フィライン・エデン Ⅲ

夜市彼乃

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13.水鏡編

63スワンプマンの実証実験 ⑨

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***

 明朗快活な花屋の娘・樹香リーフ。
 従容不迫なその友人・知念ユウ。
 思いがけない増援が、芽華実とフーの前に姿を見せていた。
「リーフ……ユウ……!?」
 安堵の色に驚愕が塗り重ねられたのが、芽華実の声に現れていた。
「どうしてここへ……?」
「ちょっといろいろあって、ファイとリンが公園方面に行くって言って聞いてね。だけど、鏡像っていう敵が出現してるっていうから、心配で追いかけてきたわけなんだけど……」
「あの子たちの代わりに、あなた達を見つけちゃったってわけ。しかも絶体絶命の」
 ユウがリーフの後を引き継ぎ、肩越しに振り返って小さく笑う。
「結局、ファイとリンはまだ見つかってないんだけど……この場を見逃すわけにはいかないわね。加勢するわ、フー、芽華実」
「えっ……でも」
「希兵隊の鏡像相手ならキツイけど、相手はフーでしょ? 二人がかりなら何とかなるわ」
「リーフ、過信は禁物よ」
 両手を腰に当てて胸を張る勝気なリーフを、ユウが静かになだめる。気の合う同級生の二人だが、性格は正反対だ。楽天的で活気にあふれたリーフに対し、ユウは常に用心深く冷静な観点をもっている。
「フーはいざとなったら人間を守る役目も担う風中家の正統後継者。希兵隊で基本的な戦闘訓練を受けているのよ。同じだけの戦闘力は鏡像にも引き継がれているはずなんだから」
「それでも」
 リーフはにっと強かな笑みを見せ、ユウに視線をやる。
「やるっきゃないでしょ?」
 ユウは小さく息をついた。
 二人はフーに輪をかけて戦闘経験がない。何度かチエアリと対峙している芽華実よりも戦い慣れしていないだろう。
 それを踏まえたうえで、ユウは応じる。
「まあね」
 太陽と月のように違う二人も、友達を見捨てる気がないのは見解の一致だ。
 オリーブブラウンと臙脂色の双眸が、まなじりを決した飾仲のそれと衝突する。
 新たな対戦カードが決定した。
「芽華実、フーをお願いね」
 ユウがそう言うや否や、飾仲の手が動いた。
 活発なリーフと慎重なユウ。手分けは示し合わせるまでもない。ユウが結界を展開し、その隙にリーフが詠唱を唱える。
「陰らせる手、薊色の罰、模倣せよ、届く深碧の柱! なかご投げ捨つりて切っ先を推し量れ!」
 鎌鼬の連撃が結界に叩きつけられる衝撃で激しく振動する空気を、明瞭な声が異なる波長で揺らす。朗々と下される指示に源子が応じ、リーフの手元で大量の木の葉が舞った。
 この季節にはまぶしすぎる、みずみずしく青い広葉たち。
 同じように生き生きとした目が、ユウにアイコンタクトをする。ユウは対照的に静かな瞳で応じると、飾仲の攻撃の止み間に結界を解いた。
 間髪入れず、突撃の合図が上がった。
「翔けろ、瞬葉!」
 リーフが勢いよく腕を伸ばした。その動きに奮い立たされるように、無数の木の葉が奔り出す。
 葉とはいえ、詠唱で刃物の鋭さを宿された利器だ。一つ一つがガラスの破片の如し。それが空気を切り裂いて、飾仲めがけて一斉に飛んでいく。
 濃い緑色をまとった軍勢が、避けようのない兵数で飾仲に迫った。
 飾仲はその場から動かなかった。
 ただ泰然と、左腕を大きく振った。
 直後、周囲の空気が一気に突き動かされた。走りだした風は、飾仲を守る番犬のように彼女の周りを取り巻く。
 いくら鋭利な刃とはいえ、瞬葉の実体は軽く薄い葉だ。強風に飛び込んだそばから、飛んで火にいる夏の虫とばかりにその勢いを殺されてしまう。
 なすがままに翻弄される自身の術を見て、リーフは気まずそうに後ずさった。
「う……相性悪っ……」
「私の術なら効くかしら」
 たじろぐリーフとはやはり対照的に、隣で落ち着いた様子のユウが刀印を突き出した。
 ユウもまた、本腰を入れた術を使おうと思えば詠唱を必要とする。唱えている間に飾仲が反撃してきそうなものだが、彼女に限ってはさほどの心配は不要だ。普段おっとりとしている彼女なのに、源子への指示は早送り音声のようにこなしてみせる。
 頭の回転の速さか、優等生たらしめる努力の賜物か。早口言葉のように詠唱を終えると、いまだ風をまとったままの飾仲を見据えて言い放った。
「割れ、神扇みおうぎ
 ユウの言霊が凛と響き渡る。
 されど、水も出なければ火も出ない。
 音も、気配もしなかった。
 だが、直後には、飾仲の横髪が束ごと舞い散った。
 飾仲の目が、初めて驚愕に見開かれた。
「あら、首を狙ったんだけど。やっぱり慣れないとコントロールが難しいわね」
 あっけらかんと言うユウを、頬に擦過傷を作った飾仲の燃えるような眼光が射抜いた。
 ユウの攻撃は、防壁のような強風の影響を一切無視した――後ろから見ていた芽華実の目にはそう映った。
(これが、念術による攻撃技……初めて見た……)
 鎌鼬と同様、無色透明の利器だ。ゆえに、その軌道をはっきりと見ることはできない。
 それでも、直感的に分かった。念術とは、少なくとも一部の物理法則を無視して効果を発揮するものだ。風の防壁など、ないに等しいかのようにすり抜けてしまうのだ。
(リーフの術が届かなくても、ユウの術なら……!)
