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13.水鏡編
63スワンプマンの実証実験 ⑤
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***
つかさが捉えた人影もまた、三階建てのアパートの屋上で、つかさの姿を見つめていた。
ただし、彼女――うとめも、自分の視力では相手の具体的な容姿をはっきりと見て取ることはできていない。
あの人影が風羽谷つかさであることも、倒れた人物が時尼霞冴であることも全て、目に入る光を屈折させて望遠していた彼が、隣で口にしていなければわからなかっただろう。
挨拶の一つもできない距離にいることを、うとめは少し残念に思いながら、無言で踵を返して歩き出す彼を呼び止めた。
「宮希、どこ行くの」
「……」
「宮希」
「……くそッ!」
ダンッ! と床を激しく踏みつける音。彼らしくもない、苛立ちにまみれた悪態。二つが、荒々しい二重奏を奏でる。
「落ち着きなさい」
「落ち着けるか!」
乱暴に振り返った宮希は、牙をむいて怒鳴り散らした。
「オレに限って! しかもよりによってあの局面で外すなんて……ッ!」
「外してないでしょう。相手の防御反応が速かっただけよ」
「いいや、外した! 当たらなかったら同じことだ! 霞冴に血を流させたあの偽者を、一発で仕留めるつもりだったのに!」
「百歩譲って射術の精彩を欠いたせいだとしても、仕方ないでしょう、その腕じゃ」
弓を引けば百発百中を豪語し、有言実行して見せる宮希の利き腕に目をやる。
その左腕には、カーディガンの上からうとめのハンカチが当てられ、そのさらに上から宮希のハンカチを結んであって。
それら全てが、血潮で真っ赤に染まっていた。
噴水公園に続く道の木立で、雷奈が木の下に見たものと同じ色だった。
***
うとめと宮希があの場に居合わせるに至った経緯はこうだ。
「飛壇緑花公園に行ってくる」
陽の色が暖色に変わり始める頃。うとめの仕事部屋を訪ね、出迎えた彼女と沓摺を挟んで向かい合った宮希は、無造作にそう言った。
うとめは二度ほどまばたきをする間があってから、「ああ」と声を漏らした。
「噴水公園のことね。って、どうして急に。噴水で水浴び?」
「仕事ほっぽり出してする馬鹿がいるか。情報収集だ。ちゃんと上からも許可が下りている」
宮希は自分のスマホを突き出した。画面には確かに、出張申請が認められた旨が記載されている。
「噴水公園に何があるっていうのよ」
「事情聴取の結果から、鏡像は鏡から出てくること、そして鏡像のオリジナルである本物はここ数日、現れては消える鏡を見ていることがわかった。ここまでは話したな。そして、その一連の不可解な現象が起こり始めたのは五日前だということも」
「ええ、あのすごい雨の次の日でしょ」
「ああ。飛壇だけが豪雨に見舞われた次の日、な」
やけに強調した言い方に、うとめは引っかかりを覚え、あえてそれに言及した。
「……確かゲリラ豪雨だったわよね。いつもなら他の地域の雲の様子と風向きで、ある程度の予測ができるところ、飛壇上空で雨雲が発生しちゃったから、全く想定外の大雨になっちゃったっていう」
「ああ。不自然といえば不自然だっただろう」
可能性としてはないわけではないので、うとめはあまり気にしていなかった。むしろ、宮希が今、あの豪雨について触れる理由のほうが解せない。
眉をひそめる姉に構うことなく、宮希は続ける。
「そしてもう一つ、水つながりで被害者から気になる発言が出ている」
「水?」
「数名から得られた情報によると、鏡像に鎌鼬など鋭利な術で反撃したところ、ヤツらは傷口から血の代わりに水を流したという」
「えっ……何それ」
体から流れ出る赤い液体は、見ていて気持ちのいいものではないが、それが透明である様子を想像してみると、それはそれでぞっとする。
「もし鏡像の本質が水であるとすると、不自然な雨との関連が否めなくなってくる。そしてもし、これが現象ではなく故意に引き起こされた行為だったとしたら……」
通常の猫が使う水術に、そんな術はない。だとすれば――。
