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13.水鏡編
64見ず鏡、増す鏡、多鏡 ②
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***
黒装束は黒装束で、自分たちにしかできない仕事に向かっていた。
一番隊隊長・大和鋼もその一人である。
「…………」
コウは主体姿で瓦屋根の一番高いところにじっと座って、時折きょろきょろと左右後方を見回した。もう三時間ほどこうしている。
「あれから異常なしだな……」
手元のピッチにも、部下からの任務完了連絡くらいしか来ない。
多くの隊員が単独で、あるいはバディを組んで市民の警護に当たる中、コウは頑なに本部の中央隊舎の屋根に居座っていた。
それもこれも、彼の宣戦布告が鼓膜に居ついて離れないせいだ。
――お前は殺す。
――時尼美雷の後でも先でもいい。ルシルを傷つけたお前は、必ず、殺す。
(オレだけならいい。オレがいるところにやってきて、オレを標的に襲って来るだけだ。けど、二言目はいただけねえ)
両の前足に力が入り、爪がその下の瓦にケンカを売る。
(時尼さんが先に狙われるとしたら、オレはここを動くわけにはいかねえ。総司令部室を擁するこの中央隊舎に、一歩たりとも入れさせるわけには)
もし先にコウを狙ってきたとしたらどうだろうか。コウが希兵隊本部の外に行けば、山戸もそれを追って来るだろう。その意味でいえば、コウが中央隊舎付近にいるというのは、むしろ美雷を危険にさらしているともいえるかもしれない。
だが、どちらを先に襲いに来るかわからない以上、確実に美雷を守れる選択をするべきだろう。
それに。
(どっちを襲いに来たのでもいい。次に会ったら、必ず倒す。お前と同じだ、山戸コウ。お前だって……ルシルを傷つけたんだ)
灰色の毛が逆立っていく。爪が瓦をひっかき、悲鳴のようなかすれた音を立てる。昨日医務室で話を聞かされた時と同じ熱が、胸の中で爆発寸前まで膨れ上がった時だった。
ピリリリッ。
ピッチが鳴った。
『波音です! 今本部に帰ったよ!』
「何だ、お前か」
『何だとは何さー!?』
熱気球がしぼんでいくのを感じながら、コウは相棒の相手をしてやる。コウの気も知らず、相手はのんきなものだ。
『鏡像一体倒して、任務完了しましたっ!』
「ケガはしてないか?」
『大丈夫! ちょっとドンパチやったけど、平気だよ!』
「そりゃ結構。少し休んだら、次は……」
『おーい、こっちこっち!』
隊長の話を遮って何だ、と思っていると、何やらその声が二方向から聞こえる。手元のピッチと……後方。
「こっちこっちー! ただいまー! えへへ」
振り返ると、少し離れたところの隊舎と隊舎の間の道で、中央隊舎に向かって赤毛の少女がピッチを耳に当てているのと反対の手を振っているのが見えた。また子供っぽいことを、とコウは嘆息する。
「そんだけ元気なら、すぐ次の目的地行ってこい」
「お茶くらいは飲みたーい!」
「飲んだら行ってこい」
「はーい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる波音。
その後ろ、右側の隊舎の陰から、長身の少年が姿を見せた。
――次の瞬間には、コウは瓦屋根を蹴っていた。
着地点の土を踏み抜き、直後にザザザッと後ずさる。そこで止まってから、双体のコウの腕の中で波音が驚いたように瞬きした。
「こー、ちゃん……?」
とっさに人間姿をとったコウが弾趾で波音の元へ跳び、彼女を片腕で抱きかかえて後退するのに、一秒。波音からすれば、何が何だかわからないうちに急に引っ張られた形になる。
通常、近距離でひとに向かって弾趾を使うのは、激突する危険があるため避けるべきだが、この際例外だ。上品にのこのこと駆け寄っていれば、その間に彼が波音をどうしたかわかったものではない。
さも当然のように本部の敷地内に現れた少年を、コウは鋭くねめつけた。
「山戸コウ……!」
「よう、オレ。殺しに来たぜ」
ざ、と一歩近づいてくる。波音がびくっと震えて身をすくませた。
コウは彼女をそっと下ろし、自分の後ろへ回らせる。
「門の守りは固くしてもらったつもりだがな」
「あいにく、今日はバカ正直に門から入っては来てねえ。外壁にも見張りを立たせるべきだったな?」