 生まれた期待を胸中に抱く芽華実。
 だが、同じ予測を、危険予知という形で敵も立てるものだ。
 防御は分が悪いと見たのだろう。飾仲は一転して、続けざまに鎌鼬を放ってきた。
 ひゅんひゅんひゅんっ、とひっきりなしに届く風切り音は、全てが切れ味。
「リーフ!」
「っ!」
 すばやく後退しながら、ユウが鋭く呼ぶ。同じように後ろに跳ぶリーフは、その注意喚起に声に至る前の呼吸で応じると、着地点で結界を張った。
 風の凶刃が次々に激突し、半透明の壁をびんびんと震わせる。是が非でも扉を開けさせようとする乱暴なノックのようだ。
 彼女らのすぐ後ろには、芽華実とフーがいた。先程の退避の折、二人が控えている場所まで下がっていたのだ。
 ユウは芽華実とフーを背に、リーフを眼前にした位置取りで、再度刀印を構えた。
 さっきは細い首を狙おうとして、外した。ならば、次は的を大きくすべし。
 指先を銃口のように向ける。臙脂の眼光で照準器のように捉える。
 狙うは、飾仲の胸の真ん中。その奥に隠された命。
 そして、再び高速で詠唱が唱えられようとした。
 が、瞬間。
 白い翼が、飾仲を高速で空中へ連れ去った。
「……!」
 四人は示し合わせたかのように、一斉に空を仰いだ。その時にはすでに、上空から降り注いだ鎌鼬が結界の天井に斬りかかっていた。
 ガスガスガスッ、と刃物を突き立てるような凶暴な音が結界内に鳴り響く。芽華実は思わず頭を覆って目をぎゅっとつぶった。反射的にして正しい防御反応の後、恐る恐る目を開け、誰もが無事であることに息をつく。もしリーフの結界が最初から上方をも覆っていなければ、口から出たのは悲鳴だっただろう。
 芽華実は再び空を見上げた。黄昏の大空には、背中にたくわえた大きな翼で滑空する飾仲。彼女が予測不能のタイミングで鎌鼬を放ってくるたびに、どうしても体がびくりと反応してしまう。空襲のミニチュアを体験しているような心地だ。
 芽華実のそばで、飾仲を視線と刀印で追っていたユウだが――やがて、ふぅと息を吐くのと同時に、その手を下ろしてしまった。
「ダメだわ……読まれてる」
「えっ?」
 疑問符を口にする芽華実に、ユウは疲れた横顔で振り返った。
「念術は他の猫術とは違って、風や草といった物質を介さない特殊な術。ゆえに各物質が持ちうる弱点にあたるものがない。だけど、そのぶん、念術は発動自体に大きな縛りがあるのよ」
「縛り……」
 芽華実が念術を見た経験は片手で数えるほどしかない。それも、ユウが使う昏転と、先程の神扇のみだ。
 記憶を総合させ、一つ思い当たるものを、ぽつりとこぼしてみる。
「……視線……?」
 昏転は、目を合わせることが発動条件だ。先程からも、ユウは適当に術を放つのではなく、懸命に飾仲の後を目で追っていた。
「当たり」
 ユウは小さく顎を引いた。
。あとは、集中力と鮮明な想像力。対象を見据え、集中して、対象に与えたい影響をはっきりとイメージする。これが決まらないと念術は発動しない。……あんな風に目まぐるしく動かれるのが、一番困るのよ」
 それは、飾仲も既知のことなのだろう。だからこそ、ユウの念術をおいそれと食らわないために、あえてひっきりなしに飛び回り続けているのだ。
 頼みの念術まで封じられた。こうなっては、空から依然降り注ぐ鎌鼬を、結界の殻にこもって亀のように耐え続けるしかない。しかし、それもいずれは限界を迎える。
 手の届かない高さに目を細め、ユウが呟く。
「何とかして、鏡像の動きを止めないと」
「ユウ、何か作戦ない? 何でもするからっ!」
 リーフが少々焦りを含んだ声でユウを急かした。結界を張り続けているのは彼女だ。そろそろ体力的にも限界が近いのだろう。結界を解いたら、今も断続的に降ってくる鎌鼬をもろに受けることになる。