言うまでもないその先に続く犯人像は、うとめの心胆を寒からしめるものだった。
「そんな、まさか……だって、チエアリを生み出していた三日月ガオンは倒したはず」
「倒せたかどうかは賛否両論だ。死体を確認していないんだろう。それに、そもそもチエアリは自然発生もするものだ。……花雛さん達が開発しようとした双在呪符とやらが、水や雨に関係するかはわからない。関係を否定しようにも、研究ノートは処分されているし、尋ねたところで、容疑者の口から語られる内容を真としてよいかは判断に窮する。だが、もしチエアリの仕業だったとしたら、それが証明できたら……事態の収束はともかく、二人の無実は主張できる」
調査室の頭脳は、さらに論理を重ねる。
「あの雨の正体を探るには、雨水が残っているところへ向かう必要がある。例えば公園の池だ。川ならともかく、池の水はそう簡単には全て入れ替わらない。水質を分析にかけ、異質性がないか調べる。猫力学者の見立てが必要になるかもしれないが、その異質性が呪符という人工物によるものか、源子の操作によるものか判別できれば重畳だ」
噴水公園へは、そのためだけに行くのではない。水を汲んでくるだけなら、部下に任せればいい。
鏡像が現れた現場には、きっと他にも手掛かりがある。そう確信しているからこそ、室長自ら動くのだ。
調査室に、宮希に勝る慧眼の持ち主はいない。常人なら見落としてしまいそうな些細な違和感も見逃さず、たぐってたぐって真実を手にしてしまう。彼は、それができる人物だ。
「というわけで、終業時刻までオレは留守にする。暗くなる前には切り上げるよ。その間、調査室を頼むぞ、室長補佐」
言って、宮希は用は済ませたとばかりに踵を返した。
が、うとめとしては彼をこのまま行かせるわけにはいかない。
「待って。私も行くわ」
「水浴びか?」
「馬鹿って言いたいの?」
意趣返しに余念がない弟に眉をひくつかせながら、うとめは正論を突き込む。
「そうじゃなくて。もし鏡像が出てきたら、太刀打ちできるの? それこそチエアリが現れたら、あんた確実に殺されるでしょ」
これには宮希も閉口した。彼にすれば悔しいことに、その通りなのである。
だが、それはそれで手間が省けるかもしれない。
「チエアリがいたら、言質を取るまでだな」
「遭遇しないことを祈りなさいよ、命知らずね」
***
こうして、うとめも外出許可を取り、部下には割り当てた仕事が完了次第退勤するよう命じて、二人で公園を調査――するはずだった。
何の因果か、公園に入りかけたところで、二人は木陰に隠れて、遠方で人間達と対峙するチエアリの後ろ姿を目の当たりにするハメになった。
うとめの左肩で、主体の宮希が顔をしかめる。
「何で本当にチエアリがいるんだよ」
「知らないわよ、あんたが呼んだんじゃないの」
「呼ぶか」
軽口を叩いているように見えて、二人の背中には緊張が貼り付いていた。先の侵攻の真っただ中にいた彼らなら当然だ。
「まあいい……好機逸すべからずだ」
宮希は左手を掲げて、源子化していたスマホを再構成すると、すばやくカメラアプリを起動させた。人間界の技術を取り入れながらフィライン・エデンでの独自のアップデートも加えられたそれは、ぐっとズームアップしても鮮明にチエアリの姿を画面に映し出した。
「うとめ、収音」
「待って、先に希兵隊に……」
「証拠録音の邪魔になる。後にしろ」
宮希は録画ボタンを押しながら、必要最低限の言葉で却下を下した。人間と関わったことのない宮希からすれば、仕事を、それも事態を好転へ巻き返す強力な武器を得る一手を優先したに過ぎないのだが、うとめからすれば、一度とはいえ話したことのある雷奈たちがチエアリの毒牙にかかるところなど見たくはない。
だが、チエアリの出現を訴えることができれば、情勢は対チエアリ体制をとることになり、結果的により多くの犠牲を減らせる。雷奈たちが犠牲になっていいわけでは決してないが、この機を逃すわけにはいかないのも事実だ。
じれったさを覚えずにはいられないながらも、うとめは彼に従い、黙って右手で風を操った。
風とは、すなわち空気の流れ。よって、空気の振動である音も、ある程度は風猫の領域だ。
