人形として

White Rose

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第一章

18 夜

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  外が暗い。まだ、朝になっていないようだ。
  もう一度寝ようと目を瞑るが、先程の夢が頭にちらついて眠れない。汗でパジャマが濡れていて気持ち悪い。

  独りでいるのがこわい。

  今が何時なのか気になって、豆球で照らされた薄暗い部屋を見回すが、時計は見当たらなかった。スマホは…ここに来てから一度も見ていないことに気づいた。


──翔の部屋、どこ……?

 
  翔のところに行きたいが、部屋がどこか分からない。
  取り敢えず、廊下へ出ることにした。

  左隣のドアの下から明かりが漏れている。
  翔がまだ勉強しているのだろうかと思い、ドアノブに手をかけたが、奥の部屋も明かりがついていることに気づいた。美颯も翔も起きているようだ。
  どちらが翔の部屋か分からいないが、呼べば出てきてくれるだろう。そう思って、2つの部屋の丁度真ん中に立つ。

「……翔……翔……しょ――」

  最初に開けようとしていた部屋から翔が出てきた。

「何度も呼ばなくていい。聞こえてるから。……何だ?取り敢えず入れ」

  もう一つの、明かりがついている部屋に目を向けてから翔が言った。美颯の邪魔になる、と伝えたいのだろう。月光は頷いて中に入り、ベッドに座る。

  翔の部屋は月光の部屋より家具が多かった。月光の部屋はリビングにあるテーブルの半分ほどの大きさのテーブルと小さな箪笥とベッドがあるだけだが、翔の部屋には月光の部屋にあるものに加え、勉強机と翔の身長より大きな棚があった。

  驚いたことに、翔もクマのぬいぐるみを持っていた。色は真反対だが、これも可愛い。月光のぬいぐるみと同じで、枕の横に置いてある。
  月光はそのぬいぐるみを抱えてベッドに横になった。

「……こわい夢でも見たか?明日の準備終わったらもう寝るから待っててくれ」

  勉強机の前にある椅子に座った翔が、ノートやボールペンを片付けながら眠そうに言った。
  月光は黙ったまま頷いた。

──昔は可愛かったのに……。

  かばんから教科書を出したり仕舞ったりしている翔を見て、ぼんやりと先程の悪夢を思い出す。
  あの時はぼくが守っていたが、もし今誘拐されてもきっと翔が守ってくれる。翔の近くにいれば怖いことなんてない…、と弟を頼っていることを申し訳なく思うが、翔はおそらく守らせてくれない。
  それは、もう頼りにされていないということだが、仕方がない。何においても翔にまさっていることがないのだから翔だって自分より頼りない月光のことなんて兄と認識するのすら嫌なはずだ。

  悪いほうに落ちていく思考を遮断しようと、月光は頭を左右に何度か振って、何も考えないようにしながら翔を待つことにした。







  予想していた通り、月光は一人で寝れなかったようだ。
  月光が来年から一人暮らしを始めようなどと馬鹿なことを考えていることは美颯を通して知っていたので、来てくれて安心した。
  この様子だと、一人では到底暮らせない。
  時間割りを合わせてベッドを覗くと、月光はぬいぐるみを抱えたまま何度も瞬きをして眠気と闘っていた。

「トイレ行ってくる」

そう告げて部屋から出ると月光も付いてきた。

「……月兄?先に寝ていいぞ」
「ぼくも行く」

  翔が入ったあとに月光がトイレに入り、翔はその間に月光の部屋の電気を消そうと、月光の部屋の外側の壁にあるボタン押した。
  翔の部屋は内側に電気のボタンが付いているが、月光の部屋はなぜか廊下側に付いている。何故だろうと考えたかったが、すぐにカチャっと音が聞こえて月光が出てきたので、考えるのはやめて二人で部屋に戻った。

「……くま……」

  せっかく布団をかけてやったのに、月光はがばっと起き上がった。

「くま?」
「これの白いほう。持ってくるの忘れてた……ついてきて」
「これでいいだろ。取りに行くなら一人で行ってくれ」

  スマホを見ると、既に2時をまわっていた。明日は学校があるので早く寝たい。黒いクマを渡すと不思議そうに首を傾げた。

「翔、持って寝ないの?」
「……ああ」

  可愛い、可愛い、可愛い。
  こんなに可愛いのだ。ストーカーに遭うのも頷けるし、誘拐される危険性も拭いきれない。

──月兄にはずっと安全な場所にいてもらいたい。


「……じゃあ借りる」

  こちらを向いてぬいぐるみを抱えながら横になった月光を翔は抱きしめた。
  汗で濡れていることに気づいて、着替えるか尋ねたが、眠いと断られたのでそのまま寝ることにした。

「……翔」
「ん?」
「明日、翔が起きるときに起こして。……おやすみ」

「ああ、おやすみ」

  昔からしているように、翔は月光の上に手を置いて子どもにするようにゆっくり手首を動かしてトントンと手を当てやると、数分で月光から寝息が聞こえてきた。







  朝になり、アラーム音が部屋に響き渡る。今は5時だ。住まわせてもらうのだから、朝食くらいは作りたい。
  アラームを止めて隣を見ると、月光はまだ寝ていた。
  気持ち良さそうに寝ている月光はまだ寝かせておくことにして、翔は服を着替えてからキッチンに向かった。


「お、おはよう。翔くん起きるの早いな」

  既にキッチンには錬がいて、魚を焼いていた。

「おはようございます。錬さんこそ、早いですね」

  何かすることありますか?と尋ねて錬の隣に立つ。

「手伝ってくれんの?じゃあ味噌汁お願い」

  ありがとう、と錬が嬉しそうに言った。
  翔は冷蔵庫から出してあった豆腐と揚とワカメで味噌汁を作り、錬はその間に卵焼きを作る。


  全て完成し、リビングのテーブルに4人分並べ終えて時計を見ると、まだ6時20分。


「翔くんは俺にだけ敬語なんだな。俺、普通にタメ口で話してほしいんだけど」

  何をしようかと考えていると、錬が不安気にこちらを見ながら尋ねてきた。

「嫌じゃないですよ。俺も、敬語は少し距離を感じるのでできれば普通に話したいです」
「じゃあ敬語はナシな!」
「はい、……じゃなくて分かった」

  言い直すと錬が満足そうに笑った。



「美颯はそろそろ起きてくるけど月光は?」

  尋ねながら錬は3人がけのソファに座り、翔も直角に並べられた同じく3人がけのソファに座った。

「決めてない。適当に起こす」
「そっか。……翔くんは学校行くんだっけ?」
「え?もちろん行くが……錬さんは?月兄は全日制に通いたいって美颯に言ってたらしい」

  昨晩、美颯が月光を寝かせた後に教えてもらった。
  今まで月光と錬は偶然が重なって同じ学校だったようだが、今回もだろうか。希望としてはそうなってほしい。月光には翔が信用している人とずっと一緒にいてもらいたい。

「あー……美颯と相談する」
「はい。あ、錬さ――」
「おはよー、あ、翔も起きてるんだ。月光はまだ?」

  今まで月光と同じバイトをしてたのは美颯に頼まれていたのか、尋ねたかったのだが、起きてきた美颯に遮られた。私服に着替えている美颯は、手に何か書かれた用紙を持っている。

「おはよう。月兄起こしてくる」

  時計を見ると6時30分を過ぎていた。
  何も予定のない月光をこんな時間に起こす必要はないが、起こさずにご飯を食べていれば月光が後で騒ぎそうなので起こしておこうと、月光の寝ている部屋に向かった。
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