 ユウは一度目を閉じてうつむいた。
「……あるとしたら」
 眉間を揉み、改めて鎌鼬の降る空を見上げ、呟く。

 芽華実と、振り返ったリーフが、きょとんとした顔をした後、互いのそれらを見合わせる。
 ユウの意図を正しく汲みとったのは、最後の一人だ。
「私ならそれができるわね」
 フーが立ち上がって進み出た。治療はひとまず完了したらしい。血に染まったブラウスは痛々しいが、破れた布地の間から見える傷口は、ほとんどふさがっていた。
「ユウ。五秒でも足止めできれば、彼女を?」
「三秒でもいけるわ」
 ユウが自負で飾った笑みをたたえる。
 フーはそれに笑い返すと、二人の顔を見比べているパートナーに、「芽華実も力を貸してね」と微笑んだ。
「えっ、あの、いいんだけど、どうやって……」
「いい? 今から、私が……」
 聞こえる距離ではないとわかっていても、相手方に漏れないよう声を潜めて、フーは芽華実に作戦を伝えた。
 たまらないのはその間も防御に徹し続けているリーフである。
「ユウ、フー! 私はいつまで結界張ってたらいいのぉ!?」
 留まるところを知らない鎌鼬を受け続けて、悲鳴のような音を立てる結界。それを何とか保ち続けながら、同じく悲鳴のような声を上げるリーフに、作戦を伝え終えたフーとユウが声をそろえた。
「「彼女が落ちるまでよ」」
 それを鬨の声に、反撃が始まった。
「吹き荒べ、烈颯!」
 フーの一手目が高らかに響く。不意打ちが肝心のこの術に、詠唱を付している暇はない。
 直後。結界の外、風という風が暴徒と化した。
 吠える暴風になぶられ、折れる寸前までしなる枝々の悲鳴。晩期を謳歌していた秋色の葉が次々に天に巻き上げられる。桜吹雪のごとき大往生を見上げる地上の草も、暴れ回る風にさらされては対岸の火事ではない。
 抉られた地面からは土ぼこりが舞い上がり、風に薄茶の色をつける。可視化されればよくわかることに、咆哮を上げる嵐は、荒れ狂うという表現が適切な暴力性でこの空間を蹂躙していた。
 結界内はしんとしたものだ。だが、空高くを舞っている飾仲からすれば、たまったものではない。
「くぅ……っ!?」
 先ほどまでの軽やかな飛びっぷりはいずこへ、四方八方から不規則に吹きつける荒々しい風に、飾仲の体は翻弄されるしかない。
 土ぼこりから目をかばいながら、飾仲は滞空に全神経を注いだ。飛ばされないように、叩きつけられないように、必死で翼を操り、その場に留まろうとする。すでに鎌鼬を飛ばす余裕はない。
「……っ!」
 意を決したように、飾仲は右腕で目を覆ったまま、左腕を大きく振りぬいた。まるで、風を統べる女王のごとき所作。
 途端、全ての風が彼女に盲従した。
 台風前夜のような猛々しい風は、一瞬で穏やかな凪に。轟くような風音は、澄みきった無音に。
 まさに、大気が荒魂の顔から和魂のそれへと変貌する瞬間。風術・気憩の為せる業だ。
 それでも、女王はその場に滞空し、呼吸を整える時間があった。
 少なくとも、三秒は。
「――歩け、操霊そうれい
 その声をわずかながら拾った飾仲の顔がこわばる。
 くすんだ赤い視線が、今度こそターゲットをひたと見つめていた。そこに、あらかじめ詠唱を済ませた術が乗る。
 操霊――離れた物の動きを操る念術だ。日常的には離れたところにあるものを手元に引き寄せたり、重いものを動かしたりするのに使う。戦闘時には、例えばダークの触手一本を止めることくらいはできるだろう。注視を必要とするため、術の対象となるのは体の一部だけになる。
 それは、飾仲に対しても同様だ。
 では、この状況で主導権を奪取すべき彼女の部位とは何か?