あまり距離が離れていると難しいが、視認できる距離にいるチエアリの声は、静かにしていれば何とか聞こえる程度には持ってくることができた。
――この能力は、私が生み出した水を介してしか使えません。私が生み出した水で作られた水たまり、あるいは私の水が多く混ざった池。そういったものの水面に……水鏡に映ること。それが、偽者を生じる条件です。
――だから、一気にまくことにしました。
――降り注いだ雨が作り出した水たまり、あるいは雨が降り注いだ池やプール……その水鏡に映った者が私の実験対象。
うとめと宮希はすぐそばで視線を交わしあった。揺るぎようのない、決定的な証拠だ。
木雪とユメは無関係だった。チエアリが、今回の事件の首謀者だ。
棚からぼたもちどころかクリーム大福が落ちてきたような収穫だった。十分すぎる戦利品を収容したスマホを再び源子化すると、宮希は猫の額でうとめの頬に小さく頭突きする。
「じゃ、通報よろしく」
「スマホ使ってたんだから、あんたがしなさいよ、ったく……」
言いながらも、早急に……とポケットに手を伸ばしかけた、その時だった。
チエアリが、突然駆けだした。
それも、うとめたちが身をひそめている木立の前に横たわる道を、こちらへむかって。
うとめは泡を食って身を引いた。後ろからやられないよう、すぐには背を向けず、まずは距離を取ってから逃走姿勢に移るべきだ。
だが、数歩だけ離れたところで、右から左へ横切るように走ってきたチエアリが、目の前を通り過ぎようとした。駆け抜けていく直前、チエアリは初めから二人の存在に気づいていたかのように視線をよこすと――鋭利な水の刃を無造作に飛ばしてきた。
「ッ!」
うとめは必死で身をかわした。だが、肩口で息を詰める気配と同時に嫌な音が聞こえ、一瞬の勝負の敗北を悟った。
チエアリはほとんど立ち止まることなく、そのまま走り去っていったが、ここに長居しているわけにはいかない。うとめは肩に乗っていた宮希を抱きかかえると、すばやく言霊を唱えて背中に真っ白な翼を生み出し、空気を切り裂いて急上昇した。
短い時間滑空したのち、近くの三階建てアパートの屋上へ着地する。座り込んで、腕の中の宮希を膝元に下ろすと、彼はぐったりと腹ばいで横たわった。その左腕は血に染まり、うとめの手も同じ色で濡れていた。
少しでも反応が遅れていれば、彼は首から上を失っていただろう。だが、逆に少しでも反応が早ければ、無傷でやり過ごせたのも確かだ。うとめの胸の奥で、心臓ではないものがズキズキとうずいた。
「ハンカチある? 私のだけじゃ足りない」
宮希は小さくうなずくと、双体に変化した。ハンカチは源子化せず、カーディガンのポケットにしまっていたらしい。
希兵隊時代に慣れた方法で止血していると、宮希が自由な右手でスマホを再構成した。不器用な手つきで操作し、先程撮った映像をドライブにアップロードする。ついでに、局長代理で電話に出たイヅナに事の次第を手短に報告。上が映像を迅速に希兵隊に共有すれば、それすなわち通報になってくれるだろう。
宮希は電話を切ると、ふうっと息をついた。
「……ひとまず、帰るか」
「でも、先に病院できちんと手当を」
直接圧迫と純猫術のおかげで出血は治まったものの、ここまで傷が深いと、動いている間に再び出血しないとも限らない。整った設備のもとで治療をおこなうほうが望ましいだろう。
だが、宮希はふらっと立ち上がると、屋上の端へと歩いて行った。
「ちょ、危ないって」
「下の安全を確認してから降りたいからな。降りたわチエアリに再会したわじゃ笑えない」
柵もない崖っぷちに近づいていくので、うとめは慌てて後を追った。
宮希は見晴らしのいいところまでやってくると、一度ぎゅっと目をつぶってから、大きく見開いた。傍目からはわからないが、光術で目に入る光を屈折させているのだ。
風猫のうとめが音という聴覚刺激をたぐり寄せることができる一方で、光猫の宮希は、光を絶妙に調節することで自身の視力を操作し、視覚刺激をたぐり寄せることができる。風猫が音を引き寄せるよりも遥かに高度な技術が必要だが、器用な宮希はこんな疲弊状態でもやってのける。
