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第一章
11 引越し
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「翔くん準備できたー?」
ぴったり8時に美颯が部屋に入ってきた。
「はい」
「僕が月光くん運ぶから翔くんは荷物持ってくれる?」
軽々と月光をお姫様抱っこした美颯が言う。それを違和感なくする美颯は、男の翔でさえかっこいいと思ってしまう。
美颯は偏差値の高い大学に通っていて、その上モデルのような体型で容姿も整っている。
だが美颯の彼女には一度も会ったことがない。合わせないようにしているのか、いないのか気になる。…今度聞いてみよう。
と、くだらないことを考えながら、分かりましたと美颯に返事をして大きな鞄を二つ、肩にかけた。
翔は後部座席に座って月光に膝枕をした。
「美颯さんの荷物は持っていかないんですか?」
「もうトラックで運んであるよ。ところで静奈には言ってある?」
アクセルを踏んで美颯が言う。
「いえ、言おうとしたんですけど言えませんでした」
今朝もかけたが、寝ているのか電話に出てくれなかった。
「あー、まだ寝てるのかもね。今日は休みって言ってたから」
「はい。……あの、美颯さん。引越すのって何か手続きとかしないと駄目なんですよね?」
「うん。僕がしとくから翔くんは気にしなくていいよ。あ、月光くんのバイト先の電話番号分かる?」
「……2箇所しか知りません。錬さんなら他も知ってると思うんですけど……」
「分かる場所だけでいいから辞めるって伝えてくれる?」
「今ですか?」
「うん、今」
美颯に言われるまま、月光のバイト先に電話をかけて辞めることを伝えた。
「かけました」
「ありがとう。……翔くん、今日から一緒に住むんだからさ、敬語やめてくれない?落ち着かないし。名前も、さん付けやめてよ」
翔の顔を見ずに美颯が言う。
「……さん付けやめてって、じゃあなんて呼べばいいんですか?……美颯くん……?」
「呼び捨てでいいよ。あと、敬語はなしね」
「……分かった。じゃあ俺のことも呼び捨てにして」
二年間も敬語を使っていた相手に今更タメ口なんて違和感があるが、美颯がそうしてほしいならと頼まれた通りにした。
「うん!じゃあ、改めてよろしくね」
嬉しそうに微笑んだ美颯と鏡越しに目が合う。
「…ああ、よろしく」
翔も微笑んでそう返した。
「着いたよー」
いろいろと話をしている内に、今日から住むことになる家に着いたようだ。
そこはマンションだった。美颯が月光を再びお姫様抱っこで持ち上げて、翔は荷物を持って駐車場を離れる。
エレベーターに乗った美颯は、最上階のボタンを押した。そして、美颯はエレベーターからいちばん近いドアの鍵を開けて中に入ったので翔もそれに続く。
「ここが今日から家だよ!僕は大学が近くなったんだけど、翔は中学校からちょっと離れちゃったね」
「問題ない。運動がてら走って行く」
「いいよ、そんなことしなくて。僕が送るから」
「…ありがとう。…美颯、本当にいいのか…?邪魔だと思ったらいつでも言ってくれ」
もし邪魔なら、今度は月光だけに任せず自分も年齢を誤魔化して働くことにしよう。
覚悟を決めて言ったのだが、美颯は心底楽しそうに笑った。
「気を使うのって疲れるでしょ?普通にしてていいから。僕は二人と兄弟みたいになりたいなぁ」
「……わかった」
美颯は本当に優しい人だ。翔も月光も、この人と知り合えて良かった。
ありがとう、と礼を言ってから、翔は美颯に案内されて今日から自分の部屋になる場所に行った。
「ここが翔の部屋で、隣が月光くんの部屋ね」
美颯が月光を置くために月光の部屋に入っていったので一旦翔もそちらの部屋に入った。
まだシングルベッドだけが置かれたシンプルな部屋だった。
「僕は月光くんの荷物片付けてくるから翔は自分の片付けて」
「わかった」
月光の分の荷物を置いて隣の部屋に入ると、やはりその部屋もシンプルだったが、翔の部屋はベッドだけでなく勉強机も置かれている。
荷物をおろし、鞄の中身を勉強机の上に並べていった。
片付け終わり月光の部屋を覗くと、美颯も終わっていたようで、月光を眺めているだけだった。
「美颯、終わった」
「僕も終わったよ。翔、朝食は食べた?まだなら作るけど」
「もう食べた」
会話をしながら眠ったままの月光をおいて二人で部屋から出ると、着信音が遠くから聞こえてきた。
「……美颯の?」
「違うよ。……月光くんのじゃない?」
それを聞いて、もう一度月光の部屋に入る。
枕元に置かれたスマホが鳴っていて、ピカピカと点滅していた。画面には赤城錬と表示されている。
翔の知っている人だ。月光は寝ているので、代わりに出ることにした。
「もしもし――」
『翔か?!今すぐその家出ろ!』
「え?あの、……」
──何だ?突然……
「錬さん、俺も月光も今あのアパートにはいませんよ?」
『分かってる!そのマンションから出ろって言ってんだよ!近くに美颯はいるのか?!』
「いますけど……?」
『そいつは危険だから今すぐ逃げろ!』
「……え?」
意味が分からない。何なんだ、一体……
そもそもなぜマンションにいると知っている…?