「頭数足んねえよ。それに、正門以外から来る可能性は見越してたさ。だからオレは門の近くじゃなく、中央隊舎の上で警戒態勢とってたんだろーが」
出し抜いたつもりが読まれていたのだとわかり、山戸は不愉快そうに顔をしかめた。
その視線が、ふとコウの後ろに向けられる。
「今日は決闘なんだ。だからオレもルシルを連れてきてねえ。お前もそのちんちくりんはどっかにやりな」
「……何?」
「何だよ、そいつを守りながらオレを倒せると思ってんのか?」
「こいつは並んで戦う相棒だ。守るんじゃねえ」
それを聞いて、山戸は一瞬だけ面食らうと、ハッ、と嘲弄して吐き捨てた。
「冗談はよせよ。そいつの戦闘力なんてたかが知れてるだろ。先の侵攻でもたいして役に立たなかったじゃねえか。それに対してお前はチエアリを単身で破ったんだ。希兵隊最強とまで謳われてるんだぜ」
波音が少なからずショックを受けた顔をした。揺れる呼吸が、コウの背中にまで伝わってきた。
コウは起伏のない低い声で返した。
「お前には、こいつが弱くて役に立たないちんちくりんに見えるのか」
「当たり前だ、そのまんまだろーが。並んで戦う相棒? 笑わせんな。足手まといにしかならねーよ」
ハハッ、と声高に笑う声が、親愛なるコウと同じ声が、波音の胸をえぐる。違うとわかっていても、まるでいつも一緒にいる彼から向けられた嘲笑に感じられてしまう。
波音は泣きそうになるのをじっとこらえた。こらえながら、目の前の大きな後ろ姿を見つめる。
コウは黙ったままだった。何も言わず、じっと立ち続けていた。
徐々に押し寄せる不安が、彼の次の言葉にさえ恐怖を植え付ける。次に口を開いた時、この絆はどうなってしまうのだろう。この関係は、どんな形に変わってしまうのだろう。
やがて、コウは乱暴に嘆息した。
「波音」
「……っ」
「お前が行け」
「……え」
耳を疑ったのは、波音だけではない。山戸も、信じられないものを前にしたかのように愕然としている。
コウは冷たく乾いた声で、山戸に言い放った。
「つまり、お前は自分のところのルシルを、足手まといだと思ってるんだな。あれだけ援護射撃してもらっておいて」
「……っな」
「嘆かわしいな。己の力を過信して、奢ったままのお前には、大切なものが見えてねえんだな」
言いながら、コウは踵を返して波音の後ろに回った。あまつさえ、その体を融かすように猫の姿へと変える。
「波音、お前がやれ。オレが一人で行ったら、あいつと同じになっちまう」
「でも……」
何を通すこともなく、直接山戸の視線にさらされた波音は、肩をぎゅっと緊張させて声を震わせた。
入隊してからずっと、波音はコウの近くにいた。彼に稽古をつけられ、相棒となってからはもっと長く濃い時間を共にしてきた。
だからこそ、彼女はよく知っているのだ。コウの強さを。自分になど到底太刀打ちできない強さを。
そして、その性質は鏡像にもコピーされる。自分が敵うわけがない。
「波音」
そんな彼女に、コウは告げる。
「オレがついてる」
ハッ、と見開かれた波音の目が、あの時を映す。
同じ情景を思い出しながら、コウは問いかける。
「オレがいる限り、お前は何だって?」
――こーちゃんがいる限り、あたしは――。
先の侵攻で、絶体絶命の境地で、その言葉はコウの心を鼓舞した。仲間に裏切られてもなお、立ち向かって行けた。
けれど、その言葉は彼女自身を奮い立たせるものでもあった。今、その一言が、彼女に勇気を与えるなら――。
波音の目に力が宿る。右手が強く柄を握る。
そして、いつものはつらつとした声で、爛漫な笑顔で、彼女は答えた。
「――あたしは最強!」
「そうは言ってなかった」
コウの呆れた苦言はよそに、突貫。小さくても一人前に抜刀しながら向かってくる少女に、山戸は余興を楽しむように口の端を吊り上げた。
鋼の手足をもつ彼にとって、刀などおそるるに足りない。泰然と待ち構え、繰り出された斬撃を右手で受けた。すでに硬度を宿している山戸の手首は、ガキン、と尖った音を奏でながら刃を止める。
かわいらしい顔をきゅっとしかめてにらむ波音の目からあえて視線を外さないまま、山戸は競り合う両者の腕の下で膝蹴りを繰り出した。水面下の攻撃。気づいた時には、すでに鋭角の鈍器に胸をえぐられる形になる――はずだった。