 手ではない。鎌鼬を封じたところで、逃げられれば術から外れる。
 足ではない。今、彼女の移動手段は別のところにある。
 答えは一つ――源子の翼だ。
 ユウの言霊、発動。
 直後、砂糖菓子が溶けるかのように、飾仲の翼が一枚一枚の羽根にほどけていった。
「――っ!?」
 飾仲の顔が焦燥に染まった。がくん、と空中でバランスを崩す。立て直そうとするも、源子の翼はユウの見えざる手にかき乱され、揚力を発揮しない。
 高度を保つ術をもたない飾仲の体は、重力に従って自由落下を始めた。
 ユウの宣言通りだった。三秒の隙で、彼女を
「……っはぁ、はぁっ……! もういいよね!?」
 もう鎌鼬は来ないと踏んで結界を解いたリーフが、息を長時間止めた後のように体を折って喘いだ。
 フーは彼女をねぎらうように軽く肩を叩くと、その横を抜けて走り出した。
 落ちゆく飾仲に向かって走りながら、人差し指と中指をそろえる。
「東の川の胡桃くるみ花梨かりん思惟しい領解りょうげ旧記きゅうきあざな、黄金の賢者の介錯人よ、獣と化して人見を手放せ!」
 フーの手元で風が踊る。
 背中から落下しゆく飾仲は、悔しげに顔をゆがめると、両手から鎌鼬を繰り出した。いずれも、走り寄っていくフーに向けたものだ。
 フーは横へ跳び、それらを危うげなくかわすと、すかさず両手を突き出した。普段は刪略する詠唱を完成させた、渾身の風術。
「刈れ、鎌鼬っ!」
 より大きく、より鋭く、より速い風の刃が、空中で飾仲に迫る。
 翼を奪われた飾仲に、避けるすべはない。
 だが――。
「っ、ナメないで!」
 仰向けに落ちながら、斜め下から飛んでくる鎌鼬に腕を伸ばす。
 鎌鼬は風だ。それをかき消す技術があるのは、互いの既知の事項。
 詠唱も言霊もない、気憩。
 いきり立ったような音を立てて迫っていた風の刃は、突然ふっとほどけて霧消した。詠唱を乗せて強度を増していたためか、空気に融ける直前、切れ味の残滓が飾仲の手のひらを小さく切った。
 血液がわりの水が流れる。
 だが、それだけだ。
「風では私を殺せないわよ」
 飾仲は反対の手を真下に向けた。地上から、先程とは質の違う強い風が巻き起こる。
 突発的で強い上昇気流だ。
 まっすぐ上へと吹き上げる風は、飾仲の背中を柔らかく受け止め、その体勢を整えた。
 音もなく、サンダルのような履物の底が地面についた。起死回生の華麗な着地ののち、飾仲はほどけかけた中途半端な白翔を雲散させる。
「残念だったわね」
 飾仲は、近くで足を止めたフーに挑発的に目を向けた。
 フーは神妙な顔で、黙って飾仲を見つめ返している。
 飾仲の指先が、フーの胸の真ん中を向いた。
 そこへ無色透明の流体を集めていきながら、飾仲は言う。
「あなたは風で殺せそうね」
 流体は、徐々に刃を形作っていく。
「……ええ、そうね」
 フーは目を閉じて、そう答えた。
 同じ風猫として、眼前で風が鋭く研がれていくのを感じながら。
 その切っ先が自分の命を虎視眈々と狙いすますのを感じながら。
 先程の言葉に、付け加える。
「でも――残念だったわね」
 ドスッ。
 鈍い音が、二人の鼓膜を揺らした。
「……え」
 飾仲が風穴を空けようと狙っていた、胸の真ん中。
 奇しくも、ちょうど飾仲自身のその場所から、太い木の根が突き出ていた。
「私達は一人では倒せそうにないわよ」
 フーはそう言って、飾仲の背後を見やった。
 飾仲を背中から貫いた堅肢の根元は、彼女の後ろの地面から突き出ていた。フーに気をとられて、背後にも、そしてフーの遥か後方の芽華実の動きにも気づけなかったようだ。
 きっとパートナーと同じ姿に躊躇いを感じながらも一思いにやってくれたのだろう。フーは視界の外の彼女を慮りながら、自身を貫く根を支えにして何とか立っている状態の飾仲を見つめた。
 その目は、すでにこと切れる寸前の虚ろなものだ。当然、もはや反撃する力も失っていた。
 ならば、もう追い打ちをかけることも距離をとる必要もないだろう。