うとめも宮希の隣に立つと、眼下の景色を見渡した。先程チエアリが走っていった道の続く先が、遠目に見える。うとめの視力も悪くはないが、何か動いているな、誰かいるな、くらいしかわからない距離だ。チエアリはとっくに見失ってしまっていた。
宮希は何か捉えられただろうか、と隣を見やった直後、彼の顔がこわばった。
「霞冴……!?」
「えっ?」
宮希はぎゅっと眉間に力をこめると、一点を見据えたまま、さっと左足を引いた。半身の姿勢で、右手に顕現させた光の弓に、左手の光の矢をつがえる。
狙いを定めて、左腕で弓を引き絞る。その動きが生傷に障っているのが、うとめの目にもわかった。
上がりそうになる息をこらえながら、一射。光の矢は、吸い込まれるように木立の向こうの道へと消え去っていく。
うとめがよくよく目を凝らせば、確かに霞冴の髪色が点と見える、というくらいだ。そのそばで動く、もう少し白っぽい人影が敵なのだろう。その程度の視力では、彼が文字通り一矢報いられたかどうかまではわからない。
だが、隣でひゅっと鋭く喘いだ宮希の焦燥が、結果を物語っていた。
「嘘だろっ……!」
痛みからか焦りからか、あるいは慨嘆すべき失態によるショックからか震える腕で、もう一度矢をつがえた。が、満足に腕を上げることができず、苛立たしげに顔をしかめる。
半ば意地で腕を持ち上げようとしていた宮希は――小さく息をのんだ後、ゆっくりと腕を下ろした。
そのままやりきれない表情で黙り込んだ宮希に、現状の説明をせがむと、彼は消沈した声で、その間にも変わっていく状況を訥々と答えた。
宮希の口から語られた情報は断片的だったが、うとめにも何となく状況の察しはついた。
決着の後、重く口を閉ざした宮希の中で、荒くれた感情がくすぶっていくのも。
***
そうして、今に至るのである。
「あんたの煌条を防いだから、霞冴さんの鏡像に隙ができたんでしょう。そのおかげで打倒に至ったんだから、十分なファインプレーだったじゃない」
「だが……!」
さらに食らいつこうとした宮希だが、突然苦しそうに顔をしかめて息をつめた。顔からさっと血の気が引き、冷や汗がどっと浮かび上がる。
ふらつきながら浅く呼吸する宮希に、うとめが歩み寄って、傷に障らないように体を支えた。
「気分悪いんでしょう。それだけ血を流してる上に、痛みもやせ我慢して、安静にしていないときたら当然よ」
座りなさい、と促せば、宮希は諦めたようにそろそろとその場に座り込んだ。
うとめもそばに座ると、一度腕を縛り上げていたハンカチをほどき、ファーストエイドに留まっていた処置を再開した。カーディガンを半分だけ脱がせて、シャツの上から、すっぱりと切られた傷口に手をかざす。
されるがままの宮希は、しばらくうつむいていたが、やがて小さく声を漏らすと、額をうとめの肩に預けた。
出血は止まったままだが、皮膚が裂けて中がむき出しになっていることに変わりはない。霞冴のピンチとあって興奮状態にあったために痛覚が鈍っていただけで、落ち着いた今は、その分耐えがたい激痛を放っていた。
うとめなら、これくらいのケガは自分で冷静に処置できるし、痛みをどう耐えればよいか――正確には、どう受け流せばよいかも心得ている。これでも元希兵隊の戦闘員だ。外傷には慣れている。
だが、同じ元希兵隊員でも、総司令部所属だった宮希は、戦闘経験がほぼ皆無であり、負傷することも先の侵攻以外ではほとんどなかった。ゆえに、ケガによる痛みには耐性がないのだ。
「……ごめんね、守ってあげられなくて」
激痛に喘ぐ宮希に、うとめはそっと声をかける。
先ほどまでの興奮状態では届かなかっただろう言葉にも、疲れ切った今の宮希は小さくうなずいた。
「いい……お前のせいじゃない。お前がいてくれなければ、あの距離までチエアリには接近できなかった。……花雛さん達の無実を証明する証拠を入手できなかった」
ふう、と息をついて、彼はうとめの肩に額をこすりつけるようにして西へ顔を向けた。
徐々に赤みを増していく陽に縁取られた、遠くの稜線を見つめる。太陽はもうじきに沈もうとしていた。
「これで、状況はどう動いてくれるか……」
全てを託すような口ぶりで、そう呟く。