鋼鉄と化した膝に返ってきたのは、まるで石を蹴ったかのような硬い感触だった。
「……は?」
山戸の視線が反射的に下に向く。鉄壁か何かを蹴ったような感触を返した波音の胸は、年相応の幼く薄いものだ。強烈な打撃に耐えられそうにも見えないのに。
一瞬の現象を理解できず、呆ける山戸。
強者も動かなければ巻藁と同じだ。その頭部を、白刃がかすめた。
「っぁあッ……!」
浅くはいえ額を斬られ、血の代わりに水をまき散らしながら後退した。波音はその隙を逃さず、再度向かっていく。
山戸は、目に入りそうになった水の出血を拭うと、今度は迎え撃つ姿勢に出た。右手に刃物の切れ味を宿し、身長差の関係上、最も斬りやすい首を狙う。
その程度の狙いは波音にも読めていた。大きくジャンプすると、足元で空気が切り裂かれる音がするのを聞きながら、山戸を飛び越える。
頭上を警戒し、山戸は咄嗟に顔を腕でかばいながら空中の波音を振り返った。防御と引き換えに視界を遮られる中、鋼化した左腕に何か鋭いものが立て続けに当たるのを感じた。
腕を下ろし、視界を取り戻した時には、波音は少し離れたところに着地しようとするところだった。軌跡を考えても、刀が届く距離ではない。もとより、刀よりももっと小さな、例えていうなら牙に噛み付かれたような感覚だった。
何かがおかしい。そんな腑に落ちない不可解さを抱えながら、山戸は波音の着地時の不安定な体勢を狙って、手元に生み出した荒削りの鉄塊を三連撃で飛ばした。
波音の足は着地の役目を果たした直後で、すぐには反応できなかった。刀を持つ腕を構えなおす間もなく、無防備なまま、飛来する鉄塊を視界にとらえるのみだった。
猛スピードで滑空した、急襲の鉄塊は――突如出現した黒鉄に激突し、わずかにその身を散らしながら、地に転がった。
「……!」
少女の前に立ちはだかった、わずかに湾曲した黒い防護盾が、役目を終えてさらさらと崩れ去る。
ようやく、山戸は理解した。一度目と二度目は視認できなかったが、つまりは今と同じことが起きていたのだ。
山戸は背後を振り返った。少し離れた位置で、赤い首輪をした灰色の猫が、静かに座ったまま前足を伸ばしていた。
彼は波音を前線に立たせた。だが、確かにこうも言った。
――オレがついてる、と。
黒装束は黒装束で、自分たちにしかできない仕事に向かっていた。
一番隊隊長・大和鋼もその一人である。
「…………」
コウは主体姿で瓦屋根の一番高いところにじっと座って、時折きょろきょろと左右後方を見回した。もう三時間ほどこうしている。
「あれから異常なしだな……」
手元のピッチにも、部下からの任務完了連絡くらいしか来ない。
多くの隊員が単独で、あるいはバディを組んで市民の警護に当たる中、コウは頑なに本部の中央隊舎の屋根に居座っていた。
それもこれも、彼の宣戦布告が鼓膜に居ついて離れないせいだ。
――お前は殺す。
――時尼美雷の後でも先でもいい。ルシルを傷つけたお前は、必ず、殺す。
(オレだけならいい。オレがいるところにやってきて、オレを標的に襲って来るだけだ。けど、二言目はいただけねえ)
両の前足に力が入り、爪がその下の瓦にケンカを売る。
(時尼さんが先に狙われるとしたら、オレはここを動くわけにはいかねえ。総司令部室を擁するこの中央隊舎に、一歩たりとも入れさせるわけには)
もし先にコウを狙ってきたとしたらどうだろうか。コウが希兵隊本部の外に行けば、山戸もそれを追って来るだろう。その意味でいえば、コウが中央隊舎付近にいるというのは、むしろ美雷を危険にさらしているともいえるかもしれない。
だが、どちらを先に襲いに来るかわからない以上、確実に美雷を守れる選択をするべきだろう。
それに。
(どっちを襲いに来たのでもいい。次に会ったら、必ず倒す。お前と同じだ、山戸コウ。お前だって……ルシルを傷つけたんだ)
灰色の毛が逆立っていく。爪が瓦をひっかき、悲鳴のようなかすれた音を立てる。昨日医務室で話を聞かされた時と同じ熱が、胸の中で爆発寸前まで膨れ上がった時だった。
ピリリリッ。
ピッチが鳴った。
『波音です! 今本部に帰ったよ!』
「何だ、お前か」
『何だとは何さー!?』
熱気球がしぼんでいくのを感じながら、コウは相棒の相手をしてやる。コウの気も知らず、相手はのんきなものだ。
『鏡像一体倒して、任務完了しましたっ!』