 せめて、ここで最期の恨み節でも聞き届けるのが供養か。
「……――」
 飾仲の口が、小さく動いた。
 透明な血をしたたらせながら。
 呼吸もままならないまま。
 かすれるような声が、短く――確かに、その二文字を紡いだ。
 ぱしゃん。
 直後、水音が弾けた。
 一瞬にして、人の形だったものが水と化した。飾仲の残骸は地面に叩きつけられ、あとは芝の糧となるのを待つのみとなった。
「フー!」
 ぱたぱたと足音を立てて、遅れて三人が駆け寄ってきた。最初に到着した芽華実が、フーの脇腹をのぞきこむ。
「大丈夫? あんなに走って、傷口開いてない?」
「っていうか、水!? 水になったけど!?」
 その横では、飾仲の成れの果てを目にしたリーフが「ひいー」と口元に手を添えている。ユウはそれほど驚いた様子もなく、ただ考察にふけり始めていた。
「最初から水で構成されていたのかしらね……」
「あ、うん……実際そうみたい……」
「え、芽華実、何を知ってるの!?」
 ぽつりとつぶやいたが最後、芽華実はリーフに肩をつかまれ、前に後ろに揺すられながら追及されることとなった。チエアリについて安易に口にしてよいものか迷ったが、あまりにもせがまれるので、シズクから聞いた鏡像の正体について口を割った。
 芽華実から簡潔にあらましを聞いたリーフとユウは、衝撃的な内容に「へえー……」と漏らしたきり一言も発さず、小さな水たまりを見つめていた。目を疑うような光景ではあったが、真っ赤な血にまみれて遺体が残っているよりはマシだろう。そうなれば、いくら鏡像と分かっていても、割り切れないショックがしばらく根を張ったに違いない。
 二人が黙り込んでしまうと、途端に静かになる。
 ふと、もう一人が会話に参加しようとしてこなかったことに気づき、芽華実はパートナーに水を向けた。
「……どうしたの、フー?」
 芽華実が話しかけるまで、フーはぼんやりと宙を見つめていた。水に戻った鏡像だったものを注視するでもなく、中途半端なところに視線の先を浮かせていた彼女は、名前を呼ばれるとハッと振り返った。
「あ、や、ううん。別に。……戦いが終わって、力が抜けちゃっただけ」
「いやー、無理ないわよ。私だって、こんな本格的な戦闘なんて初めてだし。ユウも怖かったよね?」
「あら、学院で習ったことの延長だと思っているけれど」
「あーもう、また優等生発動しちゃってー!」
 すまし顔のユウと、彼女を小突くリーフ。
 結局じゃれ合う彼女らの横で、フーは再び虚空を見つめる。
 芽華実の気遣わしげな視線にも気づかないまま、呆然と、頭の中で壊れたテープのように繰り返し再生される声を聞く。
 水となり零れ落ちる直前の、飾仲の言葉を。
 耳朶を打ったというにはあまりにもかすれ、断末魔の叫びというにはあまりにも儚い、けれど鼓膜に張り付いて離れようとしないあの声を。 
 ――ア……ワ……。
 命尽きる直前、最期の最期に口にすることを許された、たった一言。
 彼女がその一言に選んだのは、彼の名前。
 愛していると断言した、少年の名前。
「――……」
 だからどうする、というわけではない。
 倒すべき敵を倒した。それ以上でも以下でもなく、そしてこれ以上なく望んだ結果のはずだ。
 そのはずなのに、胸の中に残された黒いわだかまりが、ひどく苦しい。
 このわだかまりに名前を付けるとしたら、罪悪感とでも呼べるのであろう。
 飾仲フーは、もう二度と愛する彼の名を呼ぶことはできない。彼への慕情を口にすることはできない。
 もしも罪悪感の湧泉ゆうせんが、そう至らしめた自分の行動だったなら、きっとこんなに苦しくはなかったのに。
 取り戻した平穏の最中、泣きたくなるほどみじめなのは、その事実に対して、どんなに小さくとも――
 ほっ、と息を吐いてしまったからだ。
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