けれど、今回も、先の侵攻でも、反撃の狼煙の火種は彼の一射だ。
そのことを、彼のたった一人の姉は知っている。
つかさが捉えた人影もまた、三階建てのアパートの屋上で、つかさの姿を見つめていた。
ただし、彼女――うとめも、自分の視力では相手の具体的な容姿をはっきりと見て取ることはできていない。
あの人影が風羽谷つかさであることも、倒れた人物が時尼霞冴であることも全て、目に入る光を屈折させて望遠していた彼が、隣で口にしていなければわからなかっただろう。
挨拶の一つもできない距離にいることを、うとめは少し残念に思いながら、無言で踵を返して歩き出す彼を呼び止めた。
「宮希、どこ行くの」
「……」
「宮希」
「……くそッ!」
ダンッ! と床を激しく踏みつける音。彼らしくもない、苛立ちにまみれた悪態。二つが、荒々しい二重奏を奏でる。
「落ち着きなさい」
「落ち着けるか!」
乱暴に振り返った宮希は、牙をむいて怒鳴り散らした。
「オレに限って! しかもよりによってあの局面で外すなんて……ッ!」
「外してないでしょう。相手の防御反応が速かっただけよ」
「いいや、外した! 当たらなかったら同じことだ! 霞冴に血を流させたあの偽者を、一発で仕留めるつもりだったのに!」
「百歩譲って射術の精彩を欠いたせいだとしても、仕方ないでしょう、その腕じゃ」
弓を引けば百発百中を豪語し、有言実行して見せる宮希の利き腕に目をやる。
その左腕には、カーディガンの上からうとめのハンカチが当てられ、そのさらに上から宮希のハンカチを結んであって。
それら全てが、血潮で真っ赤に染まっていた。
噴水公園に続く道の木立で、雷奈が木の下に見たものと同じ色だった。
***
うとめと宮希があの場に居合わせるに至った経緯はこうだ。
「飛壇緑花公園に行ってくる」
陽の色が暖色に変わり始める頃。うとめの仕事部屋を訪ね、出迎えた彼女と沓摺を挟んで向かい合った宮希は、無造作にそう言った。
うとめは二度ほどまばたきをする間があってから、「ああ」と声を漏らした。
「噴水公園のことね。って、どうして急に。噴水で水浴び?」
「仕事ほっぽり出してする馬鹿がいるか。情報収集だ。ちゃんと上からも許可が下りている」
宮希は自分のスマホを突き出した。画面には確かに、出張申請が認められた旨が記載されている。
「噴水公園に何があるっていうのよ」
「事情聴取の結果から、鏡像は鏡から出てくること、そして鏡像のオリジナルである本物はここ数日、現れては消える鏡を見ていることがわかった。ここまでは話したな。そして、その一連の不可解な現象が起こり始めたのは五日前だということも」
「ええ、あのすごい雨の次の日でしょ」
「ああ。飛壇だけが豪雨に見舞われた次の日、な」
やけに強調した言い方に、うとめは引っかかりを覚え、あえてそれに言及した。
「……確かゲリラ豪雨だったわよね。いつもなら他の地域の雲の様子と風向きで、ある程度の予測ができるところ、飛壇上空で雨雲が発生しちゃったから、全く想定外の大雨になっちゃったっていう」
「ああ。不自然といえば不自然だっただろう」
可能性としてはないわけではないので、うとめはあまり気にしていなかった。むしろ、宮希が今、あの豪雨について触れる理由のほうが解せない。
眉をひそめる姉に構うことなく、宮希は続ける。
「そしてもう一つ、水つながりで被害者から気になる発言が出ている」
「水?」
「数名から得られた情報によると、鏡像に鎌鼬など鋭利な術で反撃したところ、ヤツらは傷口から血の代わりに水を流したという」
「えっ……何それ」
体から流れ出る赤い液体は、見ていて気持ちのいいものではないが、それが透明である様子を想像してみると、それはそれでぞっとする。
「もし鏡像の本質が水であるとすると、不自然な雨との関連が否めなくなってくる。そしてもし、これが現象ではなく故意に引き起こされた行為だったとしたら……」
通常の猫が使う水術に、そんな術はない。だとすれば――。
言うまでもないその先に続く犯人像は、うとめの心胆を寒からしめるものだった。
「そんな、まさか……だって、チエアリを生み出していた三日月ガオンは倒したはず」