「ケガはしてないか?」
『大丈夫! ちょっとドンパチやったけど、平気だよ!』
「そりゃ結構。少し休んだら、次は……」
『おーい、こっちこっち!』
隊長の話を遮って何だ、と思っていると、何やらその声が二方向から聞こえる。手元のピッチと……後方。
「こっちこっちー! ただいまー! えへへ」
振り返ると、少し離れたところの隊舎と隊舎の間の道で、中央隊舎に向かって赤毛の少女がピッチを耳に当てているのと反対の手を振っているのが見えた。また子供っぽいことを、とコウは嘆息する。
「そんだけ元気なら、すぐ次の目的地行ってこい」
「お茶くらいは飲みたーい!」
「飲んだら行ってこい」
「はーい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる波音。
その後ろ、右側の隊舎の陰から、長身の少年が姿を見せた。
――次の瞬間には、コウは瓦屋根を蹴っていた。
着地点の土を踏み抜き、直後にザザザッと後ずさる。そこで止まってから、双体のコウの腕の中で波音が驚いたように瞬きした。
「こー、ちゃん……?」
とっさに人間姿をとったコウが弾趾で波音の元へ跳び、彼女を片腕で抱きかかえて後退するのに、一秒。波音からすれば、何が何だかわからないうちに急に引っ張られた形になる。
通常、近距離でひとに向かって弾趾を使うのは、激突する危険があるため避けるべきだが、この際例外だ。上品にのこのこと駆け寄っていれば、その間に彼が波音をどうしたかわかったものではない。
さも当然のように本部の敷地内に現れた少年を、コウは鋭くねめつけた。
「山戸コウ……!」
「よう、オレ。殺しに来たぜ」
ざ、と一歩近づいてくる。波音がびくっと震えて身をすくませた。
コウは彼女をそっと下ろし、自分の後ろへ回らせる。
「門の守りは固くしてもらったつもりだがな」
「あいにく、今日はバカ正直に門から入っては来てねえ。外壁にも見張りを立たせるべきだったな?」
「頭数足んねえよ。それに、正門以外から来る可能性は見越してたさ。だからオレは門の近くじゃなく、中央隊舎の上で警戒態勢とってたんだろーが」
出し抜いたつもりが読まれていたのだとわかり、山戸は不愉快そうに顔をしかめた。
その視線が、ふとコウの後ろに向けられる。
「今日は決闘なんだ。だからオレもルシルを連れてきてねえ。お前もそのちんちくりんはどっかにやりな」
「……何?」
「何だよ、そいつを守りながらオレを倒せると思ってんのか?」
「こいつは並んで戦う相棒だ。守るんじゃねえ」
それを聞いて、山戸は一瞬だけ面食らうと、ハッ、と嘲弄して吐き捨てた。
「冗談はよせよ。そいつの戦闘力なんてたかが知れてるだろ。先の侵攻でもたいして役に立たなかったじゃねえか。それに対してお前はチエアリを単身で破ったんだ。希兵隊最強とまで謳われてるんだぜ」
波音が少なからずショックを受けた顔をした。揺れる呼吸が、コウの背中にまで伝わってきた。
コウは起伏のない低い声で返した。
「お前には、こいつが弱くて役に立たないちんちくりんに見えるのか」
「当たり前だ、そのまんまだろーが。並んで戦う相棒? 笑わせんな。足手まといにしかならねーよ」
ハハッ、と声高に笑う声が、親愛なるコウと同じ声が、波音の胸をえぐる。違うとわかっていても、まるでいつも一緒にいる彼から向けられた嘲笑に感じられてしまう。
波音は泣きそうになるのをじっとこらえた。こらえながら、目の前の大きな後ろ姿を見つめる。
コウは黙ったままだった。何も言わず、じっと立ち続けていた。
徐々に押し寄せる不安が、彼の次の言葉にさえ恐怖を植え付ける。次に口を開いた時、この絆はどうなってしまうのだろう。この関係は、どんな形に変わってしまうのだろう。
やがて、コウは乱暴に嘆息した。
「波音」
「……っ」
「お前が行け」
「……え」
耳を疑ったのは、波音だけではない。山戸も、信じられないものを前にしたかのように愕然としている。
コウは冷たく乾いた声で、山戸に言い放った。
「つまり、お前は自分のところのルシルを、足手まといだと思ってるんだな。あれだけ援護射撃してもらっておいて」
「……っな」
「嘆かわしいな。己の力を過信して、奢ったままのお前には、大切なものが見えてねえんだな」
言いながら、コウは踵を返して波音の後ろに回った。あまつさえ、その体を融かすように猫の姿へと変える。