「翔、ちょっと貸して」
横から美颯の手が伸びてきてスマホを奪われる。
「もしもし。錬、酷くない?何言ってんの?」
スマホを持ったまま、美颯はリビングへ行ってしまった。
──美颯が危険ってどういうことだ……?
もし本当にそうなら急いで逃げなければならない。昔、柔道や剣道をしていたから多少は強いはずだが、月光を背負って美颯から逃げるなんてできるだろうか……
困惑してうまく働かない頭を回転させながら美颯が戻ってくるのを待っていると、数分で戻ってきた。何故かスマホを持っていない。
「ごめんね、翔。錬のイタズラだから気にしないで。あいつ、昔からイタズラ好きで…」
──ん?
ほんと困る!と嘆く美颯に違和感を感じる。
「……どうかした?」
「……昔からって……美颯、錬さんと知り合いだったのか?」
「うん、兄弟だよ」
「……え、初めて聞きました」
いつも通り冷静を装っているが、頭ではまだ理解できていない。
「あれ?言ってなかった?」
「……はい」
二人が会話をしているところなんてあまり見たことがない。全くではないが、会話を思い出してみても兄弟とは思えなかった。
仲が悪いのだろうか…
もしそうなら、兄弟喧嘩なんて数える程しかした事がない翔には理解できそうにない。
「そうだった?ごめんね、言ってなくて。多分毎日来るから仲良くしてやって」
わかった、と返事をしながら錬を思い浮かべてみる。美颯と錬が兄弟だなんて冗談にしか思えない。似ている部分がほとんどないのだ。
「翔、りんごジュースと紅茶どっちがいい?」
「…紅茶」
……まあ似てない兄弟なんて幾らでもいるし気にすることないか。
翔達姉弟も似てないのだから他人のことは言えない。そう考えながら、再び月光の部屋から2人で出た。
ぴったり8時に美颯が部屋に入ってきた。
「はい」
「僕が月光くん運ぶから翔くんは荷物持ってくれる?」
軽々と月光をお姫様抱っこした美颯が言う。それを違和感なくする美颯は、男の翔でさえかっこいいと思ってしまう。
美颯は偏差値の高い大学に通っていて、その上モデルのような体型で容姿も整っている。
だが美颯の彼女には一度も会ったことがない。合わせないようにしているのか、いないのか気になる。…今度聞いてみよう。
と、くだらないことを考えながら、分かりましたと美颯に返事をして大きな鞄を二つ、肩にかけた。
翔は後部座席に座って月光に膝枕をした。
「美颯さんの荷物は持っていかないんですか?」
「もうトラックで運んであるよ。ところで静奈には言ってある?」
アクセルを踏んで美颯が言う。
「いえ、言おうとしたんですけど言えませんでした」
今朝もかけたが、寝ているのか電話に出てくれなかった。
「あー、まだ寝てるのかもね。今日は休みって言ってたから」
「はい。……あの、美颯さん。引越すのって何か手続きとかしないと駄目なんですよね?」
「うん。僕がしとくから翔くんは気にしなくていいよ。あ、月光くんのバイト先の電話番号分かる?」
「……2箇所しか知りません。錬さんなら他も知ってると思うんですけど……」
「分かる場所だけでいいから辞めるって伝えてくれる?」
「今ですか?」
「うん、今」
美颯に言われるまま、月光のバイト先に電話をかけて辞めることを伝えた。
「かけました」
「ありがとう。……翔くん、今日から一緒に住むんだからさ、敬語やめてくれない?落ち着かないし。名前も、さん付けやめてよ」
翔の顔を見ずに美颯が言う。
「……さん付けやめてって、じゃあなんて呼べばいいんですか?……美颯くん……?」
「呼び捨てでいいよ。あと、敬語はなしね」
「……分かった。じゃあ俺のことも呼び捨てにして」
二年間も敬語を使っていた相手に今更タメ口なんて違和感があるが、美颯がそうしてほしいならと頼まれた通りにした。
「うん!じゃあ、改めてよろしくね」
嬉しそうに微笑んだ美颯と鏡越しに目が合う。
「…ああ、よろしく」
翔も微笑んでそう返した。
「着いたよー」
いろいろと話をしている内に、今日から住むことになる家に着いたようだ。
そこはマンションだった。美颯が月光を再びお姫様抱っこで持ち上げて、翔は荷物を持って駐車場を離れる。
エレベーターに乗った美颯は、最上階のボタンを押した。そして、美颯はエレベーターからいちばん近いドアの鍵を開けて中に入ったので翔もそれに続く。