「倒せたかどうかは賛否両論だ。死体を確認していないんだろう。それに、そもそもチエアリは自然発生もするものだ。……花雛さん達が開発しようとした双在呪符とやらが、水や雨に関係するかはわからない。関係を否定しようにも、研究ノートは処分されているし、尋ねたところで、容疑者の口から語られる内容を真としてよいかは判断に窮する。だが、もしチエアリの仕業だったとしたら、それが証明できたら……事態の収束はともかく、二人の無実は主張できる」
調査室の頭脳は、さらに論理を重ねる。
「あの雨の正体を探るには、雨水が残っているところへ向かう必要がある。例えば公園の池だ。川ならともかく、池の水はそう簡単には全て入れ替わらない。水質を分析にかけ、異質性がないか調べる。猫力学者の見立てが必要になるかもしれないが、その異質性が呪符という人工物によるものか、源子の操作によるものか判別できれば重畳だ」
噴水公園へは、そのためだけに行くのではない。水を汲んでくるだけなら、部下に任せればいい。
鏡像が現れた現場には、きっと他にも手掛かりがある。そう確信しているからこそ、室長自ら動くのだ。
調査室に、宮希に勝る慧眼の持ち主はいない。常人なら見落としてしまいそうな些細な違和感も見逃さず、たぐってたぐって真実を手にしてしまう。彼は、それができる人物だ。
「というわけで、終業時刻までオレは留守にする。暗くなる前には切り上げるよ。その間、調査室を頼むぞ、室長補佐」
言って、宮希は用は済ませたとばかりに踵を返した。
が、うとめとしては彼をこのまま行かせるわけにはいかない。
「待って。私も行くわ」
「水浴びか?」
「馬鹿って言いたいの?」
意趣返しに余念がない弟に眉をひくつかせながら、うとめは正論を突き込む。
「そうじゃなくて。もし鏡像が出てきたら、太刀打ちできるの? それこそチエアリが現れたら、あんた確実に殺されるでしょ」
これには宮希も閉口した。彼にすれば悔しいことに、その通りなのである。
だが、それはそれで手間が省けるかもしれない。
「チエアリがいたら、言質を取るまでだな」
「遭遇しないことを祈りなさいよ、命知らずね」
***
こうして、うとめも外出許可を取り、部下には割り当てた仕事が完了次第退勤するよう命じて、二人で公園を調査――するはずだった。
何の因果か、公園に入りかけたところで、二人は木陰に隠れて、遠方で人間達と対峙するチエアリの後ろ姿を目の当たりにするハメになった。
うとめの左肩で、主体の宮希が顔をしかめる。
「何で本当にチエアリがいるんだよ」
「知らないわよ、あんたが呼んだんじゃないの」
「呼ぶか」
軽口を叩いているように見えて、二人の背中には緊張が貼り付いていた。先の侵攻の真っただ中にいた彼らなら当然だ。
「まあいい……好機逸すべからずだ」
宮希は左手を掲げて、源子化していたスマホを再構成すると、すばやくカメラアプリを起動させた。人間界の技術を取り入れながらフィライン・エデンでの独自のアップデートも加えられたそれは、ぐっとズームアップしても鮮明にチエアリの姿を画面に映し出した。
「うとめ、収音」
「待って、先に希兵隊に……」
「証拠録音の邪魔になる。後にしろ」
宮希は録画ボタンを押しながら、必要最低限の言葉で却下を下した。人間と関わったことのない宮希からすれば、仕事を、それも事態を好転へ巻き返す強力な武器を得る一手を優先したに過ぎないのだが、うとめからすれば、一度とはいえ話したことのある雷奈たちがチエアリの毒牙にかかるところなど見たくはない。
だが、チエアリの出現を訴えることができれば、情勢は対チエアリ体制をとることになり、結果的により多くの犠牲を減らせる。雷奈たちが犠牲になっていいわけでは決してないが、この機を逃すわけにはいかないのも事実だ。
じれったさを覚えずにはいられないながらも、うとめは彼に従い、黙って右手で風を操った。
風とは、すなわち空気の流れ。よって、空気の振動である音も、ある程度は風猫の領域だ。
あまり距離が離れていると難しいが、視認できる距離にいるチエアリの声は、静かにしていれば何とか聞こえる程度には持ってくることができた。