「波音、お前がやれ。オレが一人で行ったら、あいつと同じになっちまう」
「でも……」
何を通すこともなく、直接山戸の視線にさらされた波音は、肩をぎゅっと緊張させて声を震わせた。
入隊してからずっと、波音はコウの近くにいた。彼に稽古をつけられ、相棒となってからはもっと長く濃い時間を共にしてきた。
だからこそ、彼女はよく知っているのだ。コウの強さを。自分になど到底太刀打ちできない強さを。
そして、その性質は鏡像にもコピーされる。自分が敵うわけがない。
「波音」
そんな彼女に、コウは告げる。
「オレがついてる」
ハッ、と見開かれた波音の目が、あの時を映す。
同じ情景を思い出しながら、コウは問いかける。
「オレがいる限り、お前は何だって?」
――こーちゃんがいる限り、あたしは――。
先の侵攻で、絶体絶命の境地で、その言葉はコウの心を鼓舞した。仲間に裏切られてもなお、立ち向かって行けた。
けれど、その言葉は彼女自身を奮い立たせるものでもあった。今、その一言が、彼女に勇気を与えるなら――。
波音の目に力が宿る。右手が強く柄を握る。
そして、いつものはつらつとした声で、爛漫な笑顔で、彼女は答えた。
「――あたしは最強!」
「そうは言ってなかった」
コウの呆れた苦言はよそに、突貫。小さくても一人前に抜刀しながら向かってくる少女に、山戸は余興を楽しむように口の端を吊り上げた。
鋼の手足をもつ彼にとって、刀などおそるるに足りない。泰然と待ち構え、繰り出された斬撃を右手で受けた。すでに硬度を宿している山戸の手首は、ガキン、と尖った音を奏でながら刃を止める。
かわいらしい顔をきゅっとしかめてにらむ波音の目からあえて視線を外さないまま、山戸は競り合う両者の腕の下で膝蹴りを繰り出した。水面下の攻撃。気づいた時には、すでに鋭角の鈍器に胸をえぐられる形になる――はずだった。
鋼鉄と化した膝に返ってきたのは、まるで石を蹴ったかのような硬い感触だった。
「……は?」
山戸の視線が反射的に下に向く。鉄壁か何かを蹴ったような感触を返した波音の胸は、年相応の幼く薄いものだ。強烈な打撃に耐えられそうにも見えないのに。
一瞬の現象を理解できず、呆ける山戸。
強者も動かなければ巻藁と同じだ。その頭部を、白刃がかすめた。
「っぁあッ……!」
浅くはいえ額を斬られ、血の代わりに水をまき散らしながら後退した。波音はその隙を逃さず、再度向かっていく。
山戸は、目に入りそうになった水の出血を拭うと、今度は迎え撃つ姿勢に出た。右手に刃物の切れ味を宿し、身長差の関係上、最も斬りやすい首を狙う。
その程度の狙いは波音にも読めていた。大きくジャンプすると、足元で空気が切り裂かれる音がするのを聞きながら、山戸を飛び越える。
頭上を警戒し、山戸は咄嗟に顔を腕でかばいながら空中の波音を振り返った。防御と引き換えに視界を遮られる中、鋼化した左腕に何か鋭いものが立て続けに当たるのを感じた。
腕を下ろし、視界を取り戻した時には、波音は少し離れたところに着地しようとするところだった。軌跡を考えても、刀が届く距離ではない。もとより、刀よりももっと小さな、例えていうなら牙に噛み付かれたような感覚だった。
何かがおかしい。そんな腑に落ちない不可解さを抱えながら、山戸は波音の着地時の不安定な体勢を狙って、手元に生み出した荒削りの鉄塊を三連撃で飛ばした。
波音の足は着地の役目を果たした直後で、すぐには反応できなかった。刀を持つ腕を構えなおす間もなく、無防備なまま、飛来する鉄塊を視界にとらえるのみだった。
猛スピードで滑空した、急襲の鉄塊は――突如出現した黒鉄に激突し、わずかにその身を散らしながら、地に転がった。
「……!」
少女の前に立ちはだかった、わずかに湾曲した黒い防護盾が、役目を終えてさらさらと崩れ去る。
ようやく、山戸は理解した。一度目と二度目は視認できなかったが、つまりは今と同じことが起きていたのだ。
山戸は背後を振り返った。少し離れた位置で、赤い首輪をした灰色の猫が、静かに座ったまま前足を伸ばしていた。
彼は波音を前線に立たせた。だが、確かにこうも言った。
――オレがついてる、と。
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