「ここが今日から家だよ!僕は大学が近くなったんだけど、翔は中学校からちょっと離れちゃったね」
「問題ない。運動がてら走って行く」
「いいよ、そんなことしなくて。僕が送るから」
「…ありがとう。…美颯、本当にいいのか…?邪魔だと思ったらいつでも言ってくれ」
もし邪魔なら、今度は月光だけに任せず自分も年齢を誤魔化して働くことにしよう。
覚悟を決めて言ったのだが、美颯は心底楽しそうに笑った。
「気を使うのって疲れるでしょ?普通にしてていいから。僕は二人と兄弟みたいになりたいなぁ」
「……わかった」
美颯は本当に優しい人だ。翔も月光も、この人と知り合えて良かった。
ありがとう、と礼を言ってから、翔は美颯に案内されて今日から自分の部屋になる場所に行った。
「ここが翔の部屋で、隣が月光くんの部屋ね」
美颯が月光を置くために月光の部屋に入っていったので一旦翔もそちらの部屋に入った。
まだシングルベッドだけが置かれたシンプルな部屋だった。
「僕は月光くんの荷物片付けてくるから翔は自分の片付けて」
「わかった」
月光の分の荷物を置いて隣の部屋に入ると、やはりその部屋もシンプルだったが、翔の部屋はベッドだけでなく勉強机も置かれている。
荷物をおろし、鞄の中身を勉強机の上に並べていった。
片付け終わり月光の部屋を覗くと、美颯も終わっていたようで、月光を眺めているだけだった。
「美颯、終わった」
「僕も終わったよ。翔、朝食は食べた?まだなら作るけど」
「もう食べた」
会話をしながら眠ったままの月光をおいて二人で部屋から出ると、着信音が遠くから聞こえてきた。
「……美颯の?」
「違うよ。……月光くんのじゃない?」
それを聞いて、もう一度月光の部屋に入る。
枕元に置かれたスマホが鳴っていて、ピカピカと点滅していた。画面には赤城錬と表示されている。
翔の知っている人だ。月光は寝ているので、代わりに出ることにした。
「もしもし――」
『翔か?!今すぐその家出ろ!』
「え?あの、……」
──何だ?突然……
「錬さん、俺も月光も今あのアパートにはいませんよ?」
『分かってる!そのマンションから出ろって言ってんだよ!近くに美颯はいるのか?!』
「いますけど……?」
『そいつは危険だから今すぐ逃げろ!』
「……え?」
意味が分からない。何なんだ、一体……
そもそもなぜマンションにいると知っている…?
「翔、ちょっと貸して」
横から美颯の手が伸びてきてスマホを奪われる。
「もしもし。錬、酷くない?何言ってんの?」
スマホを持ったまま、美颯はリビングへ行ってしまった。
──美颯が危険ってどういうことだ……?
もし本当にそうなら急いで逃げなければならない。昔、柔道や剣道をしていたから多少は強いはずだが、月光を背負って美颯から逃げるなんてできるだろうか……
困惑してうまく働かない頭を回転させながら美颯が戻ってくるのを待っていると、数分で戻ってきた。何故かスマホを持っていない。
「ごめんね、翔。錬のイタズラだから気にしないで。あいつ、昔からイタズラ好きで…」
──ん?
ほんと困る!と嘆く美颯に違和感を感じる。
「……どうかした?」
「……昔からって……美颯、錬さんと知り合いだったのか?」
「うん、兄弟だよ」
「……え、初めて聞きました」
いつも通り冷静を装っているが、頭ではまだ理解できていない。
「あれ?言ってなかった?」
「……はい」
二人が会話をしているところなんてあまり見たことがない。全くではないが、会話を思い出してみても兄弟とは思えなかった。
仲が悪いのだろうか…
もしそうなら、兄弟喧嘩なんて数える程しかした事がない翔には理解できそうにない。
「そうだった?ごめんね、言ってなくて。多分毎日来るから仲良くしてやって」
わかった、と返事をしながら錬を思い浮かべてみる。美颯と錬が兄弟だなんて冗談にしか思えない。似ている部分がほとんどないのだ。
「翔、りんごジュースと紅茶どっちがいい?」
「…紅茶」
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翔達姉弟も似てないのだから他人のことは言えない。そう考えながら、再び月光の部屋から2人で出た。
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