――この能力は、私が生み出した水を介してしか使えません。私が生み出した水で作られた水たまり、あるいは私の水が多く混ざった池。そういったものの水面に……水鏡に映ること。それが、偽者を生じる条件です。
――だから、一気にまくことにしました。
――降り注いだ雨が作り出した水たまり、あるいは雨が降り注いだ池やプール……その水鏡に映った者が私の実験対象。
うとめと宮希はすぐそばで視線を交わしあった。揺るぎようのない、決定的な証拠だ。
木雪とユメは無関係だった。チエアリが、今回の事件の首謀者だ。
棚からぼたもちどころかクリーム大福が落ちてきたような収穫だった。十分すぎる戦利品を収容したスマホを再び源子化すると、宮希は猫の額でうとめの頬に小さく頭突きする。
「じゃ、通報よろしく」
「スマホ使ってたんだから、あんたがしなさいよ、ったく……」
言いながらも、早急に……とポケットに手を伸ばしかけた、その時だった。
チエアリが、突然駆けだした。
それも、うとめたちが身をひそめている木立の前に横たわる道を、こちらへむかって。
うとめは泡を食って身を引いた。後ろからやられないよう、すぐには背を向けず、まずは距離を取ってから逃走姿勢に移るべきだ。
だが、数歩だけ離れたところで、右から左へ横切るように走ってきたチエアリが、目の前を通り過ぎようとした。駆け抜けていく直前、チエアリは初めから二人の存在に気づいていたかのように視線をよこすと――鋭利な水の刃を無造作に飛ばしてきた。
「ッ!」
うとめは必死で身をかわした。だが、肩口で息を詰める気配と同時に嫌な音が聞こえ、一瞬の勝負の敗北を悟った。
チエアリはほとんど立ち止まることなく、そのまま走り去っていったが、ここに長居しているわけにはいかない。うとめは肩に乗っていた宮希を抱きかかえると、すばやく言霊を唱えて背中に真っ白な翼を生み出し、空気を切り裂いて急上昇した。
短い時間滑空したのち、近くの三階建てアパートの屋上へ着地する。座り込んで、腕の中の宮希を膝元に下ろすと、彼はぐったりと腹ばいで横たわった。その左腕は血に染まり、うとめの手も同じ色で濡れていた。
少しでも反応が遅れていれば、彼は首から上を失っていただろう。だが、逆に少しでも反応が早ければ、無傷でやり過ごせたのも確かだ。うとめの胸の奥で、心臓ではないものがズキズキとうずいた。
「ハンカチある? 私のだけじゃ足りない」
宮希は小さくうなずくと、双体に変化した。ハンカチは源子化せず、カーディガンのポケットにしまっていたらしい。
希兵隊時代に慣れた方法で止血していると、宮希が自由な右手でスマホを再構成した。不器用な手つきで操作し、先程撮った映像をドライブにアップロードする。ついでに、局長代理で電話に出たイヅナに事の次第を手短に報告。上が映像を迅速に希兵隊に共有すれば、それすなわち通報になってくれるだろう。
宮希は電話を切ると、ふうっと息をついた。
「……ひとまず、帰るか」
「でも、先に病院できちんと手当を」
直接圧迫と純猫術のおかげで出血は治まったものの、ここまで傷が深いと、動いている間に再び出血しないとも限らない。整った設備のもとで治療をおこなうほうが望ましいだろう。
だが、宮希はふらっと立ち上がると、屋上の端へと歩いて行った。
「ちょ、危ないって」
「下の安全を確認してから降りたいからな。降りたわチエアリに再会したわじゃ笑えない」
柵もない崖っぷちに近づいていくので、うとめは慌てて後を追った。
宮希は見晴らしのいいところまでやってくると、一度ぎゅっと目をつぶってから、大きく見開いた。傍目からはわからないが、光術で目に入る光を屈折させているのだ。
風猫のうとめが音という聴覚刺激をたぐり寄せることができる一方で、光猫の宮希は、光を絶妙に調節することで自身の視力を操作し、視覚刺激をたぐり寄せることができる。風猫が音を引き寄せるよりも遥かに高度な技術が必要だが、器用な宮希はこんな疲弊状態でもやってのける。
うとめも宮希の隣に立つと、眼下の景色を見渡した。先程チエアリが走っていった道の続く先が、遠目に見える。うとめの視力も悪くはないが、何か動いているな、誰かいるな、くらいしかわからない距離だ。チエアリはとっくに見失ってしまっていた。
