だった…?」
「!」
「そっ、か…美希は、大野くんも、いるんだし…ね」
渉は途切れ途切れの言葉でそう言うと、ひきつった笑顔を向ける。
いや、違うよ。待って。
何で?逢いたいって言ったのはあたしなのに。
「いや、待っ…」
でも、あたしが引き留めようとしても、渉は一歩一歩後ずさって…
「っ…ごめん、」
「!」
謝らなきゃいけないのはあたしの方なのに、そう言ってその場を後にしてしまった。
「っ…渉!」
だけどあたしはその背中を見て、黙って見送ることは出来ない。
傍にいるハルの存在に構わずに、
「あ、美希ちゃんっ…!」
あたしを呼ぶその声も無視して、すぐに渉を追いかけた。
渉に、誤解だけはしてほしくない。
だって、あたしが渉に逢いたかったのは事実だし。
…あたし、何やってるんだろう。
そう思いながら追いかけると…しばらくして、ようやく渉に追い付いた。
「まっ…待って!」
「!」
そう言ってパシッ、と渉の腕を掴むと、渉がようやくその場に立ち止まる。
…でも、振り向かない。
「あのっ…違うんだよ。ハルは、別にあたしが呼んだわけじゃなくて、あたしを心配して来てくれてただけなの」
「…」
「抱きし…めてくれてたのは、あたしが寂しすぎて壊れちゃってたから。だから…」
邪魔なんて、思ってないよ。
戻ってきてよ。
しかし、そう言いかけたら…
「…美希、俺…」
「?」
ふいにその時、渉があたしの方を振り向いた。
そして別に何かを言いたげにしていたけれど、やがてあたしから目を逸らすと、
「……別に、何も気にしてないから」
「!」
そう言って、気のせいか半ば無理矢理に微笑んで見せる。
「っ、でも…!」
ほんとかな?
そう言われたって、あたしの中の心配や不安は消えないし。
ちゃんと誤解だってときたい。
あたしはそう思うと、渉に言った。
「誤解、しないでね」
「?」
「あたしは、ハルに慰めてほしかったんじゃなくて、渉に慰めてほしかったんだから」
あたしは勇気を振り絞ってそう言うと、熱くなる顔を真っ直ぐに渉に向ける。
そのあたしの言葉に、渉が少しビックリしたような顔をする。
けど…
「…、」
渉はその後表情を曇らせて、あたしに言った。
「……なんで、」
「?」
「何で美希は、そういうことを俺に言うの?」
…え、
渉があたしにそう言った瞬間、あたしは一瞬頭の中が真っ白になる。
…“なんで”?
……だってそれは…。
だけどあたしが言う前に、渉が言った。
「そういうのは、そんな軽々しく言わない方がいいよ」
「?」
「今のは相手が俺だからいいけど、普通は勘違いするから。“俺のこと好きなのか”って」
「!」
だから、いくら友達でもそういうのは言わない方がいい。
渉はそう言うと、あたしに気まずそうな笑みを浮かべた。
「…っ、」
その言葉に、あたしは何も言えなくなる。
勘違い?
いや、そうじゃなくて。
だって本当に、渉に慰めてほしかったんだもん。
でもこれ以上言えないのが、すっごくもどかしい。
そして…
あたしがそうやってうかうかしていると、渉があたしに顔を背けて言う。
「…じゃあ、今日は帰るよ」
「!」
「また明日ね」
渉はあたしにそう言うと、背中を向けて本当に離れて行ってしまった。
「…あっ」
そんな渉の背中に、あたしはまた思わず引き留めようとしてしまう。
…本当に勘違いさせたままでいいのかな?
いや、だって、この前も学校で“好きじゃない”って言ったばっかだし。
でもそれ、いつまで続けるの?
本当に今のままでいいの?
…あ、でも、渉は汐里さんのことが…。
「…~っ」
…そう考えているうちに、渉の背中がどんどん小さくなっていく。
けど…これから言うチャンスは、いくらでもある…か。
あたしはそう思いながら渉の背中を見つめて、深くため息を吐いた。
それより…
あたしはこれから、あの大きな家でどうやって独りで過ごせばいいんだろう…。
0
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