宮希は何か捉えられただろうか、と隣を見やった直後、彼の顔がこわばった。
「霞冴……!?」
「えっ?」
宮希はぎゅっと眉間に力をこめると、一点を見据えたまま、さっと左足を引いた。半身の姿勢で、右手に顕現させた光の弓に、左手の光の矢をつがえる。
狙いを定めて、左腕で弓を引き絞る。その動きが生傷に障っているのが、うとめの目にもわかった。
上がりそうになる息をこらえながら、一射。光の矢は、吸い込まれるように木立の向こうの道へと消え去っていく。
うとめがよくよく目を凝らせば、確かに霞冴の髪色が点と見える、というくらいだ。そのそばで動く、もう少し白っぽい人影が敵なのだろう。その程度の視力では、彼が文字通り一矢報いられたかどうかまではわからない。
だが、隣でひゅっと鋭く喘いだ宮希の焦燥が、結果を物語っていた。
「嘘だろっ……!」
痛みからか焦りからか、あるいは慨嘆すべき失態によるショックからか震える腕で、もう一度矢をつがえた。が、満足に腕を上げることができず、苛立たしげに顔をしかめる。
半ば意地で腕を持ち上げようとしていた宮希は――小さく息をのんだ後、ゆっくりと腕を下ろした。
そのままやりきれない表情で黙り込んだ宮希に、現状の説明をせがむと、彼は消沈した声で、その間にも変わっていく状況を訥々と答えた。
宮希の口から語られた情報は断片的だったが、うとめにも何となく状況の察しはついた。
決着の後、重く口を閉ざした宮希の中で、荒くれた感情がくすぶっていくのも。
***
そうして、今に至るのである。
「あんたの煌条を防いだから、霞冴さんの鏡像に隙ができたんでしょう。そのおかげで打倒に至ったんだから、十分なファインプレーだったじゃない」
「だが……!」
さらに食らいつこうとした宮希だが、突然苦しそうに顔をしかめて息をつめた。顔からさっと血の気が引き、冷や汗がどっと浮かび上がる。
ふらつきながら浅く呼吸する宮希に、うとめが歩み寄って、傷に障らないように体を支えた。
「気分悪いんでしょう。それだけ血を流してる上に、痛みもやせ我慢して、安静にしていないときたら当然よ」
座りなさい、と促せば、宮希は諦めたようにそろそろとその場に座り込んだ。
うとめもそばに座ると、一度腕を縛り上げていたハンカチをほどき、ファーストエイドに留まっていた処置を再開した。カーディガンを半分だけ脱がせて、シャツの上から、すっぱりと切られた傷口に手をかざす。
されるがままの宮希は、しばらくうつむいていたが、やがて小さく声を漏らすと、額をうとめの肩に預けた。
出血は止まったままだが、皮膚が裂けて中がむき出しになっていることに変わりはない。霞冴のピンチとあって興奮状態にあったために痛覚が鈍っていただけで、落ち着いた今は、その分耐えがたい激痛を放っていた。
うとめなら、これくらいのケガは自分で冷静に処置できるし、痛みをどう耐えればよいか――正確には、どう受け流せばよいかも心得ている。これでも元希兵隊の戦闘員だ。外傷には慣れている。
だが、同じ元希兵隊員でも、総司令部所属だった宮希は、戦闘経験がほぼ皆無であり、負傷することも先の侵攻以外ではほとんどなかった。ゆえに、ケガによる痛みには耐性がないのだ。
「……ごめんね、守ってあげられなくて」
激痛に喘ぐ宮希に、うとめはそっと声をかける。
先ほどまでの興奮状態では届かなかっただろう言葉にも、疲れ切った今の宮希は小さくうなずいた。
「いい……お前のせいじゃない。お前がいてくれなければ、あの距離までチエアリには接近できなかった。……花雛さん達の無実を証明する証拠を入手できなかった」
ふう、と息をついて、彼はうとめの肩に額をこすりつけるようにして西へ顔を向けた。
徐々に赤みを増していく陽に縁取られた、遠くの稜線を見つめる。太陽はもうじきに沈もうとしていた。
「これで、状況はどう動いてくれるか……」
全てを託すような口ぶりで、そう呟く。
けれど、今回も、先の侵攻でも、反撃の狼煙の火種は彼の一射だ。
そのことを、彼のたった一人の姉は知っている。
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